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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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復讐の闘士 二頁目


 目を閉じれば今でも思い出す、彼の人生における最悪の一日。

 映る全ての光景が真っ赤に燃え、熱によって肺が焦げ付き息をすることさえ困難な状況。

 それでも彼は無事なものはいないのかと辺りを見回しながら歩いて行くと、様々な物がその両眼に映る。


 天を貫くかのよう伸びた都市の象徴が崩れ落ちている。


 人々が憩いの場として過ごしていた公園が燃えている。


 空に浮かんでいた飛行船が墜落し、無残な姿を晒している。


「ああ…………」


 胸を鉄の棒で貫かれ、父が死んでいた。


 下半身が焼かれ力なく横たわり、母が死んでいた。


 崩れた自宅に押しつぶされ、全身の至る所が抉られ、弟が死んだ。


 遊んでいた友達が、隣の新婚夫婦が、いつも近寄ってきていたペットの犬が、皆燃えている。


「――――」


 恐怖で胸が締め付けられ反射的に声が上がるが、喉が焼け言葉が出ない。

 その痛みで正気に戻った少年が見たのは、瓦礫の山の上に立つ白髪のほうき頭の自分と近い年齢の少年が、全身を真っ赤に染め、天を仰ぐその姿。


「俺はお前を………………」


 それが意識を失う前に見た最後の光景。

 それから十年以上が経った今、その地獄から唯一生還した男はその男を殺すために強くなり、彼と対峙し長年の宿願を果たそうとしていた。


「ここまでよ善。これ以上、この場所で暴れる事は私が許さない」


 だというのに、邪魔が入る。

 未だ踏破することができない分厚い壁が、自分の前に立ちはだかった。

 彼は、それが憎くて憎くて仕方がなかった。




 突如現れた存在を目にして善の動きが止まる。

 世界最強の座を背負って動く彼女が放つ、善やヘルス・アラモードのような強者すら一歩劣って見えるほど圧倒的な空気は、それまで両者の間に満ちていた熱気を霧散させ、戦いが始まる前の状況まで巻き戻した。


「なんのつもりだ姉貴」


 無論、そんな状況がそう長く続くはずがない。

 間に立つアイビス・フォーカスを迂回し、ヘルス・アラモードに接近する善。

 未だ事態を呑みこめていない彼は彼女を無視して宿敵へと飛びかかるのだが、その行く手を彼女の背から伸びた羽が防いだ。


「そう、問題はあんたのそういうところなのよ善」


 構わず全力で彼女の羽に殴りかかる善であるが、彼女の羽がゼリー状の物体に変化すると、山すら砕けるほどの衝撃を全て飲み込んだ。


「これは!」

「衝撃吸収防壁、その名も『お餅ちゃん』。あんたの拳みたいな、『固さ』じゃどうしようもない攻撃専用の物よ。しかもその名の通り相手の体に粘りついて動きを止める……」

「ふん!」

「……粘度についてはもっと改良が必要ね」


 容易に引き抜かれた腕を見て、ため息を吐くアイビス・フォーカス。

 これを好機と見たヘルス・アラモードは両者よりも一早く動きこの場から離れよう画策し、


「待てやコラァ!」

「うえぇぇ、その超人を前にしてまだ追ってくるのか!?」

「そう言う事。そこまでよ善」


 それを追うために再び動きだそうとする善の前に今度は彼女自身が立ちふさがった。


「さっきの答えを聞いてなかったな。もう一度聞く、なんのつもりだ姉貴」

「ここは世界の中心、侵されてはいけない神聖なる領域ラスタリアよ。元部下といえど、それは看過できない」


 ヘルス・アラモードに向けたものと同質の気を放ち、同じ目線に立つ彼女に自らの怒りを訴えかける善。

 しかし彼女はそんなものはさして問題ないという様子で、話すべき事だけを淡々と告げていく。


「目の前にいるのは俺の宿敵以前に世界全ての敵だ。そんな野郎をむざむざ逃がすっていうのかよ!」


 激情を隠すことなく吐きだし問い詰める善。

 そんな彼に対し、彼女は淡々と事実だけを告げていく。


「ええそうよ。貴方とヘルス・アラモードという化け物がここで戦うような事は許さないわ」

「あぁ!?」


 耳を疑うような内容であった。

 神教絶対の守護者の一角が、目の前にいる世界の脅威を見逃すなど、誰が想像するというのだろうか。


「正気か姉貴。いや神教最高戦力。お前は目の前に現れた脅威を見逃すというのか?」

「もちろん。それが神教のためだもの」


 一切間を置かず問いを投げかける善に対し、同じく迷いなく告げるアイビス。


「あたしは犯罪者を捕まえたり殺したくて今の座にいるんじゃないの。あたしがしたいことは、この神教を守るという事。

 ねぇ善、それが最優先であると考えた場合、あたしの判断は間違っているかしら?」

「…………」


 反論はさせないという意思を込めた目を前にして、善は即座に答えを返せない。

 つまり彼女が考えているのは、この場所で戦うという事に関するリスクについてなのだ。

 もし善とヘルス・アラモードが全力で戦えば、恐らく神教、いや世界の中心であるラスタリアの被害は計り知れない物となる。

 彼女は単純に、それが何よりも許せないのだ。


「そういう事よ。相手は『三凶』ヘルス・アラモード、まあ普通ならすぐに戦争よ。でもその戦いによって人がいるこの場所が破壊されるというのなら、あたしはそれを決して許しはしないわ」


 答えを返せない善の視線の先で、白い雷を纏ったヘルス・アラモードがこの場を離れる。

 その事実に舌打ちし憤慨する善を見ながら、アイビス・フォーカスは自身が課した絶対の法を彼に告げる。


「神の居城周辺の道路数キロの破壊に、建造物約百棟の破壊・半壊。

 住人についても重傷者死者は奇跡的にいなかったけど、軽傷の者は複数人。

 人知を超えた暴力が目の前を通ったと考えれば、心の方の疲労はかなりのものね。あんただってヘルス・アラモードを仕留めるためにそれ以上の被害を出してちゃ意味ないでしょ?」

「……わかった、俺が悪かった。もうラスタリアでは戦わねぇ」


 それはほんの数十秒の戦いにおける被害の全容。

 怨敵の姿が消えたことで冷静になり、辺りに振りかかった被害をアイビス・フォーカスに突きつけられると、さしもの善も彼女の言う事を正確に認識することができた。


「あんたが何のために強くなったか、神教を抜けてギルドになったか、どっちもわかってるわ。だからこそ、やっていいこと悪いことの区別はつけなさいな」


 それからトドメとばかりに彼女がそう告げると、善はついに拳を下ろした。


「………………ああ」


 自身の脳の一部を占領している忌まわしき記憶。

 なんの力もなかった少年が味わった、絶望の記憶。


「そうだな」


 それと全く同じものを作りだす程、彼は愚かではなかった。


 そうして死闘の幕は降りきることなく、戦いは世界最強の一角の介入により終わりを告げた。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


本日は区切りがいいのでここで終了。

ちょいと短いのですがお許しください。


これにて今回の者が足りにおける序盤は終了。これより中盤戦に突入です。


久々に時間内にしっかり投稿できたので、ほっとしました。


明日も普段通りの時間で投稿するので、よろしくお願いします。


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