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エヴァ・フォーネスVSアイビス・フォーカス 二頁目


 突如訪れた夜が二人の美女を覆う。

 月が浮かび星々が輝き、何より纏う空気がその空は間違いなく本物の夜であると訴えかけ、アイビス・フォーカスの口からは思わず戸惑いの息が漏れる。


「本物の…………夜?」


 それは夜闇を展開されたからというわけではない。自身の強化のためならばそれくらいの事をしてくる事は十分想定していたことであるし、それらを撃ち込む術式だって既に『完全分解』に潜ませていた。

 問題はそれら全てが意味を成さない事態が目の前で起こったという事だ。


 彼女の視界に広がる『夜』は、能力で疑似的に作り上げた物でもなければ、どこか別の場所の光景を切り取ったものでもない。昨日や今日、はたまた明日明後日など、時間軸をずらしたわけでもなく、正真正銘本物の夜なのだ。


「…………星の位置がおかしいわね」


 ただこれがどのような事なのかについては空に浮かぶ星々を見て彼女は即座に気がついた。


「エヴァ・フォーネス。あなた」

「お察しの通りだよクソ女。私は夜を具現化させたわけではない。夜のある場所に、この人工島を移動させたんだ」


 そうして彼女が口にした答えはアイビス・フォーカスの想像通りのもの。すなわち最悪の類である。

 なにせ空間の移動は術式による永続的な夜の展開と違い、『完全分解』で無効化できる類ではない。一度通ってしまえばその事実を失くすことは不可能な類である。

 もちろんエヴァ・フォーネスが今しがたやった事を再現し人工島を太陽が当たる位置にまで移動させてしまえば終わる話なのだが、巨大な人工島周辺を全て転送させるために必要な粒子の量を考えれば、今の彼女ではそう易々と行えることでもない。


「できないよなぁ。今の限界があるお前じゃ!」


 そんな彼女の胸中を覗きこんだような言葉が、意気揚々とした様子で少女の形をした怪物から発せられ、これまでとは比べ物にならない速度で近づいた彼女の鋭利な爪がアイビス・フォーカスの瞳の前に映る。

 慌てて体を反り躱しこそするものの月光を反射させる美しい長髪が僅かに切り取られ、顔をしかめた彼女の腹部に重い衝撃が迸る。


「どうする『元』最強。こっちのコンディションは最高。対するお前は最悪だ」


 語尾に音符でも付けそうな声色で言葉を発するエヴァ・フォーネスの肘鉄が、アイビス・フォーカスが反応できない速度で撃ち込まれたのだ。


「っっっっ」


 体の修復は普段通り行えるとしても、吐き出す血を抑えられるわけではない。

 真下にある渓谷へと一直線に落下した彼女の口からは血が溢れ、水面に触れる寸前に体勢を立て直し、


「フハ!」

「っ」


 その程度の抵抗など意味がないと嘲笑うようにエヴァ・フォーネスの掌が巨大な魔の物に変化すると、彼女の体を乱暴に掴み真横の崖に二度三度どころか十回二十回と叩きつけた。


「弱い! 弱いなぁ! その癖肉体の再生だけは怠らない! アイビス・フォーカス、貴様は最高のサンドバックだぞ!」


 これ以上ないほど悪役らしい笑みを顔に張り付け、少女は嗤う。

 その昂りを示す様に足元に敷く激しい流れの河川に足先で触れると、息を吸う間もなく凍る。河川だけでなく、切り立った崖や生い茂る木々さえもだ。


「ほんっと、容赦ないわね!」


 アイビス・フォーカスとてその対象に含まれていたことは言うに及ばず、自身を包み込む氷を砕きながら悪態を吐き、撃ち込まれる七色の弾丸を時には躱し、時には相殺する。ただ動きはともかくとして相殺するための攻撃に普段の冴えはなく、誰の目に見ても彼女が本調子でない事は理解できた。


「ところで私にばかり構っていて大丈夫か?」

「はぁ?」

「そもそもの大前提。私がこの人工島をここまで彩った理由をお前なら十分に想像できるんじゃないか?」

「!」


 そんな彼女に襲い掛かる刺客は至極残念な事に、この幼い容姿をした残虐さを隠そうともしない吸血姫だけではない。

 主のために馳せ参じた、多くの人に煙たがれる容姿を備えた忠義の騎士たちも存在するのだ。


「いいぞお前ら。このままそのクソ女を縛ってろ」


 肌を黒く瞳を黄色く塗った、巨大なカメレオンに似た異形の生物のザラザラの舌が、四方向からアイビス・フォーカスの腕と足を抑えつける。

 自身の服と肌を伝う粘液の気持ち悪さと異臭に苦悶の表情を浮かべる彼女はしかし、その直後に更に深い苦悶の表情を浮かべる事になる。


「おらおら! 臓物を撒き散らせ! 苦悶の声を上げて私を喜ばせろ! お前なんぞ、その程度の価値しかないんだからなぁ!」

「ぶっ! うぅっっ! はぁ!?」


 吸血鬼の他種族と比べても類稀なる身体能力。その頂点に座す少女の腕が無防備となった彼女の腹部へと向かい、真っ赤な着物を躊躇なく破り捨て、その奥にある柔肉を容易に裂く。

 そのまま彼女は骨を砕き臓物をぶちまけ、目の前にある絶世の美人の苦痛に歪む顔と声を味わい、その充実感に酔いしれる。


「もっとだ! もっと!」


 それが十秒二十秒と続き、攻撃の勢いと歓喜の声は増していく。


「もっともっともっともっと!! もっと…………クソ、クソクソクソクソ! クソがぁぁぁぁ! お前さえ、お前らさえいなけりゃ! 下らん暴走なぞしなけりゃなぁ!! こっちは!!」


 がしかし、更に時間を経るとその声の『質』が変わる。

 誰の耳にも伝わる歓喜の念が消え去り、代わりに彼女の口から溢れ出たのはそれとは比べ物にならない憤怒と後悔だ。

 

「がぁぁぁぁぁ!!!」


 それがどのような意味を持つのか、攻撃を受け続けるアイビス・フォーカスは半分わかり半分わからない。そんな彼女を置きざりにしてエヴァ・フォーネスが頭を抱え空を仰ぎながら呻き出し、口から発せられる獣が発するかのような怒声で、顔に飛び散ったアイビス・フォーカスの血が両の眼から垂れ、涙を流しているようにさえ見えてくる。


「満足したかしら」

「あ?」


 その後項垂れ肩を上下させながら荒い息を吐く少女の姿を前に、傷を修復させたアイビス・フォーカスが語りかける。

 すると返されるのはなおも不満を残している小さな少女からは決して発せられない声帯の声で、アイビス・フォーカスは「これが彼女本来の声なのかしら?」などとふと思う。


「じゃあ今度は、私がここに来た目的を果たしていいかしら?」

「お前がここに来た目的?」


 ただそんな事は口には出さず、口から血が垂れている事も気にせず彼女は語り始め、


「実を言うとね、私には貴方の気持ちがある程度わかるのよ。だってあなたと私は同じだもの。大切な人を失い、ぶつけようのない痛みを胸に秘めた」

「…………」

「だからね」

「は?」


 エヴァ・フォーネスが見ている前で、彼女の身を縛っていた怪物達の体が破裂。拘束が解けた彼女は自身の体が血と臓物で汚れた事さえ一切気にしない様子で前進し、目の前にいるエヴァ・フォーネスの頭部を渾身の力で掴み凍った地面に叩きつけ、


「私もあなたと同じ気持ちなの」

「ぶっ!?」


 艶やかさを感じさせる、普段ならば決して発することのない類の声を発し、秒間百回を超える勢いで氷や崖に叩きつけたかと思えば、エヴァ・フォーネスがしたときと同じように腕を陽光を拒否するような美しくも幼い腹部に突っ込み、


「安心なさい。あたしは貴方みたいにグロテスクな趣味には目覚めてないから」

「きさっ!」

「爆ぜろ」


 見る者を魅了する美しさと残酷さを兼ね備えた笑みを浮かべたかと思えばそう口ずさみ、その言葉に従うように、エヴァ・フォーネスの胴体は首からヘソに至るまでの間を爆発四散させた。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です


アイビス・フォーカスがこの戦いに挑む目的の開示、これが今回の話でやりたかったことです

聞いてみればそれは「まあうん。そうですよね」という感想が帰ってくる目的


二人の不死者は辿った結末もまた同じ穴の貉だったわけですね

さて今回から戦いはヒートアップしていったわけですが、どんな戦いになるかは示した通り。

これまでとは一風変わった、女同士とは思えぬ血で血で拭う戦いの始まりです。


もしかしたらグロ注意の範囲に至るかもしれないので、そこら辺はご容赦を


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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