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原口善の物語 三頁目

 意識を取り戻し目を開けた時、善は雨に打たれていた。


「なんだ。あっちで降ってた雨に比べりゃ、大したことないな」


 数多の剣で貫かれたまま地面に張り付けられ、完全に身動きが取れない状態。

 それが善が覚えていた最後の記憶で、まずはその状態を何とかしなければならない。

 けれど今この一瞬だけはそちらに意識を傾けることなく、向こう側で見た景色を締めくくるように感想を口にする。


「さて」


 ただ余韻に浸ったのは本当に一瞬だけで、善はすぐに現実に意識を向けるが、得た情報は彼が幸運であると言いきれるものであった。

 目の前になおもルイン=アラモードがいたとすれば、万事休すだったのだが、幸いな事に周囲に彼の気配はなかったからで、事態を把握すると僅かにだが疲労が癒えた体に力を込め、体を持ちあげようと考える。

 すると彼の予想に反し数多の剣が刺されていた体は容易く持ちあがり、その事実に一瞬だが目を丸くした善は、


「……そうか。まぁそりゃそうだよな。こりゃ確かにあいつに苦言を漏らされるわけだ」


 向こう側に飛び立っていた時に友が口にした内容を思い出しながら自身の体を眺め、こんな状況にも関わらず、口の端をつり上げてしまう。


「…………やべぇ事態になってるかと思ったが、そうでもねぇのか? ならまずは、振り返ってみるか」


 目を覚ました際に視界に飛び込むのは、人々の悲鳴と燃え盛る建物の群れであると善は考えていた。

 けれど今の彼の周囲は雨音こそするものの他に音は聞こえず、となればルイン=アラモードは暴れていないという事になる。

 これは再度戦った際に打ち勝つための対策を立てる事が可能であるということでもあり、善は懐に残っていた宝石の一つを噛み特殊粒子を補充すると、自身の体を希少能力『逆転』の効果で修復しながら、これまで得た情報を振り返り、僅かではあるが存在すると友が口にした勝機を、手繰り寄せる方法について、少々の時間ではあるが考えることにした。




「あーなんつったか? 確かカネだったか?」


 一方その頃、善が探していた人物ルイン=アラモードは付近にあった大型百貨店の中にいた。

 それこそ善の現在地から数百メートルしか離れていない場所にいる彼が何をしているかというと、意外かもしれないが買い物、もう少し具体的に言えば自身が意図せずビリビリに引き裂いてしまった上着の類の購入であった。


「確か財布とかいう小物が…………あったこれだな…………いや待て。たったこれぽっちかよ! どうやって暮らしてやがんだ俺様の主人格は!?」

 

 彼は目に付くもの全てを鏖殺する暴力の化身、まごう事なき『悪』であり、目が覚めれば周囲が受ける被害は計り知れないものになるはずだったのだが、今回に限ってはその限りではなかった。


「いや…………今は俺様が主人格だったか」


 醜悪な笑みを浮かべる彼が語る通り、ヘルス・アラモードとの関係が完全にひっくり返っていたからだ。こうなった原因は簡単に言えば普段と今回の人格交代の仕方の違いにある。


 普段ヘルス・アラモードは、彼と人格を交代する際は自発的に行う。

 意識の奥に封じ込めていたルイン=アラモードが、延々と抵抗を行い続け、数ヶ月から数年経った際、疲弊し耐えきれなくなった結果、自身の意識はルイン=アラモードの足を引っ張れるようにある程度残したまま人格を交代するのだ。

 これはいわゆるガス抜きであり、さらに言えば自分で交代のタイミングを決められるため、ルイン=アラモードにとって極めて不利な状況を作った上で、その状況を打破される前にある程度のガス抜きを終えて元に戻る。というのが主流であった。


 ただ今回に限っては違う。

 ヘルス・アラモードは自発的に交代したわけではなく、彼が敗北し気絶したことで顕現したのだ。

 重要なのはヘルス・アラモードが自分の意思で意識を譲り渡したわけではなく、『気絶』という外部からの衝撃により交代したということで、完全に意識を手放してしまったということだ。


 この場合ヘルス・アラモードの思考は普段では考えられないほど奥深くに沈み、それに比例するようにルイン=アラモードの思考が浮上。

 結果、ルイン=アラモードは意識の支配権を得て、ヘルス・アラモードの意識を普段自分が去れているように深くに沈め、自由に闊歩する事ができるようになっていた。

 そうなれば彼とて急いで獲物を探す必要もなく、普段ならばしないようなこと、それこそ知識でしか知りえない事柄に『気まぐれ』で触れる事もある。


「こいつは貰っていくとしてだ」


 生まれてこの方一度もしたことのなかったショッピングに末、耐電仕様の黒のライダースーツを羽織り上機嫌な様子で、しかし視線を移し僅かに悩む素振りを見せるルイン=アラモード。


「まぁ、あの大馬鹿野郎を恨むんだな」


 ただ何かを決心したように息を吐くと、彼は指先に蒼と黒の混じった電気を纏い、近くにあった真っ赤な自販機にそのまま突き刺し指を下へ。

 溢れる液体に交じり大量の小銭や紙幣が床に落ちたのを確認すると、その内のいくらかを握り、その拳ままで机に穴を開けて風や衝撃で別の場所に吹き飛ばないようにした上で、中に紙幣や小銭を突っ込んだ。


「腹ごしらえでもするか。何がうまいかわからねぇが、まあ店として出てるとこの食えば問題ないだろ。うまいから店として出てるんだろうしな」


 その後僅かではあるが空腹を覚えていたルインは自身の腹部を撫でそうぼやきながら歩き出し、


「………………あぁ?」


 しかしその足をすぐに止めた。そして感じた気配に従い動き続けそこで目にするのだ。この百貨店の正面玄関から少し離れた位置で、雨に打たれたまま自分を待ち構えるよう仁王立ちをしている原口善の姿を。


「再生しないのを確認したうえで磔にしたはずなんだがな。マジで不死者。いや、緩慢な動きからしてゾンビの類かテメェ?」


 彼の姿をしっかりと捉え、そう嘲るルイン=アラモードであるが、その内心は困惑に満ちていた。

 原口善が立ち上がるというのはそれほどまで見過ごせない事態だったからだ。

 というのもこのルイン=アラモードという男、幼少期に学ぶはずの一般常識の類は教えてもらえず欠けていたのだが、その代わりに戦闘に関する知識は、戦闘マシーンとして扱うため大量に叩きこまれていた。


 それはもちろん優れた雷の力の使い方や人体における急所、それに元々備えていた戦闘センスを磨くためのものであったりするのだが、その中には『対峙する相手の種類』という項目もあった。


 これは相手のパターンによって扱う戦術を変えるべきであるという指摘から始まり、効率よく相手を仕留める方法、パターンに当てはまる相手の攻撃の傾向など、内容は多岐にわたる。

 まだ傲慢でなかったころの幼い彼はこの分野に関してしっかり学び、それにより善を典型的な『復讐者』の類であるとカテゴライズした。


 この類は命を捨て去る覚悟で挑む事が多々あり、がむしゃらに襲いかかって来る傾向にあると彼は学んでいた。この内容に関しては、善がしっかりと考えた動きをしてきた事から正誤は半々であると感じていたルイン=アラモードは、しかし後の教えは正しいと知っていた。


 内容は『この類の相手を効率よく仕留める方法』についてであり、そこには『肉体以上に心を折る』ことが重要であるというものだ。

 これが正しいと言いきれたのは経験則から来るもので、それこそ彼が『三狂』の一員に名を刻まれるきっかけになった事件、すなわち善の故郷と家族を奪った件が深く関わっており、その類の人間をそこで延々と見続けたからである。


 善も彼らと同じ穴の狢であると断じた彼は、もちろん自身の趣味もあったが同時に彼を効率よく仕留めるために心を砕くことに意識を注ぎ、実際それは成功した。

 だというのに、今目の前に彼は立っている。なおも宿敵を倒さんという瞳をしながら。


(今のあいつを支えてんのはなんだ?)


 加えて言えば纏う空気も違う。

 荒々しさに変わり落ち着きを含んだその空気は、それまでは感じ得なかった風格を漂わせていた。


「おいおい。彼我の実力差は十分にわかっただろ? まだやるってのか?」


 がしかし、今の善を前にしても彼の口からは自分の元に舞い戻ってきた彼を小馬鹿にした態度が漏れる。先程までの戦いで既に格付けは終わっており、彼がどれほど足掻こうが自身の勝利は揺るがないと、確信を抱いていたからだ。


「おめぇが強いのは十分にわかったがよ、手も足もまだ動く。なら、俺が引く理由はねぇだろうが」


 そのような言葉を耳にしても、雨に打たれる善の様子に変化はない。

 ぐちゃぐちゃに濡れたツンツンの髪の毛を両手で掴み纏めると、余分な水気を絞り取り、普段人には見せないオールバックの髪形にまとめながらそう言い放ち、


「馬鹿が! そのまま逃げてりゃ! 命だけは助かったのによぉ!!」


 なおも自分に挑もうとする男を前に、ルイン=アラモードは闇夜を切り裂くような量の雷を纏い、一通り嘲笑うと疾走。善が反応するよりも遥かに早く目と鼻の先まで移動すると、心臓へと狙いを定めて手刀を作り、そのまま勢いよく前に突き出し、


「――――らぁ!」

「なぁっ!?」


 その瞬間、善が不慣れながらも操り、砕けた道路の間から勢いよく吹きあげた大量の水が彼の全身を襲い、それを浴びた彼は衝撃から強張った声をあげ、


「おらぁ!」


 それどころか本当に僅かなあいだではあるが身を硬直させた彼を善は勢いよく殴った。


「っっっっ!」


 むろんその一撃は埒外の反射神経を備えた化け物ルイン=アラモードに容易く防がれたのだが、無視できない事実がある。


 今、原口善は初めて、彼の知られたくなかった弱所に触れたということで、それはこれから始まる逆襲の始まりを明確に示していた。





 





ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です。


久方ぶりに零時に間に合わなかったです。本当に申し訳ありません。

さて本編は善さん再起動からの再び対峙、そして最初の一撃まで。


この一撃に関しては前回までの身体強化で成し得た一撃とは大きな違いがあります。まあ本編で語られていましたが。


それが何かについては次回で!


それではまた次回、ぜひご覧ください!


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