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原口善VSヘルス・アラモード 三頁目


 目にしている光景を前に白髪を竹ぼうきのように逆立てた青年は息を詰まらせる。

 『天地がひっくり返った光景を見る事になる』という事だけならばなんとなくではあるが、彼とて理解できた。その位の事ならば、少々強い能力を持っていれば可能な範疇であるし、投げ飛ばされた際などに何度か体験したことがあるからだ。


「もういっちょ!」

「なぁっ!?」


 がしかしである、天地を物理的に逆さまにひっくり返し、大地ではなく真っ暗な夜空を足場として堂々とした足取りで近づかれたとなれば混乱は計り知れず、そこから更に天井と化した地面が青い練気により粉々に砕かれ、無数の瓦礫となって上空から地上へと向け落下を始めたとなれば、その衝撃は計り知れない。


「地面の重力だけひっくり返した。いやこの場合は正常に戻したってところか?」

「っ」


 理解し、整理しなければならない情報が増え、原口善が足場としている夜空に向け『落下する』瓦礫の姿に吐き気さえこみあげてくる。


「おらぁ!}

「ぐぉ!?」


 思考が追い付かず体を強張らせてしまった彼の体に拳が撃ち込まれたのはそれからすぐの事で、己が肉体が大地へと向け『持ちあがって行く』光景に、なおも抵抗があり脳が悲鳴を上げる。だがしかし、実際に一度体験してしまえばもはや受け入れざる得ない。ほんの僅かな時間ではあるが、今はそれが正常なのだと納得する。


 真っ白な髪の毛を逆立てた頭部が『頭上にある大地』に突き刺さるよりも早く腕を掲げて大地を突か紙、ことなきを得ながらも迫る原口善を視界に捕え、宙に吊り下がった状態の自身へと向け撃ち込まれる拳の嵐を、何も考えずに反射神経だけで捌き出す。


「あと十八秒!」

「!」 


 突き刺さる攻撃を完璧に躱す事はもはや諦めたヘルス・アラモードが、最小限のダメージに抑えながら堂々とそう口にする。心理的に善を追いつめ、次の一手を狭めるためだ。


「ぐ、ぐぐぐぐっ!」

(早ぇ。最初の一手でもう対応するか!)


 すると自身の体が己が意志とは真逆に動きだしたのをヘルス・アラモードはすぐに察知し、大ぶりな一撃を両腕を盾にして防ぎ、更なる一撃を受けるよりも早く、今度は失敗することなく勢いよく後退した。


「十六秒!」


 未だに彼の移す光景は変わらず、体の動きもあべこべだ。

 しかし足場となった夜空に着地する動きに迷いや躊躇はなく、たった十数秒で全てを受け入れた対応力の高さに善は舌を巻きながらも、攻撃の手を緩めない。


「おらぁ!」


 振り抜いた拳圧に押され迫る瓦礫の山と青い練気が固まってできた固まりをヘルス・アラモードは延々と躱し続け、それらに紛れ不規則な動きで周囲を動き回っては攻撃を仕掛けてくる善の姿を、目ではなく彼の体を流れる僅かな電気で追っては躱してを繰り返す。


「! 戻った!」


 迫る飛び膝蹴りを防ぐ瞬間、体の感覚が景色よりも早く戻った事に気がつき、いつも通りの素直な動きで受け止める。といっても戻ったのが直前過ぎたため、さほどしっかりと受け止める事はできず、後退する結果にはなってしまったのだが。


(天地が元に戻った!)

(畜生が。仕留め切れなかったか!)


 けれども善の猛攻をそうして耐えたヘルス・アラモードはそのまま後退を続け、天地が元に戻ったのを認識した瞬間、指先に真っ白な球体を携え、迫る原口善を指差した。


「白雷・鞭!」


 攻撃を『打ち出す』という選択肢はヘルス・アラモードの頭から消えていた。不意の能力発動で自分へと向け跳ね返るのを恐れたためだ。その代わりに使うのは指先から出したレーザーを指先から外さずしならせる攻撃だが、善はその軌道を完璧に読みきり、一度も当たる事なく接近した。


「どうしたどうした! もう能力は使ってこないのか!」

「ちぃ!」

「強い能力だもんなぁ! もう特殊粒子が残されてねぇのか!!?」


 らしくもなく声を荒げた質問に対する生体電流の反応は肯定であり、それを見て彼は浮つく。勝つことは難しいにしても、逃げるだけならば十分に可能であるように思えたからだ。


「資材を壊しちまってすいません!」


 後退しながら側にあるメリーゴーランドの馬を白雷の鞭で掴み、二個三個と投げつつ更に距離を取る。それから足元に電気を発し、寒さにも負けず美しい彩りを見せる花を燃やせば、炎に隠れて見えないように無数の小さな雷の球体を作る。


(これに引っかかりさえすりゃ勝負ありだ)


 両者の脚力の差はそこまで大きくなく、雷属性の特性により怯ませれば置き去りにできるくらいのものである。

 とくればここまでシンプルな罠でもうまく決まれば勝敗を決するには十分で、自分の後をピッタリと追い縋る善を、これで大きく引き離す事ができると彼は思った。


「ぐっ」

「よぉし!」


 そんな彼の思惑通りに善は地面に敷いた白い球体に引っかかり、彼は勝利を確信してガッツポーズをしながら一歩踏み出る。


「って、まだ出来る余裕が残ってたのか!」


 ただそのタイミングで彼の体はまた真逆の動きをして、忌々しげに感じるものの彼は素早く対応。

 このまま逃げ切れば終わり、というところで――――足が地面に沈んだ。


「え?」

「地面の『固い』と『軟らかい』の概念をひっくり返した」

「なぁっにぃ!?」


 聞こえてきた事実に対する絞り出すような返事は最後まで言いきる事ができず、ヘルス・アラモードの体が善の拳を躱しきれず宙を舞う。


(馬鹿な! もう二回も使えるほどの余力は残っちゃいなかっただろ!)


 腹部を襲う衝撃により内臓が傷つき、口から溢れた血液が真下にいる善へと向かい落下。

 背中に襲いかかる空気の圧を感じる過程で彼が目にしたのは、口に花火ではなく大型の真っ赤な宝石を噛んでいる善の姿で、そこから溢れる粒子を見て答えに至った。


「あ、あの野郎! 自分の特殊粒子をストックしてやがった!」


 そう。善は貴族衆の大富豪たちがしているように自身の特殊粒子を高価な宝石の中に閉じ込めていた。これにより通常なら一日五回か六回が限度の能力使用回数を大きく伸ばしているのだ。


「決めるぜ」

「う」


 そんな善が噛んでいた真っ赤な宝石を吐き捨てると新しい物を噛み、


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 もはや避ける事のできない結末を前に様々な感情を乗せた絶叫が絞り出される。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「っっっっっっっ!!」


 繰り出される攻撃に対応するため、本能に身をゆだね反射的に攻撃を躱していく。

 ただ何度も任意に体の反応を逆にされる中で反応は一歩二歩と遅れ、善が都度六度能力を発動したところで、ヘルス・アラモードの体は大きく強張り、善の放った踵落としが抵抗しきれなかった彼の腹部を完璧に捉えた。


「まだだ! その意識!」

「っ!」


 深緑色の街灯を突き破り地面に衝突したヘルス・アラモードの体を、一呼吸する間もなく追い付くと地面と平行に飛ぶように蹴り飛ばし、木々を両断しながらジェットコースターの発着場にぶつけ、もはやロクな抵抗ができなくなった体を更に蹴り上げ、


「刈り取る!」


 真っ赤なレーンを足場としてさまざな角度から攻撃を加えながらそう宣告。服の襟を掴むとテーマパークのシンボルである時計塔へと向け投げ飛ばして叩きつけ、決着を付けるべく空を蹴る。


「――――白雷!」


 そんな善へと向け、なおも自身のもう一つの人格を出すわけにはいかないと心優しき青年は攻撃を繰り出し、


「四式!」


 発射寸前の膨張を見ていた善はその時点で体を回転させながら目標を見据え、


「破天!」


 能力で逆走させるわけでもなく、躱したり角度を付けて弾き落とすわけでもなく、真正面から堂々と、彼の意志へと自身の意志をぶつけて行く。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「あ、あぁ……」


 半分の回転分の勢いを乗せ、鍛え抜かれた体が繰りだした善渾身の裏拳。それは真正面から万物を貫く白い雷を退け、


「俺を! 信じろ!」

「!!?」

「必ず勝ぁつ!!!!」


 そう言いきる荒々しい風貌の男を前に青年の意識と気が緩み、いくらか威力が削がれたものの、それでも最大クラスの威力を誇る裏拳が叩きこまれ彼の体は雑木林の中に沈んでいく。

 同時に時計台が午前一時を知らせるよう、近所迷惑にならないほど小さな音ではあるが金管楽器を携えた人形の音楽隊を周囲に産み出し、善は僅かに荒くなった呼吸を整えながら一瞬だけそちらに視線を向けたかと思えば宿敵が飛んで行った雑木林の方角に意識を向け、


「!」


 次の瞬間、夜の闇を斬り裂くように、蒼い雷が雑木林の中から迸り天へと昇った。







 





ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です


VSヘルス・アラモード完結。

次に来る戦いに至るための前哨戦に当たる部分なのでできるだけ圧縮して進めたいと思っていたのですが皆さんどうでしょうか?

色々と戦場を変化させながらもそこまで中だるみすることなく書けたと思っているのですが、満足していただけたのなら幸いです。


さて次回からはこの物語におけるメインバトル。

最後の『三狂』の登場です


それではまた次回、ぜひご覧ください!


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