表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
844/1362

最後の『三狂』


「っ!」


 強烈な光から一拍遅れ、衝撃波が爆心地を中心に周囲に広がる。一度ならず二度三度と円形に広がるその衝撃波には強烈な熱と圧が含まれており、顔の前に手を置き足に力を込めた善にはさほど影響がなかったものの、それは美しい花々や生い茂る木々に茂みを燃やし、爆心地付近の時計塔を容易く崩し、少し離れた位置にあるジェットコースターも嫌な音を何度か発した後で崩れて燃えた。

 その衝撃波の間隔は次第に短くなり、それに合わせるように蒼と黒の雷が周囲に撒かれるようになって行き、被害はテーマパーク内部に留まらず、周辺の建築物や自然まで巻き込み、至る所で炎が昇る。


「…………」


 シェンジェンの復讐の末路を目にしたことで善には大きな変化があった。これは間違いない。

 ただだからといって宿敵を討ち果たすという目的自体が変わったわけではなく、となればヘルス・アラモードが内部に秘めていた別人格を呼び起こし、戦い、勝つ、という流れに関しては間違ってはいないし、後悔もない。


 けれども周囲に被害を及ばせる衝撃波や雷を目にして、頬を伝う汗や普段よりも早い膨張と収縮を繰り返す心臓を自覚しながら、彼の頭をふとよぎる考えがあった。


 「自分はとんでもないものを呼び起こしたのではないか?」という危機感と恐怖を含んだ感情だ。


 そんな内心に響かせるように、いつの間にか空を覆っていた黒雲が雷鳴を轟かせ、


「!」


 その瞬間、彼は燃え盛る炎を背景として爆心地の中心で生まれた存在、それを両の眼で捉えるに至った。


「あいつが…………」


 その存在は先程までヘルス・アラモードであったとは認識出来ないくらい様変わりしていた。

 比較した際に最も顕著な変化は全身を包み込む筋肉の鎧で、下半身を覆うズボンこそ破れはしなかったようだが、元々の状態から二回りほど膨張した上半身の筋肉は服を突き破っていた。

 次に目が行くのは彼の頭部を覆う髪の毛で、色素が抜けたような真っ白な髪の毛は蒼を基調として二割三割ほど黒が混じったものになり、地面に触れるスレスレの長さにまで勢いよく伸びていた。

 無論髪の毛だけでなく顔面にも大きな変化があり、草食動物を連想させる真っ赤で穏やかな瞳は消え去り、瞳孔が開いた蒼い瞳は肉食獣を連想させる凶悪なものになり、髪の毛と同じ蒼と黒の混じった雷を垂れ流し続けていた。

 いや瞳だけではない。その雷を男は全身に帯びていた。


「…………おい、マジか」


 善はまだ、ヘルス・アラモードの昏倒から現れた彼と拳を交えていない。喋ってもおらず状況を静観しているだけである。

 相手にしてもまだ敵意の一つも放っておらず、それどころか善の姿に気づいていない様子であった。


 だというのに、戦う前から理解させられてしまった。


 目の前の存在は化物だ。いやそんな言葉で片付けるのもおこがましい存在だ。

 それこそガーディア・ガルフやシュバルツ・シャークスのような、次元の違う存在であると、考えるよりも早く本能で理解してしまった。


 そしてそんな存在の視線が善の姿を捉え、


「…………あんただな。俺を表に出させてくれたのは」

「!」


 善が意識を集中させ、臨戦態勢を取る……よりも遥かに速く、瞬く間に善に近寄ると、彼の顔をじっと見つめ、


「いやぁよくやってくれたよアンタ。礼を言うぜ!」

「っ!?」


 親しげな、それこそヘルス・アラモードと同じような調子で善の肩を何度も叩き、そう口にした。


「…………なに?」


 思ってもいなかった展開に善の口から声が漏れる。

 現れた男の真意、腹の底を探るような声色でだ。


「俺はあの野郎にずっっっっと閉じ込められてた立場だからな。出たくても出たくても、阻止され続けてきて鬱憤が溜まってたんだよ。そんなあの野郎をあんたは潰した! そしてこうやって表に出れた! とすりゃ俺からしたらあんたは救世主様ってわけだ!」


 鋭さを秘めてはいる声ではあるものの、明るく朗らかに語られる内容に善は思わず毒気を抜かれてしまう。

 彼が思っていたルインという存在は、戦闘特化型という事前の説明もありもっと殺伐としている、ないし凶悪なものだと思ったのだが、目の前の青年にそのような雰囲気はない。

 ヘルス・アラモードとはタイプが違うが、とっつきやすそうな青年であると思ってしまったのだ。


「さて、行くかねぇ」


 そんな彼の姿を見て善は「俺の復讐はどこに向かっていくんだ?」などと思わず考えてしまったのだが、ルインは踵を返し、燃え盛る炎と倒壊したビルのある方角へと向け歩み始め、


「どこに行くつもりだ?」


 自身への関心を完全になくした男の行く末に、一抹の不安を抱いた善が尋ねる。


「あー、まあ詳しく決めちゃいねぇよ。ただまあ、人が多い場所には行くつもりだ」

「人が多い場所? どうしてだ?」

「そりゃまあ、殺した時に押し寄せる快感がデカいからだな。あんた知ってっか? 一人の悲鳴よりもよぉ、大人数の悲鳴の方が胸が躍るんだぜ?」

「…………何を、言ってやがるんだ?」


 自身のこめかみを掻きながら、さして強い感情も抱いた様子もなく、こともなげにそう発するルイン。

 それまでと変わらぬ様子で、それこそ挨拶でもするように気軽に説明されたので反応するのに僅かに遅れた善であるが、それでも男の言っている言葉の意味は分からずとも口にした内容を理解すると、嫌悪感にまみれた言葉が溢れ出た。


「そのまんまの意味だよ。手足を千切るにせよ皮膚を徐々に焼くにせよ、いやそれ以上に苦しめて殺すにせよ、一人の悲鳴より複数人の方が胸が弾むって言ってんだよ。わからねぇか?」


 轟轟と燃える建物や木々の光を背に浴び、善の方に体を向き直した男は両腕を僅かに掲げながら、一切悪びれることなく言いきり、


「そりゃ虐殺って言われる行為なわけだが…………お前をここで逃がせば、そうすると?」

「あぁ。そうだな。なんせ俺が生まれた理由でもあるからな。つかそれ以前に楽しい事、好きな事をするのをなぜ我慢する必要がある? 強さこそがこの星における法を超えた大前提だろーが」

「純粋無垢な子供が。家族のために働く父親が。子を愛する母親が。未来を夢見る青年が・いや日々様々な思いを抱きながら生きる人々が、お前の身勝手な趣味で死ぬんだぞ?」

「知ったこっちゃねぇよ。『強きは正義で弱きは悪』。その絶対的な法則の結果だ」


 ドスの利いた声で善が言葉を投げかけてもその様子に変化はない。

 むしろ口から発せられる言葉の一つ一つには相手を馬鹿にするような念が含まれており、それを聞いた善はポケットから花火を取りだすと口に咥え、指先から出した炎で火を付ける。


「そうかい。なら、ここで止めねぇとな」


 花火の先から迸る炎の勢いと反比例して善の心胆は冷えていき、握る拳には力が宿る。と同時におかしな話ではあると自覚していながらも、善はルインと呼ばれていたこの男に感謝の念を抱いていた。

 必ず打倒しなければならないと考えていた怨敵が、中途半端な善性を持つ殴りにくい相手ではなかった事に安堵したのだ。


「ブハっ! マジかテメェ! 俺との実力差はわかってるだろ? せめてお仲間を連れてくるべきじゃねぇの?」


 もはや衝突は避けられない。

 そう訴えかけるような善の姿を目にしているというのにルインは敵意や殺意を微塵も湧かせず、それどころか一切戦意を抱いていない様子で腹を抱えて笑うのだが、口にする内容に関しては決して無視できるものではない。

 なぜなら善はこの男の姿を見た瞬間、ガーディア・ガルフやシュバルツ・シャークスと同じ空気を肌で感じたのだ。とすれば己が幾分か強くなっているとしても、なおも格上であることは間違いない。


 がしかしそれがどうしたというのだろうか?


 ここで目の前の男を逃がせば人が死ぬ。一人や二人どころではない大勢がだ。

 とすればいかに相手が格上だとしても、ここで戦いを挑まないという選択肢は善にはない。


「…………まぁせっかく拾った命だ。大切にしろや」


 再び善に背を向けた男は片方の掌をポケットにしまい、もう片方の手を振って善に別れを告げるのだが、腹を括った善は止まらない。

 僅かに屈み息を整え、アスファルトの地面が砕ける勢いで地面を踏み、一撃で仕留めると誓いながら前に飛びだす。


 そうして行われた跳躍は五十メートルほど先にいたルインへと瞬きすらできないほどの速さで近づき、振り上げた拳を最短最速の軌道と速度で彼は振り抜き――――


「あークソ。つまんねぇ」


 気がついた時には善の頭部はヘルス・アラモードと比べ二回りほど大きくなった掌で掴まれており、


「せっかく助けてやるって言ったんだからよぉ…………素直に逃げろや」


 あまりの早さに目を見開き驚いている善に退屈そうに語りながらルインは腕を振り抜き、善の体は燃え盛るビルの中へと消えて行ったかと思えば爆炎が昇り、


「ガタガタ震えたり仲間と一緒に戻ってこれば勝てる! なんて思ってる奴を後ろからぶち殺すのが楽しいんだからよぉ。ちっとは俺様を楽しませろや! 一番退屈な選択するんじゃねぇ!」


 乱暴に自身の頭を掻き毟り、自分勝手極まりない持論を掲げながら、最初から殺す事を決めていた善へと向け進み出す。


「…………まぁいいか。メインを食う前の前菜だ。無謀にも俺様と戦おうってならよぉ」

「っ」

「せめていい声で鳴け。そうすりゃ、暇つぶしくらいにはなるし多少は気が晴れる」


 頬の端をつり上げる凄惨な三日月を口に浮かべ、瞳孔が開ききった蒼い瞳を見開き、黒と蒼が混ざった雷で周囲を輝かせる。


 ミレニアムは沈み、デスピア・レオダは消滅した。

 残る最後の『三狂』。その力が、最悪の類の邪悪な心が、今、善と世界に向けられる。








ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です


さあついに登場しました善さんの宿敵ルイン。

オーバーやらデスピアの際も書いた気がしましたが、こういう自分勝手なキャラは書くのが楽しいです。

好き放題やれるし、展開も大きく動かせるのです。

ここに実力まで備わったとなればそりゃもう魚が跳ねまわるように楽しくって、ルインは前二人と比べてもその傾向が強いです。性格も悪いですしね。


その強さはどれほどのものか?

善はどうやって戦うのか?


最強クラスの相手とのタイマンを楽しんでいただければ幸いです


それではまた次回、ぜひご覧ください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ