残忍酷薄の雷帝
「クソッ。嫌な感覚だな」
頭部を掴まれ吹き飛ばされた原口善。彼はそのまま投げ飛ばされビルの壁を突き破り、部屋全体を呑み込む爆炎に巻き込まれたのだが、さしたる損傷を負った様子もなくそうぼやく。
いや肉体面に関して言うのならば傷一つ負っていないという言葉に偽りはないのだが、精神面にのしかかった負担に目を向ければ、先の接触が与えた影響は普段の比ではない。
その理由は大きく分けて二つあり、一つ目は戦場としている場所の環境や空気だ。
自身を包み込み燃え盛るビルが発する熱気。それは善の体には一切傷を与えていないのだが、空気が燃える乾いた音や落下してくる天井や照明。それは呼吸を行う善の体内を満たすのだが、その感覚が彼の心臓を掴んで離さない。
無論、そのような環境に身を置いたのは初めての事ではない。むしろ両手の指では足りないほど経験しており、普段の彼ならば「慣れたものだ」などと平然と言ってのける自信があった。
がしかし、今回ばかりはそうはいかない。
それがもう一つの理由。敵対する相手に関することだ。
何を隠そう今必死に戦っている相手こそ、彼が半生を費やし追い求めた敵。
『現世に生まれた地獄』などと言われるものを産み出した張本人であり、そんな相手が十数年前と同じように、自分の前で大火災を巻き起こしたとなれば、善とて普段ならばなるはずもない不調になってもおかしくはない。
それを正確に認識しているゆえにどうにかして状況を好転させたいと考える善だが、
「…………策なしで正面突破は無理だなありゃ」
たった一度の接触が、先に口にしたことを実現させようとすれば生半可な手段では成しえないと彼の頭に叩きつける。
「間違いなく化物だなあの野郎」
つい先ほど、善は不意打ちに近い形で先手を打った。
背を向ける宿敵に対し一気に接近し、頭部を撃ち抜くように拳を振り抜いた。
にもかかわらず攻撃を受けたのは善であった。いつの間にか頭部を掴まれたかと思えば、反撃する間もなく投げ飛ばされたのだ。
これが示す事実はなんとも分かりやすい。
ヘルス・アラモードが『ルイン』と呼んでいた化け物は、善の拳が頭に触れる直前に勢いよく振り返り、腕を伸ばすと善の頭を掴み、何らかの反撃を許すことなく、ビルを貫く威力の投擲を行ったという事だ。
はっきり言ってこれは異常な事態である。
『一騎当千』や『万夫不当』に属するものを『超越者』に属する者が同じようにしたとなれば納得ができるが、『超越者』の中でも身体能力に関しては比類なき者である善が、一方的に投げ飛ばされるなどありえない。
それこそ『果て越え』ガーディア・ガルフでもない限り。
「…………考えたくねぇ展開だな」
頭の中に浮かんだ最低最悪の答えに、苦々しい声を発し息を吐く。
「さぁて、いい声で鳴けよクソカスが」
相手を挑発するような発言が善の耳に届いたのはその時で、意識を集中させ、業火の中を平然とした表情で歩む宿敵の姿をジッと見つめ、
「!」
次の瞬間、善の真横を蒼と黒が混じった雷を纏った彼の右足が踏み抜いた。
「あぁん?」
それは一撃で善を瀕死に追い詰めるために撃ち込まれたもので、事実それが可能な程の威力を秘めていた。しかし胴体を勢いよく撃ち抜かれた善はその体をドロドロに溶かし始めたかと思えば水となって周囲に飛び散り、
「――――そこだ!」
自らが作りだした分身がほんの一瞬ではあるが相手の視界を奪うと同時に、隣にあった瓦礫の山から善本体が現れ左腕を伸ばし、ルインの右足を勢いよく掴んだ。
(もらった)
卑怯と蔑まれる行為であるという自覚は善にもある。
ただ彼は正々堂々戦うだけの単細胞というわけではなく、小細工や策を弄する事に対しても嫌悪感はさしてない。大前提として『勝つ』ことこそが重要であると考えるタイプだ。
そのような善の思惑はうまく進み、後は掌に力を込めれば片足を潰し、自身の視界では捉えきれない異様な機動力を大きく削ぐ事ができると考え、
「おいクソカス」
「!」
「テメェなに勝手に俺様に足に触れてやがる」
そこで彼は気づいた。いや気づかされた。
ほんの一瞬前に、善は確かに化け物の右足を自身の左手で掴んでいたのだ。
しかし今、力を込めるよりも早く善の左腕は消え去っており、憤怒を孕んだ声を発する男の右手には蒼と黒が混じった雷が纏われており、善の左腕を頭上へと吹き飛ばしたことを明確に示す様に、僅かに粘性を帯びた赤い液体が付着していた。
「っっっっ!!?」
切り口から空へと昇る自身の血潮。落下しこともなげに踏みつぶされた左掌。並大抵の者ならばそれを前にすれば動揺から隙を晒す事になるだろうが、善は微塵も揺るがず、浮かんだ選択肢に思考を注ぐ。
すなわち『後退』か『反撃』か。
照明による文明の光ではなく、災害により生じた業火が満たす部屋の中で善はその二択を突きつけられ、すぐさま撤退を選択。
初撃において策なしでの近接戦闘は危険であると判断した上で行われたその選択は間違いではない。
「ハッハァ!!」
一つ問題があるとすれば、相手が悪すぎたという事だ。
「ぐっっっっ!?」
蒼と黒が混じった雷を纏ったルインが――――――動く。
動体視力に関しても、今を生きる猛者の中では最高クラスの者を備える善であるが、その動きを完全に捉える事はできない。
気がついた時には化け物の左手の親指と人差し指は血で染まっており、善の体は肩や脇腹、太ももや首などの至る所の側面から掴み、くり抜かれ、脳が正確に事態を理解するよりも早く、口から多量の血を吐きだしていた。
「ちっ。水かよ。めんどくせぇ事すんじゃねぇよクソカスがぁ!」
幸運だったのは突然すぎる事態に対処しきれず咥えていた花火を足元に落としたことで、地面に落ちた花火は蓄えていた大量の水属性粒子を彼らを中心に撒き散らし、纏っていた雷の大半を奪われた事に対し、この上ない憤りを抱いて声をあげたルインから、善は多少ながら距離を取る。
「あぁ!?」
危機的状況から脱し、なれど劣勢には変わらぬ状況を覆すため、すぐさま善は動く。
少なくとも準備を整えない状況で拳を交えるのは危険と悟ると全身から青い練気を発し、彼らのいるビルの足場の至る所から頭上に昇るような柱を打ち出し、動きの阻害を狙う。同時に屋内に会ったテーブルや椅子を視界を奪うように投げつける。
「おらぁ!」
そうして一瞬でも自分の姿を見失ったの表情の変化から感じ取ると、再び接近し殴りかかるのだが、今回は一発だけではない。というよりも二本の腕に留まらない。
纏った練気を拳の形に変化させ、一発の威力ではなく数を撃ち込み多少なりともダメージを与える策、すなわち長期戦の道を選ぶ。
「クソカスが。面倒なことばかりしやがる」
ただそれも彼の体を捉えるには至らず、振り抜かれた腕が発した雷の奔流に全てがかき消され、その結果に舌打ちをする。
(せめて傷を修復するだけの隙が欲しい)
片腕を失い体の至る所を奪われ血も吐いている万全には程遠い状態。
そんな状態ではこの化け物相手には万に一つの勝機もないと考え、善は苦手ではあるものの水属性粒子を操るように脳内でシミュレート。
「クソカスにはもったいなさすぎるもんだがまあいい」
屋内を照らしている数多の炎を消す様に大量の水属性粒子を吐きだそうとするが、それを遮るように声が届き、善の視線が慌てて向けられた先では、化け物が自身の掌に雷を溜めていた。
(遠距離攻撃か。ちょうどいい)
凄まじい反射神経と行動速度なのだ。それを発揮された結果、能力で体の動きを真逆にしてもすぐさま対応される可能性がある。なので善はこれまで希少能力『逆転』を使わなかった。
それ抜きにしても、もしヘルス・アラモードと情報を共有していないとすれば、一発逆転の一手になりうるものゆえ、これまで使用を控えていたのだ。
ただこのまま戦っても敗北は避けられない事を考えれば、体勢を立て直すために使う事に躊躇はない。むしろ温存した結果敗北したのでは元も子もないと考え、能力の発動を疑われぬよう回避に徹する動きを見せつつ、視線だけは決して外さず、
「テメェの泣きヅラが見れねぇのは心残りだが、これ以上時間を使う理由もねぇ。これで終いだ」
善が見守る中で、男はそう言いながら一歩踏み出し、野球ボールを投げるようなフォームで腕を掲げ、
「バルギルト・ライ」
その動作に合わせるような速度で膨張し、部屋中を照らす炎の灯りさえかき消すような強烈な蒼と黒の光を前に、何の確証もないが、頭蓋骨をすり抜け脳を直接掴むように、ある考えが脳を支配する。
もしかしたら…………自分は最悪の一手を選択しているのではないか?
「トール(砲撃)」
しかしそのような直感、今更何の意味があるというのだろうか。
化け物は体から全ての温かさを抜き取ることで発せられるような冷たい声でそう囁き、膨張の末、善の体を容易く呑みこめるほどの大きさに成長した蒼と黒の混じった雷の砲弾が、振り抜かれた腕に従うように撃ちだされる。
その速度はヘルス・アラモードが指先から撃ち込めるサイズに圧縮した白いレーザーさえ置き去りにする速度であり、善の動体視力をもってしても、気付いた時には視界はそれに埋め尽くされていた。
回避は、間に合わない。
しかし元よりこの攻撃をそのまま跳ね返す目論見であった善は既に能力を発動させており、これにより目の前の『暴』の塊は退く。
「あ?」
はずなのに、それは善の体に直撃する。
(こ、いつは!?」
自身の体に衝突する寸前に耳にしたのは、ガラスが割れるような甲高い、しかし透明感がある澄んだ音であり、その正体を知っている善は強烈な混乱に脳を支配されながら自身を破滅に導く一撃を浴び、無数のビルを貫通し、
「今の音は能力でも使ったか? だが残念だったなぁ」
対峙する化け物、すなわちルイン=アラモードはその光景を見届けながら善の抵抗を察し――――笑う。嗤う。嘲笑う。
そして
「俺様が使う雷はバルギルド。すなわち今なお神の座も始まりの大賢者も否定しきれない、原初の神が一角が扱う雷。神器と並ぶ、法則から外れた全てを否定する覇者の力だ!」
己が備える力を誇示するように腕を突き出し、吹き飛んだまま戻る事のない善にその絶対性を示す。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
という事で本日分を更新。
うん、そうなんだ。ここまで圧倒的な身体能力を見せつけてるクセに、この化け物の本領は中距離以上にあるんだ。
めちゃくちゃしてるという自覚は作者もあるのですが、言ってみれば善さんに関する話すのラスボスですからね。どれだけ盛ってもいい。
それはそうとして最後の最後に初めて出る単語が出ましたね。
こちらに関しては次回で説明できればと思います
それではまた次回、ぜひご覧ください!




