無双の剛
「レオンの奴が回復するのを待つまでもない。ここで攻めきるぞ」
戦場における士気の高さというのは、勝敗に直結する。
肩を張り、油断なく相手に突撃する戦士は中途半端な心構えの敵対者を打ち崩し、連携がしっかりとした部隊は、険悪な仲の敵部隊を容易く呑み込む。
かと思えた肩を張りすぎ体を強張らせた実直な戦士は十全の力を発揮できず、態度が悪く性根が腐っている相手に不意を突かれ敗北する。
言うなれば士気の高さには『バランス感覚』が必要になって来るわけだが、味方側の一人が負傷し一時退場したという結果にも関わらず、彼らの士気はこの戦いが始まって以来最高潮のものに達していた。
それはやはり攻撃によりダメージを与える事が可能だとわかり、目の前の存在が自分たちと同じ地平線に立っているという事が分かった故で、前に進む足取りが僅かながら軽快な物に変化する。
「死にさえしないなら! 意識さえ残る確信があるのならダメージに関しては気にするな! 傷は! 必ず治せる!」
これまで彼らは、一撃でも攻撃を受ければ敗北するという重しを背負っていた。
しかし今、枷となっていた重しはレオンが外した。一撃を受けても、それが肌に『掠る』程度ならば、意識『だけ』は保ってられる事を証明した。
「勇ましいな!」
彼らのそんな姿に、大剣を構えたシュバルツ・シャークスは呻きに似た声をあげる。
数多の戦場を渡り歩いた彼は知っているのだ。戦いにおいて最も厄介な類の戦士は、今目の前にいる輩のような存在。
すなわち最低限必要な冷静さを兼ね備え、最も危険な一歩を踏み出さぬようにしながら、狂ったように攻めてくる敵対者。これが最も厄介であり、それを行うのが当代きっての強者となれば、その凄まじさは過去最高だ。
「むん!」
「おいおい。さっきまでそんなことしてなかったじゃないかお前さん」
進路を塞ぐように立ちふさがる、練気が構築した蒼き鬼神が振り抜く四つの刃。
そのうちの二つは肉体を鋼鉄化させたファルツが味方を通すために体で受け、残る二つはきめ細かな鉄の砂を操るクロバが、巨大な鉄球も駆使し受け止める。
「らぁ!」
「威力も上がっている、か」
とすれば残った面々は攻めるだけだ。
それまで遠距離攻撃による阻害に徹していたシロバ。さらには能力により『完全防御』を張れる盾の神器を持つアークまで前線に立ち攻撃に参加し、剣の帝が行える瞬間攻撃回数全てを費やしていく。
「うら!」
「ナイスナイス! 息子が育っててお母さん嬉しいわ!」
「いい一撃だ。惚れちまうぜ那須親子!」
無論、それでもシュバルツ・シャークスは崩れない。
全方位から息の合った連携を繰り出してもなお、致命傷に至る攻撃が来た場合は対処できるだけの余力は残している。
眠たげな眼を鋭く輝かせた那須童子が撃ちだした一撃は、そんなシュバルツ・シャークスの包囲網には引っかからない程度の一撃だ。
けれどそれを受けた事で僅かに大きくなった隙に潜り込ませた母の一撃は、シュバルツ・シャークスが余力を費やすに値するもので、慌てて振り抜かれた巨大な鉄の扇子を真っ二つに断ちきり、反撃の一撃を目の前の母親とは思えぬ美貌を備えた戦士に刃を向ける。
「なんだとっ!」
突撃槍の予想だにしない投擲が行われたのは、彼が腕を前に出しかけたそんなタイミングだ。
「ここで! 介入するか聖騎士の座!」
シュバルツ・シャークスの想定では、シャロウズが手を出すのは最後の最後。この戦いに終止符を打つ瞬間だけであると思っていた。
その予想は正しい。事実シャロウズもそのつもりであった。
しかし先のレオンの一撃で鼓舞されたのは彼も同じで、介入可能なタイミングを見切り、銀河を凝縮してこそいないものの、確かな威力を秘めた投擲を行ったのだ。
それが当たるような事はない。しかし敵対者を屠るために振り抜くはずだった一撃は『防御』に使われ、一瞬動きを硬直させた隙に再び包囲網が展開。
「ここだ!」
剣士の事を最も知るのは同じ剣士である。
そう悟らせるように傷を治したレオンがすぐさま戦線に舞い戻り、シュバルツ・シャークスの腹部を浅くだが切り裂いた。
「まずいな、これは」
その勢いに乗っかるように、攻撃の熾烈さは増していく。
シュバルツ・シャークスは位置取りをうまく行い向かって来る全てを正確に対処していくのだが、余力が削れていくのを確かに感じ、彼も腹を括る。
「完勝は不可能、か…………。ならば!」
すなわち、自らもまた彼らと同じ戦場に立つ覚悟。
『最後の壁』『鬼神』『剣の帝』etc
そのような異名全てを投げ捨て、一人の戦士、否、挑戦者として、目前の敵対者全てを退ける決意である。
「むぅん!」
「!」
その効果は瞬く間に発揮される。
これまで剣を用いなければ防がなかった攻撃。すなわち己が肉体で防ぐ場合、負傷するのが確定していた攻撃、例えば漆黒の金棒の一撃を負傷を覚悟で腕で防ぎ、軽傷ならば防ぐ必要はないと割り切り、撃ちだされた鉄の扇を脇腹で受ける。
そうすればもちろん自らの血肉が周囲を赤く染めることになるわけだが、その事実に意識を向ける事はない。
畳みかけるような攻撃の幾つかをその身で受けながら、その時一番前に立っていた那須童子を剛腕で掴み、振り回す。
そうすると幾人かが味方に攻撃を当てる事に一瞬戸惑い動きを止め、そのような面々全てを、バットのような勢いで振り回した那須童子で吹き飛ばし、
「ぐっ!」
残る面々の中で一際厄介であると感じたレオンに対し彼を投擲。そして、
「予告は守ろう。次に仕留めるのはブドー君だ」
「チェック(照準固定)」
僅かに屈み、行う奥義の名を告げる。
「「させるかぁ!!」」
「エンド(崩撃)」
次の瞬間、阻止するために行われたあらゆる攻撃がその肉体に到達するよりも早く、巨躯が掻き消える。その一瞬をここに居る誰もが捉えられず、
「!?」
気がついた時には、声の一つさえ上げることができずブドーが沈黙。
再び姿を現した巨体を前に彼らは顔をしかめ、
「チェック(照準固定)」
「は、はぁ!?」
「まさか!」
「二連発!?」
そんな彼らが何かをするより早く、シュバルツ・シャークスは悍ましき呪文を再び口ずさむ。
「エンド(崩撃)!」
再び撃ちだされる至高の一。
本人が『無双の剛』と称するそれは、今度はシロバを沈めるという結果を即座に叩き出す。
「連発できないといった覚えはない」
そう言いながらもシュバルツ・シャークスは三度腰を落とし、
「おぉぉぉぉぉ!!」
「させるものか!」
しかしそれが撃ちだされるのはレオンとシャロウズが阻止。
行われるはずであった蹂躙は止められた。
「っ!」
「ここまでとは!」
けれど追い風に乗っていたはずの彼らは止まるどころか向かい風により押し返され、
「形勢逆転だな」
逆に先程まで窮地に立っていたシュバルツ・シャークスが勢いに乗り始める。
その意気は、彼らと同じく最高潮。
「シャロウズさん」
「気合い入れていけよレオン君。恐らくここが、勝敗の分岐点だ!」
先の一撃を阻止したシャロウズとレオンが、意識を失った那須童子を安置しながら、来たる泥沼の大戦を予感した。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
一撃必殺とはいうものの、連発できないとは言った覚えがない!
そういいきるシュバ公ですが、相手からしたらたまったものじゃないのは本編の通り
なお、これに関しては対ガーディア相手に会得したわけじゃありません
一撃で倒せなければ、二撃目を当てれるわけがない。絶対に回避される、というのがガーディア殿に対する彼の考えなのです。
というわけでこれはわざわざ訓練して会得した技術なわけではなく、
「これ連発で来たら強いんじゃね」→『やってみたら結構あっさりできたわ」なんて経緯でわりかし簡単に覚えた結果です。迷惑すぎる…………
なお、他にもこのような経緯で覚えた力が幾つかあり、結果的に彼を不動のNo2にせり上げました
さて、千年前から蘇った最強の敵との戦いは、これで前半が終了。
全ての決着がつく、後半戦に突入です。
記念すべき1000話目も近いので、それまでには長く続いた三章を終わらせたいところ。
欲を言うなら、ちょうど終わらせたいです。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




