衣を脱ぐ聖女
「ほう」
完璧なタイミングであった。
振り下ろされた足はレオンの腹部を捉え、死にはしないものの戦闘不能にするに値する威力を持っていたのだが、これを回避するだけの時間をシュバルツ・シャークスは与えなかった。
これが躱された、否、阻止された最大の要因は形を残していたビル群や瓦礫の山に一切触れず飛来した一発の銃弾で、それを排するために一手使った時間が、そのままレオンが安全地帯へと逃げ延びる事ができる時間となった。
「シロバ・F・ファイザバードにレオン・マクドウェル。キングスリングに古賀康太か。アイリーンからの情報通りならば、分身らしき気配は四人…………これで揃ったな」
まんまと釣られてしまった
そのきっかけとなったレオンと実際に動いた康太が同じ思いを抱くが、後悔はない。
ここで一方を失えば、足止めは極めて難しいものになると理解しているからである。
「さて」
レオンの姿は見えるがキングスリングと康太の姿まではシュバルツ・シャークスのいる位置からでは確認できない。
これは戦力で劣る彼らにとって大きなアドバンテージであり、これを死守する事こそ、自分たちが課せられた『足止め』という役割を果たすための最重要項目であるとみな理解しているのだが、レオンの前に立っているシュバルツ・シャークスは数秒微動だにせず身動きを止めたかと思えば、体を三十度ほど右に傾け、右足を前に出し、
「その辺りか」
静かに、しかしレオンの耳にははっきりと聞こえる声でそう言いきり、余分な力が一切入っていない美しい動作で人斬り包丁の形をした神器を振り抜く。
「マジかよ!?」
その先に居たのは、姿形を隠し練気までしっかりと隠していた康太で、エヴァ・フォーネスが使うような高度な探知術でも使わない限りは見つかる事はないと踏んでいた彼は、予想外の事態に思考が追い付かないのだが、自慢の危険察知が反応した事で体が反射的に動き、自分に届くまでにある数多の建物や道路を豆腐のように両断した飛ぶ斬撃を、紙一重で躱す事ができた。
「どういう理屈で見つけたんだよおい!」
「そうだな。分かりやすく言うのならば、どこが狙撃手にとって一番良い場所か、という観点から調べたといったところかな」
しかし危機はなおも去らない。
突如襲いかかった一撃を躱しながら悪態を吐いていると、聞いたことのない声色の、しかし聞き覚えのある声が耳に届く。
「っ!」
「優秀であれば優秀であるほど、潜む場所も良いところを選ぶ。居場所を知られぬように狙撃の後に移動するにしても、移動先の場所も良い隠れ家となるはずだ。それらの事を事前に理解した上で動くとなれば、おのずと場所は絞られる」
視線をそちらへと向けるよりも早く、康太は前もって足元に敷いておいた四属性を混ぜた強固な盾を自身の前に展開し守りを固めるが、『天弓兵装』から出す武器や防具の硬度は神器ほどではない。
となればそれらを粉々に砕ける男の攻撃に耐えきれるはずもなく、一枚につき一度、攻撃を防ぐために立ちはだかれば、それだけで粉々になってしまった。
「間に合ったか!」
「うす!」
しかし少々の時間を稼げばレオンが二人の間に割り込むのは十分で、遠くから水を操っているキングスリングも、小さな町ならば一撫でで呑みこめる規模の津波を操り援護を行う。
「残念だが」
「っ!」
「なっ!?」
「その程度では私を崩せない」
レオンの燃えるような気合いを乗せた両手の神器から繰り出される斬撃が、康太の鋭い殺意を纏った弾丸が、全て弾かれる。
斬撃は千を超える数を刻む前に初手で強い衝撃を与え二撃目を撃ちださせないという策を取り、銃弾は柄の先端で側面から叩き、明後日の方角へと飛ばす。
眼前で一切の躊躇なく瞬時に行われた鮮やかな処理に、二人は唖然としながらも思わず賞賛の念を浮かべてしまうが、反撃が撃ち込まれるより早く、津波が二人を晒い無理矢理距離を離す。
「だ、大丈夫かな二人とも?」
「うっす。レオンさんは」
「大丈夫だ。心配をかけたね。キングスリング殿もありがとう。助かったよ」
「め、めめめ滅相もありません!」
そのような手に出れば飛ぶ斬撃などを使い追撃に来てもおかしくはないとレオンは考えていたのだが、彼の思惑は外れ追撃はない。
(気まぐれか? それとも何か追撃できない理由があったのか?)
答えははわからない。
ただ海中であろうと酸素を自分で作りだせる二人は、首から下を隠す津波から抜け出すと、喉に残った水を咳ばらいを何度かして吐き出し最初と同じコンディションに立ち直ると、張り付いた服や額にかかる髪の毛の感触に不快感を抱きながら、水の上に立ち、同じように水上に舞い降りたシュバルツ・シャークスを睨みつける。
「どう思う」
「別人って感じッスね。これまで見てきた姿が赤子にさえ思えるほどッス」
数秒程続けても状況は全く動かず、目前の巨躯の一挙一動に気にしながら、彼らは会話する。その内容は此度の戦いに挑むシュバルツ・シャークスについてであり、康太の示した例にレオンは無言で頷いた。
それほどまで、今の彼はこれまでと違う様子で、今の彼はその場にいるだけであらゆる相手を圧倒するような空気を纏っていた。
「シュバルツ・シャークスほどきつい事はない、と思いたいんッスけど。他が気になりますね」
「そうだな。だが信じるしかない」
ビル内部に残された面々の身を案じる康太の発言にレオンがはっきりとした声で返す。
それを聞けば康太の意識は正面にいるシュバルツ・シャークスに戻されるのだが、実のところ、康太以上にレオンが残る二ヶ所の戦いに関して気にしていた。
一切の根拠がない理由ではある。しかし彼は確信していた。
これまでの戦いで、毎度立ちふさがっていた彼らは、今日まで何らかの理由で手を抜いており、しかし今回の戦いで、その緩めた手を締めに来たのだ。であれば
「無事でいろよ!」
他二人もかつてない力を発揮し、仲間達が窮地に陥る考えるのは、別段おかしなことではなかった。
「は、早い!」
「それに重っ!」
レオンが口にした願いは、残念ながら届くことはなかった。
彼が先程まで他の者と同じく息抜きで過ごしていたパーティールーム。そこは縦横無尽に駆けるアイリーン・プリンセスにより、ものの数十秒で原形を留められないほど荒らされていた。
「さ、最前線で戦ってくださっていた壊鬼さんがやられました!」
「気にするな! 奴を倒すことだけを考えろ!!」
そうだ。此度の戦いでは、極めて珍しい事にアイリーン・プリンセスが動いているのである。
「と、捉えきれねぇ!」
「…………完成された光属性がここまで厄介だとはなっ」
積やゼオスが、いやこの場にいる誰もが知る限り、アイリーン・プリンセスという人間はこれまで『専守防衛』に近い形で戦いを進めてきた。
一定の条件、例えば『自身に近づいた者』や『敵方に援護に向かおうとした者』の行く手を遮るような攻撃を繰り出し、この場に張り付ける。そのような類だ。
自身は最小限にしか動かず、光属性を用いた技を駆使して足止めや時間稼ぎなどの役割を果たす、いわば『人間要塞』とでも言うべきスタイルが、彼女を現す言葉であり、真骨頂でもあるはずだった。
「クロバさん!」
が、今彼らの前にいる彼女はそんな普段の様子とは違う。有り体に言ってしまえば、それらを放棄していた。
これまでの『最小限の動きで最大の結果を得る』というようなスタイルを完全に投げ捨て、罅のような鉛色の刻印を頬に刻み、この場にいる誰の目でも捉えきれない速度と軌道を発揮し、己が肉体を最大の武器として襲い掛かっている。
「俺に構うな! 奴を!」
「あがっ!?」
「クソッ!」
攻撃を仕掛ける対象に関しても『専守防衛』を根底に置いたものから大きく変わり、もっと単純、実に原始的な『隙があった者に叩きこむ』などというものになっている。
今でいえばクロバの身を案じ、一瞬ではあるが自身から意識を逸らした積の後頭部を蹴りつけ、その意識を刈り取った。
「っっっっ!」
そのような明確な隙がなくとも、動きに対応しきれていない者を下す手段などはいくらでもあり、例えば蒼野であれば、背後からの急襲で立ってられない程のダメージを与えていた。
ある程度とはいえ動きを追いかける事ができ、必死に食らいつこうと足掻くクロバやファルツのような者は、部屋の中を駆ける過程で生じた埃やそこら中にある皿や椅子の破片を飛ばし、一瞬だけ視界を逸らした隙に攻撃を撃ち込む。
いわば戦場にあるあらゆるものを、自身が攻撃に利用。
繰り出される蹴りや拳は光の速さだけでなく属性混濁により鋼の重さまで纏っており、その威力は先に述べた鋼鉄の肉体を備える者さえ、直撃すれば膝を折るほどである。
目にも止まらぬ速さで縦横無尽に動き、鋼鉄の塊を際限なく打ち続ける『移動砲台』
それが『専守防衛』の心構えを捨て去った彼女にふさわしい称号であるように彼らは思えた。
「粘るわね。ギアを上げましょうか」
「おいおいおいおい!!」
そう告げた彼女の周りに、鈍色の光を纏った無数のナイフが現れる。
それが彼女が得意とする十の兵装の一つである事はその場にいた全員が瞬時に気がつき、なおも動くことが可能な者達は、更なる猛攻を予期。
同時に、今回の戦いで彼女を下す事は、不可能であろうと本能的に理解してしまった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
引き続きインディーズ・リオ側のターン。牙を剥くアイリーン・プリンセスのお話。
シュバルツ・シャークス同様、彼女もまた、力を隠していたというお話です。
このまま行けば次回はエヴァ・フォーネス側の話のはずなのですが、そうはならず。
物語を大きく進められればと思います。
それではまた次回、ぜひご覧ください




