ROAD TO FIVE 四頁目
轟音が鳴り響き分厚い氷の地面が粉々に砕け散る。それを成した刃が通った先の空間の景色が大きく歪み、軋むような音を発する。
それほどの結果を出した斬撃は、けれど一撃だけでは終わらない。手にしている武器の担い手たる巨躯の男が真っ白な息を深く長く吐き出すと、続けざまに百二百と打ち込まれていく。
「よく頑張ってるのはわかるんだけどな」
「っ!?」
「その程度の圧じゃ俺には届かねぇよ」
人が踏めるだけの足場がなくなり、周囲の空間が大きく歪んできしみ続けるその場所は、人が居座れる環境にあらず。
誰もが理性ではなく本能で危険を感じ取り、四の五の考えることなく裸足で逃げ出すようなその場所で、しかし声の主は驚くほど気の抜けた声を発し、それをしでかした男の背後を取る。
それだけのことを汗の一つもかくことなく、わずかな緊張さえ見せぬ青年。
「おしまいっと」
「…………ふんっっっっ!」
「へぇっ! 今日はまだやる気なのか? 気合入ってるじゃねぇの。まあいいけどな。たまには付き合ってやるよ!!」
剣の担い手が急いで振り返るよりも早く、分厚く巨大な背中に千を超える蹴りが撃ち込まれ、衝撃が全身を迸り、背骨が軋み骨が砕ける。
普段ならばそれで終わりなのだが今日の挑戦者、すなわちシュバルツ・シャークスは様子が違う。
口からあふれ出しかけた血を飲み干し、頭から垂れ流される興奮物質で痛みを無理やり打ち消し、振り返るのと同時に肩に刃を背負い、腰をかがめ、落下してくる氷山の一角に着地する超えるべき目標をしっかりと見据える。
「そこだ!」
「!」
そこから先の光景は瞬きさえ許されるものではない。
いや、瞬きせずしっかり見ていたとしても、余人ではとらえることのできない領域の話であった。
それほどまで、その瞬間の彼は早い。
自身が超えるべき目標さえ目を丸くする速度で駆けたシュバルツは、彼にたどり着く障害となっていた氷山や氷塊をたった一歩で砕きながら数百メートルあった距離を詰め、背負っていた剣を円を描く軌道で振りぬいた。
「いーじゃねぇの。褒めてやるよ。これまでの中では最高の出来だ!」
これまで彼が作り上げた空間の歪みよりさらに大きな歪みが縦一文字に築かれ、粉々に砕けた氷の破片や氷塊。それに今の一撃で真っ二つに割れた氷山を勢いよく吸い込んでいく。
気を抜けば対峙している二人とて同じ末路を辿ることになるのだが、そのタイミングで彼らの全身を飲み込むような吸引力を完全に振り払う勢いの蹴りが、シュバルツの顔面に打ち込まれる。
「まぁでも」
「っっっっ」
これまた一度だけではない。いや百二百さえ超え、瞬く間に一万以上の蹴りが頭部だけでなく全身に打ち込まれ、彼は地平線の彼方へと向け飛んでいく――――かと思えば見えない壁にシュバルツ・シャークスの背中は叩きつけられ、体内に残っていた息を全て吐き出すのと時を同じくして、戦士たちを包んでいた空間は砕けた。
「今日はまたこっぴどくやったな」
「こうしてじっくり戦えるのは久々だったからな。少し無茶をした」
砕けた先にあった空間は、四方全てが真っ白な壁に包まれており、一メートルごとに線が敷かれ無数のマス目で埋められており、そんな無機質な空間に変貌してすぐ、マス目の一つをすり抜け現れたのは彼らの親友。すなわちアデットとエヴァである。
「すまないエヴァ。回復を頼んでいいか? 自前の奴ではこのレベルの怪我は中々厳しい」
「全く……少しは加減というものを知れ。お前いつか、取り返しのつかない傷を負うぞ?」
「はは。気を付けるよ」
「また顔の模様が広がったな。問題はないのか?」
「んー別に心身に影響があるようには思えねぇんだよな」
時はガーディア・ガルフの顔に奇妙な模様が浮かんでから三年後。彼らの半数が二十一歳を迎えた秋から冬の変わり目。
「もうすぐ冬か。雪かきの用意しとかなくちゃな」
「毎度のことながら面倒だよな。まぁ、依頼として出されりゃ、やるしかねーんけどよ」
「私の飼い犬や悪魔たちに任せようか?」
「……いえ、それはあまりよくないでしょう。住民に対する印象が悪い。面倒かもしれませんが我々自身の手でやりましょう」
「ちぇー」
「それより今度みんなでスケートにでも行かないか? ほら、つい最近できたじゃないか!」
ガーディア・ガルフが形成した正方形の空間で二人の戦士が鎬を削り、その終わりに床に座り込むと残る二人もそれに倣う。すると彼らは我先にと話したいことを好き勝手に語りだす。
それは本当に何気ない光景で、この記憶の旅に付き合ってきた蒼野達もすでに何度も目にしたものであった。
「ガーディア。貴方にこれが」
「またかよクソが。そろそろ諦めろっての」
そこに慣れた足取りでアイリーンがやってくるのだって、彼らは何度も見た。
けれど今の彼らはそれを直視することができなかった。幸せな日常を見るだけで、思わず目をそらしたくなった。
なぜならこの記憶こそエヴァがどうしても見せたくなかった記憶。いや『見たくなかった』記憶。
すなわち――――ここにいる彼らにとって大切な友アデット・フランクが最後には命を落とす記憶なのだ。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です
少々遅くなってしまいましたが本日分の更新です。
長かった記憶の旅もついに本題へ。
千年前、何が起きたのか?
そしてそれは現代にどうつながるのか?
日常はついに非日常へと向かいます
それではまた次回、ぜひご覧ください




