ROAD TO FIVE 二頁目
千年前、何が起きたのか。
現代にいたる戦いに深く関わる四人は、どのような日々を送ってきたのか?
それを語るうえで、五人の少年少女は欠かせない。
同時に忘れては決していけないことが他にも色々あるが、そのうちの一つがこれ。
それが千年前という時代背景。
すなわち幼いころのシュバルツらが過ごした日々というものが、世界を二分化する戦争の真っ只中であるという前提である。
この過去の記憶に戻った蒼野達からすれば、その事実はここまで影も形もなかったため忘れていたことであるが、そんな彼らの全身に冷や水をかけるような勢いで、千年前の『現実』が襲い掛かる。
「……………………」
アイリーンが差し出した真っ赤な紙に対するガーディア・ガルフの反応は実にわかりやすい。
手にしたものを一瞥すると露骨に不機嫌な表情を浮かべ、見るのも汚らわしいというような感情をはらんだ表情を浮かべる。
が、これを断ることができないことを千年経った未来で生きる五人の子供たちは知っていた。
『徴兵令』は戦争の中盤以降に現れた呪いのアイテム。誰もが拒むことのできない魔の腕である。
これが作成された経緯はなんとも情けなく、けれど当たり前の事情。
数年にわたり起きている戦争がその様相を大きく変えたゆえ。
いやもっと真に迫れば、現政権を握っておりイグドラシルが率いる反乱軍の猛攻に対し、賢教側の戦力が枯渇してしまったのだ。
イグドラシル・フォーカス。
すなわち現代に至り『神の座』という世界最高の地位にして指導者の席に座る女性。彼女がなぜ当時最大の勢力であった賢教を離脱したのか、いや裏切ったのかに関する明確な理由は誰も知らない。彼女自身が語っていないからだ。
ただ推測することはできた。
かつてを知る人々は誰もが語る。、長い時代を支配し続けたことで、賢教という世界を支える根は腐ってしまったと。
それはもはや取り返しのきかない段階で、時の教皇はもちろん、それを支える一部大司教や枢機卿も権力が与える甘い蜜に誘惑され、自分たちだけが多くの悦を味わうことを重視してしまっていたのだ。
それは貨幣の独占。一部権力者による汚職にその罪のもみ消しはもちろんのこと、今でも特に語られる汚点の中には、竜人族を筆頭とした『亜人に対する差別』という今なお拭い去れていない事実がある。
「それが許せなかったため反旗を翻した…………これが現代で語られている最も可能性の高い彼女の裏切りの要因だ」
「もっともな理由よね。なにせ当時を生きていた多くの人が抱いていた不満だった。だから彼女は戦争を仕掛けることになった当時、多くの兵が彼女についた。結果、賢教側は一気に弱体化した」
過去の記憶をセピア色の静止画にして、シュバルツとアイリーンが時代背景を語り、そのような背景があったからこそ、兵士が足りなくなり一般人を無理やり戦力としてつぎ込むことになったのだと彼らは続ける。
その事実に関しては中学まではしっかりと卒業した蒼野と康太は知っており、だからこそガーディア・ガルフが掴んでいるちっぽけな紙が秘める強制力。
すなわち断った場合『その当人だけでなく親族を含め『粛清』とは名ばかりの虐殺』にあうことも知っていた。
「で、どうするの?」
「聞くまでもねぇだろ。なんで俺様が豚みたいな容姿の爺が発行した紙切れに従わなけりゃならねぇ。却下だ却下! たくっ、何度目の勧告だよこれ」
だから二人と積は、これこそがガーディア・ガルフが変貌した大きな理由になると踏んでいたのだ。
この破天荒でわがままな暴君が渋々ながら従い、彼らの知る『果て越え』になるための最初の一歩を踏み出すのだと思っていたのだ。
けれどそうはならなかった。
彼は慣れた手つきで手渡された紙を破り始めたかと思うと、乱雑に投げ、指から出した炎を紙に注ぎ焼き尽くす。
それは微塵も躊躇がない手慣れたもので、その効力を知っているゆえに驚く三人を尻目に、頭上に電球を灯したかのような表情をしたガーディア・ガルフは、焼き尽くすよりも先に焦げ付いた紙を目に見えない速度で集めると、小刻みに震え続けるエヴァの頭上に置き、わずかに大きくなった悲鳴を聞き、うんうん頷いた。
「待て待て。従わねぇのかよ!」
「ん?」
「あれに従わなけりゃやべぇんじゃねぇのかよ!?」
その姿を見て康太が声を上げる。
徴兵令に込められた意味をしっかりと理解していたゆえに。
「なんで?」
「なんでって…………そりゃ」
「奴らが行う制裁を恐れてか? だが考えてみろ。誰が現代と比べれば容赦や加減の知らないあのガーディアに手出しできる? 戦いにならんぞ」
「なるほど…………そりゃそうだな」
がしかし、さも当然というように語るエヴァの言葉を聞き、康太は態度を改めた。
先ほども語った通り、徴兵令などを出さなければならないほど、賢教側は疲弊し追い詰められている。
大半の人物ならそれでも報復を恐れ従うのかもしれないが、ガーディア・ガルフは違う。
いや彼だけではない。当時の時点で優れた副官足る実力と判断力を備えていたシュバルツ。加えて言葉の節々と立ち回りから理知の光を感じるアデットと名乗る青年。
これだけの戦力を相手にするのは当時の賢教はもちろん、現代の四大勢力でも不可能に違いなかった。
「…………片田舎に集まっていい戦力ではないな」
「君の言う通りだよゼオス君。当時の私たちは、まさしく敵なしだった」
セピア色だった映像に色が宿るとさらに進み、なんの緊張感もなく背伸びをしてあくびをするガーディア・ガルフの姿が映る。
そのままその場を去ろうとした彼は、けれど尖った声を出すアイリーンに止められ、指を刺された先にいるエヴァをめんどくさそうに注視。
「じゃ、こいつはひとまず俺が飼うわ。生徒会室のペット…………いや門番だ。夜暇だからさ、話し相手にでもなってもらうわ」
「待て待てなんだそりゃ! 人権に関してくらいお前だって知ってるだろうが!」
「おかしなこという奴だな? 確か吸血鬼って見つけたら即報告義務のある危険生物だろ? それをどう扱おうが、俺の勝手だろ? てか吸血鬼って法律が適用される生物なのか」
「ひ、人の心……」
親友のあまりにも身勝手な物言いに唖然とするシュバルツだが、隣に立つアデットは違う様子であった。開いた口がふさがらない様子のシュバルツの肩を叩くと彼の前に出る。
「正直なところここで彼女を手放したところで、金持ちや権力者の醜悪な娯楽や余興に使われるか、悲惨な結末をたどるだけでしょう。それを思えば君の手元に置いておいたほうが百倍良い」
「だろ? さすが脳みそ筋肉と違って話が分かるな」
「ええ。ですが」
流暢によどみなく望む言葉を発するアデットに機嫌がよくなるガーディア。
それを見て頷くアデットはけれど、ガーディアが瀕死の生物のように小刻みに体を揺らすエヴァに真っ赤な首輪をつける彼を前に声色を変え、
「お忘れなく。非道なことをすれば、あなたもその一員になってしまうのですよ…………それだけは、友としてやめてもらいたい」
しっかりと、念押しするようにそう告げる。
するとその意味を正確に察したらしい暴君は、彼女の首に自身の所有物である証を嵌めたものの引っ張るようなことはせず、抵抗力を奪う目的で傷を治しこそしなかったものの、いわゆるお姫様抱っこをして、寝床である生徒会室にまで移動した。
それでこの一幕は終了ということなのだろう。
風景が再びセピア色に変化し固定されたかと思えば勢いよく動き出した。
これが彼らの始まり。
のちに伝説として語られる者達の始まりである。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
エヴァとアイリーン合流完了。と同時に最初の物語も終了です。
さて次回は最初のポイントに至るまでのお話です。
ちょっとした彼らの日常やらです。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




