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聖女反転悪夢出現 三頁目


 アイリーン・プリンセスが備える『反転』の力は、亡き原口善が所持するような『能力』にカテゴライズされるものではなく、『異能』にカテゴライズされる力である。

 となればその力は能力の枠組みに値するものほど強力ではない。

 彼女の持つ『反転』の力は、原口善のように空間や概念にまでは及ばず、ひっくり返せるものも、自らが備えている属性粒子や身体能力など、己が肉体の範疇に限られているのだ。

 とはいえ『劣化版』と一言で言っていいものではない。能力の範囲や強さこそ劣りはすれど、この力は一個人が備えている特異な体質のため、粒子を使わないという大きなメリットがあるのだ。

 そのため原口善では容易に行えなかった力の連続使用が可能であり、多種多様な場面で使う事ができるのだ。


「…………なぜ、わかったの?」

 

 ただ一つ、他の者はさほど関心を抱かずとも、彼女自身がどうしても気にしてしまう点、つまり補いきれないと考えている欠点があった。


「へぇ。素直に反応してくれるじゃねぇの。聞き流されるかと思ってたぜ」


 それがこの『異能』を発動させた際に起こる性格の変化である。

 これは『異能』を発動させた瞬間から起こってしまうもので、彼女が元来備えていた温和で冷静な性格を歪め、攻撃的な性格に変化させる傾向があった。

 さらに言えば交渉や隠し事をする際にも大きく響き、本来の彼女ならば己が力の正体を言い当てられたとしても難なく受け流せるところを、今の彼女は馬鹿正直に受け過ぎ、驚きが明確に顔に出るようになっていた。

 そんな自分の事を彼女は嫌っており、エヴァ・フォーネスはよくいじる。

 彼女を自分と同じ穴の貉であると、いや抑えが利かない分自分以下であると嘲るのだ。


「おしゃべりな口ね」

「おめぇから聞いてきた質問だろ! 理不尽だなおい!」


 普段ならば何の感慨も抱かぬ挑発にさえなっていない言葉も、今の彼女は平静を保てず顔を歪め、漆黒の光を束ね作りだしたナイフの投擲を質問の返礼とする。

 それは軍用列車の床に体を預けていた積が躱せるようなものではなく、うつぶせに倒れている彼の右ふくらはぎを正確に貫き、すると唸るような呻きが積の口から溢れ、


「そうね。けど戦いってそういうものではなくて?」

「ぶぁ!!?」


 間を置かず距離を詰め、乱暴な動作で撃ちだされた蹴りが積の腹部を正確に捉え、彼は体を縮ませているレウがいる第一車両の奥の壁に叩きつけられた。


「た」

「?」

「種が分かって、それが勝手にくたばった馬鹿の、更に劣化版だってんなら」


 それを受け、頭部から鮮やかな赤を流し背と床を濡らしても、積は意識を失っていない。

 腹部に当たると確信を抱いた瞬間、彼は分厚い鋼鉄を服と肌の間に挟み込み、撃ちだされた追撃の威力を軽減させたのだ。

 

「原口積。貴方まだ動くのね」

「なーんにも怖かねぇな。そんなもんに、俺達が負けるわけがねぇ」


 その姿を見て数十秒前までの面影を消し去った女は隠すことなく彼の奮闘を賞賛するのだが、積はそれにはさしたる反応を示さず、うっすらとした笑みを浮かべ、勝気な表情と舐め腐った声で挑発する。


「…………そう」


 普段の彼女が相手ならば効果のほどはわからないが、少なくとも今の彼女にとってそれは明確な効果があったと言えるだろう。

 それを示す様に入口に立つ彼女の声には苛立ちが混じり、放たれる空気が一層剣呑なものになっていく。

 

「もう一度中に入ってくれりゃ、ありがたかったんだけどな」


 そのままもう一度中に軍用車両の中にさえ入ってくれれば、それ以上に嬉しい事はなかったのだが、残念ながらそこまで話はうまく進まない。

彼女はそのばで跳躍すると、木々よりも高い場所を位置取り、腕をかざし月光を跳ねのける勢いで光造成の粒子を放出。


「正邪反転。黒い光に呑み込まれなさい」


 けれど月夜を覆す程の輝きをはなっていたそれらは、主が厳かな声を発すると黒く染まり、それを見つめる積の腹部と心臓に、拭いきれない不安を抱かせた。


「うぉ!?」


 直後、黒き刃が使い手の腕の動きに従い地に落ちる。

 その刃は動いた先にある分厚い鉄の箱や固い地面さえ易々と切り裂き、自身が乗っていた車両が細切れになって行くのを目前で見ていた積は短い悲鳴を上げながら、通常の光属性では決して実現できない殺傷能力を前にして冷や汗を垂らす。


「これで自慢の列車は使えないわけだけど、私の何が怖くないって?」

「馬鹿にして悪かったよ。謝る…………つってもまあ、必要な時間は稼げたわけだがな」

「っ」

「アイリーン・プリンセス!」


 喉元に真っ黒な輝きを放つ刃を突きつけられた積。

 一歩前に出さえすればアイリーン・プリンセスは積の命を奪う事ができるのだが、そうはならなかった。

 真横から撃ち込まれた光の弾丸が彼女の腕を真横へと弾いたのだ。


「貴方達…………まだ!」


 すぐさま攻撃が撃ち込まれた方角に首を向けた彼女が見たのは、雷の弾丸を撃ち込んだ様子のシリウス。更に首を至る方角へ向ければ、自身の周囲にはいつの間にか複数の影が展開しており、


「間に合ったか?」

「ああ。ギリギリだけどな」


 最後に外に出てきた蒼野が、そう言いながら崩れ落ちた積に対し能力を発動。

 青い光が彼の体を包み、抉れた内臓や傷ついた肉体を健康な状態まで修復する。


「戦えると判断できる面々が集合したという感じかしら? 相変わらず康太君はいないようだけど」


 ゼオスやシリウス。蒼野や優など、これまで戦場で何度も見た顔が並んでいる一方で、先程中で見たルイや宗助の姿は見えないゆえに彼女はそう判断。

 一つ気に掛かる事があるとすれば、蒼野がゲイルに背負われている事だが、数秒とかからぬうちにその意図を察した。


「必死ね。哀れなくらい」


 貴族衆の少年ゲイルは、曲がりなりにも光属性の使い手だ。

 であれば彼女の速度の追従できる唯一の存在であり、新たな力に目覚めた蒼野や、今も自分たちを囲む森のどこかに潜み狙いを定めている康太と並び、この戦いにおける重要な役割の駒と言っても過言ではない。


「甘く見られたものね」


 そんな彼を一瞬だけ見つめ、しかしすぐに視線を外すと、アイリーン・プリンセスはため息を零し、


「ついさっきの攻防で気付いたと思っていたんだけどね。見込み違いだったかしら?」


 落胆の色を感じさせる声を発しながら、おぼろげながら神秘的な光を放つ満月を背景に、俯きかけていた頭を上ゆっくりとあげ、


「なにが?」

「弱体化に弱体化を幾重にも重ねて、それでやっと同じ土俵に立つことができるという事。つまり」


 優の質問に答えたところで、彼女は僅かに身を屈め地面を強く踏み、一度二度と瞬きを終えたところで、黒い光に包まれ闇夜にその姿を溶け込ませる。

 そのまま移動を開始する彼女の速度は間違いなく光と同等のものなのだが、数多の戦いをくぐり抜け、短期間で一気に強くなった彼らは、如何に彼女が素早く、闇夜に溶けるような色合いゆえに見えにくくなったとしても、もはやその姿を見逃す事はない。


 剣、斧、鎌

 己が愛用している武器をしっかりと掴み、迫る目標の姿を捉え、着弾の瞬間を見極め一歩前に出て構えると、自身が頭に思い描いた通りのタイミングで攻撃を撃ちだし、


「全力の私なら、貴方達程度、さほど苦労せず倒せるという事よ」


 それら全てを、躱される。

 驚くほどあっさり。

 『あらゆる抵抗は無意味である』と告げるように。


「っっっっ!」

「はぁ――――――」

「視界、が! 霞む!」


 その際に一緒に撃ちだされた拳と蹴りの威力は、『異能』『反転』の力により日ごろとは比較にならぬ威力に変貌しており、あるものは撃ち抜かれた部位を抉られた感覚に陥り、あるものは半身を失ったかのような衝撃に襲われ、結果彼らは瞬く間に追い詰められた。


 その結果を前にしてしまえば、立て直しを図り闘志を燃やしていた若人達も嫌でも認める。

 自分たちだけでは、今の彼女を倒す事はできないと。




ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です


正直どこから始めて行くか迷うところでしたが、今回はアイリーン殿を。

これから決戦終了まで結構色々と視点が変わって行きますが、それでも同じ話の中でそれをしてしまうとあまりにわかりにくいので、やるとしても一話終わるごとなどにして行くつもりです。

最後の最後だけは変わってしまうかもしれませんが。


ちなみに今回の話でかつてエヴァが、今の顔に黒い模様を刻んだアイリーン殿に対し『お前私以下じゃん!』などと言った事があるのですが、残念ながら性格が大きく変わった状態でも、「エヴァほど幼い性格ではない」と、アイリーン殿やらシュバ公は内心で返していました。地味にひどい


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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