皇帝の領域に踏み込む者
「瞬駆を使う。二人ともしっかりと捕まっていろよ」
「という事は移動手段はあれかしら? 久々ね」
「私はあまり好きではないのだがな」
時を戻すことほんの十数秒前、賭博栄える大都市オルタイユに突如現れた刺客達は海岸にいた。
春の日差しが差し込むようになったと言えどまだ寒さは残っており、漁業をやっているわけでもなければ堤防もない小汚いその場所には釣り人さえ寄りつかず、彼らの他に人気はない。
そんな場所でシュバルツ・シャークスが告げた言葉に対し、アイリーン・プリンセスは事務的に答えるものの、エヴァ・フォーネスの声は苦い。その容姿に似合った、子供が親に嫌な事を訴える時のような声と表情を晒す。
「エヴァ」
普段のシュバルツ・シャークスならば、エヴァ・フォーネスがそのような表情を浮かべ、そのようなことを口ずさんだりすれば、多少なりとも気が利いた言葉や反応を示したはずである。
がしかし今の彼はいつも羽織っている真っ白なマントを装着せず、真っ黒な肩だしタンクトップの背を向けたまま彼女の名を呼ぶ。それを聞くと彼女は肩を竦め『仰せの通りに』などという言葉を吐き出し黙る。何を言っても無駄であると、悟っていたのだ。
「ではやろうか」
シュバルツ・シャークスがコンクリートの地面に突き刺していた己が神器を引き抜き、すでに二つのソフトボールサイズの穴が空いている刀身をじっと見つめる。
すると鏡のように主の姿を反射する刀身の中心部分が灼熱の光を放ち、同じ大きさの穴が出来上がり、
「これで準備はできたな」
シュバルツ・シャークスの体が、ほんの一瞬ではあるが筒状の光に包まれ、彼はそう断言。
持っていた剣の切っ先を堤防の薄汚れたコンクリートに向け、瞳を閉じ精神統一。
余分な力を抜くように息を吐くと、己が神器を槍を投擲するように頭上に掲げ、
「ふん!」
担い手ならば誰もが大切にする神器を、渾身の力で目標の島へと向け投げつけた。
「二人ともしっかりと捕まっていろ!」
それを見届けた後で彼がアイリーン・プリンセスとエヴァ・フォーネスの二人を肩で背負い、そう告げながら、雲の少ない空を見上げる。
「あそこらへんか」
彼の目が見据える先にはオルタイユへと向け、ロケットのような速度と軌道で進む己が大剣。
常の彼ならばもはやどれほど足掻こうが追いつけない位置にまでそれは進んでいるのだが、
「むん!」
秘中の秘。
己が親友をいつか超えるために磨きあげた技の中には、この状況を覆せるものが一つだけあった。
名を『瞬駆』と言う。
体内に張り巡らせている全神経全筋力を片足に集中させ、大地を踏み抜く。言葉にすればたったそれだけの技能である。
がしかし、これは対ガーディア・ガルフのために編み出したものであり、彼が数多く編み出してきた技能や技の数々の中でも、友を凌駕せしうる可能性を秘めた最高傑作の一つであると自負していた。
その効果は、至って単純な高速移動。
がしかしその速度が異常なのだ。
「っ」
「く、おぉ!?」
シュバルツ・シャークスという人間を構成する全てを注ぎ、こと速さに特化した、連続三回の使用が限度のこの技は『果て越え』ガーディア・ガルフに追いつく速度を彼にもたらす。
「二!」
つまりシュバルツ・シャークスは、たったの三歩だけではあるものの友であるガーディア・ガルフと同じ速度で動け、攻撃を当てられるチャンスを手にしているのだ。
「三!」
前もって空中に生んでおいた水の床を蹴り、巨躯の刺客が最後の一歩を踏み込む。
向かった先は斜め下方向であり、視線の先には先程投げ飛ばした自身の神器があり、空気を斬り裂き、音を置き去りにするその威力を殺さぬよう、慎重な足取りで彼は着地。
ほぼ同時にオルタイユを守っていた何重もの結界が神器の効果と万物万象を砕くかのような突進の前に一切の抵抗ができず敗北。
勢いは微塵も衰えることなく、戦士達が集まっていたビルに突き刺さる。
『鮮やか』という言葉よりは『豪胆』『無理矢理』などという言葉の方がふさわしい侵入は、こうして行われたのだ。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
遅くなってしまい申し訳ありません。本日分の投稿です。
先日語ったシュバルツサイドの話。戦争編から今日まで、色々と日常話やら緩い話をやってきましたが、その時間もこれにて終了。
後半戦を告げる今回の話を、最後まで見ていただければ嬉しいです
それではまた次回、ぜひご覧ください!




