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管鮑之交 一頁目


「ここがあなたたちがアタシ達を案内したかった場所?」

「…………どのような意図で使われる部屋だ?」


 シュバルツが両の掌でゆっくりと扉に触れ、音一つ立てないくらい慎重に押し、部屋の中の様子が彼らの瞳に映る。

 窓から降り注ぐ青白い光を蓄えたそこには、長い年月使用されてなかったゆえに大量の埃が積もっており、けれど置かれているものが劣化した様子は不思議と一切なかった。

 なので埃が原因で少々判別がつきにくくこそなっているものの、中に置かれているものはすべてこの場所に置かれた当時の姿を保っており、けれど優とゼオスの二人は、この部屋の用途を理解できない。


「あれは校章旗。それいくつものにトロフィーが飾ってある。真ん中に置いてある机とソファーは会議なり人を迎えるためのものだよな。ここは……校長室か?」


 過去に学校に通った経験のない二人と比べればそれなりの知識を備えている積がそう尋ね、けれどアイリーンは首を振り否定した。


「校長室でもない…………けど旗やトロフィーが飾ってあるうえで部活動をやってる雰囲気もない」

「それなら風紀委員やら生徒会向けに用意された部屋ってところか?」


 仲間たちがそのように推測している間に蒼野は部屋の隅々まで確認することでそう判断し、それを受けた康太は部屋の中央に置かれている木製の大机のそばにある黒革のソファーに腰掛けながらそう判断。


「ご名答…………ああそうだ。ちょうどいいし、さっきの質問にも答えよう」

「さっきの質問?」


 その答えを聞き、校長が使うために設けられたと判断したデスクにやさしく触れていたシュバルツが今度は肯定。

 顔に浮かべていた柔らかな笑顔から、この場所がいかに大切なのかが読みとれ、五人の若人は一瞬口を閉ざすが、シュバルツが手招きすると窓のそばにまで移動。


「ここはさ、私たちにとっての特等席だ」

「…………特等席?」

「そうだ。どれだけの罪科を重ねたかを、証明している」


 青白い光に照らされた無数の真っ白な棒が窓際に立つ彼らの視界に飛び込み、その瞬間彼らの脳は、この場所を『避難場所』と判断することができなくなった。

 彼らの脳が思い至ったこの場所の新たな認識、それは――


「…………墓地、ということか。この世界すべてが」

「……ええ。千年前のあの戦争で私たちが救えなかった全ての人々。数が多すぎて、地上ではだれ一人として供養してくれなかった魂がたどり着く安住の地。それが、この場所の役割よ」

「そうか……………………いやちょっと待ってくれ。今あんたは『全て』と言ったか?」


 アイリーンの独白をほかのものと同じくしみじみとした気持ちで聞いていた積は、けれど即座に気になる点に気が付き口に出す。


「そうよ。全てよ。賢教と神教の区別なく、この場所にはあの戦いで死んだ人たちすべての魂が眠っている」

「そ、想像が追い付かない話ですね。いやでも、それなら都市一つを埋めるのも納得できるな」


 話を聞き思わずそう口にする蒼野だが青白い光に包まれた無数の墓標。地面だけでなく壁や天井にまで敷き詰められたそれらを見ると、その言葉も嘘ではないのだと自然と受け入れられた。


「エヴァの術技に私の変装術を駆使してすべての情報を集めたんだ。苦労したんだぜ、本当に」


 かつてを思い起こし、遠くを見るシュバルツ。

 彼のその様子に、子供たちは自分たちでは正確に認識できない何かを感じ取る。


「準備ができたぞ。来いお前ら!」


 その正体を明確にするよりも早く幼い少女の年不相応な鋭い声が聞こえ、五人だけでなくシュバルツやアイリーンも振り返る。

 するとソファーに挟まれるように置かれた机の上にサッカーボールよりも一回り小さな水晶玉と、それを安置するための紫色の座布団が置かれており、彼らは誰かに促されたわけでもなく近づいていく。


「これは?」

「千年前、エヴァの奴が用意しておいた能力。『記憶の坩堝』と呼ばれるものだ。個々人がとどめておきたい記憶をこの中に封じ込めることができてな。目を閉じたままこの水晶に触れると、閉じ込めておいた記憶を自由に確認できる」


 そう説明された水晶の中には赤・青・黄など様々な色の靄が存在し、この能力に関して詳しく知らない蒼野達でも、複数の記憶が存在していることがなんとなく察せられた。


「正直ね、わたしとシュバルツはこんなもの意味がないと思ったの」

「なんでっすか?」

「こういう風に腰据えて話せる状況に持ち込まなけりゃ、使うことなんて絶対できないものだからな。それに、過去の記憶を見てもらったからと言って、共感を得られると決まったわけでもない」


 だから二人はこの物体に価値はないと判断した。

 けれどそんな二人の予想に反し、エヴァが『自分たちのことを知ってもらいたい。忌み嫌われ、裁かれる罪人ではない」と訴えかけるために残した過去の遺産は、協力する姿勢を見せる子供たちに使われる。

  その事実を前に、二人は『驚き』以上に『喜び』の念を抱いた。


 直後、シュバルツは自身が背負っていた神器を手放し、水晶玉に躊躇なく触れる。アイリーンもそれに続くように真っ白な手袋を取り、水晶玉に触れる。

 すると二人が意識を手放したことが子供達にもわかり、顔を合わせてうなずいた蒼野と優が同時に水晶の中の世界へ。


「待て待て。神器を手放せだと。んなこと聞いて『はい、そうですか』なんて言えるわけが」

「…………」

「手放すのかよテメェ…………」


 文句を言う康太もゼオスが即座に背負っていた神器を手放すのを見ると反論する気さえ起きず、少々のあいだ考えるそぶりを見せ、最後には諦めたように二つの神器を解除すると水晶に触れ意識を飛ばし、


「…………」

「エヴァ・フォーネス?」

「いや、何でもない。何でもないんだ」


 その姿を前に、不意に表情を変える小さな吸血鬼の姫君。

 その変化が以外で積が声をかけるのだが、彼女は明確な返事をすることなく、


「ありがとう」


 積も水晶に触れ、自分を除いた全員が水晶玉に手を置き意識を彼方へと進ませたのを見届け、彼女は静かに、慈愛の念を込めた声でそう呟いた。




 遠く、遠く、八人の男女が道のない鉛色の霧の中を進んでいく。

 それは一分にも満たないほど短い時間であったのだが、一歩遅れてやってきたエヴァも含め全員がその空間を抜けると、一面の青空に遮蔽物など一切存在しない上り坂気味の草原。それに天を衝くかのように伸びた、数十メートルにも及ぶ高さの大樹があった。


 それがどのような場所か、なぜ自分たちが運ばれたのかもわからず五人は周囲を見渡し、


「そこにいるのはわかっているんだ。仕事の時間だぞガーディア! 隠れずに出てこい」


 そうしていると彼らは、自分たちの体を通り抜け、大樹へと向かう一人の男を見つける。

 真っ赤な髪の毛をオールバックにまとめ、細長い黒いフレームの眼鏡を蒼野達と同い年くらいの青年。

 高身長なことに加え真っ白な制服をぴっちりと着こなした彼は、パーツごとに分けていけば不良の類に見て取れるはずなのだが、口から発せられる穏やかで、誰もが聞き取りやすいゆっくりとした語りと、少々垂れ気味の草食動物を連想させる瞳がその印象を覆した。


「あれは誰だ?」


 蒼野だけではない。康太も優もそうであるが、彼らはみな、ガーディア・ガルフの名を呼び捨てにできるものはそうはいないと思っていた。

 それこそこの記憶の世界に案内した三人以外で存在するわけがないとさえ思っており、見覚えのない容姿の人物を前にして困惑の色を浮かべるのだが、


「うーるせぇなこの野郎! 俺らのやる大半の作業なんざ、お前さんで十分だろアデット。力仕事ならシ

ュバルツのバカを使えばいい!!」

「そうは言うがな、一人一人のノルマというものがある。それは君だって承知したはずでは?」

「…………クソッタレがよぉ!」


 その直後に見たものに彼らはそれ以上に目を疑った。

 大樹から姿を現した青年は太陽の光を跳ね返すかのように美しい黄金の髪の毛を蓄え、まとっている雰囲気やこの世のものとは思えぬ美貌は、彼らの頭にある人物を思い浮かばせた。


 けれど、彼らの知っているある人物とはあまりにもかけ離れていた。


 それは発せられる暴力的な言葉。それに込められている荒々しい感情もそうだが、浮かべている表情、それに鋭い眼光が、記憶の中に移るある人物とはどうしても一致せず、


「ほら。行くぞガーディア」

「うーい」


 数十メートルの高さから音一つ、そよ風一つ立てることなく着地したその男、すなわちガーディア・ガルフは、五人の若人には見せたことのないしぐさや声でアデットと呼んだ青年の後を追い始めた。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


さてついに始まりました。千年前の戦士たちの過去編。

その始まりは新キャラクタ―『アデット』の登場。そして現代とは全く違うガーディア・ガルフです。


彼らの面白可笑しい一幕、そして今に至る物語を少しばかりでも楽しんでいただければ幸いです


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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