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日輪は昇る


 別に、

 そう別に、

 彼は過ぎ去ってしまった己が人生をやり直したいとまでは思ってはいないのだ。

 自身がこれまで送ってきた人生が他者と比べれば過酷である事は十分に承知しており、同じ顔をした少年が自分と真逆の人生を送ってきた事を忌々しく思ってもいたが、少なくとももう一度人生をやり直したいとまで思った事はなかった。

 生きるために他者の命を奪う事も、泥水を啜って日々の空腹を凌ぐことも、長らく安住の地が存在せず、『死』というものが身近にあるこの世界ならば、当然のことであると何得できた。


 だがだからといって、自分が掲げている信念や常識、これまでの生活様式を変える事ができないというほど、彼は頑固でも不器用でもなかった。

 つまるところ彼は、自身に起きた『変化』も、受け入れられる人間性を備えていた。


 この話は、突き詰めてしまえばそれだけのことである。




 日輪が地平線の彼方から顔を出し、この戦いの勝者と敗者を明確に映す。

 日輪を背負っているかのように立ったままなのはゼオス・ハザードであり、目を細めてそんな彼の姿を見上げているのは、ついに限界を迎え、出血と内臓の流出を抑えられる事ができなくなった『最後の壁』、すなわち此度の大戦の敗者シュバルツ・シャークスである。


「…………」

「…………」

「「…………」」


 瞳を交わす両者の間には、会話は存在しない。

 ただじっと相手を見つめる事だけを行うのだが、シュバルツ・シャークスが望むこの後の展開を理解しているゼオスは瞳を閉じ、待ち構えている結末を回避するために動き出す。


「?」


 それはシュバルツ・シャークスにとって奇妙な事態であった。

 このまま微動だにせずにいれば、躊躇なくとどめを刺すだろうと考えていたゼオスは、何故かいつまでたっても微動だにせず自分を見下ろし続け、想定していなかった静寂の時が延々と続く。

 流石にこれはおかしいと思ったシュバルツ・シャークスは目を僅かにだが開き、自身の前に立ちはだかる少年を見つめると、


「…………シュバルツ・シャークス。貴様、最初から死ぬ気で戦っていたな」

「!」


 自身の内心を見透かされ、驚きの様相を示すシュバルツ・シャークスの頬を鋭い刃が捉えた。

 その切れ味は凄まじく、鍛え抜かれた分厚い皮膚をバターのように楽々と切り裂き、真っ白な赤い線から赤い液体を溢れださせ、


「…………させん」

「なに?」


 そのタイミングで、ゼオスは厳かな声で、短く、けれどはっきりと聞こえるように言いきる。


「貴方の思い通りになど、絶対に進めさせはしない。俺は……貴方を殺さない。必ず活かす。それが、俺の選んだ道だ」

「なん、だと…………」


 その直後、自身と同じ顔をした少年を先頭に、この戦いをともに経験した仲間達が彼の側にまで近づいて来る。

 彼らにしても今しがたゼオスが口にした内容ははっきりと聞こえており、彼らしくもない言葉の真意を尋ねるような視線を蒼野と優が向ける。


「自身が生き残るため、敵対者には容赦をしない。二度と刃を突きつけられぬよう、必ず殺す。それが君の考えだと思ったが?」


 その視線の意味を口にしたのは、真っ白な塔の壁を自身の肉体から溢れ出たどす黒い赤で染めていたシュバルツ・シャークスで、彼の発言を聞いたゼオスは雲一つ見当たらない澄み渡った空を木々に囲まれた戦場のど真ん中で見上げ、


「…………つい先日、考えが変わった」

「?」

「……原口善が命を失った事を事実として受け入れた直後、俺は初めて知ったのだ…………身近な人たちが死ぬという事態の重さを」


 そのまま口にするのは、つい先日の事。

 常人ならばとっくの昔に知っている、大切な人の命が失われることで身を苛む喪失感。胸に襲い掛かる重い何と、こらえきれなくなるような吐き気のような嗚咽を、ゼオスはその時初めて知ったのだ。


「……ゆえに殺さん。貴様は絶対に殺さん」


 その経験が今に繋がる。

 誰であろうと敵対者は必ず殺すと考えていた少年はその価値観を曲げ、一人一人の命の価値に違いを見出す。

 それは明確に同じものではないが蒼野が望んでいた成長の形で、彼の口からは思わず笑みが零れ落ちる。


「理解できないな」

「………………なに?」

「君は何故、私を特別視する?」


 がしかし、それでシュバルツ・シャークスが納得できたわけではない。

 望んだ未来へと進まない事を理解したシュバルツ・シャークスは、ゼオス・ハザードという少年がなぜその道を選んだのかという当然の疑問を尋ね、それを聞いたゼオスのもう一度空を見上げる。


「………………それは」


 それは一秒二秒と続き、更に三秒ほど経ったところでゼオスは視線を戻し周囲を見渡し、ここにいる面々以外は自分の気持ちを話す事はないと思い閉ざしていたタイミングで口を開き、


「…………俺が、貴方のファンだからだ」


 正気を疑う滑稽極まりない、けれど表情を見ればこれ以上ないほど真剣な様子の理由を耳にし目を丸くして、


「ファ、ファン? 君が私の?」

「…………そうだ。貴方の生まれ故郷である場所に残されていた、貴方や仲間達の『歴史には記されなかった記録の数々』を俺は見た」


 それ以上に自分たちのまだまだ未熟だった時の事を知られることで彼は僅かに頭を抱えるが、それが原因で無表情が多いゼオスが自分のファンになったという異常事態に頭が付いて行かず、


「お、お前このタイミングでっ! 笑かすなよ!」


 気付けば、シュバルツ・シャークスは笑っていた。

 戦闘の途中から漏れ出ていた素の自分は、ゼオス・ハザードが自分を殺したがらない全く想定していなかった理由を聞くと完全に溢れてしまい、常日頃と同じような、陽気で穏やかな性格の彼が浮かべるにふさわしい楽しげな笑いが発せられた。


「ああクソッ。このタイミングで笑っちまうか!」

「…………」

「…………参った! 完全敗北だよ! 戦士としても、一人の人間としても、私の完敗だ!!」


 その姿をさらしてしまえば、これ以上自分を偽る事はできず、ゼオスに続き自分の側にやってきた蒼野や積を一瞥しながら彼はそう告げる。

 と同時に思ってしまうのだ。


 ゼオスが察した通り、彼は死のうと思っていた。

 盛大に暴れる事で人類が打倒すべき悪となり、そんな自分の死で世界を一つにしようとしていた。

 生前の友が、成そうとしていたようにだ。


 けれど今、それを実行しようという気持ちは急速に縮んだ。

 思ってもみなかったのだ。

 千年経った今、こうやって自分を慕う後輩が現れるなど。

 大勢の剣士にとって、憧れの的になっているのだと。


 そんな事を知ってしまえば、おせっかいで心優しい彼が見捨てられるはずもなく、彼の心が久方ぶりに上を向く。


(すまない友よ。そっちに行くのは、もう少し後になる)


 そこにあるのは完全に姿を現した日輪。世界を包む炎の塊。

 その眩しさに目を細めながら彼はそのような事を思い浮かべ、


「ん?」

「どした康太?」

「ちと…………いや大分おかしいぞ? な、なぜか太陽が二つある!!」


 直後、意識を彼方に追いやるも整った息を吐くシュバルツ・シャークスを見て、安堵の息を吐いた五人の若人は、その身を凍らせることになる。


 それは本当に突然の事であった。

 空に浮かぶ日輪が一つではなく二つ、向かい合うように空に浮かんでいるのだ。

 その光景に呆然とする五人であるが、彼らの前で一方の日輪が形を崩し、徐々に人の形を形成していき、


「久しいな。諸君」


 実体を得たと同時にそう告げた。

 すなわち『果て越え』ガーディア・ガルフの復活である。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。

本日の投稿は以前語った通り初日の出と共に。タイトルもそれに合わせてみました


挨拶が遅れてしまいましたが、2022年は本当にお世話になりました。2023年もどんどん執筆していくので、何卒よろしくお願い申し上げます。


ただ実は昨日出品作を書き終え出して、そのまま徹夜で書いているので、誤字脱字には少々目を瞑っていただければと思います。


そうなのです。少々申し訳ないとは思うのですが、ここからが本当の最終決戦。


帰還した『果て越え』を仕留めるため、もう一度、死闘が繰り広げられます。

この戦いは二章の最後に行われたエクストラステージ染みた戦いですが、今回の話は長め。まだ明かされていない秘密の数々にも手を伸ばしていきましょ!


あ、それと次回の投稿は3日のいつも通りの時間となりますので、よろしくお願いします


それではまた次回、ぜひご覧ください


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