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シュバルツ・シャークスVSギルド『ウォーグレン』 二頁目


 聖野とゲイル、それに野に放たれた数多の兵士の尽力により、人工島にいた怪物のあらかたは鎮静化。多くの生物がいた戦場。例えば崖に森林。渓谷や河川には静寂が訪れた。

 加えてアイリーン・プリンセスやエヴァ・フォーネスも動きを止めた今、人工島全体が静謐な空気に包まれる。


「……シュバルツ・シャークス!」

「いい動きだな。肉体強化の影響か? いやそれ以上に、今の君にはこれまでなかった物がある」


 それを突き破ったのは、この人工島において最後に残った最大の障害。すなわち数多の異名で呼ばれてきた男シュバルツ・シャークスと、彼へと向け襲い掛かる青年の声で、月の光さえ通らない鬱蒼とした森林を、紫紺の炎が満たしていく。


「っっ冷たいな!」


 通常ならば周囲一帯を燃やすはずの炎はしかし、その姿とは裏腹に、数多の木々を凍てつかせ、訪れるはずの春を遠ざける。

 彼らの肌を突き刺すのは、あらゆるものを焦がす灼熱ではなく、万物を凍てつかせる絶対零度だ。


「不思議な光景だな。炎というのはもっと苛烈なはずだが、使い手が違えば、こうも幻想的な姿を見せるものか!」


 二千を超える剣戟の末、力負けし弾き飛ばされたゼオス。

 ただ彼は木々にぶつかるよりも早く空中に留まったまま体勢を立て直すと、シュバルツ・シャークスが跳躍するよりも早く凍った地面を滑り距離を詰め、反撃の一撃を繰り出す。

 けれどそれは塔の屋上や壁で戦っていたような結果を叩き出せず、容易く弾かれてしまう。


「その正体は――――彼らに対する信頼か!」


 そのまま反撃に移ろうとしたシュバルツ・シャークスはしかし、その足を止めた。

 木々の隙間を縫うように飛び出した三つの攻撃。すなわち風の刃に強烈な威力の銃弾。それに青白いレーザーの対処に追われたのだ。


「そうか。ゼオス君。君はついに」


 続く言葉までは語らない。いや語れない。

 その前に彼の鼻先を漆黒の刃が掠め、続く連撃の対処に尽力する必要が出たからだ。


「援護する!」

「……頼む!」


 荒れ狂う斬撃の嵐。そこに加わったのは蒼野である。

 原口善が死んだ以上、ゼオスを縛る枷はなくなり、同士討ちの可能性が出て来たはずなのだが、そんな事の心配はしていないと、シュバルツ・シャークスを挟んだ位置に立つと、一切の躊躇なく風を纏った刃を撃ち込む。


「いいな。本当にいいな君達は!」


 その刃を鍛え上げられた肉体で素直に受け止めたシュバルツ・シャークスが、その刃に込められた思いを察知。

 二人が負傷した瞬間に現れ、回復と時間稼ぎを行う優。

 なおも姿を現さず、銃弾を筆頭に多彩な遠距離攻撃を、最前線で戦う同じ顔の二人にぶつけることなく繰り出す康太と積。

 彼らが行う、心を正しく繋いだゆえに行える連携がシュバルツ・シャークスへと牙を剥き、


「おりゃぁぁぁぁ!!」

「ここで君が加わるか!」


 それまで援護に徹していた優がシュバルツ・シャークスを一歩後退させた瞬間に前に飛び出し、頬を蹴り抜く。


「攻めるぞ」

「……ああ!」


 凍った木々を砕きながら、地面と平行して吹き飛ぶ巨体。

 それは森を抜け奥にあった廃屋へと突き刺さり、少なくない土煙をあげ、それを見届けた蒼野とゼオスが完全に呼吸を一致させ前進。

 風と炎を纏った二人は二本の矢となり、それを援護するように積が作りだした鋼の球体が追従し、勝負を決するため迫って行く。


「とてもいい動きだ。しかし!」

「っ」

「もう慣れた!」


 その時、ボロボロの家屋を包んでいた風圧が晴れる。

 現れたのは先程までと変わらず、心臓の真下からヘソの辺りまでを水で補い、左腕を失っている巨躯の姿であるのだが、その口から発せられたのは、あまりにも重い事実。

 そしてそれが嘘でないと示す様に、二人の挟撃は完璧にいなされ、鋼の球体が撃ちだすレーザーや康太の弾丸も叩き落とされ、優は青い練気で牽制される。


「クソッ。データを閲覧した時点でわかっちゃいたが、対応が早すぎる!」


 瞬く間に攻勢が入れ替わった状況に歯噛みするのは康太と並びこの戦いを俯瞰する積だ。

 最前線で戦う三人から三キロほど離れた崖の上で戦況を見つめる彼の周りには、これまで錬成せず隠してきた様々な武器であるのだが、康太の撃ちだす銃弾と息の合った動きをしても、既にシュバルツ・シャークスを止められずにいた。


「おい! 作戦は!」

「考えてるさ! 今だってゼオスから情報が送られてきてる! だがダメだ! 名案が浮かばねぇ!」


 あまりにも強すぎるシュバルツ・シャークスを倒すための作戦の立案。それが積に課せられた任だ。

 そのために必要な情報は、剣を交えながらも強化された念話の距離を駆使しゼオスから今も送られてきている。


 それは前もってシュバルツ・シャークスに関する戦いの記録を見てきた積に更なる情報を与えたが、それでも決定打に持っていくには足りない。


「必要な要素が足りねぇ!」

「なんだそりゃ?」

「いつも言ってるだろ! 格上を倒すために必要なのは!」

「相手側が知らない一手、か」

「そうだ。、まあそれだけじゃないが、それが足りない!」


 今彼らに欠けている物は、言ってしまえば最後の一押しを行える決定打だ。

 五人の若人は今、優やゼオスが行ったように蹴りなどを叩きこむことはできる。

 攻撃の手を止めさせるために、遠距離と近距離の攻撃を重ねる事もできる。


 いやそれだけではない。

 シュバルツ・シャークスが戦況を把握するうえで一番頼りにしているのが、練気や水属性粒子ではなく視覚情報である事も戦いを続けるうちにわかってきていたし、失った左半身に回り込むような動きで戦えば、本来の半分以下の実力さえ発揮できないということもわかったのだ。


 けれどそこまでわかっても、シュバルツ・シャークスは下せない。

 五人がどれほど策を練ろうと、弱点を突こうと、シュバルツ・シャークスは全て対応してくる。

 かつて善やレオンが仲間と立ち向かった時と同じように、シャロウズとアイビスの二人を退けたのと同じように、時が僅かに進むごとに、敵対者の進むべき道を確実に叩き折り、追い詰める。


「あらゆる者の行く手を遮り叩き落とす…………物理的にも精神的にも立ち塞がる壁。なるほどな、色々な異名で呼ばれてるのは知ってるが『最後の壁』って異名が一番似合ってるよ。あんたには」


 『鬼神』『剣帝』『皇帝の懐刀』etc

 それら全ての異名を跳ねのけ頭に浮かんだ異名を前に、積は憎々しげに言葉を吐く。


「けどよ、壁ってのは超えるもんだ」

「え?」

「最後だろうが何だろうが、壁ってのは最後には乗り超えるもんだろ?」

「気楽に言うなおい!」


 そんな彼の気を取り直す様に、周囲に九色の箱を構え、今も油断一つなく銃を構える康太が意地の悪い笑みを浮かべながらそう言うと、積の肩にのしかかっていた重みが消える。

 それで気を取り直した積は一度瞳を閉じ呼吸を整えるために深く息を吸い、吐き――――首根っこを掴まれたかと思えば強烈な浮遊感を覚えた。


「見つけたぞ。さあ、次はどうする!」


 一体何があったのか?


 気が動転した積がそう考えるが、答えは直後に示された。

 一早く直感により気がついた康太が積を引きずり移動したのだが、先程まで二人がいた位置にはゼオス達三人を蹴散らしたシュバルツ・シャークスの姿があった。

 彼は体の至る所から出血しているのだが、傷は浅く、身に纏う気は充実している。


「本当に……化物だな!」


 今更ながら痛感した事実を口にする積に対し、シュバルツ・シャークスが迫る。

 ただそれは瞬間移動により頭上から舞い降りたゼオスが阻み、追い打ちとばかりに能力で移動してきた蒼野の協力もあり完全に阻止する事ができたのだが、シュバルツ・シャークスの強い視線が二人を捉えたまま逃がさず、その強さに積は気圧される。


「積、こいつを」

「?」

「優の奴にはもう水属性の奴を渡しておいた。蒼野はゲゼルさんの持ってた小刀を持ってる。だからお前にも鋼属性の箱を渡しとく。そうすりゃ、不意に能力が飛んできた場合でも対応できるだろ?」

「助かる」


 そんな中、隣に立つ康太が浮かせていた箱の内の一つ、鋼属性の箱を積に渡す。

 これにより彼はあらゆる能力に対する耐性を得た事になるのだが、


「………………」


 そこで呼吸を止める。


「…………………………………」


 目を見開く。腕を震えさせる。


「積?」

「…………………………………………っっっっっっ!!」


 戦場の最中で突然起きたその事態があまりにも唐突で、康太の口からこの戦いが始まって以来最も不安の色を帯びた声が漏れだすが、積がそのような状態になったのは、康太が抱いたような悪い予感が原因ではない。


「あ!!!!!!!!!!」


 今この瞬間、彼は思いついたのだ。

 シュバルツ・シャークスを打倒せしめる、妙案を。

 ただ一つ、残されていた希望の道を。


(待て。待て待て待て! 思い過ごしならマズイ。絶対に成功させなけりゃならねぇ! 必要なのはなんだ!?)


 その瞬間、彼の脳がかつてない程の速度で働く。

 全身を巡っている血液を破裂するのではないかという勢いで脳に集め、ついに見つけ出した希望を繋ぐために必要な要素を全て洗い出し、


「ゼオス! 蒼野! 優!」


 前もって告げていた合図。

 すなわち三人の名前を同時に呼ぶことを行い、彼らは自分たちが傷つくのも厭わず続けていた猛攻を止め、シュバルツ・シャークスから距離を取る。


(なんだ?)


 それは彼からしてもかなり唐突な事であり、油断なく戦況の変化を見つめるだが、そんな彼らの前で積を除いた四人は雷にでも撃たれたかのような衝撃を受ける。

 すると攻撃を撃ち込めばそのまま仕留めてしまえるのではないかと思うほどの隙を晒すのだが、彼らはシュバルツ・シャークスがそのような行為に及ぶよりも早く後退を開始。


「…………シュバルツ・シャークス」


 このまま姿でも隠すつもりかと思った彼はそうはさせまいと剣を直握るが、そんな彼の思惑を砕くようにゼオスが振り返り、


「……決着をつける戦場へ案内する。来い」


 そんな事を言いだす。すると興が乗った彼はおとなしくそれについて行き――――辿り着いた場所を前に息を呑んだ。


「ここは!」


 様々なエリアを内蔵した人工島において彼らが最後の地として選んだ場所。

 それは溶岩が流れる崖の一角であり、その光景を目にして彼の鼓動は大きく跳ね、


「……そういえば、まだ返事をしていなかったな」


 彼の前で向き直ったゼオスが、静かに、しかし強い意志を宿し口を開き、新たに手に入れたゲゼル・グレアの遺産の切っ先を目前に控える男の顔に向け、


「『クソみたいな歓迎、感謝する! なら耳をかっぽじってよく聞け! 我こそは、最後の最後にお前を下す英雄様!』」

「!」

「『我が名はゼオス・ハザード! 共に進むのは連れの友人! 覚悟しろ! 今宵が! お前が空を眺める最後の日だ!』」


 完璧に一致しているわけではない。

 けれど千年前、ゲゼル・グレアがシュバルツ・シャークスの挑発に対し行ったように啖呵を切り、


「は、ハハ」


 それを聞き、笑みがこぼれる。

 聞かれてはいけない。見られてはいけない。

 そう理解しているというのに溢れ出て、


「いい度胸だ! ならば!」

「く、来る!」

「なーんか、これまで以上に強くなってる気がするぞあの野郎」

「……オーダーをこなした代償だ。それくらいは勘弁しろ」

「気軽に言いやがる!」

「我が全身全霊! 受けてみよ!!!!」


 進む。男は進む。

 再び訪れた最後にして最高の瞬間。

 自身が敗北を喫した屈辱的にして誉れある戦い。

 今度こそそれを超える/ねじ伏せるため、男は歓喜の声をあげながら駆け出した。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です


VSシュバルツ・シャークス、クライマックス。

今回ここまで話しを進めた事で、終わりまでの目途が立ちました。

これでしたら恐らく、目標通り900話に戦いが終わらせられるかと思います。


さて次回は積の立てた作戦炸裂回。

一話にしては結構な分量になると思います(それがちょうどキリがいいともいう)

で、かなり申し訳ないのですが、次回の投稿は一日遅れます。

正直書く前から二日では間に合わないとある程度察知できるので、ご了承ください。

と言う事で次回は12月20日。

この戦いのクライマックスを楽しみにしていただければと思います


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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