ANSWER もう一つの信念
限られた能力行使権。たった四回の命の滴。
その内の一度を使い傷を修復した善は、しかし死の縁になおも立っていた。
「――――――」
たった一歩だけ、肉体を回復させたところで疲労と痛みから感覚が戻らない足を動かし前に出る。
そうすれば目標の姿が僅かに近づいた事が霞んだ視界で確認する事ができ、もう少しだと自分を奮い立たせもう一度大地を蹴る。
それを繰り返しているとルイン=アラモードは彼を退けるために攻撃を打ち出してくる。
「あぶねっっっっ」
凝固させたり、広範囲に広がるわけでもない。延々と自分を焼き尽くす様に落ちてくる蒼と黒の混じった雷を、彼は体を不格好ながらも左右に動かし何とか避ける。
「つぁっ…………」
けれども全てを完璧に避けきる事はできず、落雷が頬を掠め、肉が抉られるものの血が出るよりも早く焼け焦げる。
「―――――――」
普段ならその程度ものともしない。それこそ歯牙にもかけず戦い続けるだろう。
けれど指先で突かれるだけでも昇天してしまいそうなほど弱った体にはあまりにも重く響き、善の意識が彼方へと旅立とうとするように体から離れかける。
「――――――――――――っ!」
まだだ。まだ大丈夫だと善は自分の心と体に訴えかける。
やられたのは頬の本当に僅かな範囲である。最後の一撃を与えるための拳でなければ、近づくための足でもない。
だからまだ大丈夫だと説き伏せ動く。動き続ける。
前へ。前へ前へ前へ!
「デビル!!」
悲鳴とも怒声とも取れる声が耳に飛び込み、またも迫りくる攻撃に何とか対応するため体を動かす。
そうしていると時の進む速度が緩やかになっていき、彼は意図せず思い返すのだ。今までの人生を。
燃え盛る炎に囲まれる中で彼は見た。
瓦礫の山に潰され動かなくなった弟の姿を。
息絶えた自身の母の頭部を潰し、父の胴体を貫き殺す雷を纏いし暴君の姿を。
その日から、原口善という男の復讐は始まった。
「奴を必ず殺す。そのためにはまずは強くなる必要がある」
必要だったのは第一に力で、第二に情報だった。
これを得るために死の縁を彷徨った状態から回復した彼は神教の門を叩き、力を付けて行くことにした。
元々身体能力に優れ伸びしろもあり、何よりも復讐とはいえ超えるべき明確なビジョンを浮かべていた彼は、備えていた才能を駆使し血の滲むような訓練を続けてきた事で、同年代はもちろんのこと、上の年代の者と比べても抜きん出た存在となった。
そうして現場に出て様々な者と戦い経験を積み更なる強さを得た善は、しかし一度たりとも満足したことがなかった。目標としていた相手の背中がはるか遠くに存在する事を自覚していたからだ。
このままでは一生かかっても勝てないかもしれない。
そんな不安に襲われたのは当然の道理であった。
だから彼は神教の中でも最上位層に君臨する『セブンスター』や『三大天使』に弟子入りする事を目指し、彼らの目に留まるため一層訓練し、より多くの戦場に飛び込む事を決意した。
「少年、君は実に筋がいいな」
「!」
「いきなり話しかけてしまいすまない。不審者ではないのじゃよ。実は今、人手が足りなくてね。もしよければ儂に協力してくれんかのう?」
そのタイミングで今は亡きゲゼル・グレアが話しかけてきたのは彼にとってはまさに福音であり、さして考える事もなく二つ返事で応じた。
振り返ってみれば、ここが最初の大きな分岐点であったのだと善は思う。
というのもそれまでの彼は復讐一直線。力を付けるのも情報を得るのも、全て憎き宿敵を仕留めるためであったからなのだが、この頃から周りに人が増え始めた。
「この子が最近儂が稽古を付けておる善君じゃ。アイビス殿やデューク殿もどうかね?」
「あらいいわね! お姉さんそういうこと普段しないから頑張っちゃう!」
「頑張るのはいいけど、怪我させるなよ姉貴」
始まりはフォーカス兄弟。
「君が善君かい?」
「あんたは?」
「ファイザバード家の当主、であり最高にイケてる男シロバ・F・ファイザバードさ! こっちのむさくるしいのはクロバ。メチャくそ怖い見た目してる老けた野郎だが、こう見えても僕とタメなんだぜ!」
「おい。無駄な事を教えるな。いやそもそも、この格好は相手を威嚇するためのもので」
「それ、効果あるんっすか?」
「ん? ああ。無意味ではないぞ」
「そうか……俺も試してみるかな」
「えぇ……! 僕よりもこいつに気があるのかい? ショックだ」
「なにを言っているんだお前は」
次にシロバやクロバ。
「ゲゼル殿の弟子にしてクロバ殿も認める若き天才原口善か?」
「あんたは?」
「レオン・マクドウェル。勇者なんて恥ずかしい異名を貰ってる男だ」
それにレオン・マクドウェルとも出会え、強くなりゲゼル・グレアと同じセブンスターになってからは、他勢力の権力者とも多くの接点を持った。
例えばそれはダイダス・D・ロータス
例えばそれはゴロレム・ヒュースベルト
例えばそれはエルドラ
そうして築いた数多の縁は、けれど当初の予定にはなかったものだ。
無論、ヒュンレイ・ノースパスとの関わりだってそうだ。
二つ目にして最大の分岐点はそれからしばらくした時のこと。
決して看過できない事態から神教を飛びだし、ギルド『ウォーグレン』をヒュンレイ・ノースパスと友に設立した時の事だ。
これ自体は神教内部にいる限りどうしても思うように動けない事があるため、いつかは行おうとしていた善は考えていたぼだが、予定が少々早まったというのも事実である。
「ところで善」
「ん?」
「このギルド『ウォーグレン』のスローガンはどうする?」
「スローガン?」
「ああ。君の事だ。打倒ヘルス・アラモードのために動くつもりだろう。けれど生活するためには金がいる。そしてその金は、いくら貯金があろうと無限ではないため稼がなくてはならない。となれば多くの人に自分たちがどのような目的で戦っているのかは知ってもらい、依頼を受ける必要がある」
「…………なるほどな」
ただこの頃の善はやはり若かった。ギルドを建てるという目標はあったものも細部には至っておらず、ヒュンレイ・ノースパスの投げかけた当たり前の問いかけにも言葉を詰まらせてしまう始末であった。
「そうだな…………」
だから善は咄嗟に頭を捻り考えて考えて、その時ふと頭に浮かんだ家族を失い涙を流す自分の記憶を思い出し、
「なら――――――」
嘘偽りのない気持ちを口にして、ヒュンレイ・ノースパスは日差しのような暖かな笑みを浮かべた。
三つ目、最後の分岐点はそれからの日々であったが、それは人生で最も早く進んでいった。
多くの依頼をこなし、富と名声を築いた。信頼に力、それに情報も得た。
「ねぇ善さん」
「どうした優?」
記憶喪失の少女・尾羽優を拾ってからは、結婚もしていないというのに子供を持ったような気持ちになり、
「お疲れさまです」
「閉める支度は終わったッス」
「……上がるぞ。問題はないか?」
「あぁ。後の事は俺とヒュンレイでやる。お前らは先に上がれ」
蒼野に康太、それにゼオスが増えてからは、元々あった責任感が更に増し、視界が広がったように思える。
「ギャー! クソ兄貴!!」
「誰がクソだ。ここで何してんだよお前」
何より、死んだと思っていた弟が生きていて、昔のように一緒に暮らす事ができた。その過程で性格の変化にはもちろん驚いたが、そうなった理由を察し納得もできた。
もちろん悲しい事もあった。相棒であるヒュンレイの死は、その最たるものだ。
けど振り返ってみれば「自分の人生は間違ってはいなかった」と胸を張って言いきれる自身がある。
「ぶっ!?」
だからこそ彼は止まれない。
自分をただ復讐を果たすためだけの機械にせず、幸福な人生に導いてくれたもう一つの信念を貫き通す。
「うらぁ!」
吐血し片膝をついた善へと向け、操りきれない雷の神ではなくルイン=アラモード事態が構築した雷の砲撃が投げつけられる。
慌てて空へと逃げることで善はそれを躱しきるが、追撃として放たれた一撃を完全には躱しきれず右半身が呑み込まれ、砕けた地面に背を打つ。
「まだ」
「!」
「まだ……だぁ!」
「てめぇ不死身かよ!?」
そんなわけがないとわかっていても、背中を撃った状態から即座に体勢を立て直し、すぐさま駆け出すその姿にはそんな感想しか口にできない。
「必ず叩きこむからな」
「っ」
「てめぇに!」
先の地面への衝突で肉体が疲労と痛みに屈した。
となればもはや一歩も動けないはずであるが、善は疲労と痛みの限界を能力で『逆転』。三十秒。たったの三十秒間だけ、『疲労』を『漲る力』に変換し、全快時と同じパフォーマンスを繰り出す事を可能とした。
「その向こうにいる!」
とはいえこれは諸刃の刃だ。
効果が切れてしまえば『漲る力』と『疲労』再び反転し、最高のコンディションから一気に最悪のコンディションに叩きこまれる。その落差に意識と肉体が耐えきれないと善は理解していた。
だからこれは原口善が行う最後にして最大の大博打である。
「あいつに!!!!」
十全の動きができるように、残された能力の使用権残り二回のうちの一回を傷一つ残さぬ修復のために躊躇なく使い、善は駆ける。
そんな退路を自ら断ち成される愚直な突撃に化け物は顔をしかめ、
「メテオ(圧刑!)」
勝敗を決するべく背後に控える神に指示を与える。
「なぁっっ!?」
土壇場で事態は彼にとって望まぬ方向へと転がって行く。
頭上に万物を悉く破壊できる程の雷の塊を作りだした所で、彼の意思に反し白い雷を纏わせた雷の神が動きを止めてしまったのだ。
「て、めぇ! この状況でぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
それが自身に召喚権のない神を使役するため、表に近いところまで持ちあげた別人格の仕業であると理解するとルイン=アラモードは声を荒げ、
「ルゥゥゥゥゥゥイィィィィィィィィィィィィィィン!!」
そのような意味のない物事に意識を注いでいる隙に善は更にかける。
「ぐ、ぐぅぅぅぅぅぅ!」
もはや天上に君臨する奥の手は意味がないと理解すると、ルイン=アラモードは自らが撃ち込んだ雷の砲撃でそれを破壊し地上へと降り注ぐのだが、それらは善の体を捉えることなく、
「り、リフレクト(結界)!」
善の声が雷鳴でさえかき消せない距離まで迫ると、地面に手をつき具現化する扇の名を紡ぎ、それに従うように放たれた全方位を囲う雷の壁に善の体が再び呑み込まれる。
しかしなおも抵抗を続ける善は今度こそ吹き飛ぶことなく耐えきり、更に一歩前へと踏み出すが、
「――――――!!」
そこで白目を剥き痙攣を繰り返す。
これは能力を強制的に解除され、痛みや疲労が彼の体に戻ってきた影響なのだが、それを知らぬルイン=アラモードは目を見開き、しかしその様子を前に勝利を確信し笑みを浮かべ、
「お、おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「ば、馬鹿な!? あり得ねぇだろ!?」
そんな彼へとあと数歩まで迫った善は、意識を失ってなお獣が如き唸りをあげると更に距離を詰めていく。
それが彼が胸に抱いた原初の思い。『家族を殺した者に対する復讐』さえ越すもう一つの意志。
長い年月が育んだ原口善という男の優しき心が抱いた一つの願い。
『泣いている子供を、人を助けたい』という思いが産み出した、正真正銘最後の抵抗であった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
善さんが胸に掲げた思い。ヒュンレイ・ノースパスが思いださせたものの正体の開示回です
皆さま長らくお付き合いいただき本当にありがとうございます。
長かった戦いは間違いなく次回で終了です。
ただ分量が長くなる可能性があり、筆者としても完成度にこだわりたいところがあるので、次回だけは明後日ではなく明々後日の更新とさせていただきます。
お待たせさせてしまい申し訳ないのですが、よろしくお願いします
それでは次回、一人の男の戦いの終わりをぜひご覧ください!




