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アデットという青年 一頁目


『今日の予定だがな』

『んぁ。なんだ?』

「………………………えーと、ボランティアに、校内清掃……地味ね」

「結構しっかり書くんだな」

「当然よ。アタシの場合は二、三週間に一度は記憶が欠けるのよ。なくなった分の情報を補うために、事細かに書き記さなくちゃ!」


 今を生きる八人の側を無数の過去が過ぎ去っていく。

 数えきることができないそれらは全てが五人の少年少女が過ごした思い出、いや青春であり、映画のフィルムのような帯状の物体に記された、いくつもの場面が流す映像から得られる情報を優は逐一持っているメモ帳に書き記す。


「大変なら手伝おうか?」

「あら。それならお願いしてもいいかしら? アタシはこっち側半分やるから蒼野はあっちをお願い」

「任せとけ」


 次の記憶にたどり着くまでどれだけ時間がかかるのか蒼野達にはわからない。

 なので空いた時間を有効活用しようと優は革袋から取り出したメモ帳に事細かに情報を記し、蒼野もそれに倣った。


「…………失礼を承知で一つ聞いておきたい」


 その二人の様子をチラチラと見ながらも康太は自分たちをこの空間に連れてきた三人の猛者を油断なく見つめ、そんな彼の視線の端に見覚えのある姿。

 すなわちゼオスと髪の毛を真っ黒に染めた積が近づく。


「ん?」

「…………アデットと名乗るあの男は何者だ?」


 ただそんな三人も普段と変わらぬ調子でゼオスが発した言葉を聞けば慌てて顔を向けざるを得なかった。それほどまで、ゼオスが発した疑問は重要だった。


「何者とはどういうことだ坊主?」


 シュバルツ達が過去の記憶に自分たちを招いた明確な理由を彼らは掴めていない。

 ただガーディア・ガルフが親友として『アデット』という少年を扱い、今この場にいないとなれば、それが示している答え、いや彼の末路は簡単に思い浮かべることができた。


 そしてその質問の直後に応じたエヴァの鋭いだけではない声を聞けば、彼らも穏やかな空気でいられるわけもない。ここが記憶の渦の中であることさえ忘れ、臨戦態勢を取る。


「殺気立つなよ、つかこりゃ俺とゼオス、それにたぶん他の奴らだって抱いてる当然の疑問だ。俺たちをいきなりこんなわけのわからねぇ空間に誘い込んで、今からじゃ考えられねぇあんたらの姿に加え、謎の登場人物を登場させた。となれば当たり前だが、その人物の説明くらいはすることが道理じゃねぇのか?」

「む、むぅ」


 ただエヴァという少女はしっかりと理由を説明すればそれを無下に断るほど冷酷ではない。少なくとも味方に対しては。


 ゆえに積が苛立ちを感じながらも理知騒然とした物言いをすると彼女は根っこから否定することはできず、唇をすぼめた。


「まぁ当然の権利だな」

「シュバルツ」

「すべてを隠すのはフェアじゃない。そうだろう?」

「……アデットと一番仲が良かったのは、ガーディアを抜けば貴方よ。その貴方がそういう選択をするなら、私は止めないわ」

「……感謝する」


 五人の視線を蚊帳に置き、気を抜けば右と左どころか上下さえ見失ってしまうその空間の中で、彼らはそのような会話を行い、それが終わるとシュバルツがゼオスと積の前で片膝をつき、流れていく記憶の一つに存在する男の姿をじっと見る。


「彼の本名はアデット・フランク」

「え?」

「あいつのことだよ。まぁ聞いてくれ。あいつはさ、わたしと同じく幼い頃に親をなくしてな。けどまあ、大人たちと比べても格段に頭がよかったからうまいこと社会に溶け込めてた」


 そうシュバルツが話始めるとエヴァが掌を上げ、それだけで記憶が過ぎ去る速度が急激に落ちる。

 その意味を理解したのか蒼野と優もメモを取るのをやめ、彼らのもとへと近づいて行った。


「ガーディアと会ったのは俺の後だ。ただ悪いな。その記憶はここにはない。俺やアイリーンがいない間に会ったらしくてな。アデットもガーディアの奴もこの中にその記憶を留めてないから、そのシーンは見れないんだ」

「いえ。謝る必要は」

『――――――!! ど、どうだ!」


 そう返事をする蒼野の側をまた映画のフィルムに張り付けたような動画が過ぎ去る。

 そこではシュバルツが蒼野達の耳では聞き取れない言葉をしゃべっており、ガーディア・ガルフが感心したように拍手した。


『ちなみにアデットとエヴァは?』

『――――――――――――』

『―――――――――――――――――――――――――!!』

『さすがにエヴァは格が違うな。呪文の詠唱が肝になる魔術師タイプだからか、ずば抜けてるな』


 その行為が何を示すのか五人にはわからなかったが、続けた拍手をした後に語った言葉を聞き、彼らは言語にならなかった音の正体を理解。


『――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――』

『『『…………』』』

『けどまぁ、まだまだだな』


 直後、それまでの比ではない速度と量の音が彼らの耳を通り過ぎ、呆然とした様子の三人を目にして、ガーディア・ガルフは困ったように笑った。


「……話を戻すと、君たちもすでに抱いた印象かもしれないが、アデットはずば抜けて頭がよかった。知識量がじゃない。取捨選択やら物事の進め方、物の置き方一つまで、無駄なく、円滑に進めることができる男だった」

「この場合は『頭が柔らかい』と言ったほうが正しいかもね」


 言葉を付け加えるアイリーンに頷くシュバルツの顔には笑みが浮かんでいるのだがどこか陰りがあり、それを見るだけで五人は胸を締め付けられる。


「武器の扱いも凄くてな。熟練者を通り越して達人の域に達してる」

「……剣か?」

「それとも鎌?」

「銃、いや鉄斧か?」


 それでもシュバルツは胸の中にしまっていた思い出を宝石でも眺めるように愛おしい様子で語り、子供たちの好奇心が宿っている瞳を見て朗らかに笑った。


「全部だよ。全部」

「全部?」

「ああ。あいつは武器の扱いに関してはちょっとばかし、いやめちゃくちゃ凄くてな。初見の武器だろうが、いやそれこそペンや定規みたいな筆記用具であろうと達人が扱う得物のように取り扱い、敵対者を倒していくんだ。ほら、ちょうどあそこなんかがそうだ」


 言いながら指差した先では授業中の教室に飛び込んでくる黒いマスクを被り同色のジャー時に身を包んだ数人の男がおり、機関銃で銃弾を打ち出すかのような勢いで様々な属性の塊を打ち込む。

 アデットと呼ばれた青年は勢い良く立ち上がると、その全てを手にしていた教科書を強化するとバットとして扱い、すべてを人のいない方角に打ち返し、続いて自分の座っていた椅子を手刀で爪くらいのサイズまで刻むと、それらを慣れた手つきで投げ、並み居る男たちの肩と膝にぶつけ関節を外した。


『おーうおうおう。いい度胸じゃねぇのマスクマン! お前らどこ高のものよ。ここが俺の支配しているガーディア帝国と知っての行動かぁ?」

『いや、おそらく賢教の者だろう。ほら。君最近彼らからの徴兵令に対して落書きと言葉の暴力で返したじゃないか。それに対する報復で、君に勝てないから周りに危害を与えようとしたんじゃないか?』

『記憶を見たけどそうっぽいな。うっし。ちょっとこいつら芸術品にしたら教皇の爺のところに直接渡してくるわ! で、ついでに小便漏らす写真でも撮って脅すわ! これ以上俺らにかかわったら、こいつをばらまくぞって!』


 繊細な技の数々と、幼いころのガーディア・ガルフのあまりにも大胆かつ無礼な態度の数々に彼らは即座に言葉を発することができない。

 ただガーディア・ガルフの発言を聞いてもアデットという青年は動じた様子はなく『夕食はみんなで鍋だから、遅れないでくれよ』などと呑気な事を口にしていた。


「まあそれでも際立って得意な武器もあった。滅多に使わないがな」


 それは彼らの側に立つシュバルツも変わらない。

 若き日のガーディア・ガルフの奇行など日常の風景であるとでも言うように何の反応も示さず、友に関する話を続け、


『おいガーディアお前…………』

「おっと。あんまりいい光景じゃないな。エヴァ」


 けれど後に続く言葉は発せられず、若き日の己の言葉に続き、彼らの目の前にいたシュバルツも声を上げた。

 その理由がわからず疑問を抱く五人。

 気になって彼らがシュバルツの向けた視線の先で見たものは、


『一体何をやってるんだ!』

『いやなぁに。ちょっとばかしきつめのお仕置きをな』


 奇妙なオブジェであった。

 否、その正体は一メートルほどの球体型の肉塊へと姿を変えた、けれどまだ息がある人間のグロテスクな姿で、その前で誇らしげに胸を張っているガーディア・ガルフの姿だった。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


過去編、アデットに関してはこれからも話の合間合間に語っていくと思います

さて今回の最後に語った内容に関しては次回で。

そして依然語った通り、次からは新たなシーンへ。

お題はガーディアとエヴァの奇妙な関係についてです


それではまた次回、ぜひご覧ください

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