聖女アイリーン・プリンセス 二頁目
アイリーン・プリンセスの最も厄介な点。それは『どれほどの数を相手にしても、その大半をたった一人で食い止めることができる』ということであり、今回の戦いに於いても、ルイ・A・ベルモンドを筆頭とした作戦制作班はまず第一にその事実に頭を痛めた。
今もっとも危険である男シュバルツ・シャークスを倒すにはこちら側の大半の戦力を注ぎこまなければならない。その前提をたった一人で覆すことができる彼女をどうすれば抑え込めるか、という問題である。
この策を通すために彼らは考察に考察を重ねる。
残った三人の中で偵察に動くならばエヴァ・フォーネスでもシュバルツ・シャークスでもなく彼女であるだろうという前提を土台にした上で、召喚された魔獣ではなく彼女自身が動くとなればどのような事態か。そしてこちらの思惑通り呼びだせたとして、こちら側が彼女を足止めするとすれば何が必要か?
試行錯誤をした結果それは攻撃力に関しては他二人と比べれば乏しい彼女を押さえられるだけの檻となる空間で、それでも破壊される可能性を危惧して、幾分かの戦力を乗せることであると判断。
神器持ちである古賀康太を筆頭に、彼が連携を取りやすい面々とその援護に複数人を乗せる事を決定。
「それで俺達が選ばれたってことですか」
「ああ。聞くところによると今のまとめ役は君らしいからね。どうだろうか?」
「安心してください。ここでその案を断るほど、俺やあいつらは薄情でも身勝手でもない」
そのような経緯を経てギルド『ウォーグレン』の者達は選ばれ、その援軍として同年代のゲイルや聖野も登場する事が決定。
アイリーン・プリンセスをシュバルツ・シャークス討伐の場に駆けつかせないよう、足止めをするという依頼を受けた。
ただここでルイや他の面々の想定していなかった返事が起こる。
死んだ善に似通った格好をした積が他の面々を率いるような風格を纏いながら首を掲げ、ほんの数日前まで彼が見ていたものととても似ている瞳で真正面から見据えながら口にしたのだ。
足止めではなく、討伐を目指す、と
これにはルイだけでなくその場にいる大半が驚いた。
足止めを延々とできるという事はそれだけ戦い続けられるという、つまり負けることなく戦い続けていられたという事だ。それを裏付ける事実として、千年前の戦いにおいて彼女はガーディア・ガルフとシュバルツ・シャークスでさえ成しえなかった『不敗神話』を成し遂げ、最後は雲隠れして終わった存在なのだ。
そんな相手を二十歳にも達していない若人たちが撃破するなど土台不可能なことであるとルイは思ったが、
「いいわよ。やってみなさいな」
ルイが結論を出すよりも早く、頬杖を突き神妙な顔をして耳を傾けていたアイビス・フォーカスが提案に応じた。
「アイビス殿!」
「いいじゃない。勝てるのなら、それ以上の結果はないわ。積ができるっていうのなら、やらせてあげればいいじゃない。もちろん、守るべき約束を決めた上でだけどね」
無論好き勝手させて最初に思い描いていた作戦が砕かれてしまえば意味がないため、いくつかの制限を設けはしたものの、彼らは依頼の内容を『足止め』から『可能であれば討伐』に変更。
そしてその制限というのが対アイビス・フォーカス用にこさえた軍用列車の中身から彼女を出さないというものであったのだが、
(んなこと言ってられねぇよな!)
積はそんな約束など最初からなかったとでも言うように康太に提案を行い、紆余曲折を経て、康太は応じた。
「ぶっ飛べ!」
そして戦いは始まりに戻る。
雄叫びと共に定められた照準。
事前に聞かされてはいないため動揺するものの、後の展開を察し左右に分かれる若人たち。
アイリーン・プリンセスもまたそれに混ざろうと動き出すが、
「悪いな。こっから先は通行止めだ」
彼らと彼女を分断するように透明の壁を積が張り、それに触れほんの一瞬動きを止めた隙に、
「そこだ!」
康太は自身が負う負傷を理解していながらも、一切の躊躇なく引き金を絞る。
そうして撃ちだされたのは『銃弾』などという物ではない。『砲弾』という言葉でもまだふさわしくない。文字通り一つの『銀河』だ。
疑似的なものとはいえ名もなき銃が背後に従えているのは『銀河』である。
そこには無数の星があり闇が広がり、それを満たす様に粒子が存在する。無論それら全てを内包する宇宙とて存在する。
それら余すことなく粒子に変換し撃ちだされた人差し指の先端ほどの大きさの塊の威力は、シュバルツ・シャークスの全力さえ上回るものを秘めており、彼女の身を喰い破らんと直進する。
(椅子は丈夫だけど私の力じゃ動かない。壁も即座に破壊できるほど柔な作りじゃない…………本当に私を捕えるために用意した空間なのねここは)
コンマ一秒。いやそれよりも遥かに速く、ミリ一秒の時間さえ経つよりも早く、銃弾は彼女の体に届くだろう。となれば如何に光の速度を持つ彼女とはいえ行える行動には限りがあり、その内の貴重な二回を費やし、日常風景に交じっているようなこの細長い車両が自分にとって圧倒的に不利な戦場であることを自覚。
「まあ、その程度の事は問題ではないわね」
ただそれだけで驚いたり動揺するほど彼女は甘くはなく、白い手袋をはめた両手を合わせ子気味の良い音を発すると、近場の壁を即座に叩く。
「その銃弾の攻略法は既に示されているわ」
迫り来る暴威の塊の攻略法。それは至って単純なもので、馬鹿正直に真正面からぶつかる事なく、真横から叩いて軌道を逸らすというもの。
銀河をぶつけると比喩する程の一撃も、力の籠っていない真横から叩けば、それだけで退ける事ができるというあっけなさすぎる弱点。
「え!?」
如何なる速さであろうとも、真正面から迫る一撃をその瞳で捉えられないほどアイビス・フォーカスは軟弱ではない。
自分へと迫る銃弾を完璧に捉え、真横からぶつかるように、金色というには輝きが足らず黄色というには明るすぎる色合いの細長い壁を出現させ、その先端部を銃弾へと向ける。
「ち、小さい!?」
がしかしここでも彼女が想定していない事態が起こる。せりだした壁の大きさが想定よりも遥かに小さいのだ。
これもまたこの列車全体に仕掛けられた仕掛けの一つで、この空間内は光属性の圧縮を阻害し、出力した際には想定の形の十分の一ほどしか出せないようになっているのだ。
となればしっかりと思った形を形成できたこと自体が彼女の強さを表す事になるのだが、思っていた結果が訪れず確かな困惑を顔に浮かべる彼女に対し、進んだ先とこれから進む道にある椅子をただの余波で粉々に砕く銃弾が迫る。
「っ!」
極限の破壊を前に彼女は既に三手行動を費やしている。
如何に優れた戦士といえど繰り出せる手はあと一手、良くて二手ほどであり、
「背に腹は代えられないわよね!」
戦闘開始と共に行われた最大最強の奇襲。その脅威が引き連れる余波が、己が着込む純白の礼服とその内に秘める己が肉体をズダズタに切り刻み始めたのを自覚しながら、最後の抵抗を始める。
「光よ」
最初の一手は全身を守る光の膜に。二手目は右手の甲に張り付くように正方形の光の板に。
共に彼女が想定していたよりも遥かに劣る出力であったが、それでも形だけは作れたことに安堵し、
そのまま襲いかかる銀河の塊に、ためらいなく前進する。
「ふっ!」
皮膚の幾分かが脆弱な光の膜では守りきれず引き裂かれ、溢れ出る血潮が宙を舞ったかと思えば衝撃に敗け消滅する。
その勢いは近づけば近づくほど増していくのだが、彼女はなおも前進し、後数メートルで自分の胴体を貫くであろう銃弾の前で体を屈ませ、銃弾の腹に自身の右手の甲をぶつけ、
結果、世界が明滅する。
真横からの衝撃にはさしたる抵抗力を持たぬとはいえ一つの銀河を束ねたエネルギーを秘めた銃弾と、形にこそなっているが脆弱極まりない光の結晶がぶつかり、溢れだした火花が彼らのいた狭い世界を埋め尽くしたのだ。
「はぁ!」
しかしそれはそれほど長くは続かなかった。
横からの攻撃にはさほど抵抗できない銃弾は押し負け、軌道が上に逸れm纏っていた衝撃波も含めアイリーン・プリンセスの全身をしっかりと捕える事はできず彼方へと飛んで行く。
「最初の一手でこれほどの傷を負ったのは本当に久しぶり。それこそガーディアと戦った時以来かしら」
とはいえそれほどの一撃を防ぎ切った余波は凄まじく、振り払うのに使った右腕は原形こそ何とか残っていたものの、皮膚だけでなく筋肉や神経、さらには骨までズタズタに刻まれていた。
ただ彼女はそれに対してもさほど意識を向けることなく、とりあえずは自身を不利な状況に持ちこむ軍用列車から逃れようと考え、
「逃がすか!」
「!」
そんな彼女に対し、この結果を先読みしていたように蒼野が迫る。否。蒼野だけではない。聖野にゼオス。シリウスに優など、この場に控えていた戦力全てが彼女に迫る。
つまり、彼女の危機はまだ終わってはいないのだ。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です。
VSアイリーン・プリンセス続行。
康太が撃ちだした最初の一撃。最大最強の一発の行方です。
本編では細かくは語られていませんでしたが、この一撃は文字通り第三車両全てを弾丸自体と引き連れている衝撃波で埋め、相手を粉々に刻む程の威力を秘めていました。
なのでアイリーン・プリンセスがちょっと横に避けようとも、問題なく制圧出来たわけですね。もちろん当たっていればの話でしたが。
さて次回はちょっと前から語られていた蒼野の新能力お披露目回。
アイリーン・プリンセスを一気に追い込んでいきます!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




