レウ・A・ベルモンドの奮闘 一頁目
アイリーン・プリンセスが視線を注ぐ先には己がターゲットと定めた物がある。
それは武骨な鉄色の塊であり長方形の箱を三つほど繋げた軍用列車なわけだが、彼女が知りたがっていた箱の中にいたのは、緊張した様子で衝突の時を待つ十人程の若者達であった。
「き、緊張しますね」
「安心しなって。アビスちゃんと蒼野は、オレが命に代えても守ってやるから。他の奴らは……まあぼちぼちだな」
「いや他の奴も守ってやれよ!!」
最後尾となる三両目には此度の作戦に置いて最も大きな意味合いを持つ存在。
シュバルツ・シャークスの元にまで辿り着く事が目的となっている康太に、あらゆる能力を無効化できる神器を手にしたアビス。それに時間を操れる蒼野の三人がおり、用意されていたソファーに座り、外の景色を眺めており、
『積の様子が変なんだけど大丈夫なのか? あれじゃまるで……』
『……原口善のようだ、とでも言いたいか? 同感だが問題はあるまい。少なくとも今回の仕事に挑む上ではな』
『本当かよ…………』
第二車両には集った面々の中でも戦力の要たる人物達。
すなわちゼオスに聖野、優に積、そしてシリウスが乗っており、積の姿を見た聖野が、壁に背を預け腕を組んでいたゼオスにそう念話で尋ねる。
「多分俺の事について聞いてるんだと思うんだが気にするな。安心しろ。仕事はきっちりこなす」
すると念話の内容こそ直接聞くことはできないものの察した積がそう告げ、ボロボロの色落ちしたジーンズを履き善が着ていたものと類似した学ランを着た彼は、善が使っていたものと同類の花火を錬成しながらそう返す。
「本当かね」
その姿と言葉に口に出すつもりはなかった言葉を思わず吐き出してしまうシリウスであるが、それを否定する事は寡黙なゼオスはもちろんのこと、優でさえ不可能であった。
「どーだレウ。運転に支障はねぇか?」
「今更な質問だなゲイル。安心しなって。乗り物の類の運転に関しては父さんのコネを使って十歳の時から試乗済み。今では大抵出来るようになってたんだ。何だったらこの軍用列車を使ってウルアーデ一周レースだって走り抜ける自信があるよ僕は」
「そーかい。そりゃすごいこった。たくっ、金持ちはイイねぇ好き勝手できて」
「いや世間一般から見たら君も凄まじい金持ちの類だと思うよゲイル」
そして第一車両には重厚かつ様々な装備に守りが施された機体を操る操縦席、それに外の様子を三百六十度全て見渡せるモニターを見渡せるスペースがあり、機体を繰るレウと監視役に名乗り出たゲイル。
「こちらからは未だ敵影は見えないな! 妨害の類もない!! 対応するべきものはないぞ!!」
「妨害に関してはそうだろーが、敵影に関しては報告の必要はねぇっすよ。エヴァ・フォーネスなら無数の使い魔が、アイリーン・プリンセスなら光の線が移るはずだ。シュバルツ・シャークスに関しては…………まあ論ずるに値しないわな。そもそも出現確率は極めて低い」
「誰が出てきた場合でも、敵影が出た時点で久我さんの出番はないだろうね」
さらには何らかの攻撃の際、または妨害の際、一部分を最大まで強化する事を目論見、ギルド『アトラー』の久我宗助が搭乗。運転席の側にある無数のモニターにゲイル以上の熱視線を送りながらそう告げると、ゲイルが至極当然という様子で答えレウが苦笑する。
この十人の若人が、先発隊として選ばれた戦士達となり、足場の悪い地面に先へと進むレールを敷き、二十キロ以上離れた敵の本拠地へと向かっていった。
「まあある程度予想の範疇とはいえ、邪魔者やら妨害が来ないのは僥倖だな。雇った奴らが役立ってるってことかね」
「そうじゃないかな? まあ進むだけでも一苦労なんだ。今のうちに距離を稼がせてもらうさ」
彼らが進む人工島はエヴァ・フォーネスが一から作り上げた物で、当の本人は「傑作である」と評していたわけであるが、それは内部に貯蔵された罠以上に作り上げた地形に関する評価である。
「これが本当に全て一個人の力で作られてるとは信じられんな! 悠久の時を刻んだ大自然の結晶と言われれば、俺は迷わず頷くだろうよ!!」
「……まあ、それに関しては同意っすよ。アイビスさんと同じクリエイター(創造者)って奴なんっすかね。おっそろしい腕前だ」
深い海の底から乗り上げた彼らが進んだ先にあったのは、平坦で荒涼たる大地でもなければ、不自然に捻じ曲げられた空間でもない。大自然をそのまま持ってきたような風景と、人間が作り上げた小規模な街並みが融合した、この星の至る所にありそうな風景である。
地面に生えている足首に届くか程度の動植物に、太い幹を備えた生い茂る木々で形成された森林。そんな中を走っていたかと思えばいくらかの間荒れ果てた大地が続いた末に数メートルという高さの崖が現れ、それを抜けたかと思えば周りの風景と同化したような廃村が出てきたりするのだ。
ルイはそれらに対し適切かつ最適な動きを行い、ある時は蔦に車輪を絡め取られないように丸鋸で前方の障害物を斬り裂きながら前に進み、崖が見えれば立ち塞がる固さによってよじ登るかドリルでくり貫けるかを決めていた。
「ここまでする必要があるのかな?」
「ん? どういうこった?」
そんな事柄がほんの数分ほどで何度も行われたわけだが、ふと思い浮かんだ疑問をレウが口にしてゲイルが尋ねる。
「いやだってさ、彼らは歴史に名を残すのみならず、比較対象すらほとんどいないレベルの強者だよ。そんな彼らからしたら何より簡単な敵の対処法は真正面から打ち砕くことだろう? それならさ、こんな面倒なものを作らず、見晴らしのいい空間を作り上げた上で待ち構えた方が効率的じゃないか?」
「それは……確かにそうだな」
すると抱いた疑問を彼は隠すことなく告げるのだが、ゲイルも宗助も、返すべき答えが思い浮かばなかった。
なので不甲斐ないと思いながらも沈黙を貫くことしかできなかったのだが、
「そりゃお前、結界やらを敷くにしても、いちいちやって来る相手全員と戦うのは面倒だろ。場合によっては五日間の長期戦を強いられる事になるぞ」
「康太君!」
「そろそろ打ち合わせにあった最初の接敵地点として高確率なエリアに入るからな。少し様子を見に来た」
それに対し答えたのは最後尾からアビスと蒼野を連れて現れた康太であり、顎に手を置き考えていたゲイルも彼の言う事を理解すると頭を上げ手を叩いた。
「…………ああなるほど。この空間は自分たちの手をできるだけ消費しないため。罠を仕掛けたりするために最適な空間ってわけか」
「ついでに言うと子飼いの魔獣共が動くにも最適な空間ってところだろうよ。あとはそうだな。こりゃ憶測だが、たぶん道順を作りたいんだろうな」
「道順?」
「ああ」
ただ次に述べた康太の言葉の意味までは理解できずゲイルは首を傾げ、康太がそれに応えようと口を開きかける。
「二人ともおしゃべりはそこまでだ! 来るよ!」
だが続きが発せられることはなかった。
これまで進みずらい道こそあったものの明確な障害はなかった彼らの道行きだが、画面の外では数多の魔方陣が浮かびあがり、さらには自身のテリトリーに侵入してきた獲物を狩るように大空を羽ばたく肉体をドロドロに腐食させた竜の姿があり、
「頼むぞレウ。三人の内の誰かが来るまでこっちの乗車メンバーは晒さない。それが第一関門なんだからな!」
それを見届けたゲイルが友の座るシートを叩き、熱の籠った声でそう言いきる。
「ああ任せてくれ! 僕のドライブテクに目を丸くするといい!」
すると少年は自信ありげな様子でそう告げ、己がここに居る本懐を遂げるため、握っているハンドルに力を込めた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
今回から三回ほどに分けて始まりますは決戦前の一呼吸。
レウ・A・ベルモンドが単純な強さとは別の強さを誇る幕間となります
彼が胸に抱く思いは何か、それを伝えていければ幸いです
そういえば宗助君はかなり久しぶりの登場ですね。彼にも色々頑張ってもらう予定です
それではまた次回、ぜひご覧ください




