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往古来今物語 二頁目


 その日その時その瞬間、彼の脳裏にかつての記憶が鮮明に浮かびあがる。

 

 場所は違った。

 今のように自分が好きなように力を出せるような戦場ではなく、足元に溶岩が流れる崖の上だった。

 戦っていた相手の数については詳しく思いだせない。

 両手の指で足りない人数だったのは確かだったが、細かい数までは覚えていなかったのだ。


 ただ月と星がよく見える夜であったのは同じで、何より、流れる空気があの時と一緒だった。

 本当に最後の最後の、退く場所などない背水の陣。

 この戦いの決着が、世界の命運を決めるという状況。

 そのような状況で流れる空気というのは他では味わえないものであり、その匂いを嗅ぎ、過去と現在が重なり、


(――――――)


 そうしていると彼はふと考えてしまったのだ。


 あの時と今、比べてみるとどう違う?


 答えはすぐに思い浮かび、その答えに対する言葉をすぐさま思い浮かべ、


「っ!」


 そうしているうちに、死に物狂いで近づいて来ていたレオンの剣が胴体を捉え、この戦いがが始まってから、いや思い返してみればこの時代に訪れてから初めて、負ったダメージが原因で片膝をついた。


「母さん!」

「オッケー! あたしが合わすわ!」

「頼む!」


 その直後、残っていた余力全てを捧げた猛攻が叩きこまれる。


 眠気眼をした童子が撃ち込むキセルの一撃が頭一つ分以上大きな男の顎を捉え、同年代にしか見えない美女の巨大な鉄扇が右掌を強く叩き、人斬り包丁のような大剣を握れなくしようと近づいて行く。


「それは通せないな!」


 が、その企みは阻止される。

 現実に意識を戻したシュバルツ・シャークスが右腕を振り上げ、鉄扇に反撃する。

 結果鋼鉄で作られたはずの扇はひしゃげ、目を丸くしている彼女に対し追い打ちとばかりに拳を向け、


「とまれ馬鹿! あんたの場合拳でもシャレにならねぇんだよ!」


 阻止するために、少々離れた位置にいた鉄閃の持つ鋼鉄の槍が牙を向く。

 たった一度息を吐くだけで撃ち込まれたそれは千を超える刺突であり、けれど鋼鉄さえ軽々と凌駕する肉体との衝突に耐えきれず、穂先が折れ曲がり、


「むん!」


 撃ちだされた拳が、予定通りに目標の胴体を捉え、那須鉄子は意識を奪われる。

 ただシュバルツ・シャークスはそれで足を止めるような事はせず、自身に軽傷とはいえ幾多の傷を付けた鋼鉄の槍を左脇でしっかり挟むと、持ち手である鉄閃が何かするよりも早く体を捻り彼を虚空へ。

 地面についていた膝を持ちあげ…………ようとしたところで、足あ地面から離れず戸惑った。


「二度目はない! 頼むぞシャロウズ殿!」


 ここまでの展開に関しては呑みこめるシュバルツ・シャークスにしても、地面から足が離れないこの一手は完全に不可解なもので、わけもわからず困惑するが、自分の足に付着した桃色の粘ついた何かが原因な事に気がついたのは、その直後だ。


「何だこれは? ガムなのか?」


 その正体は一瞬の隙を突き足に張り付けた紙の神器の中に内蔵されていた強力な粘着シートであり、そのような物が存在するとまで知らなかったゆえにシュバルツ・シャークスは立ち上がる際に力をさほど込めておらず、結果もう一度膝をつき、


「ノア殿! 貴方にこれ以上ない程の感謝を! そして!」


 ここまで導いてくれた皆の思いを乗せ、ついに賢教最強が動く。

 手にしていた神器の槍に疑似銀河を生成。それを純粋なエネルギーの塊として馬上で使うかのような突撃槍に纏い、力強い一歩を踏み出すのと同時に槍投げをするかのように腕を掲げ、


「こざかしい真似を!」

「邪魔は!」

「させねぇ!」


 そうしている内に、今度はしっかりと足に力を込め、シュバルツ・シャークスは粘着シートの呪縛から易々と逃れる。

 ただその直後に彼が回避や先手を行うよりも早く、レオンと鉄閃がその場に留めるために真上から渾身の一撃を降り下ろし、それだけでは足りぬと那須童子が真横から渾身の一撃を撃ち込んでいく。


「アーク! 檻だ!」

「任せて!」


 さらに兄であるノアの命に従った妹のアークが盾の神器を輝かせると、不可視の防御膜を展開。

 対象は介入しようと動き出した練気の阿修羅であり、文字通り檻に閉じ込められた状態になった巨体は主の戦いに介入することができず、


「おのれ!」


 シュバルツ・シャークスが三方向からの圧に敗け崩れた瞬間、彼ら全員の命運を賭けた一投が、三人が同時に離れたタイミングで撃ちだされ、虹色の光の塊がシュバルツ・シャークスへと向かっていった。




 息が止まった。胸が詰まった。脳が捩れ、強烈な吐き気を催した。

 首根っこを掴んでいる少年が、ただただ単純な疑問として投げかけた言葉を聞いた時、アイリーン・プリンセスは誰の目で見ても明らかなほど狼狽した。


「あ、あぁぁぁぁぁぁっあっああぁぁぁぁぁぁ!!」


 ついには掴んでいたレウを掌から離し、黒い染みが奔った顔を、血で赤く染まった両手の手袋で包み嗚咽をあげる。


 戦闘の最中にも関わらず、彼女は考えてしまったのだ。

 今、自分は何をしているのかと。

  

「わ、私は! に、二度と! もう二度とあんな思いはしたく…………だからガーディアの奴に頼らずにする、ために!」


 千年前、彼らにとって転機となる出来事が二つあった。

 一つは神教発足の原因となった世界大戦。これが彼らの運命を決めたのは間違いない。


 ただアイリーン・プリンセスにとっては、もう一つの出来事の方が比重が大きかった。

 世界大戦よりも更に前…………五人の少年少女の生まれ故郷で起きた悲劇。

 

 彼女の力というのは、その時と同じ事を二度と起こさせないために会得したものであり、


「!」


 勢いよく、月と星が輝く夜空を見上げる。

 その先にあったのは様々な色の大きな気が、その場において最も大きな青い気に挑みかかる様子であり、乱れた思考は正常に戻る過程で一つの答えを導き、


「俺達だけじゃ、あんたを仕留める事はできない」


 その思いに従い体を突き動かそうとした瞬間、自身の頭上で強烈な光が密集していくのを感じ頭を上げ、同じタイミングでお茶らけた様子など微塵も感じさせない積の声が彼女の耳に届き、


「けどさ、この場にはあんたを倒しうるだけの力があるんだ…………なぁアイビス・フォーカス」


 静かに綴られる言葉の数々が彼女の耳を支配し、


「あの列車内で、あんたが余分に使った光属性粒子はどうなったと思う?」


 至極冷静に語られた言葉の意味を呑み込んだ瞬間、混乱から思うように動かなくなっていた体に力が宿り動き出す。


「格下が格上を退ける方法は、いつだって変わらない。つまり――――相手の知らぬ一手を撃ち込む事だ!」

「積君! 貴方!」

「千年かけて、神の座が築いた英知。誰もが使う事ができる科学の刃だ。その身で受けてみろ!」


 ただそんな彼女の抵抗など御見通しという様子で、全方位から子供たちが使えるはずもない程の攻撃が弾幕となって襲い掛かり、


「神教最強、不死鳥の座の得意技だ。借りた分、利子つけてしっかり返すぜ」


 足を止めた彼女へと向け、超圧縮された光の柱が飛来した。




ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


本当に投稿が遅くなってしまい申し訳ありません。

日を跨ぐ事になってしまいました…………


というわけで戦いは佳境へ。

敵対しているシュバルツ・シャークスやアイビス・フォーカスはもちろんの事、読んでくださっている皆さまからしてもちょっと想定していなかった秘密兵器の登場です。


といってもノアの方は本当に突然の登場でしたが、アイリーン殿サイドの方は『ああ、それはそうだね』くらいに思っていただけるかもしれないかな、なんて思ってます。


同時に着々と明かされていく千年前の出来事。

ここら辺についても、徐々に明かされていきます。


次回、VSアイリーン・プリンセス、決着編。

お楽しみに!


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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