ギルド『ウォーグレン』史上最大の依頼 二頁目
待つ。ただただ待つ。望む吉報が訪れる事を信じ、彼女は待つ。
祈るように頭を垂れ、座して待つ。
「く、そぉ…………転送場所を見誤った! こんなに速く太陽が!」
星々の力を借りて行われた空前絶後の超大技。不死者でなければとっくの昔に死んでいた攻撃。
それを受けたエヴァ・フォーネスは、数十分前と同じく微動だにできない状態が続いていた。いや無理矢理続けられていた。
「黙ってなさいよクソガキ。頭に響くじゃないの」
「はっ、年寄りは大変だなぁ!」
「減らず口をっ」
既に予定していた25分、つまり限界地点は過ぎていた。
それでもなおこの偉業を展開できていたのは、不死の衣を失った彼女が、文字通り命を削っていたからである。
結果さらに十五分ものあいだ彼女はエヴァ・フォーネスを拘束し、そのタイミングで日輪が昇り状況が変化。
それまでの圧倒的な強さを失った彼女を、残った命を更に削り、アイビス・フォーカスは何とか抑え込んでいた。
「エヴァが負けたか。不死の力と無限の粒子がない状態でたいしたもんだな」
「…………っ」
こうなれば後は吉報を待つほかない。
そう考えた彼女の耳に届いたのは望んでいなかった者の声。
すなわちシュバルツ・シャークスのものであり、
「そう……負けたのね」
その声の主が草木をかき分けながら姿を現したのを見て、彼女は腹を括る。
目前に控えている存在はなおも五体満足。けれど疲労の色と粒子の激減は即座に把握することができ、
「なら、あたしが何とかしなくちゃね」
自身に残された全てを捧げてでも、この強敵を倒すと彼女は誓い、力の入らないからだに喝を入れ、なおも闘志を残す瞳を携え立ち上がる。
「っと、待て待て不死鳥の座。お前と戦うつもりは俺にはない。それと勘違いしてもらっては困る。私は勝者ではなく敗者だ。この戦いは君達の勝ちだ」
「?」
そんな彼女の決意を受け語られる言葉。それを聞き彼女はすぐに眉をひそめるのだが、一息ついて気がつく。
戯言としか思えぬ言葉を吐くシュバルツ・シャークスは、けれどその言葉が示す通り敵意の類を一切纏っておらず、掲げた両手に神器はない。
極度の疲労と残存粒子の量に不安がある彼女は、その言葉と姿を前に、本当に僅かではあるが警戒を緩め、
「よっと!」
「っ!?」
直後、その肉体をシュバルツ・シャークスを象徴する大剣が深々と斬り裂いた。
「なんっ…………!」
神教最強戦力足る彼女が捉えられない速さで掴み、構え、振り抜かれた一撃。
右肩を侵入経路にしたそれはへその辺りまで瞬く間に進み、その時点で気づいたアイビス・フォーカスの口から息が漏れる。
「っ!」
そのまま刃は世界最強の一角とは思えぬほど華奢な体を通り抜け、そのタイミングで彼女は掌を目前の巨体へと向ける。
エヴァ・フォーネスにかけた拘束が解け、避けられない死が迫る。
それでも必ず目前の敵を倒すのだという気迫が今の彼女からは感じられ、掌には都心部のエネルギー問題を賄える程の粒子が瞬く間に集まり、
「中々難しい話だとは思うが落ち着いてくれアイビス・フォーカス。で、自分の体を調べてみろ。疲労やら粒子の不足は回復しているはずだ」
「え?」
それが撃ち込まれる直前、シュバルツ・シャークスが少々早口でそう説明する。
すると溜めていた一撃を即座に放った彼女は自身の体を調べ、両断されたはずの肉体が未だに繋がっている事を理解。
「…………本当だ。傷の自動修復機能が戻ってる。粒子も勝手に補充される!」
「驚かせてすまないな。私の神器はそこら辺がちょっと不便でね。抜く際は刺す際と同じく、剣を通す必要があるんだ。それと、出来ればもう少し早く気がついて欲しかったな」
説明を聞けば敵対していない事を明確に理解することができたのだが、それでもなお彼女は懐疑の視線を緩める事はできなかった。
「シュバルツさん!」
「傷は治したけど、それでも死にかけのはずなのに…………ちょっと早すぎよ」
「いやすまない。恐らくこの報告を一番聞きたいのはエヴァだと思ってね。『居ても立っても居られない』と言う奴だ」
彼女の頭に更なる混乱が叩きこまれたのはその直後で、敵対している身とは思えぬほど気安い声を上げながら五人の若人が姿を現し、そこに意識の大半を使っている間に、シュバルツ・シャークスはアイビス・フォーカスの横を通り、高速が解かれ、なおも敵意を宿している友の側に近づき、
「く、クソ! あのクソババア。絶対に八つ裂きに…………」
「意気込んでいるところ申し訳ないが、ちょっと落ち着けエヴァ。君に説明しなくちゃならない事がある。あと俺は負けたぞ」
「はぁ!? お前が負けた?」
苛立った様子の彼女に事実を告げる。
直後、怒りの念が困惑に変わり、敵対者を下すことよりも先に話を聞くことを選んだエヴァ・フォーネスが視線を超えの方に向け。
「なのにここで私とのんびりと話してる? わけがわからん。なんだなんだ? 戦士共がよく口にする、『勝負の勝ち負け』と『生き死に』は違うとか言う奴か? そこら辺は私にはよくわからんぞ」
「まぁその辺はおいおい話そう」
背後にこの戦いにおける最大戦力の一人がいるにもかかわらずそのような会話を展開。
見かねたアイビスがどうするべきかと迷ったまま掌をシュバルツ・シャークスの背に向けると、それを退けるためにゼオスが前に出る。
「それよりも大切な話がある。いいかよく聞けエヴァ…………ガーディアの奴が戻って来たぞ」
そうして自分の身の安全が確認できると、シュバルツ・シャークスは意識を幼い姿から少々成長させた友に向け、彼女が最も望む言葉を告げ、
「…………嘘じゃないよな?」
「ああ」
「……………嘘ならお前を殺すぞ? 比喩表現抜きでだ。不死性やら能力を封じられようと、首だけになっても殺してやるぞ」
「いいとも」
「…………………………………嘘なら泣くぞ。泣いちゃうぞ?」
「大丈夫だ。嘘じゃない」
長々とした前置きをした後、エヴァ・フォーネスは膝をつき、頭を砕けた地面に押し付け、両腕でその周りを囲い、声をあげる。
いや、それは声と言うには不適切だった。
なぜならそこに言語化できる情報は一切なく、まだ年を刻んでいない幼子が発するかのようなものであり、
「エヴァ・フォーネスは敵だ。もしかしたら今だってそうかもしれない」
「…………そうだな」
「けどさ、なんか素直に、『良かったな』なんて言いたくなるな」
「そうね。アタシにはわからないけど、死んだはずの愛する人が帰ってきたら、こんな風になるのかもね」
けれどそこに宿されていた思いは子供たちの胸を熱くし、
「ほんとでも泣くのかよお前は!」
それを見下ろしていたシュバルツ・シャークスの顔には快活な笑みと僅かな涙が。
「え? どういう事? 貴方達が勝ったんでしょ? ガーディア・ガルフの復活ってなに?」
「詳しくは後で話させてもらうッス。それより今オレ達が知らなくちゃならないのは」
「この戦いを起こしたきっかけ、というところかしら?」
「アイリーン・プリンセス……さん」
「礼儀正しいのね。さっきまで敵対してたのに。けどそれで戦いが終わった事には確信を持てたわ。ありがとう康太君」
その様子にアイビス・フォーカスが唖然としていると、見張り役だったレウや宗助を振り払ったアイリーン・プリンセスが朝日を背景にして現れ、現状を捉えた話を行い事態が進展。
「その点は大雑把にでいいだろう。死者を冒涜するような感じがして好きになれん。それより、こうなる事を見越して用意していた物があっただろ? あれを使おうと思う」
「…………ああ、あれね。『百聞は一見に如かず』だっけ? 確かにその通りね」
ただ二人の会話はそこでは止まらずさらに飛躍し、今度は康太達さえ置き去りにし、
「悪いが二人だけで話を進めないでくれないか? 全然わからん」
「っと。すまんすまん」
「ごめんなさいね。意外な物が役立ちそうで驚いてしまって…………」
積が話しかける事で両者は申し訳なさそうな反応を示し、
「そうだな。とりあえず君らには私達について来てほしい。で、その場所で見て、知ってほしい」
「…………何を?」
「私達自身の事。この戦いの動機についてもそうだが…………それ以上に、千年前に何があったかを知ってほしい。今重要なのはきっとそっちだ」
後に語られる言葉の重さを、彼らは即座に理解する。
「えっと…………どこに行くんですか?」
けれど未だにわからないところが存在し、その場所を知りたい欲求に駆られた蒼野が質問を行い、
「我々の故郷。今は人に忌み嫌われ『廃都』などと呼ばれている場所にだ」
シュバルツ・シャークスはそこで口にする。
あらゆるものが行きつく終着点。千年前に起きた戦争の敗北全てを背負った地。
そしてゼオスが育ち、シュバルツ・シャークスを憧れるきっかけになった場所の名を。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
前回行われた懇願から流れるような合流。アイリーン・プリンセスは既に通った道ではありますが、エヴァ・フォーネスも無力化完了です。
驚くほど簡単で、これまでの戦いが何だったのか、などと思われるかもしれませんが、エヴァ・フォーネスにとってガーディア・ガルフとはそういう存在なのです。
そして舞台は『廃都』…………この戦いを牽引してきた余人の、故郷へと進みます。
そこで待ち構えているものとは?
それではまた次回、ぜひご覧ください!




