管鮑之交 二頁目
「どこから話せばいいものか。うん。正直少々困るところなのだが、そうだな…………まず初めに私たちの立場を話しておこう」
白い壁に飾り気のない水道と無造作に開かれた窓。屋内に敷き詰められた木製の床。それらがそろった空間を蒼野達と同年代の子供たちがある者は歩き、ある者は駆け、そばにある教室の中からは男女の声が入り乱れる。
「へぇ。学校ってこんな感じなのね」
「……初めて知ったな」
シュバルツを先頭に歩く一行は、この記憶の世界では一言でいえば『存在しない人物』のため、壁や天井を貫通して移動することができ、その特性を生かしゼオスや優が奇妙なものを見るような目で、学校内に広がる様々な光景を見つめる。
「私やガーディアはこの『北エリア第55区高等学校』の生徒会に所属していた。あいつが生徒会長で一緒に歩いているアデットは書記だ。ここにいない私は、少々言いずらいところもあるが、雑用係だな」
「ちなみに私は風紀委員。まあその辺の関係は追い追いわかるから、そこまで必死に覚える必要はないわね」
そのような様子を示す二人を置き去りに、他の面々は先頭を歩く二人の青年を追いかける。
「エヴァについてはそうだな…………この様子だと生徒会室にたどり着くまではまだまだ時間がかかるな。そういう歩みだ。なら本題をこなすついでに歴史のお勉強だ」
彼らの前を歩く『果て越え』の動きはひどく緩慢だ。加えて覇気もない。
着崩した学校指定のYシャツの下には真っ赤なシャツを着た生徒会長は、眠たげに目をこすり大口を開けてあくびをしており、先へ先へと進む足取りは足元に鉛でも張り付けているのかと疑いたくなるほど重い。
「あ、はい。お願いします」
これが現代において誰も追いつくことのない『速度』を極めた男の姿とはどうしても信じられず、同時に目的地とするところまでたどり着くことに時間がかかることも納得でき蒼野の口から、あきれの混じった声が漏れ、シュバルツは苦笑。
「この時代は昔と比べて血気盛んでな。それというのもイグドラシルが納める治世と比べると、法の整備もそこまで整然とされていなかったんだ。それに戦争の真っただ中ってこともあって、戦力はできるだけ生みたいっていう意図もあった。だからまあ、いろいろな要因が重なって全世界が殺伐としていた」
「世間一般で語られてる、『イグドラシルが独立を決めた理由』もそれね」
「…………実際には違ったということか?」
「それについてはわからないわ。まあ、語ってない意図はあったのでしょうけどね」
ここが記憶の中である以上、彼らが当時の事件や日常に介入することもされることもあり得ない。
それがわかっているゆえに彼らは周囲の生活をじっくりと見つめることができ、そうしているとアイリーンの言葉が的を射ているとすぐに察することができた。
しっかりとふき取るよう心掛けている様子は汲み取れるが、生徒たちを包む壁や床にはわずかながら血痕が残されていた。
「その、すさまじいですね」
千年たった現代でも、人が死ぬような事件や宗教間の戦争は日常茶飯事だ。
ただ戦場となる場所はある程度決まっており、戦いを行うにしても戦場が学校になるのは滅多になかった。なので蒼野や康太にしても、この場所の光景は少々非日常的なものであった。
「このくらいで驚いてもらっちゃ困るな。黒歴史を語るようで気が引けるが、ガーディアが統治する前は、この十倍はひどかったんだぞ」
「じゅ、十倍!?」
「ああ。ほら、ちょうどそれだけの被害が出た証左を示せる機会が来た」
そう言ってシュバルツが指さした先では、一切の遠慮なく、それこそ相手の命を奪い取ることを目的にしたように粒子と肉体を用いた喧嘩が行われていた。
頭に血が上った状態で行われる後先など一切考えていないそれらを、積は若いころ特有の現象であると冷静に分析するが、同時に気が付く。
「シュバルツさん。あいつら、放っておいたらどちらかが死んでしまうんじゃ?」
「あいつが来る前ならな。けどほら。もう大丈夫だ」
積の意見をシュバルツは否定しない。それどころか肯定するのだが、そのうえでなんの心配もないと言いきり指をさす。
するとそこにはいつのまにか先ほどまでと全く変わらぬ調子のガーディア・ガルフが割り込んでおり、相手を殺すことを目的に打ち出された攻撃を前にして、瞼をこすっていた掌を離しそっと触れると、そのまま蒼野達では視認できない速度で下へ。
それだけで攻撃は掻き消え、驚く二人の学生を尻目に歩き出したかと思えば、両者は何らかの抵抗をする間もなく、というより気が付くこともなく腹部を蹴られ、壁に全身を埋めた。
「なぁアデットよぉ。ここら辺のトラブルをテキト~に解決して、ノルマ達成でいいんじゃねぇか?」
「だめです。それでは下の者に示しが付きま」
「下ってお前とあの筋肉バカだろ。いいじゃねぇか別に」
「だめです。それに言ったでしょう。これは『仕事の時間』だと。私がこのような言い方をする際の仕事とい」
「俺にしかできない仕事ってか? クソッタレめ」
そのような行動はほんの数分のうちに何度も行われた。
ある時は喧嘩の仲裁として指先を向け、ある時はグランドから飛んできた全身を覆えるほどの鉄球を蹴り飛ばした。
さらには目の届かないであろう山の向こう側で起きている十数人規模の抗争を、指先をわずかに上下させるだけで発した巨大な火柱で止めるなど、同年代の学生と比較しても、いや、現代における最高峰『超越者』クラスと比較しても、異様な光景を彼らに示しており、
「す、すごいわね」
「あれがオレらと同年代だと? 冗談きついぜ」
「下手なこと言ったら、今のガーディアより強いかもなー。なんせ今は私たちが見たことがないほどの絶不調だからな!」
「…………俺たちの尺度では測れんな。いや、それでこそ『果て越え』か」
「そんなところだ。けれどあれだな。せっかくの機会だからここでしか伝えられない情報を色々と教えたいんだが、まずは登場人物を揃えるべきだな。つまり」
そのようなことを話していると、先頭を歩くシュバルツとアイリーンが足を止め、それに続いて子供たちが制止すると、自分たちの目の前に、つい数分前に見たものと同じ大きさ、同じ形の、見覚えのある門が現れる。
「な、なんだろうなこの感じ」
「落ち着かないわね」
今目の前で広がっている光景は、自分たちの存在がばれるわけがない過去の出来事だ。
けれど彼らは緊張から唾をのんだ。『果て越え』ならば、この世に広がる当たり前の条理さえ吹き飛ばしてしまうのではないかと思ったのだ。
そんな考えが彼らの頭をよぎり、その直後に過去のガーディア・ガルフがアデットと呼んだ相方を引き連れ彼らの真横にまでたどり着き、人差し指で扉を小突く。
「うぉぉぉぉぉぉ!? いきなり何しやがる! 中にいる俺のことも少しは考えろよ!」
すると扉は爆発にでもあったかのような勢いで吹き飛び、内部からは聞き覚えのある、けれど少々若々しい声が。
それを耳にした瞬間、蒼野とゼオスの顔色が明確に変わり、視線の先には、彼らが思った通りの人物。
すなわちYシャツの上から紺のブレザーをしっかり着込み、今と比べると幾分か若々しいシュバルツの姿があり、地震のみへと飛来した扉を、慌てた声をあげながらも手の甲ではじいた。
「やあやあ脳まで筋肉君! アデットとクソバカ野郎なお前が頼りにならないせいで、俺にまでお鉢が回ってきたじゃねぇか! どうすんだよおい!」
「うぼぉ!?」
「本当にそうか~? さぼりたいだけじゃないのか~ もしそうなら、仕事が終わった後に一人リンチを開催するからな~!! 覚悟しとけよぉ!」
「待てコラ! 私の実力云々以前にだ、お前まだ今月のノルマが残ってるだろうが! お前こそサボるんじゃねーよ!!」
そんなシュバルツの腹部に、光を置き去りにする男の蹴りが炸裂。
周囲に迸る衝撃の余波から、蒼野やゼオスはそれが自分たちを失神させるほどの威力が秘められていることを即座に見破り、それを受けた巨躯は全身を真後ろの壁に預ける。
けれどそんな二人の予想に反し、千年前のシュバルツはすぐさま動き出し、全身を壁から脱出させると見覚えのある神器を取り出し、四方八方から襲い掛かる数十人のガーディアを捌きはじめた。
「…………確信したぞシュバルツ・シャークス」
「ん?」
「…………貴様、俺たち相手にはやはり手を抜いていたな」
「それは言いがかりだぞゼオス君。あの時の私は確かに全力だった」
「………………」
「い、いやまあ、ガーディアを相手にするときの気概ではなかったさ。けど本気で戦ってたのは確かだし、最後の一撃に限っちゃマジで」
「おい、つまらん会話をするなお前ら。ここからなぁ、この物語のヒロインが登場するんだからな!」
その様子を見て確信を得たゼオスに対するシュバルツの言葉は徐々に弱くなっていき、しかし最後まで発せられるよりも早くエヴァが口を挟む。
するとシュバルツが先に言った『登場人物を全員揃える』という旨の発言。
そして千年前の彼では手に余る依頼ということことを頭の中で繋げた優が、言葉の意味を察するとつい数十分ほど前に目にした机の前に駆け寄り、そこに置いてあった資料を確認。
「へぇ。エヴァさんとほかの人らって、そういう出会い方なんですね」
そこで彼女は、表紙に記された『近辺に現れる正体不明の危険人物の対処依頼』という言葉と、今と比べ荒んだ表情を浮かべているエヴァの姿を目にした。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
先日は仕事の疲労がたたり、更新を休んでしまっていました、ご連絡できず申し訳ありません!
もし同じことが起こるようなことがあれば、次回からはしっかりと連絡を残していく心づもりなので、よろしくお願いいたします。
というわけで一日遅れの更新。その内容は過去編、チュートリアルその1といったところ。
すでに話したかもしれませんが、今回の過去編はこれまであった様々な疑問や登場人物の生態に深くかかわる話のため、結構長くなります。
というわけでその地盤固めも含めた話を、エヴァ合流までの間にしようかと思った所存でございます。
というわけで次回はVSエヴァです。よろしくお願いいたします。
追記
ここ最近PCを新しいものに新調したのですが、なぜかうまい具合に文字が打てない状況が続いています。
それに加えちょっとキーボードの文字の位置も変わり不慣れなため、普段以上に誤字脱字が目立つため、ご了承していただければ幸いです。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




