重見天日を目指して 一頁目
(うん。いいわ。とてもいい。重い鎧を脱ぎ捨てた気分)
完璧な初撃であったと、失っていた四肢を瞬く間に蘇らせたアイリーン・プリンセスが自覚する。
自身の実力を制限される空間から飛び出し、全力を発揮できるようになった。
そうなれば今の彼女が実力を発揮する事を躊躇する理由はなく、一早くこの戦いを終わらせる必要があると考え、速度は最速。
攻撃の威力は『反転』させ、普段の状態の彼女では撃ち込めないものを連続で撃ちだした。
雷属性ゆえに凄まじい反射神経を持つシリウスや近接戦に秀でたゼオスもそれを躱したり防ぐ事はできず、再生能力を持つ優を除けば、誰もが体の一部を失っており、ほんの一瞬で力の差を理解した空気を出している。
(なのになぜかしら?)
そこまで理解しているクセに、彼らの瞳に宿る炎は消えない。
『自分たちはアイリーン・プリンセスと比べ遥かに劣る』『束になっても勝てない』、そう自覚しているのが伝わってくるのに、立ち上がる事を彼らは止めない。
「…………貴方がこの空気を作りだす根源?」
「さぁ? 言ってることの意味が分からないな」
いや原口積に至っては、他の者以上に強烈な負けん気を放っており、その空気が伝染して彼らが立ち上がるのだと彼女は悟り、
「必死に喰いついて、せめて足止めだけでもできれば、なんて魂胆かしら?」
彼らがなおも立ち向かう理由を思い浮かべると口に出すと、黒い染みを体に刻み、美しくも危険な空気を醸し出す彼女は、普段ならば決して浮かべない類の笑みを顔に張り付け、
「でもそれに私が付き合う義理はない」
至極当然なことを言ってのける。
「まぁ、付き合って上げるんだけどね」
ただそんな自分自身の言葉を彼女はすぐさま否定し、両腕を大きく広げた直後、それらは現れる。
「私ね、貴方達みたいな子達が好きよ。どれほどの窮地を前にしても諦めないで、未来を掴むために必死。いつだって、今をより良くしようと頑張ってる」
「…………」
「そういう思いを尊いと本気で思うし、それが実現してほしいって本気で思ってる、けど」
美しい輝きを備えて現れた光の刃が、彼女の今の状態に沿うように黒く染まる。
地面から生えた壁、手にしている鞭、無数の盾に背後に背負う機関銃。その全てが、神々しさではなく禍々しさを衣に、圧倒的な実力差を見せつけられてすぐの子供たちに向けられる。
「それを自分の手で壊すのも…………悪くないって思えるの」
天使のような悪魔の笑顔
そんなワードが世間には溢れていると優や蒼野は知っている。けどそれを直接見た事はなくどのようなものかは想像することしかできなかったのだが、今、目の前で、アイリーン・プリンセスが浮かべている美しい笑みを前にして全てを理解する。
目の前にあるものが何度も想像したものの正しい形で、自分たちはこれから、完膚なきまでに叩きつぶされ、命を失うのだと。
「じ、時間破戒!!」
何の前置きもなく、女王が如き威圧感を放つ彼女の猛攻撃が始まる。
様々な角度に向けられた銃口が、黒く染まった弾丸を撃ち始める。
能力の発動が間に合ったのは本当に奇跡としか言いようがなく、蒼野が延々と展開し続ける新たな能力が、自分たちに当たるはずだった銃弾を彼方に飛ばす。
「まぁそうするわよね。それなら、これはどうするのかしら?」
「っ」
「意外と丈夫ね。今の一撃で、両足くらい貰うつもりだったんだけど」
「それに耐えたってか? そりゃ一生もんの勲章だ!」
しかし既にその場から離れていたアイリーン・プリンセスは、音が追い付くよりも早く蒼野を背負ったゲイルの元へと移動し、手にしていた鞭を振り抜く。
それは機動力に重きを置いたゲイルの両足にしっかりとぶつかるのだが、彼の両足は彼女の予想を裏切り原形を残しており、次の瞬間、その姿は遥か後方に移動していた。
「っ」
「…………拳が見えん!」
そのタイミングで襲い掛かったシリウスとゼオスは、目視できない速度の拳を顎に叩きこまれ脳を揺さぶられその動きを停止。
「せっかく失った手足を直したのに、すぐに失っちゃったらもったいないわよ?」
「させない!」
「一歩二歩、いいえ、遥かに遅いわ優ちゃん。それじゃあ私には追いつけない」
そんな彼らの四肢を、今度は漆黒の刃で全て奪い、援護に駆け付ける優が来るよりも早く、内臓全てを絞りだすかのような重い拳が二人の胴体に直撃。乾いた地面に打ち捨てられ、援護に駆け付けた優は手にしていた鞭で何度も叩かれた上で、地面に張り付けるように頭上から召喚した真っ黒な杭で胴体を貫いた。
「暴君宣言!」
「そうだったわね。貴方にはそれがあった」
彼女が使うあらゆる力は、彼らを容易に追い込む力があった。
ただ扱う粒子の量が多ければ多い程、それは聖野の扱う希少能力を育てる餌となり、漆黒の球体があらゆるものを吸い込み、勢いよく膨れ上がり、
「全員粒子を使うなよ! 一気に行くぞ!」
「…………」
「裁き!」
小麦色の肌をした、年齢よりも幾分幼く見える担い手の指示に従い球体はひし形に変化し、見た事がないほど多くの枝が千年前最強の戦士の一人に襲い掛かる。
それは凄まじい速度に加え壁のように一面を敷き詰める密度もあり、けれどアイリーン・プリンセスの目は冷めている。
それが能力であるという事は、神器の効果を所有している自分には意味を成さないからだ。
「!」
その予想は外れはしない。
事実彼女の体に触れる直前に無数の枝はガラスが割れるような音を発しながら砕けていき、彼女は無傷であったのだから。
驚くべきはその際に続けて襲い掛かった、鋼属性を得意とする積が展開したであろう鉄の刃である。
(聖野君の使うタイラントスペルは、敵味方関係なく周囲にある粒子を吸いこむ性質のはず。それが効果を発揮しないっていうことは、これは砕けた瞬間に展開されたという事!)
彼女の知る限り、積がそれほど凄まじい芸当を行えるという事実はない。
いや実のところ出来たのかもしれないが、普段の様子を見るにその事実は隠したかったのだろう。
「思わぬ伏兵、曲者ね………………いえ味方にも隠してたというなら、とんだ腹黒狸ね」
数多の鋭利な刃物が彼女の目と鼻の先にまで迫るわけだが、あと少しの距離を詰めれる事はない。
光の速度を備えた盾が割り込み、全て蹴散らしたからだ。
「……………っ!」
今の彼女にとって唯一厄介な存在がいるとすれば、それは姿を隠した状態の康太に他ならない。
そんな彼女の考えを正しいものとするように、音を置いてきた速度の銃弾が彼女へと五発撃ちだされ、その内の四発を地面から生やした光の壁で軽々と阻止。
ただ一発だけは弾かれた際の跳弾すら計算に入れていたような軌道で、彼女の右手の甲を貫いた。
「そこ!」
普段と比べ、今の彼女は気性が荒い。
それを示す様に銃弾が撃ち込まれた方角へと注ぐ攻撃の数と勢いは凄まじく、コンマ一秒とかからず、広がっていた森の一部が、木々の破片すら残さぬ勢いで蹂躙される。
「手ごたえがない……どういうトリックかしら?」
それだけの事をしても康太を仕留めた感触が彼女にはなく、疑問が頭に浮かぶ。
直後、この問題の答えをあまり放っておきたくないと感じた彼女は、周囲に自分の光属性粒子を放ち、彼の居場所を探ろうかと考えるが、その考えはすぐに改める。
(ちょっと粒子を減らしすぎね)
優でさえ敵わぬほど美しい黄金の髪の毛を備えている通り、光属性粒子を破格と言っていい程備えている彼女であるが、今回は普段と比べ消費が激しい。
それは今展開している無数の武器によるものだけでなく先程軍用車両内で大量に使った事が大きな理由であるが、彼女の想定以上に粒子は減っていた。
といっても余力は十分にあり、今の彼女の貯蔵ストックは全快時の七割ほど。
しかし通常の戦闘ならば、誰が相手であろうと八割ほど残し撤退できていることを考えれば、少々ではあるが動きに気を使う程度には減らされている。
(どれくらいだ。あとどれくらい削ればいい)
その状況を、不退転の覚悟で挑む積がしっかりと捉える。
兄に似た鋭い目つきで、一瞬だが粒子を使う事を躊躇した彼女を見つめ、一縷の希望を手繰り寄せるために懐にしまっていた薬品を一気に飲み干し、
「さぁて勝負だアイリーン・プリンセス。俺とあんた、どっちが先に限界が来るか勝負しようぜ」
こちらの手の内を知られないことを願いながら、そう口にする。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
VSアイリーン・プリンセスのタイトルは恐らく最後付近までこのままです。
意味としては、暗い状況から抜け出し、良い状況へと向かうため必死になること、という感じです
さてさて今回の話ではアイリーン・プリンセスが様々な武具を開放。
普段との明確な違いで、ぶっちゃけ大人げないです。
それに立ち向かう子供たちは本当に必死なわけですが、彼らの見据えるゴール。これが重要になってきます
次回は引き続きアイリーンサイド、またはエヴァの方に飛びます。
シュバ公はもうちょっと後です
それではまた次回、ぜひご覧ください!




