管鮑之交 三頁目
「なになに『エリア55の僻地にある洋館。ここを数週間前に正体不明の存在が訪れ、そのまま占拠』……占拠て……ああ。なんの許可もなく住み着いたのか。で、そんなことをしたことに対する警告を、いろんな奴らがしてたが無視されて、しびれを切らして行った強硬手段は全て意味をなさなかった。で、同時期に浜辺で人ならざる怪物が現れた」
「暴虐無人」
「いいねぇ。活きがいい。『人のシマで何してくれてやがるんだ』なんてクッソみてぇにつまらねぇことを言うこともできるが、このくらいめちゃくちゃな奴は好きだぜ。俺は。ま、仕事は仕事だ。やるけどさ」
四隅の一角に血だらけで崩れ、項垂れたシュバルツ。その頭部に自身の尻を置き足を組んだガーディア・ガルフが、アデットから手渡された茶を口に運びながら資料を見てヘラヘラと笑う。
「うし。行くか」
「最後まで見ていかないのか?」
「もう見た」
手にしていた急須を置き、背中から出した三つ目の機械の腕に部屋の掃除を任せ、同様にお茶を啜っていたアデット。
彼の不思議そうな声をガーディアは即座に断ち切り、足元にある分厚い太ももを足場にして床に降りるが、その言葉はこの記憶を覗き見ている子供たちからすれば驚きだった。
なにせガーディア・ガルフはそのようなそぶりを見せていない。
やっていることと言えば資料全体がどの程度の枚数か数えるために乱暴に広げたくらいで、報告書は二十枚を超えていた。
それを見終えたという事実は、彼らからすれば驚きだ。
「おら。さっさと起きろデカ物。その足はなんのためにあんだ?」
「り、理不尽だ……」
誰もが血まみれであったシュバルツの言葉には同意を示すだろう。
けれど肝心の本人は言葉とは裏腹にさほど気にした様子もなく、一目で重傷とわかる傷を負っているにも関わらず立ち上がる。
「対策は?」
「必要ない。資料見た感じ、複数犯だな。雑魚は頼む」
「はいはい」
敵はエヴァ・フォーネスで、待ち構える立場である。
となれば蒼野達なら相応の準備をして向かうわけだが、この男たちにその様子はない。
「そういえば駅前のハンバーガー屋さんで新メニューが出たらしいぞ」
「マジか。なら後でそこで飯食おうぜ。支払いはこの件の犯人な」
気負うことなく、散歩でも行くような軽い足取りで歩きだし、汚した部屋を綺麗にしてから出ていくと、強くなった子供達でも追いつけない速度で三人は様々な建物の屋根や屋上を駆けまわり、資料に挟んであった写真の洋館へ移動。
閑静な住宅地からわずかに離れた位置にある、周囲には目立つ建物のない中でポツリと建つ豪邸の前にまでやってくると、無警戒にチャイムを押す。
『はい』
「すんませーん。ちょっといろいろあってやってきたんですけどー、まあ過程とか面倒ですから中入りますねー」
『は? お前何言』
事情を知らぬ者達が驚いたのはその直後だ。
わざわざチャイムをして、しっかりとした反応が返ってきていたのだ。
なのにそれを無視するような様子でガーディア・ガルフは目の前にあった扉を炎で焼き尽くし、あくびを噛みしめながらズカズカと中に入っていく。
「相変わらずひどいな君は」
「チャイムの意味は何なんだよ……」
「そりゃ宣戦布告だろ」
扉を潜り、靴を脱ぐことなどせず土足で上に上がるガーディア・ガルフ。
「へぇ。中々の腕だな」
「こりゃそこらの奴らじゃ無理だ」
続いてシュバルツとアデットの二人も続いたのだが、彼ら三人が中に入ると同時に背後の空洞が埋まり、奥に続く廊下の風景が、『異界』と呼ぶにふさわしい場所に変貌する。
床だけでなく壁や天井から上下に降りる階段と無数の扉が現れ、一般家屋の中には納まりきらないほどの世界が絶え間なく広がっていく。そしてこの家の住人であろう人ならざる怪物たちが、堂々とした顔で現れ、入ってきた三人の侵入者を見ていた。
言ってしまえば目的地への進行を阻む迷宮が彼らの前に瞬く間に広がったわけだ。
「これの対処が俺の仕事か」
「私もやるか?」
この処理をしようと前に出たのがシュバルツとアデットだ。
シュバルツはこの記憶を見ている者たちが見慣れた無骨な大剣の神器を掴み、アデットという蒼野達が知らない青年は、いつの間にか右手に長槍を、左手に両刃の剣を取り出し持っており、先ほどまでの呑気な空気を潜めた。
「おいおいおいおい。馬鹿言うなし。任せるとは言ったけどな。こりゃなしだ!」
「え?」
「いやそりゃそうだろ。驚くとこか? これをお前らに任せるってことはだ」
そんな二人の意気を挫くように、わがままだらけの暴君は前に出る。
同時に右手を掲げ人差し指と親指をくっつけ、
「俺にこのくそ面倒な迷宮に挑めってことだろ? んなめんどうなもんに付き合い切れるかよ」
前方から聞こえてくる獣の唸り声をかき分けるように、綺麗ではっきりとした音を鳴らす。
それだけで彼らを包んでいた世界の尽くが燃えた。
壁に階段。扉に魔の者。いや世界のすべてが太陽が放つかのような輝きを放つ炎に包まれ、かと思えば一瞬で消え去った。
「こっからの梅雨払いは任せるぜ。あとよろしくな~」
残されたのは視界に移るすべてが焼け焦げた、『異界』に変貌する前に広がっていた何の変哲もない廊下。
驚くべきことはそれほどの熱量で焼けたにも関わらず廊下としての原型が保たれていることで、それを行った幼き日のガーディアの技量の凄さを見て、記憶の観測者たちは言葉を失う。
「おっじゃましまーす。先に行っとくと帰れと言われても帰りませーん」
「…………貴様、何者だ。いったい何をした?」
その直後、指先から炎を出し、見ているものが瞬きする間もなく複雑な術式を組んだガーディア・ガルフは、頭上に火柱を放出。
それは物理的にだけでなく概念系の能力で隠されていた空間さえいともたやすく突き破り、階段を使わずその空間にたどり着いた彼は明らかに異常な部屋。
四方を果てのない暗闇に包まれた家具の一つさえ存在しない、これから行うことをたやすく予期できる部屋へと辿り着き、能天気な空気のまま対峙する。
「なんだなんだ。マジのマジで世間知らずの引きこもりかよ。まぁそれなら後で答えてやるよ」
「…………」
「今はあれだ。掃除屋が来た、くらいに思っとけばいいんだよ!」
「雇った覚えはないが?」
蒼野達が日ごろから目にしていた小さな吸血鬼の姫君。
けれど知りもしない、千年前の彼女。
そう即座に理解させるほど、彼女の発する空気は尋常ではない。
目を細め、口を真一文字に閉じ、陶器のように白い肌を晒す闇夜を貫くような金髪を携えた少女。
彼女がまとっているのは『死の香り』だ。
シュバルツやガーディア・ガルフはもちろん、ギャン・ガイヤやミレニアム。パペットマスターやデスピア・レオダさえ届かないほど洗練された、重く濃厚な空気。
それは瞬く間にガーディア・ガルフの足元まで這っていき全身を包み込むと、それをそのまま形にしたような異形の怪物が四方八方から現れる。
見る者の心を鷲掴みにするそれらは、現代を生きる者たちが見たこともない物の怪。本来の彼女が使役する殺意の塊だ。
「雇い主は、無能な無能な大人たちだ」
その全てが掻き消える。
それほどの空気を浴びてもなお平然とした様子で生意気盛りな笑みを浮かべるガーディア・ガルフの言葉に合わせ世界が歪み、嵐のように吹き荒れる炎の渦が轟音を発し、
「俺だって本音を言えばこんなことはしたくない! こんなちっちゃい子供をいたぶ……捕まえるなんて心が痛い!」
「なっ!?」
闇が晴れたかと思えば、現れた物の怪は抵抗する間もなく数えきれない蹴りを受けることで地面に沈む。
文字通り刹那のあいだ、呼吸はもちろん瞬きさえする暇なくそれらは行われ、
「でもこれも生徒会長の役割だからな~。胸がおど…………違った、張り裂けちゃうけど、まじめに働かなくちゃな~」
何らかの抵抗をする間もなく、エヴァの顎を拳が捉え、彼女は自身が施した無数の結界を突き破りながら、日輪輝く屋外へ。
「あ、あぁぁぁぁぁぁ!!!!?」
「お前吸血鬼か!」
すでに記憶を覗き見ている者達ならば知っていることを初めて知り、後に『果て越え』という称号を得るガーディア・ガルフは目を丸くし、
「そうかそうか。あの吸血鬼か~~」
まな板に載せられた鯉のように跳ね、けれどすぐさま小刻みな痙攣を繰り返すようになった彼女を見て、彼は「いいことを思いついた」とでも言いたげな声と、最低最悪な意地の悪い笑みを浮かべ、彼女の肩を掴んだ。
「き、さま…………何者だ!!」
完膚なきまでの敗北。
それは悠久の時を生きた彼女にとって初めてのことであり、崩れ行く心を必死に組み立て、文字通り呪いを込めながら目前の存在を凝視しながらそう告げ、
「生徒会長だよ。最寄りの高校の」
「は、ハァ!?」
「終わったのか」
「お疲れガーディア」
「おう。とりあえずこいつのおごりで飯行くぞ。そのあとに資料を作成な」
最後まで調子一つ崩すことなく、帰路についた。
これが千年前のガーディア・ガルフ。
自分本位で、周りを巻き込むことに躊躇がなく、自分が敷いたルールに従う暴君。
そしてここに風紀委員のアイリーンが加わり、物語は始まるのだ。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
遅くなってしまい申し訳ない。
なんとか投稿できました。
色々な意味で調子が悪い。
と、そんな話は置いておきVSエヴァ。
する話も多く、彼らの日常とかも描きたかったので、スパッと進みます。
まあ実際、エヴァが殺意マシマシで行こうとも、やる気のあるガーディア殿相手ならこれが普通である。
さて、次回はアイリーン殿合流とまたも日常。
そこから色々話を進めていきます
それではまた次回、ぜひご覧ください!




