道
色とりどりの花が咲く極楽の地。そのど真ん中で土の土台の上に鎮座した鐘が奏でる美しい音が、耳を通りこし脳に響く。
その美しい音色は男を魅了し側に来るよう手招きするが、彼は首を左右に振り音を否定する。
まだ早いと。
自分がそちらに行くのはあまりにも早すぎると。
そう訴えかけると視界に映る景色は徐々に離れていき、彼の全身を痛みが疲労が襲う。
それにより直前の様子まで思い出した彼はすぐにでも目を覚ます様に自分で自分に訴えかけ、
「!」
「~~~~~~」
一度瞬きをしたところで、自身を恐怖の念に染まった揺れた視線でじっと見つめてくるルイン=アラモードの姿を目にする。
「が、あぁぁぁぁぁぁ!}
直後、砕けたアスファルトを踏みしめる目前の存在の口から、悲鳴にも似た咆哮が飛び出る。
同時に周囲には拳ほどの小さな雷の弾丸が数限りなく浮かびあがり、善へと向け飛来する。
「…………はっ!」
「な、なぜだぁ! なぜ当たらねぇ!?」
けれどそれらは彼の意思に反する軌道を描いた結果、善の体には一発も当たらず、それを見届けたルイン=アラモードは誰の目にも明らかなほど狼狽える。
(おめぇ…………そこにいるんだな!)
しかし真正面からその光景を見ていた善はすぐに気がついた。自分へと向けられた弾丸に纏われているのが、蒼と黒だけでなく白が混じっている事を。
自身が助けなければならない青年の意識が、目と鼻の先にまで迫っている事を!
(もう少しだ。もう少しだ!)
拳が届くまであと十歩。
言葉にすればたったそれだけの距離。
その僅かな距離を原口善は必死に詰めて行く。
九、八、七…………
一歩進むごとに、自分の意識が体から離れて行くのを自覚する。
口からは絶え間なく血が吐き出され、視界と脳が捩れる。
六、五…………
「くそっ!」
あと少し、本当にあと少しで届くというのに、絶え間なく笑い続けていた両足から力が抜けていき、この土壇場で意志に反し体が崩れる。
「し、しししし! 死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
それを予知してか、それとも完全な偶然かまでは分からない。
ただそれを見越したかのような完璧なタイミングでルイン=アラモードは自身の瞳で目前に迫った修羅に照準を定め、野球ボールを投げるように大きく振りかぶりながら掌に溜めた雷を撃ちだす。
その直線上には間違いなく彼に逆らう勇士がおり、回避できない今ならば直撃は免れない。
「!?」
「なぁ…………!?」
その状況で天は善に味方する。
先程意識を一瞬失った際、彼は口に咥えていた最後の花火を知らぬ間に離していた。
それは目前の敵に意識を注いでいる二人が知らぬ間に落下。内部に溜めこんでいた大量の水属性粒子を放出し、前に進んだ破いいものの最後の数歩を進めぬ主の体を前方へと浮かばせ、額に迫っていた雷の塊を躱させるという大健闘を成し得た。
「ルイ、ン!」
攻撃を受けたわけではない。いやむしろ自身に対する援護であると断言してもよいだろう。
けれど背を押すように溢れかえった大量の水に触れただけで、極限まで追い詰められていた善の意識は更にすり減り、宿敵の名を口にすることでかろうじて意識を現世に繋ぎ止めた。
「原口、善!」
対するルイン=アラモードに自身の名を呼ばれたことから知らず自身の頭上を奪う男の名を唱え、
「っ」
その姿を忌々しげに思うように睨みつける男の姿を見下ろしながら、縮まらなかったはずの距離を詰めれた幸福に感謝しつつ、最後の瞬間に意識を失わぬよう歯を噛みしめ、残っていた片腕の先にある掌で拳を作り、
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
善は咆哮する。
残された体力と気力に意識、だけではない。
生まれてからこれまでの人生。得てきた強さに経験、夢に思い出、なにより育んできた絆と信念。
すなわち己の『全て』を全身に漲らせ、落下する勢いに身を預け、掲げた拳を振り抜く。
「――ざけんな」
対するルイン=アラモードも、無論無抵抗でそれを受け入れるわけではない。
「ふざけんな! 俺は! 俺様はルイン=アラモード…………あらゆるものを従える存在! すなわち王だ!」
直前まで迫った脅威を前に体が震える中、その思いに負けぬとでも言うよう自身を鼓舞するように声を荒げ、もはや一歩たりとも動けず片膝を付いていた体を持ちあげ、
「その俺様が! クソカス如きにぃ!!」
雷の剣を生み出し、剣先を落下してくる目標へと定め、
「負けるわけがねぇんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
一直線に前へ突き出す。
善が様々な思いを背負ったうえでの一撃に対するならば、ルイン=アラモードが掲げたのは他者からすればあまりにもちっぽけな意地であっただろう。
けれども『己は『果て越え』などという化け物を除けば、誰も勝てない強者である』という思いは戦場でのみ顕現する彼にとっては何にも代えがたい誇りであり、この土壇場で自身を動かす最大の原動力であることは疑いようがなく、もはや動かないはずであった体に熱を与え、半狂乱になりながらも正確な動きを行使する。
「「っっっっ!!」
こうして両者は交錯する。
雨により炎が消え、静寂が周囲を包み込む中、夜の終わりを示す様に白み始めた空の下で、示し合わせたかのように同じタイミングで拳と剣を付き出し、雷を帯びた瞳と炎を宿した瞳が交わり、
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
咆哮の末、結末を示す様に両者の耳に届く程度の小さな音が発せられる。
それは肉と肉がぶつかり合う事により生じる打撃音…………ではなかった。
しっかりと固められた鋭利な刃物が、肉を抉り裂き、貫く音。
すなわち、
「…………っ!」
原口善が振り下ろした拳は目前の鼻先に触れる直前に止まり、ルイン=アラモードが付き出した刃は一寸の狂いもなく対象の心臓を貫いたという、無情な結果だ。
「結局。結局のところだ!」
その結果を頭がしっかりと認識するのに、両者はしばらく時間がかかった。
善が内部から『何か』がこみあげてくる感覚に耐えきれず吐き出し、それが血潮であり自らの貌を染めた後に、目標が体を大きく震わせた直後に力が抜けて行ったのを認識したところで、ルイン=アラモードは自身が勝ったことを知り、全身を小刻みに揺らし、嬉々とした声を上げ始める。
「お前は俺様には勝てねぇ。どれほど努力しようが、策を練ろうが、最後の最後は圧倒的な才にねじ伏せられる!! これが現実。そう! 現実だぁ!!」
破顔し空を見上げながら声高らかに叫ぶ化け物であるが、『なぜ自分が勝ったのか?』その本当の答えが単純なリーチの差であった事を彼は理解している。
しかし生涯で最も長く立ち塞がり、紙一重まで自分を追いつめた強敵に勝ったことに打ち震えた彼は、余韻を味わうべく自身が見下す彼に語り続ける。
「…………よ」
「あ? なんつった?」
そんな彼は、心臓を貫いたまま引き抜いていなかった己の腕を善が残っていた右腕で絡ませながら何かを呟くと耳を澄まし顔を近づけ、
「ありが、とよ。っつったんだよ」
「なにせ」
「これでもう逃げられる心配はねぇ」
顔を持ちあげ、なおも勝気で戦意に満ちた表情を浮かべ、自分を射貫くような瞳をしている善を前にして表情を凍らせる。
すると善は目と鼻の先にまで迫っていた両者の距離をさらに詰めるために一歩踏み出し、それに合わせて頭を引き、
「なぜだ」
その姿を見て、ルイン=アラモードの口から言葉が漏れる。
「なぜだ!」
目の前にいる男は間違いなく死に体だ。
彼が操る最強の雷を一度や二度ならず二桁に達するほど受け、自慢の近距離戦でも一度は完膚無きにまで叩きのめした。
回復に類する能力を持ってはいるようだが、痛みや疲労まで消えない事も理解できた。
だというのに彼は向かってきた。
「なぜだなぜだなぜだなぜだ!!!」
どれほど力の差を見せ、肉体を傷つけても、心を壊しても、原口善といった男は「なにくそ!」とでも言うように立ちあがり、勝てないはずの自分へと向かってきた。
血だらけになっても、片腕を失っても。いやそれ以前に全身を貫かれ致死量に至るはずの血を吐きだしても。
「さっきも言ったが油断しすぎだ馬鹿野郎」
「!?」
「息の根も止めてなく、気絶してるのかの確認も怠っておいてなぜもくそもねぇだろ。お前は『この瞬間だけ』の勝利を望み、俺は『戦い』の勝利を望んだ。こりゃそういう話だ」
その理由を求めている彼に対し善は全く見当違いの返事を行い、それが彼の苛立ちを一層増幅させ、
「なぁぁぁぁぜぇぇぇぇぇぇだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
善が頭を振り抜くよりも早く怒りに駆られた彼自身も頭を大きく引き、感情の赴くまま、善が頭を振り抜くのと合わせるように頭を振り抜く。
そうして、彼らはもう一度衝突する。
額同志をぶつけた事により先程より遥かに鈍い音が周囲一帯に木霊し、両者を中心として衝撃波が円状に広がり、周りに散っていた小石が僅かに転がった。
それはこれまでの熾烈極まりない戦いで起きた様々な余波の中でも間違いなく最小の被害であった。
しかしその発生源にして此度の物語における二人の主役はこれ以上ないほど感情を込めた表情で互いの額をぶつけて目と鼻の先にいる対象を睨んでおり、
「ッ」
本当に僅かな、一秒にも満たない時間そのまま静止していたかと思えば一方の、すなわち長い髪の毛を蓄えていたルイン=アラモードが目と鼻から血を流し、続けて衝撃に耐えかねた肉体がフワリと浮かび、
「あ、ありえねぇ! これは夢だ。夢に決まってる! こ、この俺様が。この俺様がクソカス如きにぃ…………」
そう呟いたかと思えばずっと瞳を覆っていた蒼と黒の混じった雷をかき消しながら背後に敷決められていた冷たい瓦礫の地面に背を預け、
「悪いな。お偉いさんと違ってな。俺みたいなタイプはここを鍛えなけりゃやっていけねぇんだよ」
その姿を見届けながら善は頬を緩め、自身の額を右手の甲で叩いた。
そのような事をする彼はなおも直立不動で君臨しており、それが彼が『勝者』であるという何よりの証拠であった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸柄です
長らくお待たせしました。
原口善VSルイン=アラモード、これにて完結です。
さてこれにて勝負はついたのでちょっと口を緩めてしまうと、善さんの勝利は色々な要素があったとはいえ、まごう事なき『奇跡』です。
ルイン=アラモードはガーディア・ガルフにこそ劣るものの、それ以外の存在の中で間違いなく最強の一角です。
それこそアイビス・フォーカスとシャロウズ・フォンデュを退けたシュバルツ・シャークスと並ぶ存在なわけで、この戦いに援軍がいたとしても、今のような勝利は得る事ができなかったでしょう。
まぁ何が言いたいかというと、
善さんお疲れ、ということです
それではまた次回、ぜひご覧ください




