剣聖 ゲゼル・グレア 二頁目
アイビス・フォーカスとの特訓を終えてからある程度の休憩を挟んだ蒼野。
彼はそのままゲゼル・グレアとの特訓を一時間ほど実戦形式の特訓を行い、疲労で動けなくなったところで案内された寝室で布団に入り、その日は意識を手放した。
「おはよう蒼野君。昨日はお疲れ」
「あ、おはようございます」
目を覚ましてすぐ、着替えや歯磨きを終えた蒼野が部屋を出て昨日と同じ庭園に足を運ぶ。
するとそこにはいくつかの紙を手にしたゲゼル・グレアが既に居り、蒼野が自分の側に近づいて来るのを確認すると、柔らかな笑みと声色で彼を迎え入れた。
「まずは総評だが、基礎もしっかりとできた上で自分特有の『型』も持っている。うん、素晴らしい」
「あ、ありがとうございます」
千年前の戦争から生き残っている世界最強の剣士から告げられた自身の評価を耳にして、思わず照れてしまう蒼野だが、無論それだけで話が終わることはない。
「しかしふむ……風属性だが善に聞いた話通りであれば人を殺さぬ刃か。これは中々難しい」
「す、すいません」
蓄えられた髭に左手を添え熟考する姿に思わず謝ってしまう蒼野だが、ゲゼルは朗らかな笑みを浮かべる。
「いや、謝る必要はない。わしが言っているのは君の矜持のことではない。なにぶんわしも風属性に長けているわけではないのでね。少々考える時間が欲しいのだよ」
「あ、そっちですか。不殺の意思が邪魔と言われるのかと」
「人を殺さずに捕まえたいという立派な考えを否定する気はないよ。それが確固たる意思としてあるのなら、貫く道を選ぶ方がいい。原初の思いを貫くことは、最も重要な事だ」
正直なところ、蒼野は自身の信念を他の者にまっすぐに褒められた事がなかった。
なにせ相手を殺さずに無力化するというのは、単純に相手を殺す事と比べ、何倍も難しい事であったからだ。
「ゲゼルさん……ありがとうございます」
そんな中で告げられた現存している中では最強の剣士である男の言葉に感極まり、彼は涙声で頭を下げ感極まる。
「いいさいいさ。だが今すぐに良い案が浮かぶわけでもないし、先にゼオス・ハザードを想定した対応策を考えよう。今度はわしが色々な形で攻めるから、できるだけ攻撃を貰わないように防ぎ続けてくれ」
そんな様子の蒼野の肩を叩きながら老人は彼をなだめ、蒼野が頭をあげると剣を構え、蒼野に次にするべきことの説明を行った。
「は、はい!」
声をあげ、剣を構える蒼野。
そうして二人は食事の前に十五分程昨日に続き剣を交えるのだが、ゲゼル・グレアの見せる動きに蒼野は舌を巻いた。
ただ蒼野に撃ちこむだけでなく、常に蒼野の全力を発揮できるように立ち回り、適度なタイミングで休憩代わりの様子見も入れてくる。
アイビスさんと比べて比較にならない程、訓練になってる!
少々申し訳なくは思いながらも蒼野が内心でそう感じ、それまでで最も力強い一撃が蒼野の体を襲い、蒼野はギリギリのタイミングでそれを躱した。
「……区切りも良いし一度休憩としようか。次の開始時刻は十一時からじゃ」
「は、はい」
荒い呼吸整え、額から流れてくる大粒の汗をタオルで拭く。
そうしてすぐそばにあった購買で売っていたタマゴサンドと栄養ドリンクを購入するとすぐに朝食を摂取し体力を回復。
「ところで蒼野君、ゼオス・ハザードの動きの中で気になった点などはあったかな? それの有無で、訓練の内容を変えようと思うとるのじゃが」
そうして一息ついている蒼野の隣にゲゼルは座り、何気ない様子でそう尋ねるのだが、すると蒼野は先日の戦いを思い浮かべ、ふと気になった点を口に出す。
「…………一つだけあります。何というかあの男……ゼオス・ハザードの動きは一つ一つが心臓に来る感じでした」
「それは殺気の有無ではなくてかね?」
言われてみて思い返してみるのだが、蒼野が感じた嫌な感覚は、それだけではないと本能が叫んでいた。
「まあそれもあると思うんですが、なんというか一瞬目を離すだけで『ぬっ』と迫ってくるんです。だから気を抜けないというかなんというか…………いや普段の戦いで油断してるわけじゃないですけどね!」
「能力による空間移動とは別の移動方法……ミスディレクションの類かな?」
「みすでぃれくしょん?」
慌てた様子で言葉を重ねる蒼野であるが、話を聞いたゲゼルは僅かな時を思案に用い答えを導き出し、それを耳にした蒼野は首を捻った。
「人の視線を意図的に誘導する技術の事じゃ。マジックなどで使われる技術でもある。例えば自分に向いている視線を別の物に向けて、その間にタネを仕込んだりする」
「つまり……ゼオス・ハザードは自分に向いていた視線を別の場所に誘導して、その間に近づいてきたってことですか」
「わしはそう思う。一撃で相手を仕留める暗殺者らしい技能じゃしの」
そう言われ思い返してみれば確かに当てはまる点が散見する。
ゼオス・ハザードが自分の側に突如現れたのは、確かに自分が視線を逸らしている僅かな間の事であるように思えた。
「そういえばもう一個ぜひ聞きたかった事があった。善はどうしているのかね?」
「善さん、ですか?」
攻略の手掛かりらしき情報を提示されたところで頭を捻り考え事をしていた蒼野であったのだが、突如投げかけられた問いに対し、少々戸惑った様子を見せた。
昨日の様子を見るに、善とゲゼルはかなり昔から親交があるように思えたのだ。
そんな人物に対し、ギルドに入って間もない自分が伝えられる事があるのかどうか、思わず考えてしまったのだ。
「俺は善さんとの付き合いが短いから対したことは言えないんですけど、すっごく頼れる上司で、加えてとすごくいい兄貴分だなと思います。あれだけ強ければ俺じゃ助けられない、いろんな人たちの手を取れるんだなと想像したりもします」
「頼れる兄貴分。ふむ、それならば良いんじゃ」
髭を触りながら、蒼野の答えを聞き満足そう頷くゲゼル。
その様子を見て、今更な疑問が頭に浮かぶ。
「昨日の会話を聞いているとお二人は師弟のように思えたんですが、実際のところどのようなご関係なんですか?」
「うむ、わしと善は君の言う通り師弟の関係じゃった。彼が神教を出て行くまでの、ほんの数年の事だったがの」
「……薄々気づいてはいたんですが、やっぱり善さんは神教に所属していたことがあったんですね」
初めて得た情報を前に、しかし蒼野は驚かない。
神教所属の聖野と師弟関係があったという事実を前提にすれば、然程考えずともわかっていた事だ。
「む、知らんかったか。善は自分の過去をむやみやたらに話したがるような性格でもあるまいが…………君たちが今後ギルドで働いていくうちは絶対に必要な情報じゃ。わしの口から、ある程度の話はできるがどうかな?」
「…………」
正直なところ、本人の口からきかなくて良いのか、蒼野も迷うところではあった。
「もしよければ、ぜひ」
しかしゲゼル・グレアの物言いを聞いた彼は、今知っておくべきだと思い、内心で善に謝りながらゲゼルの誘いに乗った。
そしてゲゼル・グレアは告げる。
原口善という人間が胸に抱える、悲劇の過去と望む未来。
それらを告げる。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
本日も少々短くて申し訳ありません。
話の都合、ちょうどこの場所が区切りが良かったので、ここで斬らせていただきました。
という事で明日は善の過去編と、彼の抱いた野望についての話です。
お楽しみに!




