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地下・都市・墓標


 下る。下る。彼らは下る。

 延々と下り続ける。


「そもそもだ。なぜこの場所が賢教の敗北という負の塊を受け入れる事になったのか、という話だ」

「なるほど。『戦いにおける大戦犯の出身地』そんな最悪の下地があったから、選ばれたってことか」

「そういう事だ。全く! 嘆かわしいことこの上ない!」


 新品の家財。新鮮な野菜や肉。雨水を通さず風に揺らされても物音を建てない家に清潔な服。

 それらが一つとして揃っていない、惑星『ウルアーデ』における最下層たる地『廃都』。その場所に五人の若人がシュバルツにエヴァ。そしてアイリーンの三人と共にやってきたのはおよそ五時間前。

 想定外の手厚い歓迎を受けた五人は先を歩くエヴァに連れられ、視界を遮る障害物の群れを避けながら先へ。

 かつては巨大な都市であったであろうことを思い浮かばせる広大な敷地内を歩き続ける事十数分、先頭を歩いていたエヴァが足を止めた。

 蒼野達が見る限りではその場所と他の場所には違いはない。

 ただ小さな吸血姫にとってはそうでもないらしく、つい数十分前の戦いで負った傷を一つも残していない、陶磁器の様に真っ白な腕を伸ばし、開いていた掌を勢いよく閉じると、目の前の地面がせりあがり、不均一で下りにくいこと極まりない石の階段と、奥を見渡すことのできない闇が現れた。

 それを見た五人は警戒の色を濃くするが、そんな彼らに中に入るように促すと残る三人は先へ。

 それからおよそ四時間、五人の若人は悠々とした足取りで先へと進む三人に、時に不安定な、時に安定した、下へと続く道を阿歩き続けた。


「ゼオス君は私についてやけに詳しかったが、情報源はこの『廃都』かな?」

「…………そうだ。まだ両手の指にも至らない年齢の頃、この場所をまとめる長老が貴方の話をした。最も偉大で誇り高い剣士の話をな」

「慕ってくれるのはありがたいが誇張表現が過ぎるな。その…………照れくさい」


 不安定な足場をおぼつかない足取りで下りながら語るゼオスに対し、こそばゆい様子を隠しきれず、自身のこめかみを掻くシュバルツ。


「この場所の村長は長寿族なの?」

「そうなんでしょうね。最も、千年前の時点じゃ私達は誰も知らなかった。この場所に居る人たちが親しげな態度を取ってくれるのは、彼のおかげよ。本当に、感謝してもしきれないわ」


 その一方では優がアイリーンとそのような会話をして、『廃都』の人々が自分たちを歓迎してくれた理由を知り、


「ずいぶんと長く続く道だな。先には何が?」

「行けばわかる。お前らは、精々足を滑らせないよう気を付けろ」


 積が先を歩くエヴァに質問を投げかけるが関心もなさそうな声が返される。


 それらはほんの一、二時間前まで敵対していた間柄の者達が発したとは思えない気軽な空気だ。


「もう五時間くらい経ってないか? この階段はどこまで降りるんだ?」

「もう少し。本当にもう少しだ」

「……あぁ。ほら。着いたぞ」


 とはいえ康太のように警戒を解いていないものも当たり前だが存在し、更にしばらく歩いたところで棘のある声色でそう尋ねるとシュバルツがなだめ、その言葉が真実であると告げるように、彼らの進む先から淡い光が漏れ出ていた。


「ここが君達を連れてきたかった場所だ。まぁ目的地にまではもう少し歩かなくちゃいけないんだが」


 その場所へと向け進めば彼らはそうシュバルツが語る場所に辿り着く。

 長く続いた下り道を抜けた先。

 そこはこれまで通ってきた階段とは真逆の、邪魔な凹凸を削り、歩きやすいよう舗装し、汚れがないよう気を配った崖際であったのだが、そこから見える景色に子供たちは息を呑んだ。


 『感動』と『困惑』からだ。


 『感動』の理由は単純だ。その場所が、あまりにも美しかったからだ。

 眼下に見えるのは石でできた、けれど一目ではそうはわからない建物の数々で、様々な形を揃えたそれが地平線の彼方まで続いている。有り体に言ってしまえば、超が付くほど広大な都市だ。

 ただそれほどの広大さを誇っているにもかかわらず、彼らが辿り着いた場所からは生活感というものが一切感じられず、映画のセットのような『本物を目指して作られた模倣』のような雰囲気であった。

 それを照らしているのは屋内全域に生えている無数の苔が発する淡い青い光と、虚空に散っている無数の霞が反射している同色の光で、奥まで見通すことのできない広大な範囲が、この世の物とは思えぬ神秘的な空気を纏っていた。


「……ついて来い餓鬼ども」

「ちょ、ちょっと待ってくださいエヴァ、さん。ここは? いや、それ以上にあれは?」


 屋内という特性を活かした他の場所にはない空気、それは確かに美しい。彼らを感動させた。

 ただ彼らが足を止めたの目にした場所の美しさから来る『感動』からではない。『困惑』ゆえだ。


 建物と道を埋めるように天へと向けまっすぐに伸びた、数えきれないほど多くの真っ白な棒の群れを目にしたからだ。


「…………墓標だ。何の意味もないな」

「え?」

「………………少なくとも私にはそう見える。見えてしまう…………それが、酷く悔しい」

「?」


 そうして語られる不死者の言葉には、古賀蒼野という人間が聞いた中で、最も強烈な悲しみが宿っていた。

 ただその意味を確認するよりも早く、彼の、いやこの場を初めて訪れた彼らの頭を埋めたのは別の言葉で、


「ここは当初、シェルターとして使う予定だった場所なの」

「え?」


 それを口にするよりも早く、聖女の異名を冠する美女が語りだした。


「地上で行われていた戦いから安全に身を隠せる場所。長く続く戦いから身を守れる安息の地。そういう場所を作りたいと思って…………世界中の人を匿える場所として、ガーディアはここを作った。けど、それはうまくいかなかった」

「どうして?」

「単純な話よ。この場所は、人が住むに適していなかった」


 投げかけられた積の問いに対する単純明快な答え。それを聞き彼らは僅かなあいだ頭を働かせ、アイリーンが口にした言葉の意味を察した。


 この場所を守る周囲の地盤はシュバルツでさえ意識を集中させなければ破壊することができないほど強固で、数多の能力を無効化する結界まで張られている。

 更にここに来るまでにシュバルツ達が子供たちに話していた内容によれば、『招かざる者を退かせる』トラップや呪術まで張られているらしく、能力などによる転移も封じ、軍用車などの進行も完璧に止められるここは、彼ら曰く『世界で最も堅牢な要塞』であるとのことだ。


 しかし、その代償にこの場所は利便性と生産性を置き去りにした。

 ここまで辿り着ける者に対しては、この神秘的な場所は絶対的な安全をもたらすかもしれないが、そもそもの問題としてここに来るまでの道のりが険しい。

 蒼野達が通ってきた道は、軍用車などの進軍を阻むためという名目上、とても不安定だ。

 徒歩でしか来れず、ここに辿り着こうにも距離が長いため、成熟した大人や戦士の類ならば来れるが、子供や老人が辿り着くには中々難しい。


「一番の失敗は、この場所での戦闘行為を封じるための施策だな。ガーディアの奴はその一つとして粒子の使用を禁止するっていう方法を取った」

「あ、ホントだ。粒子を使えないわ」

「とくれば後は肉体自慢が頑張ればいい。つまりわたしとあいつの出番ってわけなんだがな、粒子を使えなくしちまった時点で、動植物の育成と成長、言ってしまえば食料の生産ができなくなっちまったんだ」

「ああ」

「なるほど。そりゃ致命的だ」


 困ったように笑うシュバルツに、積と康太は同意する。

 困難な道のりに加え食料の補給ができない。外から持ってこようにも、車などの類は使えず、能力なども途中にある結界の類で無効化される。

 ただ人を収容できるだけの空間。

 それは町の形をした棺桶のようなものであった。


「こんだけしっかり作ったのに結末がそれか。もったいないな」

「そうでもないさ。広大でしっかりとした術式やらを張ってるが、実際の制作期間はほんの一時間程だ。まぁ時期が時期だったから時間が惜しかったのは認めるが、実時間としては大してかかってない」

「…………これほどの空間をたった一時間で作り上げた? そんな事が可能なのか?」

「可能なのが、『果て越え』という存在だ」


 語っている間に彼らは崖際から続いていた階段を降り、数多の石の芸術とまっすぐに伸びた棒が乱立する都市部に辿り着く。

 そうして間近な距離から見れるようになると、確かに無数の真っ白な棒には人命らしきものが記されており、エヴァが語った『墓標』という言葉が嘘の類でないという明確な証拠となった。


「花?」

「いや待て。あの名前は!」


 それが無数に存在しているという疑問。その答えを見つけるために、五人は口を閉じ、あるものは頭を働かせ、あるものは周囲を観察する。

 そうしてしばらく歩いていると、無機質な空間に似つかわしくない色とりどりの花が咲いた空間があり、周囲の観察をしていた優と康太の視線がそちらに向き、足を止め声をあげる。


「…………敵対はした。それは事実だ。ただここに立っている墓標は、敵味方の区別がないのでね。彼らの名も加えさせてもらった。本人はともかく、不死鳥の座が知れば憤怒の表情を浮かべるだろうがな」


 そこに記されていたのは神の座『イグドラシル・フォーカス』の名。

 次いで隣には竜人族の長老的存在であった『ヴァン・B・ノスウェル』の名も記されており、神の座の名を挟んだ逆側には『デューク・フォーカス』と記された墓標もあった。


「お前らからすれば、色々と考えることがあるのだろう。それくらいは私にもわかる。だがとりあえず用事を済ますぞ。話はそれからだ」


 その言葉に従うように立ちどまっていた二人を抱えたシュバルツが、先頭を歩くアイリーンとエヴァに合流。


「よし。着いた」

「ここが……」

「あんたらが案内したかったところか? 学校の類に見えるが?」


 それから数分後。

 足元にある墓標を丁寧に躱しながら一行が辿り着いたのは三階建ての横長の建物。

 内部にいくつもの見覚えのある教室を見て、蒼野と康太は自分たちが通っていた学校を連想し、シュバルツはそれが正しい答えだと示す様に頷くと真っ先に屋内へ。

 ゼオスに優の二人が物珍しそうな表情で周囲を見る中、彼らは三階まで登り、最奥の部屋へと辿り着く。


「ここだ」


 それが、彼らにとって少々面倒であった移動の終焉。

 そして、全てが始まった地への入口であった。






ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


子供達、シュバルツらを連れ廃都へ移動の巻。

さっきまでの敵対関係など嘘のように会話をするのは、戦続きの敵味方がよく変わる『ウルアーデ』特有の空気ですね。

まぁ蒼野達も元々彼らを不倶戴天の敵と見ていないってのもある。


さて、次回からそろそろ回想へ突入。

多分最初から、意外な状況が広がる事になると思います


それではまた次回、ぜひご覧ください


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