咆吼
善の頭上を覆っていた黒雲が彼方へと吹き飛んで行く。
勝敗を決するために撃ち込んだ一撃は文字通り雨を退け、奥に隠れていた夜空を浮かびあがらせた。
「戦いの余波でダメになったか。まぁこのために溜めてたストックだ。文句はねぇが……やっぱもったいないな」
一番暗い時間が過ぎ去り、空が僅かに白む。
そんな中で彼は周囲に視線を飛ばし革袋から溢れ出た真っ赤な宝石を探すのだが、その結果にため息を吐く。しかし後悔はない。
「まぁ生き延びたわけだから、問題はないんだがよ」
懐に残していた最後の宝石を噛み砕いた善は既に特殊粒子を回復させており、九死に一生の思いをしながらも能力を使い傷を修復。なんとか生還することができた。
とはいえ直ったのは特に重症なものだけだったため疲労はもちろんのこと修復しきれなかった傷も残っており、一刻も早く戦果を持ち帰り、優やアイビスなどの力で残った傷の治療もしたいと考えていた。
「はぁはぁ…………はぁ!」
「マジか。あれ喰らって意識残すか普通」
と、ここで彼の耳に『音』が届く。
それは濃い疲労と溢れだす激情を感じさせるものであり、視線は音の発生源を探ろうと動き回る。
「…………諦めろ。おめぇの負けだ」
しばらく探すために歩いた結果、声の主は周囲にある瓦礫や木々に覆いかぶさられる事もなく、大の字を形成したまま一歩も動けぬ様子で胸の辺りを弱弱しく上下させており、痛みから自身の脇腹を撫でていた善が、重い足取りで一歩ずつ前に進み彼の側に近寄り口を開き、
「油断しすぎ何だよおめぇは」
「っ」
「最初から殺しに来てたら、俺は万が一にも勝ち目はなかったよ」
ルイン=アラモードという稀代の怪物の敗因。そして自身が生き延びた理由を端的に指摘した。
「ぐっ」
そしてその理由に当の本人も納得した。
なぜならその自覚があったからだ。
彼はガーディア・ガルフやシュバルツ・シャークスと違い、最初からアクセル全開で戦いを挑んできた。ここまでは問題ない。しかし途中から善が歯牙にかける程の存在ではない、自身よりも遥かに劣る存在と判断し、『勝つ』事ではなく『いたぶる』事に意識を向けてしまった。
言うなれば自身の欲求に素直になりすぎたのだ。
その結果が今である。
勝てるはずであった化け物は地に伏し、死ぬはずであった男が見下している。
これは覆る事のない現実である。
「この俺様を…………」
「?」
「この俺様を見下すなクソカスがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その状況に陥ってなお、化け物は憤怒の叫びを木霊させる。発せられる圧は当初と比べても遥かに凄まじく、ただの気迫の発露でのはずだとというのに、善は立っていることさえおぼつかなくなる。
「諦めろ。何と言おうが結果は変わらねぇ。大人しくヘルス・アラモードの奴に体を」
「が、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「…………マジかおめぇ」
ただそのような素振りはおくびにも出さず、ため息を吐きながら淡々と『やるべきこと』語るのだが、そんな彼の前でルイン=アラモードは雷の剣を作りだし、生まれたての動物のように両足に両腕を小刻みに揺らしながらもなんとか立ち上がる。
「ぐ、おぉ!?」
がしかしそれが彼の限界だ。
そのまま体に雷を纏い動きだそうとするもののロクな回復術を覚えていない彼ではそれもかなわず、すぐに片膝をつき項垂れる。
善の渾身の一撃とそれに続く追撃まで受けたのだ。撃ち込んだ本人からすれば立ち上がられただけでもたまったものではなかったのだが、それでも勝敗に大きな変化が起こる事はない事に安堵し息を吐くと、
「おい!」
「?」
「クソカス。テメェ名を言え!!」
「………………原口善」
そのタイミングでまさか『名を名乗れ』など言われるとは思わず、思わず面食らってしまい反応が遅れてしまう。
「いいだろう。原口善! 貴様を『敵』だと認めてやる!! そして!!!!」
がしかし続く言葉を耳にすると様々な感情を押しのけ困惑の念が押し勝ち、隠しきれずそのまま顔に浮かんでしまうのだが、
「極刑に処す!!!!」
その後全身に纏った大量の雷属性粒子。それを前に彼は大きく後退する。
他の攻撃ならばともかく、彼の周囲を跳ね飛ばすような雷の壁、すなわち『リフレクト(結界)』の名を冠するものは、そうしなければ避けきれないと感じたからだ。
他のものならばたとえ延々と続く砲撃でも耐えきれると感じた彼は、
『バルギルド・ライ!」
しかし彼の血を薄く広げ大地に描かれた円形の魔法陣。その複雑怪奇な模様を前に悪寒に襲われ、
「足が!?」
ルイン=アラモードと同じく疲労により動けなかったため阻止できなかったという結果に心臓を大きく跳ねさせ、
「デビル!!!!」
次の瞬間には、自身の過ちを後悔する。
大地に描かれた魔法陣。それからおびただしい量の蒼と黒の混じった雷が溢れ、円柱を描きながらッ空に昇り、世界が歪む。地響きが起きたかと思えばルイン=アラモードの背後の大地が重苦しい音を発しながら割れ、それは現れた。
鎌や剣、投げ槍を中心に様々な武器を背負った、竜人王エルドラに比類する青と黒の混じった雷で形成された巨大な肉体の存在。
否、肉体だけではない。
放たれる空気も最強格たる彼に並ぶ、ないし超えたものであり、直前に語られた忌み名というにふさわしい言葉を前に善は理解した。
目の前にいる存在は十属性の一つを司り、打倒したものが選べる『神の力』と並ぶもう一つの選択肢。すなわち『神の具現化』なる存在。
すなわち『雷神』そのものであると。
それを召喚したのは『神の力』を選択した目の前の存在で、なぜこのようなイレギュラーがまかり通ってしまったのかと疑問に思うのだが、
「いけェ!!」
その答えを語るものはおらず、男の怒声に従い『神』が動き、そうして今日だけで何度目かもわからぬ衝撃で地に叩きつけられながら善は悟った。
自らは――――――ここで命を落とすのだと。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
という事でエピローグ突入。
ですがまあ見た通り、戦いはまだ続きます。
二人の戦いは終わったのは確かなのですが、シュバ公クラスなら、まあもう一つくらい壁があるよね、という事で
無論エピローグなので長くは続きません。
予定ではあと三話くらいで終わらせる予定。
何にせよ物語は終わりへと突入。
最後の最後に現れたあまりにも大きな関門。これに挑む一人の『漢』の活躍をご期待ください!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




