ヘルス・アラモードの告白 一頁目
原口善の言葉を聞いた瞬間、ヘルス・アラモードの態度が明らかにそれまでと変わった。
全身の産毛を逆立てながら勢いよく体を持ちあげ、真っ赤なルビーのような瞳を大きく見開き、それほどの驚きを示しているのにも関わらず感情を失ったような真顔で机の上に置かれた紙束をジロリと見つめ、魚が餌に食いつくように勢いよく手を伸ばした。
「………………………………………………はぁ~~~~~~」
どれほどの時間が過ぎたのだろうか。
善とヘルス・アラモードしかいない店内には音楽すら流れておらず、一人の優男が不規則にページをめくる音だけは店内を支配する。
それが最後のページまで続き顔を上げたところで、ヘルス・アラモードは自身の額を両の掌の甲で支え息を吐く。
長い長い、本当に長い年月溜めこんでいたもの全てを吐き出すように。
「俺が神の座になれば、お前がなすりつけられた罪を取り消せる。『三狂』なんて不名誉な座からだって引きずり下ろすことだってできる…………まあ、冤罪はあれど実際に事件を起こしたケースも多々あるみたいだからな。牢屋にぶち込まれるのは覚悟してもらわなけりゃならないがな」
けれども、少なくとも監獄島行きは免れる、そう伝える善を前に男は天を仰ぎ、瞼を閉じては開いてという単純な動作を繰り返す。
「ただな、やっぱわからねぇところはある」
「?」
「正確に裁くには、情報が足りてねぇってことだ。だからあんたに協力してほしい」
「俺が実際に起こした事件はどれか、その判断をして欲しいってことか」
裏で神の座イグドラシルが手を引いていたとしても、全てが全て彼女の手によるものではない、そうシロバが付箋に貼って善に伝えていた。
それは善とて同意できることであり、
「それだけじゃねぇ。全部だ」
「全部?」
「おめぇがこれまでに辿ってきた足取り。生まれてきてからこれまでの人生を俺に教えろ。そうすりゃ、おのずと見えてくるものがあんだろ」
ただ復讐者という面をなおも捨てきっていない善は己が我欲もそこに乗せ、彼をまっすぐと見据えた。
「……あんたが」
「あん?」
「あんたが俺に襲いかからない理由はなんなんだ? 以前会った時は、それこそ「刺し違えても俺を殺す」っていう空気を纏ってた気がするんだが」
そんな男の姿を、ヘルス・アラモードもまっすぐに見据える。
普段の平身低頭な態度を打ち消し、善の心の奥底を見据えるように真っ赤な瞳で彼を射貫き、お茶らけたような声でも、怯えた声でもない、真剣な声で彼に話しかける。
これは隠す事ができないな
その姿を見れば自分が試されていると理解するのは容易く、同時に彼は、逃げ続けていたヘルス・アラモードという男も、一角の猛者であると再認識させられた。
「ちょっと前にな、心変わりする事があったんだよ」
「心変わりすること?」
目の前に置いてある冷めてしまったコーヒーを僅かに口に含み、喉を通す。
それからため息を吐くと彼は背中を座っている安物のソファーに預け、そう口火を切った。
「あぁ。俺の戦友だった男のよ、墓参りに先日行ったんだ。で、その時はそいつの息子も連れて行ったんだ。始めてな」
「…………そうか」
彼が口にする戦友が誰であり、その息子が誰であるかもヘルス・アラモードは知っていた。
なので必要ない事を確認する事は止め短く合いの手を入れるわけだが、それに対して返されたのは嘲笑だ。
「そしたらさ、そいつその場で泣きだしてな。それを見てさ、なんつーか、そう…………すごく申し訳ねぇんだけどよ、憐れんじまったんだよ」
「憐れんだ?」
「あぁ。かわいそうだ、なんて思っちまった。「なにをしても親は帰ってこない。勝っても負けても、その結果に違いはない」その上で復讐なんてしたこいつを、俺はかわいそうだと思って憐れんだ。馬鹿な奴だと見下した…………そこでさ、ハッと気づかされたんだよな。俺も今、同じ道を辿ってる最中だってさ!」
その嘲笑が向けられた先は、件の少年でなければヘルス・アラモードでもない。他ならぬ自分自身に対してだ。
「そしたらよぉ、そしたらよぉ、なんか変なもんでも食ったみたいに視点やら脳が変わったんだよ。それまでずっとお前の事が許せなくてよぉ、絶対に殺してやる…………なんて思ってた自分に…………俺は怯えたんだ。その結果が、目の前にいる少年と同じなんじゃないかと思っちまったんだ!!」
これまで原口善は「ヘルス・アラモードは絶対に許さない」と断じていた。
それこそアイビス・フォーカスやゲゼル・グレアがどれだけ口を挟もうと、言葉は聞こえているものの脳には届いていない様子で、まっすぐに抱いた感情に従って生きてきた。
そんな彼が、友が残したただ一人の息子を前にして冷静さを手に入れた。これまで絶対にしてこなかった「己を見つめ直す」という事ができるようになったのだ。
「俺は……………………それが嫌だった。いや恐ろしかった。何も知らずおめぇを殺そうとした結果、全てを失って涙を流しそうになりそうな自分が、嫌になったんだ」
そうして至った結論を、原口善は口にする。
蒼野達大切な部下。肩を並べて戦うレオンやシロバなどの戦友。自分を正しい道に導こうとしていたゲゼルやアイビスの前でさえ聞かせた事のない弱弱しい声で、
「だからよぉ、教えてくれヘルス・アラモード。俺が正しい道を歩くために…………協力してくれ。きっとそれが…………俺だけでなくお前にとっても意味があることなはずなんだ!」
宿敵であるはずの青年に、訴えかけるというよりは縋るようにそう告げる。
「…………」
それからどれほどの時が経ったのかはわからない。
「……………………」
一分なのか二分なのか、十分なのか一時間なのか。どれほど時間が経ったのか二人は確認しない。
「………………………………」
ヘルス・アラモードが資料を熟読していた時のように、店内には音楽がかかっておらず、今回の場合は紙をめくる音さえ聞こえない。
「…………………………………………」
音一つ、光さえ通さない深海の底にいるかのような時間を両者は過ごし、
「悪いのは…………俺なんだ。それを自覚したうえで、それでも弁解させてくれ」
「なにをだ?」
その果てにヘルス・アラモードは語りだす。
己が少年時代の出来事、忌み嫌っていた故郷の事を。
「俺が追われる事になった事件。あれを起こしたのは俺であって俺じゃない。俺の中に眠る「ルイン」っていう別人格だ」
誰にも明かさず、生涯胸に秘めておこうと決心していた秘密を。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
タイトルに反し善さんの告白回。まぁ最後の最後にヘルス・アラモードも口を開いたので、タイトルに偽りなしと思っていただければ。
しかし何と言うか、善さんにここまで言わせるまでの道のりはえらく遠かった気がします。
めちゃくちゃ重要な話なのでもちろんこの小説を書き始めると決めた時点で「いつか絶対にやる」と決めていたのですが、三年かかってしまうとは。
次回はヘルス・アラモードの告白 二頁目
彼が隠し続けた秘密を開示しましょう
それではまた次回、ぜひご覧ください!




