『果て越え』と『神の座』 二頁目
『ひっく……ひっく! ぐずっ……おぇぇぇぇっ!!』
『悪かった。本当に悪かったよ。だからもう泣くなって』
思いもよらぬ邂逅から幾分かの時が過ぎ、四人が若き日のイグドラシルを連れ最寄りの喫茶店に入ってからすでに二十分以上が経過していた。
どうしたものかと静観しているシュバルツとアデット。頭に大きなたんこぶを作り目じりをわずかに赤くしているエヴァ。そして不機嫌な様子を隠しきれない表情を浮かべ、全員が腰掛けている円卓に肘をついたガーディア・ガルフ。
『追加のご注文のメロンソーダとバニラアイスで』
『あんがとさん』
彼らの視線が注がれた先にいるのは千年後とは似ても似つかない態度を示す未来の神の座イグドラシル。
他の者が好きな物を頼み各々のペースで口にしている中で彼女は延々と涙を流し続け、頼んだはいいものの一切口をつけていないプリンアラモードの器の中に涙を貯めていた。
その量は少なくない。いや一緒に漏れ出した鼻水やよだれも合わさり、プリンの下半分が埋まり、付近に添えつけられていたクリームが溶けてしまっていた。
『…………はぁ』
『え? あ、あれ?』
(お)
(泣き止んだか)
そんな時間がさらに数分続く。
彼らの町でガーディア・ガルフ一行を知らぬものなど誰一人として存在せず、同時に大なり小なりトラブルを起こす火種であることも知られている。
とはいえ女性を三十分近く泣かせ続けるというのはあまりにも印象が良くない。
なので一刻も早くその状況から抜け出してもらいたいというのが敵対勢力の長を囲む四人の心境なのだが、打開案がなく空を見上げるだけの彼らの前で、突如彼女は泣き止む。
それはガーディアが運ばれてきたメロンソーダに口をつけた直後のことで、口には出さぬもののシュバルツとアデットがいち早く反応。
『んだよ』
『あ、いえ。口にしていたメロンソーダが瞬きする間もなく消えたので、何らかの手品なのかな、と』
『めんどうなところを…………気にすんな。いや、むしろそのくらいの認識でいいわ』
投げかけられた言葉に対しガーディア・ガルフはぞんざいな態度で接し、直後、アデットが大きく咳払いを一度。
『それで、我々に協力してほしいという話でしたね』
それが空気の大きな変わり目であった。
泣いていたイグドラシルは本題に移ったことを理解すると慌てた様子で頬にたまっていた涙を服の袖で拭い、不機嫌な様子を示していたガーディア・ガルフも短く息を吐くとともに親友に視線を向ける。
『はい」
『そちらにも色々と事情があるのは承知しています、しかし我々は戦争には参加しない。申し訳ないがこの考えを覆すつもりはありません』
頷きそれまで泣いていたことが嘘のように力強い視線を向けるイグドラシル。
それを見てもアデットは様子を変えず、淡々と、最小限の言葉で語っていく。
『ど、どうして!?』
『あのなぁ。誰が好き好んで戦争なんかに参加するんだよ。あんなもん、お上に逆らえない奴らが渋々参加してるだけだろ。言っちゃ悪いが俺らにはそこまで崇高な目標とかないし、お上なんざ怖くないわけよ』
『俺も戦い事態は好きだが、相手を殺そうという気はないしなぁ』
『私は私の住む生活圏にトラブルさえ起きなければ問題ない。殺し合いたけりゃ、そうしたい奴らが勝手に殺しあっとけ』
『万が一の話ではありますが、大切な仲間を失う可能性もある。それを考えれば軽々に「参加する」とは言えないです』
直後四人が四人とも、別々の理由を告げる。
それらは至極当然なものであり否定される筋合いは毛頭ない。
『で、ですがあなたたちが味方に付いてくだされば全てが終わるんですよ!? 例えば一日でも私側についてくだされば、それだけで戦争は!』
がしかし若き日のイグドラシルも引かない。ここで彼らを味方に引き込むことの意味を理解しているゆえに、机に両手を叩きつけながら椅子から立ち上がり、強い口調で言葉を発し、
『ま、終わるかもな。けどそれがうまい結末につながるとはどうしても思えねぇ』
それを再びガーディア・ガルフが遮る。いつの間にか手にしていたコーヒーカップの中身を、目にもとまらぬ速さで飲み干しながらだ。
『てか第一にだ、俺らはあんたに対し特段いい印象を抱いてるわけじゃねぇんだ。お前らに勝たせたらいい未来になるなんてどうして言い切れるよ?』
『…………今の賢教の長は暴君です。そんな彼の治世を認めると?』
至極当然の指摘に食い下がるのちの神の座。そんな彼女を後の果て越えは鼻で笑う。
『馬鹿。そうは言ってねぇよ。ただ選択肢は二つだけじゃねぇってことだ』
『?』
『『どちらかが勝つ』という結論だけが答えではない、ということですよ。第三第四の選択肢が待っているかもしれない。それにそのどちらかの結論に達するにしても、それまでの『過程』だって重要でしょう? それが固まらないうちに動くのは避けたいところというわけです』
『過程?』
『勝利にも様々な形があります。それによって、どれほどの犠牲が出るか。円満な解決に導けるかも変わってくる。そのあたりまで考える必要があるということです』
『…………』
親友の言葉の補足をアデットが行い、それを聞くとイグドラシルは腕を組みいすに座り直し押し黙る。自分側の目論見が甘かったことを察したのだ。
『…………あの暴君の味方に就くということだけはやめてくださいね?』
『さあてね。それはその時の状況次第だろ』
となればこの場で彼らを味方に就けることは不可能であると悟るまで時間はかからず、涙をぬぐった彼女の念押しに対し、ガーディア・ガルフは右手をヒラヒラと振りながら適当に返事を行う。
『ごちそうさまでした。お話しできてうれしかったです』
『送っていきますよ』
それを見届けると彼女は自分の体内から出た液体に浸水したプリンアラモードを一気に頬張り、冷めてしまったコーヒーを勢いよく飲み干し立ち上がりシュバルツが後を追う。
『あれがイグドラシルねぇ。正直な感想なんだけどよ、大将って器じゃねぇよな?』
『おや? 私は中々のものだと思いましたがね?』
『あの泣き虫がか? いや、もしかしたらありゃ演技か?』
耳障りの言い鈴の音に続き彼らの姿が喫茶店から消え、話が聞かれていないことを様々な方法で確認したのち、退屈そうに頬杖を突き友との会話を始めるガーディア・ガルフ。
彼は自身とは違う考えのアデットの考えを図るように言葉を投げかけ、しかし首を左右に振られた。
『あれは本気の涙ですよ。間違いない』
『じゃあなんでだよ?』
『時折見せる言葉や表情に彼女は強い意志を秘めていた。『この世界をより良いものにしたい』という意思をね。そういう純真な意思を真正面から示せるのはね、とても強いことなんだ。で、これに加えてある要素が加わり、彼女は魅力的なリーダーになっているのだと私は思うんだ』
『ある要素?』
『庇護欲だ』
『?』
とすれば知識豊かな友の言葉を神妙な顔をしながら黙って聞いていたガーディア・ガルフは、けれども最後に首をひねった。彼の知る限り、それが大軍の長とつながることがなかったのだ。
『どういうことだ?』
『ピースワット冒険譚を中心に、色々な書籍を見てればわかると思うが、『自分が付いていなければこいつは無茶をしでかす』『自分が支えてあげなければならない』と思わせられることは大きなメリットになるんだ。そして彼女はそれを持っている』
『なるほど。そういう形もあるのな。確かに、頭抱えるようなガキではあったが、目を離せないとは思ったな』
この話があってからしばらくして彼らは大きな事件に直面し、さらにいくらかの時を経て、世界中を巻き込む大戦争に参加することになる。
その際彼らは賢教側に所属することになるのだが、ここでの出会いが後々の戦いに大きく関わることになるのだ。
こうしてエヴァが行った寄り道は終わりを迎える。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
ガーディア・ガルフとイグドラシルの初邂逅編後編です。
本編で詳しく語られることはありませんが、世界中を巻き込む大戦争の転換につながる会話。これについては後々多少ながら語っていければと思います
さて次回は最大のターニングポイントに突入。
彼らの記憶の旅も後半戦です
それではまた次回、ぜひご覧ください!




