原口善の過去と古賀蒼野の特訓
「どこから話せばいいかわからぬ上に、儂は語り部ではないためうまく纏めて話ができていないかもしれんが許しておくれ。まず語るべきは、あやつの人生の分岐点についてじゃろうな」
「人生の分岐点……」
ゲゼルのこれまでと比べ少々重苦しい語りかけに、蒼野は意図せず同じ言葉を反芻。
「うむ、君の姿を見るに知らぬ可能性が高いが、あやつはヒロキという巨大都市出身なのじゃ」
「ヒロキ……確かそこって!」
その後ゲゼルが何気なく口にした都市の名を聞き蒼野は目を見開き、ゲゼルが少々感心した様子を見せながらも、これから話す内容の重さに顔を曇らせた。
「知っておるようじゃの。うむ、今から二十年近く前に起きた世界でも類を見ない人災『零時の慟哭』によって壊滅させられた、神教の最大クラスの都市の名。ヘルス・アラモードが三凶になったきっかけの事件じゃ」
ここ百年間の間で神教内において起きた最大級の事件の内の一つ。それが『零時の慟哭』だ。
突如現れたヘルス・アラモードが暴れ、止める者全てを蹴散らしながら彼の出身地である『カリホ』から始まり、『ヒロキ』を含めた五ヶ所の大都市を壊滅させた事件。
町から町そして大都市へと、危険を伝えるために一夜の間ずっと鳴り響いていたサイレン。
迫る恐怖から逃げ続ける人々の悲鳴に断末魔。
戦士たちの雄叫びと、相対する人の皮を被った獣の咆哮。
町単位で数えれば二十を超える数を壊滅させ、周辺の戦士やラスタリアから送った精鋭を含め生存者は両手の指で足りる程しかいないという惨状。
それら全てが深夜零時から朝の六時までの本の六時間の間に起きた事から、この事件はそのような名が付けられた。
「あの事件はその後賢教からの進軍にもつながったゆえに大変だったのぅ」
「そ、それはそうと、善さんはあの事件の、数少ない生き残りの一人なんですか?」
「うむ」
明かされた善の過去に息を呑み、更には納得もする。
確かにそんな過去を好き好んで語るような事は誰もしないだろう。
「そしてまあ、ここまで話せばなんとなくわかるかもしれんが、あやつの生きる目的は復讐じゃよ」
「復讐……」
その後告げられる目的に関して、蒼野は何も言えない。いやむしろ、当然の目的であるとさえ思ってしまう。
蒼野自身、逆の立場ならばその道を選んでしまう可能性は大いにあったからだ。
「神教に入ったのはヘルス・アラモードを打倒するための力を付けるためじゃ。あやつはヒロキに駆け付けた儂に弟子入りを志願し、メキメキと力を付け『セブンスター』に所属した」
「階級は幾つだったんですか?」
「3じゃ」
「3って…………すごいじゃないですか!?」
セブンスターは一から七番までの7人で構成されている、神の座イグドラシルが直接指示を出し動く神教最大の武闘派集団だ。
七番に鎮座しているゲゼル・グレアを除き、数字が低ければ低い程強いとされ、アイビス・フォーカスがその筆頭である。
また神教の広告塔も兼ねているアイビス・フォーカスを除き情報の漏えいを嫌っているため顔を出さず、ゲゼル・グレアは多少ながら顔を出してはいるものの、他の面々についてはあまり知られていない。
だからこそ世間の情報に詳しい蒼野でも、善が第三席に座っていた事は全く知らなかったのだ。
「そして9年後、善は20歳になった時に神教を抜けてヒュンレイ殿とギルドを創設した」
「え? 何で神教から抜けたんですか。バックアップだけなら神教の方が手厚いはずなのに」
とここで、蒼野が当然の疑問を抱き口に出す。
「神教に所属していた場合、ヘルス・アラモードが現れたとして自分が相手をできるとは限らぬからな。『三凶』が相手となれば、善よりもフォーカス兄弟や儂が出動する事態じゃ。それと比べれば、基本的に好き勝手に行動することができるギルドの方が、あやつには都合がよかったのじゃろう」
ゲゼルの告げた答えは、蒼野が十分に納得できる者であった。
「…………」
「ゲゼルさん?」
だが脇に置いてあった栄養ドリンクを飲みながら蒼野が視線を彼に向けると、なぜか老人は寂しそうな目をしていた。
「さてあ奴の過去についての話しはこれでほぼ終わり、次は今の目的じゃ」
「続きがあるんですか?」
「もちろん。なにせこのままでは、善はお主達を復讐のための道具と考えておる畜生じゃからな」
「た、確かに」
言われてみればそうであり思わず蒼野が苦笑する中、ゲゼルが再び語りだす。
「善の目的の一つはさっきも言ったように復讐じゃ。そしてもう一つは、この世界の理を変える事じゃ」
「理を変える?」
「うむ。端的に言うのならば、あ奴は神の座に就くつもりで、君たちにはその協力をして欲しいのじゃ」
「ぶっ!?」
平然とした様子で語られた内容のあまりの壮大さに、思わず蒼野は吹きだしてしまった。
「そ、それって! ヘルス・アラモードの討伐以上にハードな内容じゃないですか!?」
この世界を収める神の座
これになるためには一定のプロセスを辿る必要がある。
四大勢力の代表者達からの3分の2以上の支持。
蒸気を達成したところで、戦だらけのこの国を統治できると証明するための武。
神教最大戦力七人と様々なルールで戦い、半分以上勝利を収めなければならないとされている。
「まあ大変じゃ。無謀な挑戦には違いない。だがまあ、お主の考えているような事態、すなわち直接お主らが戦う事はないんじゃよ」
「そ、そうなんですか?」
「うむ」
とはいえ、この戦いに実際に参加するのは賛同者の中から七人とされており、2分の3の賛同を得た後は、その中から最強の七人を選べばいいというわけだ。
「……なーんか一気に話が壮大になって、現実とは思えませんね」
善の目的を聞き終えたところで蒼野が訓練場の天井をじっと見つめ、ぼんやりとそう呟く。
「…………まあ、こんなところかの。さて、休憩時間はもう少し残っておるのじゃが、どうするかね?」
僅かに口を開くもすぐに閉じた老人がそう告げ話を一通り終えたところで、ゲゼルが一息つき蒼野の方を見て見ると、蒼野はどこかそわそわした様子でゲゼルの事をじっと見つめていた。
「ん? どうしたのかな蒼野君」
その態度が不思議でゲゼルが尋ねると、
「その…………もしよろしければなんですが、千年前の戦いについて教えてもらっていいですか。当事者、しかも戦いを終わらせた本人の話なんて、他じゃ聞けないですし」
顔を僅かに紅潮させ返ってきた答えに、彼は思わず笑ってしまった。
「ほっほっほ! いいじゃろうて。しかし休憩時間を少々過ぎることは覚悟しておきなさい。わしは自分の昔話を話すのが大好きじゃからの!」
そう言って話を始めるゲゼルに耳を傾ける蒼野。ゲゼルの話は蒼野を含め誰も止めるものがいなかったため休憩時間が終わってからも延々と続き、昼前になり外の探索を終えた善が止めるまで続いた。
それから二日間経った。
「今日はゼオス・ハザードがどの程度の腕前か知りたい。わしの部下が君に斬りかかるから、それで最も近い者を教えておくれ」
「はい!」
三日目は午前中はゲゼルの提案でゼオス・ハザードの実力を計り、午後は普段蒼野がやっている命中訓練を動く相手に対し行う練習。
四日目になるとゲゼルが再び蒼野と模擬戦を行い、その後ゼオス・ハザードの実力に近いものと摸擬戦を行う。
そして五日目。
「それで風属性を剣に乗せる戦い方じゃが、ここをこうして。それから余裕があればこれの取得を目指して」
「ああ、それでいい。重要なのは生存することだ」
「それにこれも覚えられれば……まあ警戒はするかと思うが」
「デコイか。良いなそれ。つってもああチクショウ時間がねぇ! 風属性教えるなら俺や爺さんよりシロバの野郎の方が適任だろうに!」
「まあ贅沢言っても仕方がないじゃろう。それに彼は天才型だからのう。アイビス君を見ていると一概に良いとは言いきれんぞ」
これまでと同じく摸擬戦を行う訓練場に訪れていた蒼野が見たのは善とゲゼルの二人。
その二人はというと、蒼野を目に入るところに置いておきながら電子手帳を眺め何事かを話し続けていた。
「さて、待たせて悪かったな。今日からは爺さんが見たお前の実力から本格的にゼオス・ハザード対策を進めていこうと思う」
それから十分ほど経ったところで、善とゲゼルの二人が蒼野に向き直る。
「本格的な対策?」
口に出された内容を聞き、疑問符を浮かべる蒼野。
「ああ。これまでの五日間は言うなればお前の実力とゼオス・ハザードの実力を計ることが重視。まあそれに加えて剣術の腕前をある程度でいいからあげることが目的だ。んでこれからは、その情報を元にお前が覚えるべき技を鍛えていく」
その返事を善が返すと、持っていた電子手帳を床に置き、蒼野にある動画を見せる。
「これは?」
「これからお前が覚える技が多用されている動画だ。よく見ておけ」
画面に映し出されたのは二人の男。
背中に十数本の大小さまざまな剣を背負った頭巾を被った大男と、薄いピンク色の髪をしたチノパンとトレンチコートを着た男の戦う動画だ。
「このピンク髪の優男の方の動きをよーく見とけ。お前が覚えるのはこいつが行っている移動術だ」
「移動術、ですか?」
どんなものかと疑問に思いながらも蒼野が見たものは、迫る大男の攻撃を全て避けきる優男の姿。
前後左右上下を縦横無尽に飛びまわり、あらゆる攻撃をかすりもせずに避けている。
「ん?」
その途中で蒼野はふと疑問を抱く。
避ける際の動き、もっと詳しく言うのならば『姿勢』がおかしい。
体の重心が明らかに前のめりになっているのにも関わらず男は真後ろに後退し、、右側へ走りだしたかと思えば、真逆の方角に大きく移動している。
そんな見たこともないような姿勢で攻撃を躱し続けている間に自身へと向けられる嵐のような攻撃が止み、男が攻勢に転じる。
彼は無造作に足を挙げ、防御姿勢に入る男に対しまっすぐに進んでいき、
『それは防御のうちには入らないよ!』
ただの一度の蹴りで、無数の武器を背負った巨漢を百メートル以上先まで吹き飛ばす。
「まあ、こんなところか。どう思った」
「あ、はい。何というか……不自然だなって」
「具体的には」
「………………体の動きが不自然、というより不可能な姿勢での移動でした。ただ身体能力が優れてるっていう感じじゃなくて、何かをこう…………なんらかの能力を使っているような」
形容しがたい物事を何とか表現しようとする蒼野。
それを見て善とゲゼルの二人は一度だけ顔を合わせ頷くと、蒼野の方に向き直った。
「そこまでわかったなら上々だ。これから教える事のイメージも湧きやすい」
「蒼野君、これを見てくれないかのう」
蒼野の出した結論に善が満足するとゲゼルが蒼野の前に右手を出し、掌を広げて見せる。
「恐らく君もある程度は知っている技術だよ」
すると僅かに時間をかけてゲゼルが掲げた掌の上に風の属性粒子が集まっていき、額に心地よい風が当たり、やがて集まった風の属性粒子は目には見えにくい透明な小さな球体を形成した。
「これを地面に当てる」
そう言ってゲゼルが掌にその小さな球体を付けたまま地面に触れると強烈な風の爆発が起こり、その勢いに負けぬよう蒼野がしゃがんで風から身を守った。
「ぜ、善さん、ゲゼルさん。これって?」
「風玉、風属性粒子圧縮の基本技術だ。まあ風属性を使ってるのなら説明の必要はないか」
言われた技術に関しては蒼野も理解している。
それこそ大人数の相手を捌く際には率先して使っている基本的な技術で、以前故郷ジコンを襲われた時にも使った技だ。
「そ、そりゃあ俺も相手への奇襲とかに使ってるから知ってますけど。まさかこれが」
「ああ、さっき見た動画でピンク髪の男、シロバっつーんだが、そいつが相手を圧倒していた技術だ」
善の説明に一瞬呆気に取られてしまう。
風玉といえば風属性の圧縮を覚える過程で一番初めに習う技術の一つで、ただ風の属性粒子を一点に集中させて固めるだけのものだ。先程のような肉体の限界を超える動きに繋がるような物であるなど、習ってもいないし知りもしない。
「この技術は風玉を使った基本の応用なんだが、実戦で使うとなると難易度が基本の範疇を超える程跳ね上がる。ゆえに知らなくてもおかしくはねぇ」
そんな蒼野の心を見透かしたような説明を行う善。
「最後の蹴りが風玉による吹き飛ばしだというのは理解しました……まあ信じられない威力ではありましたけど。でもあの奇妙な移動の原理がわかりません。あれは一体」
対する蒼野が自身が理解している点を口にしながら質問を投げかけると、善もゲゼルもその言い分がよく分かるというようにしきりに頷いた。
「まあ高難度と言われる所以はそこだな。答えから言うが、あれは足の裏やら肘の先端やらに極小の風玉を作って、好きなタイミングで一部分を破裂させその推進力で移動してる」
「……いやいや、一呼吸する間に二回三回、多い時は五、六回方向転換をしてましたよあれ」
「そこは単純に三回四回と風玉による移動を使っただけじゃな」
「えぇ…………」
さも当然という様子で呟くゲゼルに若干引いたような声しか出てこない蒼野。
「まあ正直なところあそこまで急な方向転換をできるようになれとは言わねぇ。この技術を覚える最大の理由は生存率を高めるためだからな。攻撃を避けきれないっつー状況で、一度発動して距離を取れるようになれれば十分だ」
「なるほど、それなら」
話を聞き蒼野がすぐさま風の属性粒子を圧縮し風玉を作り出しそれを手刀で斬り裂くが、圧縮された風の勢いに自身の体が耐えきれず、予想だにしない方角へ飛んで行く。
「こ、これ難しくないですか!?」
「いやさっきから高難易度だっつってんじゃねぇか」
「あれって、連続で使う場合じゃないんですか!?」
「一度使う場合の難易度基準だ。その時点で高難易度だ」
「さっき見せた人物の真似をしようと思ってはいかんぞ蒼野君。あやつは恐らく風属性の使い手として世界一じゃ」
「そ、そりゃすごいっすね……」
壁に衝突し背中を痛めた蒼野が立ち上がり二人の側まで戻ってくる。
「この技術を習得する過程は大まかに3つの工程に分かれる。
まず最初に好きな距離に移動できる大きさの風玉を作れる事。
次にそれを素早く自由に作れるようになること。
最後にそれを自由なタイミングで爆発させ、好きな方向へ移動できるようになることだ」
「先程善が言っておったが回数をこなせるようになる必要はない。危険が迫った時にそれから逃れられるようになれば十分じゃ」
「それにしても……難しいですね」
説明を淡々とこなす善とゲゼルだが、それに対し一度試してわかったその難易度を前に蒼野の口からはため息が漏れた。
「これさえできればお前の生存確率は一気に上がる。そうすりゃ、例え一騎打ちの状況になったとしてもそうそう簡単にはくたばらねぇ。それにだ」
が、そんな様子の蒼野に対しニヤリと不敵に笑う善。
「お前の毎朝の訓練を見てて俺はお前が努力家だってことを知ってんだ。そんなお前ならこの程度の難問軽く乗り越えられる」
「それずるい言い方ですね。何が何でもやってやろうと思わされる!」
普段の自分の努力を認められ、加えて自分が生きるために必要な技術だと言われれれば、自然とやる気も湧き出てきて、
「うし、ならパパッとやりますから、よく見ててくださいよ!」
そうして、蒼野の特訓は二人が見守る中始まった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
さて本日の話は先日話した通り原口善の過去、それに加え蒼野がこれから得る力についての説明となります。
バトルは少なめですが結構重要な回ですね。
正直情報量の多さと、そこから来る文量から二回に分けてもよかったのではとも思います。
ただまあ、二回に分けるとそれはそれで物足りなさがあるのではないかと思い決行。
月曜という事で遅くなってしまいましたが、その分楽しんでいただければ幸いです。
明日についてなのですが、できれば午前中に一話上げれればと思っているので、
お待ちいただければ幸いです。
ではまた明日お会いしましょう




