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反撃の狼煙をあげろ


 傷の修復ができるからといってダメージを受けないわけではない。体に叩きこまれる痛みは延々と蓄積され、原口善という男の体内に辿っていた力を間違いなく奪っており、抵抗の目途はない。

 つまり彼は絶体絶命という言葉がふさわしい状況に陥っているのだ。


「…………まだだ。もう少し――――――」


 しかしである。原口善という男は今この瞬間、奇妙な感覚に襲われていた。


「あと一歩なんだ…………!」


 自分の胸に宿っていたまだ見ぬ扉の先が、あと一歩で開くという確信を持っていたのだ。

 それはほんの少しのひらめきで開くはずなのに、そのほんの少しが分からず先へと進めない。


「殺されるだけだとわかってなお立ち上がるか。気狂いの類だなクソカス」


 ゆえに善は積もった瓦礫を跳ねのけ立ち上がる。

 そうすることが、未だ到達していない領域に足を踏み入れられる唯一の方法であると、直感で理解していたから。いやもしかしたら、そんな理由でさえなかったのかもしれない。


「おめぇにだけは」

「あ?」

「おめぇにだけは負けるわけにはいかねぇんだよ!」


もっと単純に、目前に控える宿敵にだけは負けられないと意地を張った結果かもしれない。


「……………………ああ~~」


 何にせよ瓦礫を跳ねのけ立ち上がり、威勢よく啖呵を切った善を前に、蛇が鎌首をもたげるようにルイン=アラモードは首を傾け、瞳を僅かに閉じ、やる気のない声を口から漏らす。

 その直後に深いため息を一度だけ吐くと、その内心を示す様に空に浮かぶ黒雲から雷が蠢くような音が聞こえ、


「なに調子に乗ってんだクソカスが」


 酷く冷たい声が善の耳に届いたかと思えば、体は真上へと蹴り上げられていた。


「サンドバックの分際で調子に乗りすぎだろ」


 『生きた天災』というべきか。


 いや超越者の座にいる者を一方的に追い詰め、己が感情と欲求を叩きつけるとなれば、彼はそれ以上に邪悪な、まさに『三狂』の座にふさわしい存在であろう。

 善の目はその圧倒的な動きに慣れ始め、一瞬だが残像が視界の端に映るものの、体が反応を示す事はできず、無様に撃ちあげられ続け、それでも意識だけは繋ぎ止める。


「お前の役目は」


 絶え間なく繰り出される拳と蹴りの応酬が肉体に叩きこまれ、無言の訴えが全身から発せられる。「これ以上のダメージは命に及ぶ」と、彼の脳が危険信号に晒され続ける。


「サンドバックとして殴られ続けて」


 投げ飛ばされ、体勢を整える暇などなく撃ちだされた雷の砲撃が、彼を大火災の中心へと導いていく。周囲一帯を炎に包まれ、背中を瓦礫に預け力なく項垂れる姿は、なにもできなかった十年以上前の自分と重なり、


「心地いい悲鳴をあげることだろうがっ!」


 脳天を砕くような勢いで踵落としが撃ち込まれた瞬間、


「っ!」


 それは起きた。

 善の掲げた右腕が、それに押し負けることなく防いだのだ。


「あ?」


 思わぬ光景に再び目を細めたルイン=アラモードは、しかし攻撃の手を緩める事はなく続けて二度三度と蹴りを放つが善はそれも止めきり、なおも吹き飛ばそうと撃ち込まれた回し蹴りは見事に躱し、


「っっっっ!」

「あぁ!?」


 周囲の瓦礫を跳ね揚げるような強烈な一歩を踏み、ルイン=アラモードの肉体に風穴を開けるつもりで撃ち込まれる一撃をルイン=アラモードは躱しきれず、しかし掌で防がれてしまう。

 結果を見れば、これまでと一切変わらない。ルイン=アラモードはなおも無傷で、善は満身創痍である。

 けれども先の一瞬の攻防は、善が目の前の化け物としっかりと打ち合えたという事の証明に他ならず、


(なんだあの野郎? こりゃ練気か)


 自身の拳に残った青い霞を目にしてルイン=アラモードはそう判断し、


「そうだよな。形は違えど、練気も粒子と同じだ。持ち主に力を与える。ならこういう使い方もできると考えるべきだよな…………なんで気づかなかったのかねぇ俺は」


 それが正しい答えであると示す様に、何も纏っていないように見える善の体から、本当に僅かではあるが青い練気が漏れる。


「……見た事がねぇ形の練気の使い方だな。なんだそりゃ?」

「だろうな。俺も誰かから聞いた覚えはねぇ。練気の秘奥に触れた……ってわけじゃねぇな。たぶん基礎の基礎だ。価値がないから使われないって類のな。言うならこいつは、練気の『燃料化』ってところか?」


 様々な形で外に出し効果を発揮する練気を体内に蓄積し、体を動かす燃料にする。

 それはただの肉体強化に過ぎず、多彩性を持たせた上で神器を貫通する事ができる力となる練気の使い方からすればあまりにも単純。かつ効果に関しても他ほど顕著なものではない。


 『放出型』と比べれば一瞬の爆発力は劣り、『固体型』を使う場合と比べ空を飛ぶのも一苦労だ。『装備型』のように形を変えたり体を守る鎧に比べれば、何もかもが劣るだろう。


 しかし今のように唯々シンプルに運動能力を求めるならば、誰もが最初に切り捨てるようなこの選択も一概に悪いと言えるわけではない。いやこの場に限れば最良と言えるだろう。


「いくぜっ!」


 善の体がこれまでにない速度で動き出す。

 それはルイン=アラモードが受けに回るほどで、繰り出される反撃もしっかりと防ぐ事ができる。


「おらぁ!」

「!」


 これほど攻撃を受ければ理解できることだが、速度や反射神経こそ凄まじいものの、単純な筋力や肉体の強度に関して言えば、ルイン=アラモードはシュバルツ・シャークスのような桁違いのものではない。


 となれば反応さえできるようになり、規格外の威力を誇る中・遠距離攻撃にさえ気を付ければ勝負にはなる。

 そう断じ、気合いで押し込むように声を張り上げ、善は前へ出る。


 ――――前へ。前へ前へ。前へ前へ前へ前へ!


 前進し、蹂躙する。

 それ以外の全ての思考を放棄し、宿敵を仕留めんと拳を打ち出す。


 それはこれまで防戦一方どころかただ攻撃を受け続ける事しかできなかった善の状況を大きく変化させるが、


「……………………………………………………ハッ!」


 この時ただ殴る事だけを考えていた善は見る事ができず、ゆえに知る事がなかった。


 目の前の存在がなおも、不敵な笑みを浮かべている事を。




ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です


善さん覚醒回。

まあ物語も第三章、それも佳境にして宿敵たるルインとの戦いとなるわけで、これくらいはしなくちゃ盛り上がらないでしょう、という今回の話。

土壇場の覚醒が嫌いな方には申し訳ないと思います。


そんな今回の戦い、というより復讐ですが、次回で一段落。

どのような形で終わりを迎えるか、楽しみにしていただければと思います


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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