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形勢一変 二頁目


「さてと」


 数多の強者を退けた聖女が、光属性を固めた塊を虚空に作りだす。

 それは徐々に形を変えていくと椅子の形になり、淡い光を放つそれに彼女は腰かけ、億劫な様子で頭を上げ、移しだされる映像を見守る他の面々と同様にそれを見つめる。それこそ映画を見るように。


 この先の展開を知る数少ない者として、覚悟を決め、腹を括るように




「た、頼む! 許してくれ! 許してくれぇぇぇぇ!」


 その場所で行われていたのは『蹂躙』であった。

 産みの親を守るために動く元々は瓦礫や街灯、それに道路であったものは、鈍色の刃が放つ衝撃波一つで大半が砕け、たとえそれに耐えきれたとしても、男が背後から出していた『練気から作られた阿修羅』の斬撃には微塵も耐えきれず砕け散った。

 『戦い』という言葉では表しきれない、圧倒的な強者が弱者を虐げる一方的な展開。それが二分三分と続くと逃げていたオリバーは腰が抜け、尻もちをついた状態から動けずにいた。


「OOOOOOOOO!」


 そんな海の親の姿を見て、二十階は優に超える高層ビルから生まれた人型の巨人が、その腕を伸ばし、シュバルツ・シャークスの頭上に濃い影を作る。


「うっとおしいぞ!」


 80メートルを超えるそれは単純に腕を振り下ろすだけでも、自身を形成している超重量から驚異的な威力の一撃となるのだが、町を、年を、国を。果ては惑星を一度の足踏みで崩壊させた男が放つ斬撃には耐えきれず、逆袈裟の形で真っ二つに斬られたかと思えば、瓦礫の雨となり二人の元に降り注ぐ。


「数だけで退けられる程、甘い存在になった覚えはないのだがね」

「ひ、ひぃぃ。ひぃぃぃぃぃぃ!!」

「まあいい。付近の邪魔者は片付けておこう」

 

 こともなげにそう言いきり、彼は大空へと勢いよく跳躍。

 静止したのは地上百メートルほどの位置であり、その場所からならば摩天楼を形成する数多の高層ビルが目に入り、その中から自身へと向け、緩慢ではあるものの迫りくる十五を超える物体を確認。

 照準を定めると剣すら振り抜かず、自身が産み出せる青い練気で高層ビルの巨人を両断できる規模の大剣を、一体につき一つ軽々と生成。


「剣を振るまでもない」


 そう一言だけ告げ掌を軽く動かすと、半透明の青い大剣は射出され、ビルの巨人に易々と突き刺さり、数多の巨人は原形を失い、瓦礫の山へと変貌した。


「はぁ! はぁ! お、俺の全てがぁぁぁぁ~~~~!!」

「諦めろ各勢力が全力を尽くさなかった時点で、お前の未来は決まっていた……同情はするがね」


 エトレア家は彼の代に至るまでさして有力な家系ではなかった。

 貴族衆と名乗るだけの財力は備えていたのだが、上位どころか中位にも入る事のない下位グループの家系だった。

 それが今のような繁栄を成したのは、様々な悪事に手を染めた部分はあれどオリバー・E・エトレアの努力の賜物であり、子孫のいない彼にしてみれば、この孤島こそが自身が生きた証であり、息子と呼ぶにふさわしいものであった。


「はぁぁぁぁぁぁぁ……………………」


 その全てが無情にも蹂躙される。

 それはまさに自身の肉体が切り刻まれるような感覚として彼を襲い、ビルが、道路が、木々が街灯が、いやこの場所を形成する全てが崩れ、燃え、原形を失っていく光景を、サングラスの奥の瞳は涙を浮かべながら眺め続けた。そしてそれが数分続いた頃には残っていた力が抜け、膀胱が緩み黄色い液体が地面を染めた。


「こんなものかな…………さて」


 そんな状態の彼の元に剣の帝は近づき、あらゆる建物を崩し、多くの敵対者を退けた自身の相棒の切っ先を鼻先に向け、


「仕事をするとしよう」


 極めて業務的な声色でそう告げた。




 先に告げておくと、このタイミングでアイリーン・プリンセスが彼らに公開し、これから流される映像は、自身に敗北した猛者達だけに宛てられたものではない。

 インディーズ・リオの一環として、全世界へと向け同時中継したものだ。


『…………十怪や裏社会との密接な繋がりから生じた武器製造』

「おいルイ。始まったようだよ。オリバーの奴は……ダメだったみたいだねぇ」

「発破をかければ逆転の目もあるかと思ったが、流石に相手が悪かったか」


 現場にいる彼らはそれこそ真剣な面持ちで、淀み一つなく語るシュバルツ・シャークスの姿を見る事になるわけだが、実際の流れではそこに辿り着くまでにポップ調な番組テロップや今回の活動に関する説明が先取りの映像で行われており、語られる内容に関して知りたいと思い映像を見ていたルイは、一緒に居たダイダス・D・ロータスの言葉を聞き、短くだがため息を吐いた。


「各地の戦争の援助に破壊工作。人体実験に薬物売買!」

「わ、悪かったって。だから、な? もうその辺にしてくれ? か、金。金なら出すからさ」

 

 シュバルツ・シャークスの声に熱が籠り、その罪状を叩きつけるように、はっきりと言いきる。

 対するオリバーの表情は非常に情けない。

 もはや何をしても無駄だという事が分かっていない様子で、弱弱しい笑みを浮かべ媚びへつらい、意味のない交渉を続ける。

 それは世界中でこの光景を見ている視聴者の怒りを煽り、この放送を止めたくても止める事のできなかった貴族衆や、他の四大勢力の有力者が頭を痛める原因となった。


「恐喝! 横領! 殺人! 貴様がしでかした罪状は百や千では収まるまい!」

「っっっっ!!」


 纏う練気だけでひっくり返っていたアスファルトや木々が宙に浮かび、周囲の温度が著しく上昇していく。それに加え生じる地響きを己が身で体感すれば、流石のオリバーもそれ以上言葉を吐き出すことはできないようで、口をワナワナと震わせ、体を小刻みに揺らしながら、自身の罪を告げる宣告者を見上げる他なかった。


「ここまでの醜態を晒したとなれば、オリバー殿はやはり追放かな?」

「あーどうなんだろうな。あ、紅茶のお代わり頼んでいいっすか?」

「父さんが決める事になるんだろうけど、まあそうなるんじゃないかな」


 貴族衆の未来を担う少年たちも好き勝手に、どこか他人事のように、誰も正確な場所を知らない花園でそのような話を行い、


「シャロウズ、ルイ殿に連絡を」

「はっ!」

「なにか助けになる事ができればよいのじゃが」


 賢教では教皇アヴァ・ゴーントが貴族衆に対する援助に関して話を進めており、


「にしても大した情報は得られなかったな。俺くらいは行った方がよかったんじゃねぇか? マクドウェルの野郎と比べて根競べは得意だぜ」

「あらそう。これは失敗したかしらね」


 ラスタリアではどこ吹く風という様子のアイビスが、共に映像を見ている『十怪』の鉄閃に対しそう告げた。


『以上の罪により!』


 長々とした罪状の陳列の終わりを告げるようにシュバルツ・シャークスは声を張り上げ、


『私はこれより、この男を処刑する!』

「は?」

「……いま、シュバルツ・シャークスは何と?」

「処刑!? あんたらインディーズ・リオが!?」

「ええ。そうよ」


 続く言葉を聞き、目の前で腰が抜けていたオリバーや画面の向こう側で状況を見守っていた四大勢力の有力者。いや大半の人間が声を上げた。


「え? 正気?」


 思わぬ発言を聞きついていた頬杖を崩したアイビス・フォーカスだったが、多くの有力者が彼女と同じ心境だった。

 彼らはみな理解しているのだ。インディーズ・リオがこの星の主権を本気で奪い取るつもりならば、人殺しはしてはいけないのだと。


 当初から目標として掲げ、政権の破壊を象徴するために神の座イグドラシルの殺害は必須であったが、殺人に対する印象は、如何にそれが日常茶飯事、気がつけば隣で起きているとされる惑星ウルアーデでも歓迎されるものではない。


 それを強いからといって好き勝手に行えば、彼らを支持している人々から、厳しい批判の目を送られることになるのだ。

 彼らがこの世界の明日を担うというのなら、有力者たちの票が集まらない以上、それに頼らない一般市民からの票集めは必須であり、であればそのような事態は避けるべきなのである。


 しかしその触れてはならない領域にシュバルツ・シャークスは堂々と踏み入り、そのあたりの事情を察しているゆえに殺される事はないだろうと腹を括っていたオリバーも、瞬く間に顔を蒼白にして、腰が抜けた状態でも芋虫のように這い、必死の抵抗を続け、


「……両足が邪魔だな」


 無情にも、万物を砕き、斬り裂く、鉛色の人斬り包丁が、主の腕の動きに合わせ、浅黒く丸々と超えた両足を奪い取った。







ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です。


此度の物語の最重要地点へ突入。果たしてシュバルツ・シャークスの意図は

そしてその結末は。


それではまた次回、ぜひご覧ください

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