聖女反転悪夢出現 一頁目
右足が斬り裂かれたことで吹き出した鮮血が空を舞う。
暖かな光に包まれたそれは綺麗な線を描き、かと思えばあるものは天井に、あるものは壁に、またあるものは地面に、解けながら散っていった。
「――――――」
右腕に続き右足が奪われた。その聖女アイリーン・プリンセスは目を見開き、その姿を見届けるよりも先に、痛みに顔を歪めていた者。衝撃から膝を折っていた者。息切れを整えようとしていた者。いや誰もが我先にと動きだす。
今この瞬間こそ、全てを捧げるに値する好機であると。
「…………駆動しなさい光刃」
そんな彼らを遮る言葉が、小さな口から発せられる。
美しい声から発せられたその言葉は狭い空間を埋める歌声のようであったのだが、彼らの背筋に奔ったのはそれに反して凍りつくような感覚であった。
「!」
「これって!」
「善さんに、いやこれまで何度も見せた光輪!」
直後、彼らの世界を光が迸る。
それは果物ナイフサイズの光の刃をいくつも携えた光の輪であり、彼らの視界の先で回転を続けており、
「右腕に続いて右足まで失うとは思っていなかったわ。それがわかっていたのならこっちに意識を…………いえ後の祭りね。予定外の事態ではあるけど文句を言っても仕方がない話」
「来るぞ!」
積が声を荒げる中、自身の体の周りを三つの回転する光輪で守ったアイリーン・プリンセスが動く。
自身の側にある椅子を焼けた臭いを発しながら切り裂き、周りにいる若人などそしらぬ様子で第二車両に続く扉へと駆けていく。
「絶対に進ませるな!」
アイリーン・プリンセスは既に気づいていた。この状況を打開する最短の手段を。
「第三車両は無理だったけど第二、第一車両はどうなのかしら?」
第三車両は光属性の使用を妨害されていた。けれど残った車両はどうであるか?
実際には軍用列車内ならば効果を発揮する光属性阻害の効果であるが、第三車両を突破されれば残った面々では彼女を止められない。
そのまま外に出してしまえば十全に光属性を使えるようになり、彼女は治癒系の粒子術を使い手足の再生を容易に行うだろう。
そんな最悪の状況を阻止するため、彼らはアイリーン・プリンセスを第三車両から出すわけにはいかなかった。
「このぉ!」
「勇敢を超えて野蛮の域に達してるわね。女の子ならもう少し自分の体を大切にしなさいな!」
いの一番に動き出したのは優である。
蒼野やゼオスが待ち構える中、康太に続き動体視力優れた彼女は光輪が普段と比べれば遥かに速度が劣っている事にすぐさま気づき、威力の低下具合に駆け、一直線に前に進み光の輪をその身で受け止めた。
「こんのくらい!」
普段の光輪ならば人一人の肉体くらいバラバラに切り刻むくらいの威力を備えている。けれど妨害により普段の十分の一程度まで威力を抑えた今の状態ならば、三つ纏めて体で受け止める事ができた。
「けどこっちも止まるつもりはないわよ」
「っ」
それでもアイリーン・プリンセスは止まらない。
片足を失った程度では己が歩みを止める原因にはならぬと、自身の身を守る刃は防がれた程度では目的を変えぬと、輪に掴みかかる優ごと跳躍し前に進み出す。
それを止めるための蒼野とゼオス、それにシリウスが光の輪と刃に攻撃を続けていき、三つの内の一つを破壊。
「こっちは何度も見てんだ。とくりゃ対策の一つや二つくらい用意してるに決まってんだろ!」
残る二つの光輪に付いている刃に対し、積が自身の周囲に展開させた錆色の円柱が撃ちだし突き刺す。そのタイミングで優が左手で払い飛ばされるわけだが、光の輪はなおも動かない。
「光の刃は軽く、鋭い。あんたの周りを回る輪は凄まじく早い。この二つの相乗効果。言ってみれば電動のこぎりやらと同じだな。先に述べた三つの要素をパズルみたいにうまくはめて、そいつは威力を高めてるんだ。けどな、そいつは高速回転するから危険なんだ。
だから例えば、刃が重くなったりして思うように回転できなくなった場合、想定通りのパフォーマンスは絶対に発揮できない」
突き刺さった円柱は刃を壊すような事はしない。一つ一つの円柱が触れた刃と融合している。すると光輪にくっついていた刃は鉄柱分の重さを増し、想定外の重量増加により光輪は動きを止め、かと思えば重苦しい音を発しながら地に落ちた。
「覚悟!」
何度も苦戦を強いられる原因となった脅威を容易に退け、今度こそ好機が訪れたのだと悟り、聖野が駆け、
「情報を利用した脅威に対する対策。うん。いいわ。とてもいい。千年前の野蛮な闘争は、時を経てスマートなものになったようね」
脅威が前に迫る中、彼女は呑気にも彼らの迅速な対応を賞賛する、見事であると。
「けど過信は禁物よ。それは逆に言えば、解明できていない脅威には対応できないって言っているも同然なんだから」
そんな彼らに対し彼女は戒めの言葉を送る。別れを告げるような空気を纏う。
首筋から下あごを沿い、真っ黒な線を頬に張り巡らせながら。その双眸に暗い光を携え、見る者を怯ませるような空気を纏い、その直後に左腕にうっすらと黒い光を纏わせ、軽く振る。
「こんなもん!」
それを見ても聖野は怯まない。
アイリーン・プリンセスとの衝突を考慮して彼女に対する説明を見返した際、彼は如何にアイリーン・プリンセスといえども瞬間的に発した光では大した威力の攻撃を出せない事を復習したのだ。
ゆえにこの一撃は余分な行動を取らせることで時間を稼ぐ類のものであると判断し、体で受けきり前進しようと考える。
「!?」
しかしその思惑は淡く崩れる。
「な、なん!?」
撃ちだされた光はとてつもなく重いのだ。
アイリーン・プリンセスが撃ちだした光は向かい側が見えるほど薄い。粒子の圧縮など一切されていないと即座にわかる光が、積が錬成で作る鋼鉄の塊と見間違うような硬度を秘めていたのだ。
「…………あれは」
「データにあった属性混濁。鋼属性の硬度付与か!」
積の言葉に此度の戦いは始まって初めて緊張感が孕まれる。
無論その対策もしてはいるのだが、記録として残っているものが数少ないため、光輪と比べれば不鮮明な点が多いのだ。
「本当にそうかしら?」
「え?」
それでも何とかこの危機的状況を乗り越えなければと考えた彼の耳に……声が聞こえる。
それは目の前にいる聖女と呼ばれていた女性の口から囁かれた短い音なのだが、それを聞いたところで、彼は違和感を抱く。
アイリーン・プリンセスと呼ばれる女の持つ印象が、一瞬ぐらついたような錯覚に陥ったのだ。
歌を謳うような美しい音色が、他者を呑み込む蠱惑的で扇情的な、蕩けるような囁きに聞こえたのだ。
とはいえその点に関して思考を割いている暇はなかった。アイリーン・プリンセスが片足になったとは思えない普段通りの様子で、再び動き出したからだ。
「康太!」
そのタイミングで積が声を上げると再び軍用列車の外側から銃弾の雨が壁を喰い破って現れるのだが、アイリーン・プリンセスはこれを大きく前進することで回避。
そこで待ち構えていたゼオスの斬撃はその動きを予知していたかのように彼女の体に吸い込まれ、息を合わせたようなタイミングで背後からは蒼野が斬りかかり、
「ブラックライト」
そんな彼らを包むように、アイリーン・プリンセスを中心として黒い閃光が瞬く。
するとそれに当たった二人の体は全身を覆える程巨大な壁にでも押された感覚に襲われ、顔を歪めながら背後へと吹き飛び壁に身を預け、
「伏せなさい」
続いて発せられた言葉と共に前方にいる積や意識を失いかけていたゼオス。気絶した聖野に状況を見守っていた優の頭上に野球ボールサイズの黒い光の球が投げられ、
「「!?」」
それが強烈な閃光を放ち周囲を満たした瞬間、彼らは全員床に張り付けられていた。
それは凄まじい重量の物をいきなり背負ったかのような感覚であり、
「鋼属性の属性混濁…………いや違う!」
彼女がすぐさま第二車両へと移動し、強烈な重圧からすぐに解放されていたことに気がつき積は口にする。
「与えた恩恵が二つ。『硬度』と『重量』…………てことはそもそも属性混濁じゃないのか!」
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
そんな計画通りうまくいくわけねぇだろ! な話しでした。
まあガンメタ貼ろうとそりゃこのレベルの相手なら破ってきます。
これがどのような力なのかは次回で。実のところ、つい最近似たような力は出ています。
それにしても不死身の肉体を持っているからといって、ここ最近は女性陣を傷つけ過ぎている気がする。そんな性癖などなかったはずなのですが、ちょっと気を付けなければいけないと、筆者は思ったりしました。
まあ話の都合上、中々難しい気もするのですが。
さて次回なのですが、お仕事の方で月一回の夜勤があり、その影響でいつものように執筆する事ができません。
一日削られるとなると予約投稿しようにも必要分が書ききれないような気がするので、次回投稿日は一日遅らせて26日にしようと思います。
お待たせしまって申し訳ありませんが、よろしくお願いします
それではまた次回、ぜひご覧ください




