原口善の物語 一頁目
子供の頃、俺はデカい都市に住んでた。
都市の名はヒロキ。神教において『第三の都市』なんて言われるくらいの大規模な都市で、交通インフラの整備やデカい工業地帯。天を突く摩天楼やサラリーマンが家族と一緒に住めるベットタウンに観光地・レジャー施設など、とにかく何でもある事がウリの住宅地に住んでた。
母さんは専業主婦で、父さんはギルドの一員だった。専門としてるのは火災全般に関してで、一軒家やビル、それに山火事だろうがなんでも対応できる優秀な消防士だった。
その二人に加えて弟が一人いて、今にして思えばこいつは俺より幼いくせにめちゃくちゃ真面目な奴で、幼さ特有の言った事はなんでも信じて、何にでも染まるような危なげな奴だったように思える。
そんな家族と過ごす日々はいいものだったと、振り返って見て俺は思う。
朝起きて「おはよう」と挨拶をすれば母さんの返事があり、朝食にありついて用意を済ませると学校に行く。
学校では気の合う友達と色々な話をして、返ったらクソマジメな小学校入りたての弟にグラビアアイドルの写真集なんかを見せて、顔が赤くなるのを見て腹いっぱいに笑う。
父さんが帰って来たらその日命を救った人の話を聞いて、強くなるために修行を付けてもらう。
夜になったら母さんが飯を並べてくれて、家族余人で飯を食う。
毎日が特別な一日、なんてことはなかったが幸せだった。
俺はそれがこれからもずっと続いて、夏休みになりゃ海水浴、冬休みになれば雪合戦、春休みになれば花見、なんて色々なイベントをこなしながら、時折やって来る同じ都市内にいるばあちゃんから貰った結構な額の小遣いで、好きなもんを時折買えるような日々が続くと信じてた。
それが突然終わったのが今からおよそ十五年前、深夜の出来事だ。
凄まじい地響きと物音で目が覚めた俺は、その時点では何が起こったのかはっきりと理解できなかった。
ただ気になってカーテンを開けてみれば、遠くの方で黒煙が昇っていて、町の方がやけに赤い気もした。けどその時の俺は、それが自分たちのいる場所とはまだまだ遠い場所で起きている事件だと思って、いやそもそも、これがまさか『人災』だとは思っておらず、もう一度眠って、次に目を覚ましたら、当たり前のような日々が待っているもんだと思っていたんだ。
だから俺は眠りについた。
愚かで浅はかなことに、眠りについたんだ。
「ポケットの中にはお札が一枚と小銭がちょびっと! 日雇いバイトの予定もなし!
……………………辛いな~辛いな~。久方ぶりの貧乏は辛いなぁ~」
その男は一人、仕事終わりのサラリーマンや客引きでにぎわう繁華街を歩いていた。
真っ白な髪の毛を竹ぼうきのように逆立てるという特徴的な髪形をした二十代の優男は、真っ黒なチノパンに赤い長袖シャツ、その上に寒さをしのぐためにシルバーのダウンジャケットを羽織っており、掌の中で残りわずかな私財を確認し涙を流していた。
「思い返してみれば、ここ二年くらいは本当にいい暮らしができてたなぁ。旦那たちに匿われて、追われる心配はなく三食食べれる生活ができてた。仕事にしたって汚れ仕事はさせなかったし。ほんと、夢のような生活だったなぁ~」
「痛ぇな!」
過ぎ去った時を思い返し、その素晴らしさをぼやきながら男は空を仰ぐ。
まだ寒さが残る三月の空は、五時半を過ぎた頃でも既に薄暗く、明かりに満たされた繁華街のど真ん中で真っ暗な空を眺めると、それだけで男の心は殊更憂鬱なものになった。
ただそうして沈んでいたためか彼は周囲に視線を配る事ができず、真正面からやってきた若い女性を左右に侍らせた、高級ブランドのスーツに身を包んだ恰幅のいい中年男性に気づくことができず、肩をぶつけてしまう。
「うぉぅ!?」
「おいおいお前さん! どこに目ぇつけてんだ! 貧乏人なら貧乏人らしく、俺みたいな成功者に道を開けやがれ!」
衝突の衝撃に押し負け転がった青年に対し、男が凄む。
受け身一つ取れず土の地面に倒れた彼の姿は滑稽で、権力者であろう男が威張り散らす様に隣に居た女は笑い、周囲にいた人々は関わり合いを持つのを嫌がり離れていく。
「おい! 何とか言ったらどうなんだ! あぁ!!」
数秒、崩れ落ちた男は反応を示さない。
その姿に苛立ちを感じた彼は立ち上がらない男の胸倉を掴みその体を持ちあげると、顔を勢いよく近づけ、鼻息荒く言葉を吐き出し続ける。
それは十秒二十秒と続き、一息つくとサングラス越しの男の瞳が崩れ落ちていた優男の瞳と真正面からぶつかるのだが、その時、彼は自身の肩を大きく上下させた。
真っ赤なルビーを想像させる瞳は間違いなく美しいのだが、奇妙な魅力がある。
それは底が見えない深い穴倉に誘う魔の者の腕のようで、凄んでいた男は危機感から反射的に手を離し、一歩後ずさった。
その姿を不思議に思った若い二人の女性が不思議そうに顔を合わせ首を傾げる中、突然手を離されたことで今度は尻もちをつき、痛そうにお尻を撫でる青年が、誰かに促されたり手を引っ張られることなく重い足取りで立ち上がり、
「いや本当にすいません! ちょっと歩きながら考えごとをしていまして!! あ、お怪我はありませんか! 服に汚れは? ご一緒の方に粗相をしてなどいないでしょうか!?」
「あ、あぁ。まあな…………」
「それは良かったです! はい! 本当によかった!!」
不自然なほどのハイテンションで自分の頭を掻き毟りながらそう言ったかと思えば、媚びへつらうような笑みを浮かべながら唖然とする男の体や女性の体を叩き始め、男が何とも言えない返事をすると、何度も何度も頭を上げ下げした。
まるで、そういう機能だけを持った人形のように。
「……次は気を付けろよ」
その姿を目にして、恰幅のいい男は不満はあれどそれ以上追及することなく、捨て台詞を言ったあとに周りの人にも聞こえるような大きな舌打ちをすると、ズカズカと歩いてその場から去った。
「ふぃ~~。助かった~~。今夜の飯代まで取られたら、マジで困ったからな!」
そう言いながら額に浮かんだ汗を拭い去った男、否、現代においてミレニアムやデスピア・レオダに並ぶ『三狂』の一角に数えられている青年ヘルス・アラモードは再び歩き出し、
「明日には日雇いのバイトが見つかればいいなぁ。いやこの際、身分証明書がいらないギルドの依頼やら受けてみようかなぁ。でもあれって結構危険なのよなぁ」
今夜の寝床を探すため、最寄りの駅や公園を探し始めるのであった。
これはおよそ二年前、ガーディア・ガルフに拾われる前までの彼の普段通りの生活であり、この日も滞りなくそれは行われるはずであった。
「見つけたぜ」
「へ?」
しかしその予定はいとも容易く崩れ去る。
彼が歩いているアスファルトの道の先から、一人の男が現れる。
彼は自身を象徴するようにツンツンに尖らせた髪の毛をワックスで全く動かなくするように固め、年齢不相応な黒の学生服を素肌の上から羽織り、下に履いているボロボロのジーパンに両手を突っ込みながら、待ち望んだ再会を果たす。
「あ、あんたは!?」
「そういや自己紹介をしっかりしたことはなかったか? 原口善だ。俺のこと、覚えてるよなヘルス・アラモード?」
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
さてついに来ました原口善最大の物語。ヘルス・アラモードへの復讐編。
一章の途中で語られてからこれまで、わりかし宙ぶらりん、というより放置気味の話でしたが、ここまで来てやっと書き記していけます。
なぜこうなったのかというと、一つはやはり善さんがここまで忙しかったから。復讐に意識を向けられる程のギルドでの活動は楽ではなかったんですね
こっちが本人の理由で、作品上の都合としては『書く際は一気に書き上げる必要があるため』というもの。
ヘルス・アラモードを見つけた場合、基本的に原口善という人物はその場の状況をかなぐり捨てて、捨て身で走りだすという設定があるため、言ってしまえば『次会った時が最終決戦な』という縛りがあるのです。
しかし諸々の過程を経て、そこに辿り着くまでの強固な鎖は全て砕かれました。
いざ! 様々な衝撃待ち受ける波乱万丈な彼の物語へ!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




