往古来今物語 六頁目
滾る。滾る。肉体以上に心が滾る。
ほんの数分前まで顔に張り付けていた鉄面皮を脱ぎ捨て、シュバルツ・シャークスが駆ける。
その歩みは常日頃と比べればあまりにも緩慢で、限界が迫っている事を明確に示している。
けれど「そんな事は関係ない」と言うように彼は歩み続け、期待するのだ。
この最終局面において自分の前に立つ五人の子供が、どんな一手を繰り出すのかを。
「!」
状況が、動く。
シュバルツ・シャークスの見ている前で、積と康太を除いた三人が別々の方向に跳ねる。
一瞬誰を狙うべきかと考えた彼はしかし、構わず目前に控える二人へと向け駆け寄り、
「まさか、まさかまさか! この私に対して! それを最後に持ってくるか!」
積が繰りだした一手を前に、己が身を襲う衝動に任せ声をあげる。
「いいだろう! その勝負! 受けて立とうじゃないか!」
積が繰りだした一手は、康太から手渡された箱を用い、何の変哲もない鉄の壁をシュバルツ・シャークスの左右に展開するというもの。
それは誰でもできる極々単純なものであるのだが、今この場で、シュバルツ・シャークスという男に行うとなれば、大きく意味が異なってくる。
なぜならこの鉄の板を幾重にも繰り出した末に行われた二者択一。
鉄の板に四方を囲われた上で行われた、決定打を撃ち込む人物の特定。その失敗。
それこそが千年前、『最後の壁』シュバルツ・シャークスが敗北した理由に他ならないのだ。
「おぉぉぉぉぉぉ!!」
溢れ出る青い練気が、主が胸に宿す熱の勢いに同調し膨れ上がる。
それだけで大地が、空が、いや空間が揺れ、シュバルツ・シャークスを挟んだ鉄の板が軋む。
「はぁっ!!」
まっすぐに、何の策も労せず撃ち込まれた鉄の塊と見紛う神器による叩きつけ。
それは彼が足場としてた大地を粉々に砕き、積と康太はそれを躱すために後退し、
「じゃ、頼むぜ。作戦を次の段階に移行させるタイミングは、お前さんに任せる」
「ただの号令のために両腕を捧げろとは、いい度胸してるよ。お前」
「ただの号令じゃねぇよ。お前だって立派な切り札だ。シュバルツ・シャークスを撃ち抜くことを考えてもらわなくちゃ困る。それに、背負うリスクはお前が二番目に軽い」
叩きつけの余波により全身を襲う衝撃に抵抗することなく体を乗せ、勢いよく距離を取りながら、肩を並べていた積と康太がそのような会話を行う。
「どういう事だよ? 優はともかくテメェは違うだろ?」
「俺の持ってる切り札にも、相応のリスクがあるってことだ」
すぐさま疑問の視線を投げかける康太であるが、今の積にそれについて詳細を語る余裕はない。
右腕をプラプラと動かし大雑把に説明すると、康太もそれが冗談の類ではないと信じ口を閉じる。
「逃がさん!」
「……させん!」
そんな二人へと向け、視線を飛ばしたシュバルツ・シャークスが跳躍する。
けれどその行く手を遮るように側にある鉄の壁を足場にしたゼオスが飛来し、シュバルツ・シャークスが迎撃の姿勢を取りだすと、別の場所にある鉄の板を足場にして、蒼野も両者の側にまで接近。
「縦横無尽の跳躍、か……なるほど。千年前とは一味違うという事か」
「…………そのまま使うほど俺は愚かではない」
手にしている刃に風を纏い切れ味を高める蒼野。それに合わせ神器に紫紺の炎を纏うゼオス。
その姿を見てシュバルツ・シャークスはそのような感想を抱くが、それは正しい判断だ。
「……今の俺達は、千年前の時のように二人だけじゃない」
鉄の箱で視界を奪い、二択を迫り、ハズレを選ばせる。
その状況に追い込むために様々な攻撃を半れた距離から撃ち込むというのが、かつてゲゼル・グレアと彼の戦友が行った戦術だ。
その際は残った人手が二人だけで回復役がいなかったという事もあり、最後の最後の選択を思い通りに通すためにも、余分なダメージを喰らう可能性がある近接戦を仕掛ける事ができずにいて、このように鉄の壁に挟まれた状態で熾烈極める近接戦をやったような経験はなかった。
「!」
無論、その後に訪れる展開も彼は経験してはいない。
一分の呼吸の乱れさえ生じさせず行った連携を突如止め、蒼野とゼオスの二人が後退。二人がそのような動きをすることを察知していたかのように、一つの銀河を束ねた銃弾が分厚い鋼鉄の壁を貫きシュバルツ・シャークスの身にその牙を突きつける。
「おいおい。ガーディアの奴より遥かに遅い。しかも事前動作あり、軌道の予測まで完璧にたてられる銃弾を、隙を作ることもなく私に当てるつもりか?」
鉄の壁からシュバルツ・シャークスまでの距離は、およそ十センチ。とすればシュバルツ・シャークスと銃弾の間に広がる距離はゼロに等しい。
けれど本人が言っている通り、今の彼ならば、銀河を圧縮する前動作に加え、一ミリでも体から離れていれば、対処するには十分であった。
銃弾が鉄の壁を喰い破った瞬間、唸る銀河の塊にまっすぐ体を向ける。
そうすれば、後は普段からレオンがやっている事を行うだけだ。
飛来する攻撃の動きに合わせ自身の身長を超える巨大な神器を動かし、直撃コースの軌道を変える。
口にすればあまりにシンプルな、けれど実際に行おうものならば、生じる余波や速度・威力の問題もあり、神業という言葉でも生ぬるい行為を果たし、銃弾の軌道はゼオスへ。
「…………クソ」
超が付く程の強化を施されたゼオスでもこれを無視することができず、再び前に出ようとしていた足を止める必要があり、ゼオスが動けない以上は蒼野も無暗に突撃することはできない。
「私自身の個人的な趣味で悪いとは思うんだがね。こういう果たし合いに遠距離攻撃は無粋だと思うんだよ」
そうして自分に降りかかる攻撃の圧が僅かな間でも止めば、シュバルツ・シャークスならば強烈な一手を撃ち込む事が可能であり、その言葉の通り、砕けた分厚い鉄の壁の向こうにいる康太に対し、神器を掴んでいる右腕を振り抜く。
動作としては実にシンプルなそれは、けれどシュバルツ・シャークスが行えば余人では真似できぬ暴力となりえ、全身を包めるほど巨大な青い練気を纏った斬撃が、康太へ勢いよく襲い掛かる。
「の野郎! 加減ってものを知らねぇ!」
「おしいな…………いやそれにしても反則的な直感だな。うらやましいよ」
幸いこれは他者が持ちえない優れた直感で躱す康太であるが、
(やはり片腕を犠牲に撃ち込んだ一撃だったか)
その結果を惜しみながらも、シュバルツ・シャークスは必要最低限の結果。すなわち康太の状態の確認と、好き勝手に動かさないための威嚇を終える。
(それに今さっき目に入ったのは優君。接近戦に回す手数を減らし。二発以上康太君に銃弾を撃ち込ませる作戦か)
彼にとって想定外の幸運は、その場にそれまで姿を見せていなかった優の姿を確認できたことで、そこからゼオス達が組み立てた作戦を瞬時に判断。
そのタイミングで固い岩盤を強く踏みながらゼオスが再び迫り、その対応に半身を失った体を動かし、
(出来る事ならば邪魔なものは全て退け、二者択一にまで持っていきたいな)
その一方で、彼は訪れた千年前のリベンジの機会を果たすために頭をフル回転させ、自身にとって理想的な状況。つまり千年前と同じ状況に持っていくための算段を企てる。
(理想的なのはやはり蒼野君とゼオス君の二人が残る事だな。そのために康太君をしっかりと仕留め、積君も退ける。優君は…………自己再生が厄介だが、見たところ康太君につきっきりだろう。彼らにとっても、康太君の撃つ銃弾は重要な駆け引きの道具だ。弾数は、多いに越したことがないはずだ)
「そこだ!」
「考えるのはいいがっ! 余裕はないな!」
とはいえ、理想的な状況に持っていくのは、普段ならばまだしも今の彼は中々難しい。
左半身を失い、水属性粒子の大半も使ってしまった。それを分かった上で同じ顔の若人は接近戦を仕掛けてくる。
「とはいえ」
「っ」
「蒼野君の方は圧が足りないな!」
幸い蒼野の撃ち込む斬撃は、彼の右半身に浅い傷を与える程度の殺傷能力しかない。
「……ふっ!」
「っと……危ないな。あとに続くことを考えれば、無視まではできないか」
とはいえ、無視することはできない。
致命傷を負う事はなくとも、ゼオスに繋ぐような攻撃の数々は厄介だった。
(やはり最も厄介なのはゲゼルの後を継いだゼオス君、か)
それでも意識の大半を奇襲として撃ち込まれる弾丸と目前にいる少年に向け、彼はそう断言。
地面を強く踏もうと足をあげるが、それは寸前でやめる。足場が不安定である事を咄嗟に思いだしたのだ。
(足場に敷かれた溶岩くらいなら耐えられるが…………千年前と同じ形を迎えるのはごめん被る。体力の消費も、抑えなければならないしな。いや、もしやそれが彼らの狙いか?)
と、そこで別の可能性に彼は至る。
致命傷を負う事はなくとも、小さな傷や溶岩による体力の消費で、動けなくしてしまおうと考えているのではないかと思い至る。
(………………ないな。今の動きを続ければ、彼らが先に動けなくなる)
けれど、その考えは即座に否定する。
康太が銃弾を撃ちだす速度。
各々が蓄えているであろう粒子の消費速度に体力の消費。そして彼らが身に纏う空気を感じ取れば、それはないと断言できた。
無論回復薬の類を所持している可能性も存在するが、友であるアイリーン・プリンセスを相手に、それらを残せるほどの余裕はないと断言。
つまり、
シュバルツ・シャークスもゼオス達にも、明確なタイムリミットが存在しており、それはすぐ側に迫っている。
それが彼の導いた結論だ。
「いいな。とてもいい」
「……なに?」
「命を削るような短期決戦は大好きだよ。俺は」
「っ」
その答えを堂々と口にすれば、ゼオスはともかくとして蒼野は僅かに動揺を示し、シュバルツ・シャークスは自身の導いた答えが正答であると理解した。
だがそれを諫めるような事を仲間達はしない。
シュバルツ・シャークスが正しい答えに辿り着いたとしても、やるべきことに変わりはないのだから。
「決めに行くぞ! お前ら死ぬ気で動け!」
言葉と共に、積が康太から渡された鋼属性の箱をかざし、粒子を流す。
粒子増幅装置の役割を持つそれは、流された鋼属性粒子を決まった形、すなわち分厚い鉄の壁としてこれまで以上の数を出力し、康太が引き金を何度も絞り、積も同じ見た目の銃弾を撃ち込む。と同時に蒼野とゼオスも駆け出した。
「いいねぇ。活きがいいのは大好きだ!」
もはや普段の戦好きな態度を隠そうともしない彼の雄叫びに合わせ、巨体が躍る。
全く同じ見た目の、けれど威力の違う二種類の弾丸の跳弾を弾いたり防ぐのではなく全て叩き落として砕き、合間合間に血を吐き出すような勢いで攻めてくる二人の剣士さえもあしらう。
「「沈め!!」」
「う、おぉ!?」
武骨な鉄の塊、人斬り包丁と表現するのが正しい大剣と、人類史上最強の筋力、そしてガーディア・ガルフを仕留めるために鍛え上げられた戦術眼を用いた難攻不落の守り。
それが十全に発揮されれば、如何にゼオスが神器による強化を施されようと、如何に彼らが心を通わせようと、未だ超えられない壁であるはずであった。
けれど片腕と言う事実が、蓄積された疲労が、何より数多の衝突により軋んだ地盤が、彼本来の力を大きく削ぐ。
結果、足踏み、というには弱弱しいただ一歩の前進でシュバルツ・シャークスの足場が唐突に崩れ、バランスを崩したことで迎撃の手が止まり、その直後に頭上を撮った蒼野とゼオスの二人が、身動きを取らせぬよう刃を振り下ろし、十字を作りシュバルツ・シャークスの頭部を襲う。
それは持ちあげられた巨大な神器で防がれてしまうのだが、二人の尽力によりシュバルツ・シャークスは足を止め、その瞬間、強烈なエネルギーの集中を彼は察知。
(来るか!)
その瞬間、彼は笑った。
それは自身の行った誘いに、二人が思い通りに乗っかかってきた故の行為であり、後は迫り来る最大最強の銃弾を躱せれば、それで古賀康太は無力化できるはずであった。
「ぶっとべぇぇぇぇ!!」
「なんだとっ!?」
彼の計算が狂ったのは、その瞬間である。
彼は知らなかったのだ。若人達がアイリーン・プリンセスと戦っている最中、シャロウズやレオンと刃を交えていたゆえに。
原口積が、今や決して無視できない存在となっている事を!
「う、おぉ!?」
少々体を逸らし銃弾の直撃さえしなければ、後に襲い掛かる余波程度ならば耐えられる。
そう考えていたシュバルツ・シャークスはしかし、数多の壁を突き破り自身へと進んでくる虹色の極太な光線を目にして認識を改め、急いで前へと大きく跳ねる。
それで直線上にしか範囲を持たない虹色の光線は躱せたのだが、全てを出しきると決めていた積が、その程度で諦めるわけがない。
「きゅ、究極錬成か!!」
「逃がさねぇぇぇぇ!!」
右手に襲い掛かる重さに耐えるために地面を強く踏み、体を捻り、虹色の光線の軌道をシュバルツ・シャークスへと再度合わせ、
「安心するといい! 逃げるつもりは毛頭ない! 正面から!!」
「!?」
「打ち砕く!」
けれどそれは、攻撃の正体を看破したシュバルツ・シャークスにより上下に引き裂かれ、
「そこだ」
そのタイミングで、康太がついに動く。
優が行う回復が間に合わず、依然片腕を失ったままの事には変わりがないが、このタイミングこそ唯一の好機であると察した彼は、シュバルツ・シャークスの頭上を奪い引き金を絞る。
「っっっっっっうぉ!!」
その思惑は正しい。
不意に襲ってきた虹色の光線を引き裂き続け、その向こう側にいる積に対し斬撃を飛ばした今の彼は格好の的である。
問題なのはやはり、彼が人域を超えた存在。
すなわちシュバルツ・シャークスであろう事だろう。
「間に合ったか!」
「化・け・も・の・がぁ!!!」
強化されたゼオスや、レオンであれば間に合わなかったであろう。
アイリーン・プリンセスや原口善を殺したヘルス・アラモードの別人格でも到達できない領域。
そこに踏み込んでいるゆえにシュバルツ・シャークスは未だ吐き出され続ける虹色の光線から逃れるように飛びあがると、目と鼻の先にまで迫っている弾丸に切っ先を向け、衝撃で骨肉が軋む感覚を覚えながら、右腕に力を込め僅かに動かし、弾丸の腹に触れ、自身に降りかかる厄災の軌道を直撃コースから逸らす。
言葉にすれば至極真っ当な、けれど余人では行えぬ領域、彼と彼の友にしか行えぬであろう絶技。
それを前にした康太の口からは怒りや恐れをごちゃごちゃに混ぜた声が発せられ、
一歩遅れて攻撃の余波で全身を大きく軋ませながらも、シュバルツ・シャークスは無事着地。
「む!」
否、無事とは言いきれなかった。彼が足場としている大地が、今度は彼の意図せぬ形で崩れたのだ。
それは康太の撃ちだした弾丸の影響で、結果、巨躯は溶岩へと向け一直線に落下。
「むんっ!」
「ぐっ」
その最中、シュバルツ・シャークスは残る水属性粒子の大半を使い、両刃の水の剣を作成。
右足で蹴り上げたそれは、いくつもの瓦礫を貫き、両腕を粉々に砕き、その場からまだ動いていない康太の脇腹を射貫く。
「これで康太君は仕留めた!}
その結果を見届けた彼は、溶岩に全身を浸すよりも早く、側にある瓦礫を飛び石として使い、地上へと上昇。帰還。
「全部」
「!」
「持っていきなさい!」
したところで、凛とした声が響く。
超えの正体は究極錬成による衰弱で生死を彷徨っている積を助けるために近寄っていた優であったのだが、彼女の手には先程まで積が使っていた鉄の箱があり、それをそのまま巨大化させたような物がシュバルツ・シャークスの全身を包み込み、
「…………来るか!」
ここで彼は察した。
今、この瞬間が、最後の衝突になるであろうことを。
古賀康太は両腕を失い、原口積は衰弱し、尾羽優はそんな二人の治療に専念する。
とすれば残るは古賀蒼野とゼオス・ハザードの二人だけとなり、鉄の箱が完全に閉じ切る寸前に彼らが自分に迫る光景がはっきりと映る。
「いいだろう。これが最後だ!」
状況を考えれば、彼らにもはや余裕はない。
残る二人が最後の賭けに出るしかなく、これにより彼は自身が望んでいた状況を完成させる。
すなわち、千年前の戦いの終結。その再演。
それが成された今、彼はこの鉄の箱を砕き、二人を退けるなどという無粋な事はしない。
かつて行ったように箱の中で迫る二人を待ち受ける。
精神統一を行い、千年前に失敗した、最後の敵の判別を現代で行う。
「狙うはゼオス君になるわけだが、さあ」
千年前、彼は敗北した。
その決定的な瞬間はこのすぐ後に待ち受けるもので、ゲゼル・グレアと彼の親友が、同じ歩調、同じ呼吸、そして放つ闘気や粒子さえもうまく隠し、二者択一を迫ったのだ。
その結果、彼は己が実力では判断できぬこれを、自身が持つ天運に賭けた。そして敗北した。
「どっちが彼かな?」
だから今回は、最後の最後まで己が腕に全てを賭ける。
『運』ではなく、現代に蘇り鍛え上げた己が『力』。その全てを用い、どちらがゼオス・ハザードであるかを察知する。
「水よ。練気よ」
それは二度とあの時のような事は起こさないと、蘇った直後から始めた術。
彼が唯一、友であるガーディア・ガルフ打倒以外の用途で鍛えた力。すなわち探知術の類であり、あの時と同じように歩調や呼吸を合わし、全身をお互いの使う風と炎で包んだ彼らに対し、それまで他者には一度たりとも披露してこなかった技術を発揮。
一流の使い手と比較しても劣らない技術は迫る二人に気づかれることなく包み込み、急速にゆっくりになる時の流れを感じ取りながら、彼は二人の細かな仕草一つ一つを探り、
「君がゼオス君だ」
果たして、二人を見分ける。
動きと呼吸は一致していた。
けれど互いを包み込むような膜を展開するため、彼らは自分だけでなく相手に己が粒子を付与する必要があり、その噴出孔がどちらであるか判別した彼は、炎属性粒子を放つ一方へと意識を集中させ、外界と己を隔てる鉄の壁を――――斬り裂く。
「…………っ!」
「や、やった!」
斯くして、彼の思惑は果たされた。
振り抜かれた刃の先にいたのは、胴体を深々と斬り裂かれたゼオス・ハザード。
彼は口から多量の血を吐き出し、一歩遅れて切り口からも飛沫として血を吹き出すのだが、なおもその瞳には絶えぬ闘志を宿らせており、
「見事だゼオス君! しかし! これで!」
その輝きに、千年前、ガーディア・ガルフ意外に唯一自分を下した男の姿を見ながら、その闘志を潰さんと、勝利を確信したシュバルツ・シャークスは声を弾ませ、振り抜いた右腕を即座に引き、一歩前に出ながら大きく掲げる。
と同時に発せられる声には、彼の中で続いていたデジャヴが自身の除く形で砕けた事に対するこの上ない歓喜の念が含まれており、涙さえ浮かべながら腕を振り抜く。
そうして千年前の再演から続く物語は、幕を閉じる。
「…………勝った、のは、俺達だ」
「え?」
シュバルツ・シャークス--------彼の敗北という形で。
「え?」
右腕は、間違いなく目前のゼオスに対し振り抜かれた。
けれどそこにあるはずだった手首と神器はなく、それをありありと示す様に切り口からは火山の噴火の如き勢いで血が吹き出し、
「え?」
一歩遅れて、自身の背後で、重い何かが落ちた事を認識する。
これが全てを決する戦いの場であることさえ忘れ、彼は振り返ると、そこにあったのは彼の右手と神器であり、
「なん、で? 蒼野君では、私に致命傷を入れられない、はずで?」
できぬはずの物事をやってのけた少年。すなわち古賀蒼野が、どうやってそれを成し得たのかを分からぬ彼の口からは困惑の呟きが漏れ、
「…………貴方は最後まで、俺とゲゼルさんを重ねた。それが敗因だ」
『最後の壁』の背に、沈痛な声で語りかけるゼオス。その意味を、古賀蒼野の姿をはっきりと見たところで彼は気づいた。
古賀蒼野の手に握られているのは、普段彼が用いる剣で非ず。
月明りを薄く反射させ神秘的な空気を醸す、漆黒の剣が握られている。
「そうか」
それを確認した彼が振り返れば、ゼオス・ハザードが持っている剣は先程までと少々形が違い、さらに言えば月明りを宿す事がない事も見て取れ、
「神器を、蒼野君に渡したのか」
結論を告げると同時に、ゼオスの拳が彼の顔面を捉えた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
二日も遅れてしまい本当に申し訳ありません!
戦いの大詰めを、やっと投稿しました!
理由は幾つかありますが、その内の一つはやっぱ長さですね。次回で終わらせるために色々と詰め込んだ結果、二話分になってしまいました…………
そんなクライマックスですが、いかがだったでしょうか?
読んでくださる皆さまの予想を超える物ができたのならば、作者としては嬉しいです。
さて、次回はVSシュバルツ・シャークスの終わり。
彼らが向かえる結末を、どうか見守ってください
それではまた次回、ぜひご覧ください!




