追憶の終末
「おぉぉおぉぉぉぉ!!」
「う、ぐぅぉ…………!」
天を衝く咆哮と共に、突撃槍の投擲に集中していたシャロウズが、神器と化している愛馬の背に乗り前線に躍り出る。
他の者と比べ遥かに余力を残している賢教最強の男の参戦は、片腕と胴体の半分ほどを奪われ、それでもなお拮抗状態を作り上げていた彼を、瀬戸際まで追い詰める結果に至り、レオンや童子の応援もあり、彼が突き出した腕の先にある突撃槍の銀の穂先が、シュバルツ・シャークスのへそ下を貫いた。
「っ…………はぁっ」
膝をつきながら、体中に存在する傷口から血を吹き出す巨漢。
それは他の誰かであれば間違いなく戦闘不能に陥るほどの負傷なのだが、男はまだ倒れない。
アーツが振り抜く分厚い盾の一撃と、童子が降り下ろしたパイプ煙草を連想させる神器を剣の一振りで弾き、けれどなおもダメージが残る体は口から血を吐き出させ、自分のために用意された戦場を無残に汚す。それでも彼はまだ動き続ける。
「懐かしいな」
いや、このような状況だからこそ動き続ける。
「本当に久しぶりだ。この! 素晴らしい感覚は!」
俯きかけていた頭を持ちあげ、天を見上げ、視線を前に戻す。
そこに浮かぶ光景は先程から微塵も変わらず、脳裏に浮かぶ光景と重なる。
すなわちそれは千年前の戦争における最後の戦い。
今と同じように、たった一度の反撃を許したばかりに陥った友以外を相手に陥った、ただ一度の絶体絶命な状況。
「ははっ」
エルドラとデリシャラボラスという二人の竜がいた。
ナラスト=マクダラスという侍がいた。
レイブン・ロナウェルという名の参謀がおり、二本の槍の神器を駆使するギルガリエという戦士もいた。否、彼らだけではない。
今と同じように、世界中の強者がその場に集まっており…………
なにより、あの場には自身に泥を付けた男、ゲゼル・グレアがいた。
「ハッハッハッハ!!」
溢れ出る血の影響か、思考が正常に働かない。視界が思うように定まらない。
瞳に映る景色が、思考としかいの点滅の度に切り替わる。
最も、含まれる意味はどちらにせよ変わらない。
二つの戦場はどちらも、最後の瞬間に向かう旅路なのである。
数多の雑兵を拳で退けた。
槍の極点ギルガリエが繰る二本の神器を、ただの一刀で切り伏せた。
延々と厄介な作戦を口にする、ゲゼル・グレアの親友にして戦友であるレイブン・ロナウェルを、隙をついて気絶させた。
「ハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!」
その最中に叩きこまれた攻撃の記憶が、彼の脳と肉体を激しく揺さぶる。
もはや己が浮かべる事などないと思った表情と声を、彼は全身で感じ取る。
「っっっっ」
鍛え上げられた肉体が整備などされているわけがない岩肌に叩きつけられ、自身の全身から出た血潮が地面を汚す。
『瀕死の重傷』なんて、自分には到底似合わない言葉と状態。
その状況に陥った彼は、歯を食いしばり量の拳に力を込め、鉛のように重くなった体を何とか持ち上げ、迫り来る二人の竜人を叩き斬った。
そうすれば、彼らは抱える戦力の『核』の大半が失われ、勝機など万に一つもないはずであった。
「――――――!!!!」
「見事! 見事だ諸君!」
だというのに、数限りなく存在する名も知らぬ兵たちは、自身が成すべき責務を果たすため、喉を裂くような声を上げながら彼へと向かっていき、その結果、シュバルツ・シャークスの肉体にただの剣や槍が何本も突き刺さり…………
「シュバルツ・シャークス!!」
「来たか!」
もはや指一本動かすことすら億劫な彼は、けれどその時背後から聞こえてきた聞き覚えのある声を前に、はちきれんばかりの笑顔を浮かべ、死に体とは思わぬ体で勢いよく振り返り、
「…………え?」
そこで彼の体に冷たい風…………すなわち千年前の最終決戦では味わう事のなかった物が訪れ、過去は消え去り、抗いがたい現実が姿を現す。
「……………………そうか。そうだったな」
何度かの瞬きを挟みながら、現代に戻っってきた男が周囲を見渡す。
結果、彼が辿り着いた結論はただ一つ。
惑星『ウルアーデ』の行く末を賭けた、彼にとって二度目の大一番は、千年前とは違い自身の勝利に終わったという事実。
無我夢中だったゆえに戦闘中の記憶さえ朧げなものの、それだけが彼の前に横たわる。
「シュ、バルツ…………シャークス」
「惜しかったよ本当に。それこそ私が千年前のままだったなら、君達が勝ってた」
最後まで意識を保っていたレオン・マクドウェルとシャロウズ・フォンデュの二人が肩を並べて目前にある巨体を睨むが、彼らはそれ以上何かすることはできない。
恨みがましく、無念を感じさせるように、はたまた別の思いを胸に抱きながらも、全身に刻まれた傷と疲労により膝を折り、真っ白だった床に身を預けたかと思えば動かなくなってしまった。
「………………………………やりすぎた」
その姿を見届けた彼の口からはそのような言葉が漏れ、空を見上げ物思いにふけっていると、真っ白な息が自然と吐き出される。
「…………終わりか」
渇いていた。今の彼は渇いていた。
生きるか死ぬかのギリギリの状況にまで追い詰められたにも関わらず、彼の心に充実感は訪れない。
なおも取れにくい染みのように心に張り付き、それを拭い取ろうと美しい記憶を思い出すために瞳を閉じるが、決して望む結末は訪れない。
「シュバルツ・シャークス!」
「!」
しかしその時、そんな彼の心を埋めるかもしれない、最後の使者が彼の元に訪れ、
「まさか君たちがアイリーンを下すとはな。ともかく…………歓迎させてもらおう。『ようこそ諸君。君達が、私に挑む最後の挑戦者だ』」
ハナから出来るとは思っていない。
けれど縋るような想いを込めて、かつて訪れた最後の『始まり』と同じ言葉を口にする。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
シュバルツサイドの決戦、その終わりです。
今回の書き方ですと少々わかりにくいところもあるかもしれませんが、シュバルツは別に、意識を失いながらも体を動かし、レオンやシャロウズを倒したというわけではありません。
実際には現代の戦いにおける相手を過去の人物に置き換えていただけでして、彼が過去に受けたと思っていた傷は全て、現実で負ったダメージですね。
誰が誰に切り替わったかはともかくとして、無数の雑兵はノアが使う神の神器です。他がどういう転換がされたかは、気が向いたら次回以降で。
とにかくこれで当初切って落とされた三つの火蓋は掻き消え、最後の戦いが始まります。
思わぬ要素が含まれた最終決戦、少しでも楽しんでいただければ幸いです!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




