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『果て越え』と『神の座』 一頁目


 人類史上最強の存在は誰かと問われれば、知っている物ならば誰もがガーディア・ガルフであると答える。

 では人類史上最高の偉人は誰であるか?

 そう問われた場合、いくらかの候補が出るだろう。


 亜人という種を新たな段階に導いた現代竜人族の長、エルドラ。

 この星に『粒子』という知恵を授け、長きにわたる支配の基盤を築いた『大賢者』『賢者王』などと語られる、名も知られていない男。


 彼らは間違いなく歴史に名を遺した偉人であるが、最も多くの票が入れられる者が誰かと言われれば、今を生きる人々から票を集めれば神教を作り上げた聖女、イグドラシル・フォーカスがあげられるだろう。

 腐敗し、信頼が地に落ちた賢教に戦いを挑み、多くの賛同者を率い打倒した聖女。

 千年にもわたる平和な時を築いた、まごうことなき善政を敷いた指導者。

 そんな彼女を、多くの人は選択するはずだ。


 さてここで話したいことがあるとすれば、上記に挙げられた二人は、公式の記録では千年前の戦いで顔を合わせたことがないということだ。

 もちろん戦場の最前線で対峙したこと程度はある。けれど腰を据えて話すことがあった記録はない。

 それが行われたのは千年経った現代。世界を巻き込む大戦争の終結の際である。


 がしかし、知られざる事実がここにはある。そしてそれが当人たちの記憶で晒される。


「イグドラシルだぁ?」

「どうしたガーディア。いきなり賢教と喧嘩してる連中の大ボスの名前なんて口にして?」

「いや今こいつが『自分がそうですよ』って動作をしてだな」

「なんだと? それは本当かい?」


 一般と比べれば少々大きめの胸に手を置き、穏やかで知性を思わせる声を発した若き日の神の座。

 彼女を前に空き缶拾いようの袋を持っていたガーディア・ガルフは眉を顰めそう告げるのだが、その説明を聞き驚きを示したのはシュバルツやアデットだけではない。この記憶を見ている五人の子供たちもであった。


 理由は二つ。

 まず第一に容姿が彼らの知る姿と大きく違っている。

 若き日の彼女は現代の彼女のように純白のキトンに身をまとうことなどしておらず、少々肌寒くなって秋空と紅葉に合わせるかのように、黄緑色のセーターで上半身を覆い茶色のロングスカートを履いており、そばかすだらけの素肌に瓶底眼鏡をかけている、地味目ないし芋臭いと表現される姿をした、二十代半ばの女性であった。

 そんな彼女が先に述べたような声を発したのだ。少々どころではない齟齬や違和感が醸し出されており、若き日のガーディア・ガルフの瞳には彼女の正体に対する疑いの色が色濃く浮かんでいた。


 さてもう一つの驚きについてだが、これはすでにこのような姿の彼女と、蒼野達が会ったことがあることから来るもの。巨大な図書館であった不思議な出会いの正体を、彼女が死んだ今になって初めて彼らは知ったのだ。


「………………」」

「あーえーとだな。イグドラシル、さん? なんだったな。俺たちになんの用なんだ?」


 五人が唖然としてはいるものの、話のほうは滞りなく進んでいく。

 とはいえ記憶の中にいる四人が抱いた感想は現実にいる若人達とさして変わりはなく、なんの返事もないことから慌てと焦りから顔を赤くしている彼女に対し、数秒ほどの時を経てシュバルツが話を進める。


「あ、はい! その…………皆さんの協力を得たくて! お忍びでやってきました!」

「協力だぁ?」

「ひぇっ…………ではなく! そ、そそそそうです! 調べたところによると貴方がたは賢教どころか全世界で最強の存在とみました! そんな貴方がたが味方となれば百人力! いえ千人力! ぜひ私と一緒に世界をより良い方向にするた――――」

「はぁ? たかが千人力だぁ?」

「い、いえ。一万! 十万力です! それが五人で五十万力です!」

「馬鹿違ぇよ! アイリーンを含めた四人で四十万力。で、俺一人で千万力だ!」


 記憶に移る千年前のイグドラシルは今からでは考えられないほど弱弱しく、それに対応するガーディア・ガルフはといえば不良と言われても否定できない態度と声で対応。


「す、すいません…………それでぇ、お、お話の方は?」

「え。やだよ。クッソ面倒だから何度も断りを入れてる戦争になんて今更参加するわけないじゃん。馬鹿かお前」

「え」

「勝てたら膨大な報酬やらすげぇ地位とか言われてるけどよ、俺とこいつらは政治とか含めて興味ねぇのよ、そういう面倒なことはよ。大人たちで好き勝手やってくれや」

「え」

「あぁでもあれだな。俺らの大将務めてるデブ親父がクソみてぇなことを色々してるのは知ってるぜ。だからまぁあれだ。もしお前らが負けたとしても、俺が好き勝手やれないようきょうは、いや諫めるくらいはしてや」


 腰を低くし、ゴマをするようにへりくだった笑みを浮かべ両手を合わせるという、情けない姿を見せるイグドラシルに対しガーディア・ガルフは容赦しない。

 自分の言いたいことを素直に言う。それは遠慮から中々すっぱりと反論できないシュバルツやアデットからすればある種の清々しささえ感じるほどだ。


「う、ぅぅぅぅ…………」

「あん?」


 そんな彼の言葉の弾丸を浴びた結果、まだ神の座と呼ばれる前の彼女は、目を皿と見紛う程大きく丸く開き、口からではなく心臓の奥から発したような声を口から溢れさせ、膝から崩れ落ちたかと思えばうなだれ、そんな彼女の様子に興味を抱いたガーディア・ガルフはそれを見下ろし、


「てかお前無礼だな。私のダーリンに何勝手なこと言ってるんだ? 処すぞ? 処しちゃうぞ私」


 パンツが丸見えになるショート気味のスカートであることすら気にせず、彼女よりも幼い姿をしたエヴァが不良座りをして睨みつける。


 結果


「う、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ…………」

「え?」

「こ、殺される! 勇気を出した結果殺されるんだ私。こ、ここまで頑張ってきたのにぃぃぃぃ!!」


 そこでイグドラシルが被っていた仮面は粉々に砕けた。

 二桁の年齢にも達していない童女の如き様子で泣き叫び、常識をわきまえてるシュバルツとアデットが協力して彼女の両腕を掴んで駆け出し、エヴァとガーディアの二人も後に続き喫茶店に入っていくことになった。


 五人の若人が信じられない目で見守る光景。

 これが『果て越え』一行と『神の座』の出会いであった。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


遅くなってしまい申し訳ありません。本日分の更新です。

ガーディア一行とイグドラシルの遭遇。その前半戦です。


ガーディア・ガルフに大きな変化があったようにイグドラシルも今とは大きく違うのです。

この二人の話については次回。後半に続きます


それではまた次回、ぜひご覧ください


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