ROAD TO FIVE 三頁目
彼らが視線を向けた先にあったのは、先ほどアデット・フランクという青年が実力を発揮した記憶であった。
そこではガーディア・ガルフが口にしたように『おしおき』に類することを行っていたわけだが、その光景を見て若き日のシュバルツは声を荒げ、しかしそれを耳にしても全く動じた様子もなく人類史上、いや生物という枠組みにおいて他を隔絶したスペックを誇る彼は誇らしげな笑みを浮かべる。
『どうよこれ。エヴァの奴から習った技術を用いたんだけどよ、我ながら素晴らしい傑作ができたと思ってるんだぜ。シュバルツ、お前知ってるか? 脳に血液、心臓を中心とした内臓、他にも諸々必要なものはあるが、要はそれさえ揃ってりゃ人は生きていける。んでもって、そういう『機能』を持たせた代替品さえ作っておきゃ、それらさえも別に必須なわけじゃない」
明かりの覚束ない旧校舎の三階の空き教室。彼がそこを作品を作るためのスペースに選んだのは、偏に周囲から隔絶された静かな場所で作業をしたいという欲求からきたものなのだが、明かりさえともらないその部屋の中は薄暗く、傾きかけた陽の光に照らされた絶世の美男子の姿は、この世ならざるものが如き魅力を発していた。
そんな彼が自身が作った作品に手を突っ込みそこから取り出したもの。それはこれほど無残な肉塊になろうと脈動を続ける心臓で、無造作につかみ取ったかと思えば躊躇なく握りつぶし、肉塊から悲鳴が上がる。
『例えば今は心臓を潰したわけだが、骨だろうがほかの内臓だろうが同じものを用意しときゃなんの問題もない。痛みで死なないように細工をしときゃ、今みたいな行為だって好き放題できる!」
言いながらガーディア・ガルフは肉塊に再び手を突っ込み内蔵だったり骨だったりを掴むと、嬉々とした表情で潰していき、返り血でその全身を濡らす。
有り体に言ってしまえば、狂気に身を任せていた、そんな光景だと五人に子供達は思う。
『やめろガーディア。それは…………人がやってはいけないことだ』
この異常な存在が記憶の中にだけ存在するもので、現実には何の影響も及ば差ないことを彼らははっきりと認識している。
それでも自分たちが暴行をやめるように無意味でも声を上げれば、目の前の青年は常識や物理法則さえ突き破りやってくるのではないかと考えてしまい、その恐ろしさと迫力を前に、言葉を紡ぐことができない。
それは間違いなく千年前のシュバルツにも襲い掛かった感覚のはずなのだ。しかし彼は怯えない。
怒りをかき消し、毅然とした態度で、目の前にいる友を見下ろしながらそう告げる。
『…………』
その瞬間だった。日差しが陰りわずかにあった光源さえ失った部屋に佇むガーディア・ガルフが表情を変えた。
それはこの記憶のなかで見せるような喜怒哀楽のはっきりしたものではない。
血だまりの中で直立不動の姿勢を見せる彼が見せるのは、現代で延々と見続けている能面のような無表情で、それを前にして蒼野達は背筋を凍らせる。
なにか、そう何か、『決定的で理解の範疇を超えた何か』を見せられた気分になったのだ。
『そうかい。ならやめとくわ。玉座でふんぞり返ってる馬鹿野郎に一泡吹かせることができると思ったんだがな』
『悪いが別の方法を考えてくれ。ところでこれは治すことができるのか?』
『そりゃな。はーいい案だと思ったんだがなぁ』
『エヴァの奴には少しきついお仕置きが必要だな。お前はそっちを考えとけ』
『よし来た!』
ただ太陽が再び姿を現すのに呼応してガーディア・ガルフはあっけらかんとした表情を浮かべ、それまでやっていた人道に反した行為のことなど気にした様子もなく、シュバルツとそのように会話。
付着した血液なども一滴残らずふき取り、わずかに触れるだけで学校に攻め込んできた男を元の形に戻すと、男をグルグル巻きにしたまま引きずり始め生徒会室へと向け歩き出した。
「あまり気分のいいものではなかっただろ? 無理に見なくてもいいんだぞ?」
そこで記憶の帯は彼らの届かぬ場所へと消えていき、和やかな日常の景色が返ってくる。
それは四人でボランティア活動しているものもあればアイリーンを加え何らかの書類作業をしているもの。果ては休日なのか五人でショッピングセンターを回っているものまであり、戦争中とは思えないほどの穏やかな日々であった。
「今のは?」
ただ彼らが抱いた感想はそこにはない。
直前に目にしたものがあまりにも衝撃的であったからか、唖然とした声が漏れだす。
「…………とても恥ずかしい話なのだけどね、この頃のガーディアは本当に常識が欠けてたの。いいえ、道徳を持ちえていなかったの」
「え?」
「それってどういうことっスか?」
それを見てアイリーンが口を挟むが、その続きを聞き終えるよりも早く、目を丸くした蒼野とゼオス動き出し、残る三人もそれに続く。
するとその映像の中には地平線の彼方まで一切遮蔽物のない場所で敵対者とにらみ合っているシュバルツの姿があり、星々が輝く夜空に包まれた中、真剣な表情を保ったまま彼は勢いよく一歩前進。結果――――敵対者と彼が足場としていた星は粉々に砕け散った。
「あ!」
「……シュバルツ・シャークス。これは」
「待て! 何も言うな! というか私の視界にそれを映すな。今なお残っている心の傷なんだぞそれ!」
「初めて他の惑星を訪れた時の記憶だな。馬鹿が。見られたくなければ残さなければよかったものを」
「忘れないようにしてたんだよ!」
伝説に聞くシュバルツ・シャークスの星砕き。
その実際の映像を見て五人は好き勝手な反応を示すが、当の本人はと言えば、彼にしては珍しく心からの批判をする。
これはアイリーンやエヴァなど身近な者しか知らぬ事情であるが、シュバルツはこの行為を心底悔いている。
結果的に無人の星であったからよかったものの、一歩間違えれば大量虐殺犯になっていたからである。
その様子の意味が分からず彼らが不思議な顔をしていると、強烈な光が彼らを包む。
それは彼らが目的としていた記憶にたどり着いた証であり、始まりの場はアイリーンとエヴァが向かい合っている光景であった。
『なぁカッチコッチあた……優等生。教えろ7……てくれ』
『待ちなさいエヴァ。あなた言葉の節々から無礼が漏れてるわよ。何? 喧嘩売ってるの?』
『はぁ? 何馬鹿なことを言ってるんだお前は? この私がわざわざお前なんかに懇願してるんだぞ? 喧嘩などする気がないのは一目瞭然ではないか!』
『…………いい度胸ね。気に入ったわ。殴るのは話を聞いた後にしてあげる。で、何よ?』
電球とは異なる何らかの術式の行使による温かみのある照明に、木製の机に椅子。ところどころに観葉植物が置かれ、スローペースの音楽が流れる喫茶店で向かい合っていた二人の美人は、会話を初めてものの数秒で剣呑な空気を発し、
『その、だな…………ガーディアの奴の好物は知ってるか? いや! 欲しいものや好きなものでもいいぞ?』
『?』
『ああもうじれったい! あいつが喜んでくれることは何か。同年代のお前に聞いてるんだ!』
『なんで?』
『そんなこともわからぬのかたわけ! あいつのことが好きだからに決まってるじゃないか!』
『?』
聞いた言葉を前にクエスチョンマークが浮かび、
『??』
『????』
『????????』
それは瞬く間に脳を占め、
『ごめんなさいエヴァ。ちょっと待っててね』
結果、彼女はうなだれた頭を机に押し付け、両の掌で掴んだ。
目の前の吸血姫が口にした言葉は想定していないもの。彼女にとってそれは、文字通り頭を抱える事態であった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
日を跨いでしまい申し訳ありません。本日分の更新です。
というわけで第二幕はエヴァとガーディアの恋模様。まぁガッチガチの恋愛なぞ書くことはありませんが。どっちかと言えばコメディの面が強い気がします
何を語りたいかについては、話の中で。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




