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その復讐に終止符を


「ハハッ! 正義の味方とは思えねぇ暴れっぷりだなクソカスゥ!」

「うっせぇんだよ!」


 縦横無尽に駆ける二人の戦士。

 その内の一方は轟音と共に黒と蒼の混じった雷の砲撃を撃ちだし、もう一方は傷を負いながらも必死に近づき、自身の領域である腕と足の届く距離で、一切の予備動作のない攻撃を繰り出していた。

 それによりビルは真っ二つに砕け、余波だけで木々が倒れ、地面はひっくり返り、あらゆるものが燃えていた。結果二人を包む空間は赤く染まり、それがこの戦いの熾烈さを物語っていた。


「至近距離からの的当てだ。躱して見せろ!」

「――――――おうらぁ!」


 必死に近づいた末に行われた数百を超える衝突の末、撃ちだされる雷の砲撃。善は自身の上半身を矢を打ち出す弦の如く地面と平行になるまで体を反らして躱すと声をあげ、体を元に戻す勢いを握り拳の威力に乗せ、目前の怨敵をまっすぐに撃ち抜く。


「ハッ!」


 練気の新たな使い方を会得した彼の一撃は、この土壇場で嘗てないほどの冴えを見せており、原口善を知る者ならば、更なる圧を得たその一撃に息を漏らすだろう。

 しかしそれだけの攻撃を繰り出し、僅かずつとはいえ当てているというのに、善の表情は曇っている。それは思ったような感触が得られないためである。


(接触のタイミングに合わせて体を引いて攻撃の威力のほとんどを逃してやがる!)


 新たな力に目覚めてから既に数十分が経過していた。

 それほどのあいだ戦えば、原口善ほどの実力者ならば何が起きているのか把握することは容易い。


「トール(砲撃)!」


 『疲れ』という言葉を微塵も感じさせない様子で攻撃を続けるルイン=アラモードは、善が触れるのに合わせ体を傾け、攻撃の威力を自身の体から逃がしていた。

 これによる威力の軽減がどの程度のものなのかは善とて完全に把握しているわけではないが、余裕の表情を見れば、ほとんどダメージを与えられていない事は明らかである。


「隙だらけだぜクソカスがぁ!」


 全身全霊の一撃を撃ち込み、善の重心が前に寄る。

 無論そんなものはすぐに戻す事が可能なのだが、ルイン=アラモード程の存在がそれを黙って見ているわけもなく、雷を纏った腕による手刀が迫り、


「だろうな」


 それが自分に届くよりも早く、懐から真っ赤な宝石を取り出し足元に放り投げる。


「けどな、そう易々と負ける気はねぇ」


 希少能力『逆転』が効果を発揮できない以上、希少粒子の不足を補うためのストックとして持ってきた真っ赤な宝石は、当初の役割を放棄せざるを得ない。とはいえ使い道のないガラクタになったわけではなく、それが地面に落ちたのを確認するよりも早く善は口ずさむ。


「爆ぜろ!」


 粒子を大量に溜めたということは、端的に言ってしまえば大量のエネルギーが閉じ込められていることでありこれらは使い手が命じれば、属性によって様々な効果を発揮する事ができる。


 炎属性ならば周囲一帯に強力な炎を、水属性ならば善が口に咥えている花火のように大量に水を撒いたり簡単な回復を、木属性ならば建物を突き破るような木を生やしたり、自然治癒力を高めたり、といった具合である。

 善の持つ特殊粒子の場合、不可視の強烈な衝撃を周囲に撒く効果があり、距離を詰めていたルイン=アラモードは足先に触れたそれを前にして、自身の体にダメージが入るよりも早く後退。

 それに合わせるように肉体を強化した善は前進し、腕を伸ばしヘルス・アラモードと比べ長く伸びた髪を掴み、鈍器やバットを振り抜くような気軽さで真横にあったガラス張りの建物に叩きつける。


「まだだ!」


 その勢いで建物は崩れるのだが、善はその事に関してはもはや気にはしなかった。というよりする余裕がなかった。


 ヘルス・アラモードと戦っていた時こそ周囲の被害を気にして戦っていたが、相手がルイン=アラモードに変わってからは被害規模には一切意識を向けていなかった。それほどまでにルイン=アラモードが強かったからだ。


 なぜなら――――――止まらなかったからだ。

 全身を襲う悪寒も、早鐘を打つ心臓も、一段階上の強さを得たにも関わらず、なおも彼を急かせていたのだ。

 「早く、早く、少しでも早く、目の前の存在を潰せ」などと彼の直感が囁いていたのだ。


 ゆえに善は一切攻撃の手を緩めず、


「クソカスが。調子に乗りすぎだ」


 その猛攻は足首に黒と蒼の混ざった雷を纏った彼の蹴りで、あっけなく終わりを告げた。

 頭部へと向け美しい弧を描くように放たれたそれを受ければ形勢が一気に傾くと判断した善は手を離し、両者は十数メートル離れた距離で再度視線を交わせ、ルイン=アラモードが大きく息を吐く。


「っ!」


 対する善に呼吸の乱れはなく、自身の有利を疑うことなく追撃を仕掛けるため僅かに屈み、呼吸を整え、両の拳を強く握る。

 そうすることだけが最良最高の選択であると自身に対し唱えながら。


「――――行くぜ」


 胸に宿った憎悪の炎を一層強く燃やし、それに呼応するように己が肉体に力が宿る。

 その力を体外に微塵も逃がさず、自身の体を動かす追加の燃料として利用し、燃え盛る摩天楼を左右に従え彼は迫る。その疾走は皮膚を裂くような鋭さをあたり一帯に撒き散らすのだが、周囲に一切の配慮をしないその疾走はまさに今の彼の心境を表しているようで、


「――――――――おらぁ!」


 今度こそその肉体に致命傷を与えるべく引き絞った右腕を男の鳩尾へと向け撃ちだし、


「あーもういいわ。飽きた」


 そんな善の気合いなどを一切考慮しない様子で、平然と、人が両足で自然と大地を踏むような当たり前の気軽さで彼はぼやき、


「ソード(斬刑)」


 腕を振り上げる。

 それだけだ。それだけの事なのだ。

 ただ結果としてルイン=アラモードの右手には黒と蒼の混じった雷により形成された両刃の簡素な剣が握られており、


「あ?」


 振り抜かれた善の右腕は肘から先がなくなっていた。


「!?」


 噴水のように噴出した自身の血潮を前に善が顔と体を強張らせる。それはこの状況に対する純粋な困惑で、ほんの一瞬ではあるが混乱から思考が止まり、その一瞬の隙を突くように振り払われた第二撃が善の体を袈裟に斬った。そして更なる量の血が出た。


「調子に乗んなクソカスが。いくら殴ろうと俺様がダメージを受けていない事くらい、戦ってりゃすぐにわかるだろうが」


 そのまま片膝をついた善を見下ろしながら、抱いた苛立ちを一切隠さずルイン=アラモードは絶望的な真実を告げる。

 それを耳にする善の胸に去来したのは強烈な絶望であり…………同時にその言葉が嘘ではないという納得であった。


「お前まさか俺様に勝てると本気で思ってたのか? 埃一粒程度でも? クソカスが。んなわけがねぇだろ!」


 繰り出した攻撃の全てが威力を削がれ大したダメージを与えていない。

 発せられる言葉、纏う練気にも変わりはなく、自身を見下す眼差しにも変わりはない。


「俺様はルイン=アラモード。イカれてる『果て越え』を除けば、頂点に立つ存在だ。その俺様が道端に転がるゴミ屑如きに負けるわけがねぇ」

「っ」


 だがそれがどうしたというのだろうか。

 ここまで来て撤退するという選択肢は彼にはなく、溢れ続ける感情に身を任せて駆け出し、


「リフレクト(結界)!」


 それを前にしてルイン=アラモードは言葉を紡ぐ。

 それだけで彼を包むように球体状の雷が迸り、建物や植物だけでなく足場としている道路さえ砕け、真正面から飛び込んできた善と衝突し数秒程の時を置いた末に弾き返し、側にあったビルの壁にぶつかりたい何にあった酸素全てを吐きだした善の腹部に、知覚されるよりも早く近づくと躊躇なく触れ、


「スピア(穿刑)!」


 再び言葉を紡げば、掌から撃ちだした投げ槍が、鍛え抜かれた胴体などなかったかのようにあっさりと貫いた。

 そしてそこまでされたところで善は膝から崩れ腹部から溢れ指せた血で地面を濡らし、


「――――――――――」


 それが決着である。

 なおも抵抗を続けようともがく善はしかし、自分の意志に反するように抜けて行く力を抑えきる事ができず、ただそれでも「動かなければ」と思い、地面にへばりついた体を持ちあげようと残った手足を僅かに動かす。


「めんどくせぇな。その首も斬り落とすか」


 炎に包まれた戦場の中心で、その様子を見下ろしていた勝者はもはや関心を失った声色で、後始末だけは行おうと考え再び剣を作りだし、


「あ?」

「!」


 その様子を憎悪に滾っていた目で見つめていた善は確かに見た。作りだされた雷の剣が、主の意に反し霧散した様子を。


 つまりこれは


「粒子切れか。ハッ、おめぇも言うほど余裕があるわけじゃなさそうだな!」


 彼が口にした通りの事態である。

 それを見れば体には更なる力が宿る。なにせルイン=アラモードの強さを支えるのは雷属性による比重が極めて大きい。それが使えないとなれば新たな力を得て、さらに言えば希少能力『逆転』の効果を発揮できるようになった自分の方が遥かに有利なはずなのだ。


「逆! 巻け!」


 確信に近い感覚を得て再び能力を発動する善。すると失っていた腕は戻り傷はなくなり、すぐさま体を持ちあげ、強烈な敵意を宿らせた視線で再びルイン=アラモードを睨むのだが、そんな彼を前にルイン=アラモードが行ったのは深呼吸であった。


「?」


 それがどのような意味を持っているのか善にはわからなかった。

 ただここで焦って手を出し、まだ見ぬ一手が原因で敗北する事を避けたかった彼は状況を見守り、


「俺様が粒子切れだと思ったか?」


 そこで絶望を知る。


「残念だったな。そりゃもう終わったよ」


 そう発するルイン=アラモードが深呼吸を止めれば、先程までと同様に全身には蒼と黒の雷が纏われており、


「俺様……いやこりゃ別人格のヘルスの野郎が元々持ってた特性なんだが、どうやら体内に天然の属性粒子増幅装置みたいなものがあるらしくてな。深呼吸を少しすればそれだけで発動するわけだ。で、粒子の生成は俺様に限らず誰だって常に行ってるときた。つまりだ」

「…………」

「俺様は数度深呼吸をするだけで雷属性粒子を全快できる? 理解したか」


 自身の喉と鳩尾の辺りに手を置き、自慢げに口にする姿。

 それを目にして…………………………善の呼吸が乱れ、全身を嫌な汗が伝い、


「……………………テメェの覚醒以降は気まぐれで付き合ってやっただけだったんだがな」


 その姿を、いやその顔に張り付いている表情を見たルイン=アラモードは、


「最後の最後に、やっと俺様を喜ばせてくれたなぁ!!」


 歪で、醜悪で、酷薄な笑みを浮かべる。それは善が今、どのような心境に陥っているのかをありありと示しており、


「満足したぜ。首を落とすつもりだったが、その顔は残しておきてぇ」


 そう語る悪魔の周囲には二十本以上の剣が浮いていた。























「…………クソが。雨かよ」


 それからしばらくして、男は忌々しげにそう口にする。

 頭上を見上げれば自身が呼びだしたかのような黒雲からは勢いよく雨が降りだし、雷光に照らされた己が肉体にへばりついていた液体を瞬く間に流していく。

 最も、そんな事が起きているなど彼のような男が気に掛けるわけもなく、自身の体に絶えず叩きつけられる雨粒を前にして彼は周囲を見渡し、まだ原形を残している百貨店を見つける。

 すると足早にそちらへと向かっていき、


「――――――――――」


 後に残されたのは一つの肉塊。


 首から下の至る所に雷の剣を刺され、地面に張り付けたまま微動だにしない原口善のなれの果てである。






ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です。


遅くなってしまい申し訳ありません。ちょっと長く書きすぎました。結果、文章の校正もいまいち気味です。


そこまで長く何かいたのかといえば…………はい。まあそうなのです。

善さんは確かに前回覚醒しましたが、それだけで倒せるほど『超越者』最高クラスにしてガーディア・ガルフが認めた現代最高位、何より彼の宿敵は弱くはないのです。


とはいえタイトルの通り善さんの復讐はこれにて終了。

「じゃあ次からなにすんだよ!」と思われていらっしゃるかと思いますが、それは次回のお楽しみ。皆さまが満足していただける話を描けるのではないかと思ったりしています


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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