夜なき孤島の乱 四頁目
冬の透き通った青空を、ロケットのような勢いで刃が賭ける。
「目的地が見えた。衝撃準備」
男がそう告げた数秒後、数多の戦士達が待機していた一室の壁が瞬時に膨らみ、大半がその事態に疑問を抱き首を捻り始めた瞬間、静寂の時間は終わりを迎えた。
「っ!」
「来やがったか!」
「うそだろ! 時間よりかなり早ぇぞ!?」
轟音を発し、粉々に砕ける壁。流れ込み、部屋を満たさんと広がる土煙。
それを前に固まっていた優と康太、そして積が各々が抱いた感想を口にし、続いて事態の対処に勤めなければと考えた幾人かが、この状況を改善しようと何らかの技を使おうとするのだが、それは自分の居場所を知らせるだけであると悟ると、意識を周囲に注ぎ、追撃に備える。
「さて」
がしかし追撃が来ることはなく、思わず拍子抜けしていると、凄まじい勢いと破壊力を兼ね備えた奇襲を行った者達の姿が飛び込むのだが、その時多くの者が違和感を覚えた。
「目的地に辿り着いたわけだが」
彼らを取り囲む戦士達の様々な色の瞳が映しだしたのは、左右にエヴァ・フォーネスとアイリーン・プリンセスを従えたシュバルツ・シャークスの姿。
彼は自身の特徴の一つである白いマントを羽織らず、真っ黒な片出しのタンクトップだけを着ており、これまで見せた事のなかったその姿は異様なものではある。
「原口善はいないのか?」
がしかし、そのような要素とは別の何かが彼らの頭に妙な引っ掛かりを覚えさせており、真っ白な服に泥が付着したような嫌な感覚が、延々と彼らを蝕む。
「善なら今日は不在だよ。プライベートな用事ってやつさ」
「そうか。残念だ」
「それよりも聞きたいことがあるだけどさ、今日はガーディア・ガルフは一緒じゃないのか?」
がしかし黙っていたままでは何の変化もなく、少なくともガーディア・ガルフの有無に関してだけでも情報を得たいと思い、シロバが軽薄な口調で返事を行ったあと、聖野が口を開く。
「あ? どの口がほざきやがるクソガキ」
それに反応したのはシュバルツ・シャークスの右側に陣取っていたエヴァ・フォーネスで、人形のように美しい幼い顔を『醜悪』という言葉がふさわしい様子で歪め、場の空気を文字通り重苦しいものに変化させる。
「お前らが! 私が愛しているあいつを奪ったんだろーが!」
美しい口から耳障りのいい少女の明るい声が発せられるのだが、言葉が紡がれるごとに呪詛は増していき、最後まで言い終えたところで、彼らのいた部屋の家具は全て押しつぶされ、それどころか階層事態が悲鳴を上げ、砕け散らんとしていた。
「エヴァ」
「っ!」
「彼らを呪い殺すのはやめてもらおうか」
「………………………………クソッ」
それほど重苦しく、居た者の心臓を直接掴んでいたような黒い空気が、シュバルツ・シャークスの言葉を受け、瞬く間に霧散した。
その状況を顧みて、幾らかの者は違和感の正体を掴んだ。
彼ら三人の上下関係が、以前までよりも明確なものになっているのだ。
「探るような口調からして、そちらも正確な事態までは把握しきれていないと見る。誰か失ったのかな?」
「デュークの馬鹿がいなくなったよ。本当に…………大馬鹿者だ」
「そうか、相打ちだったか」
心底恨めしく思っている声がシロバの声から発せられ、シュバルツ・シャークスは僅かなあいだではあるが天井を見つめ、溶けて消えるのではないかと思うほど力のない声を発する。
「元々引く気はなかったとはいえ、お互いにより引けない状態になったな。なおも抵抗を続ける君達に、その上で今一度宣言しておこう」
「なに?」
がしかしシュバルツ・シャークスはすぐに精悍な顔つきを彼らに晒し、これまで効かせたことのないような真剣味を帯びた声を発すると、自分たちを囲うように展開された戦士達を見渡し、堂々と言いのける。
「我々は神の座の作った世界を悪質な物だと断じ、より良いものにするために戦っている。彼がいなくなった今でも、その当初の目的は変わらない。邪魔をするつもりならば、今の世界こそ至上であると謳うのならば――――――死力を尽くして来るがいい!」
それが開戦の合図であった。
彼らの背後にできていた空と繋がる空洞から、数多の黒を基調とした生物が溢れ出る。
エヴァ・フォーネスの従えるそれらは魑魅魍魎からなる百鬼夜行の如き勢いで部屋を蹂躙せんとしてくるのだが、ここで多くの者にとって予想だにしていなかった反撃が行われる。
「うわっ!?」
「この部屋にあったもの、全部オリバーさんの手が入っていたのか!?」
「座っていた椅子までは入ってたのはちょっと気持ち悪いわね。後で訴えようかしら」
「優!?」
既に粉々に砕けた椅子や食器が、何らかの合図をされることなく動き出す。
それは迫る異星の敵対者と比べればどれもが小さく儚い存在なのだが、ビルの外からやって来る援軍も合わさり、エヴァ・フォーネスによる数の暴力を見事に押しとどめていた。
「先に行く。足止めを頼む」
「任せなさい。貴方達も気を付けて」
「待て!」
その光景に僅かに気圧されている者を尻目に、シュバルツ・シャークスがエヴァ・フォーネスを従え降りていくと、先程質問を投げかけた聖野が最初に気がつき、道を阻むように駆けだした。
「ふっ!」
「っっっっ!?」
が思うように動くには至らず。
これまでと同じように、アイリーン・プリンセスがその行く手を阻む。
「悪いけど」
「!」
「彼らの元に行かせるつもりはないわ」
違いがあるとすれば、その苛烈さ。
これまでのように光属性の遠距離武器を用いた足止めを此度の彼女は行わず、光の速度で聖野の頭上に移動し、鋼属性で固めたしなやかな足を振り下ろす。
突然自分の頭上に現れ、一切の躊躇なく振り抜かれたそれは、乱れ一つない美しい弧を描き、真っ黒な革靴の踵が、防御が間に合わなかった聖野の左肩を正確に捉える。
「い、一撃!?」
結果、何の抵抗もできなかった聖野は肩から脇腹をズタズタに抉られながら地面に沈み、床は衝撃に耐えきれずに砕かれ、そのまま一階まで落下。屋内にあった噴水まで粉々に砕いたところで大きな地響きを立てながら止まり、攻撃を受けた本人は細かい痙攣を繰り返すだけの生物になり、
「今のを恐れないというのなら」
「!」
「かかってきなさい」
いつも通り真っ白な手袋をはめた男装の麗人は、右腕を伸ばし一指し指だけ立てると前後に動かし、毅然な態度でそう言いきる。
その様子を見て、彼らはすぐに動くことはできず、固唾を呑んで動けなくなってしまう。
真下に落ちた聖野の姿を直接確認したわけではない。だが床を砕き、噴水さえ粉々に砕いた轟音が、ビル全体を揺らした地響きが、今の一撃がかつてない威力のものだと彼らに悟らせたのだ。
「ずいぶんと」
「…………」
「偉そうな口を利くじゃないか」
「私の十八番だから。これくらいの事はさせてもらわなくちゃね」
とはいえ全員が全員、彼女が放つ空気に呑まれ、身動きができなくなったわけではない。
血気盛んな壊鬼は堂々とした足取りで前に進むと口を開き、対するアイリーン・プリンセスは、微塵の油断もないというように、張り詰めた様子の声で言いきる。
それを聞き、壊鬼は嗤った。
「何か?」
「いやさね、あんたらはあんたらで切羽詰まってはいるんだな、なんて思っちゃってね」
「?」
「手は出さないでおくからさ、もう一度周囲を見てみな」
そう言われ彼女は周囲一帯を見渡し、すぐに気がつく。
「分身!」
この場に残っていた者のうち四人が、風で作られたデコイであるのだ。
そして
「偉大なる先人。剣の帝シュバルツ・シャークス!」
「む!」
「あの馬鹿。抑えきれなかったな! 後で殺してやる!」
真下へと落下する残る二人の前に、壁を走るレオンが現れ、腕をそちらへと向けたエヴァ・フォーネスが、真横から襲い掛かった強烈な風圧に捕まり流される。
「そっちは頼んだ!」
「任された!」
空を自由自在に動き回るシロバがエヴァ・フォーネスを引き受け、レオンが二本の神器を手にして前進。
自由落下に身を任せている巨躯の怪物にそれらを撃ち込み、真下にある地面に叩きつけた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
後半戦開始。
迫りくる三人の千年前の戦士を相手に今を生きる者達が挑みます。
今回の戦いはちょっと短め。されど大きな意味合いを持つもの。
色々と書き方を思考錯誤しているのですが、頑張ってより良い作品を作り上げて行こうと思うのでよろしくお願いします
それではまた次回、ぜひご覧ください!




