セブンスター第一位 アイビス・フォーカス
空に浮かんだ彼女が背に生やす七色の翼。
そこからこぼれ出る全属性の粒子を前に蒼野の空いた口が塞がらない。
「……ふざけるな」
圧倒的な実力差がある善を前にしても冷静沈着に対応していたゼオス・ハザードの顔が怒りに歪む。
原口善との遭遇までは予期していた事であった。何せ宿敵の所属するギルドの長なのだから。
逃げ出せたり裏を掻く策は幾つか用意し、結果勝つことは流石にできないが、逃げ果せる事だけならば実際に行えた。
だが目の前の存在、すなわち世界最大勢力の最高戦力との遭遇など、想像できるはずがなかった。
「……紫炎装填」
それでも彼は諦める事はなく、漆黒の剣に紫紺の炎が纏われる。
その状態で切っ先を地面に付け、真上へと振り抜く。
「あら?」
彼女の足元から溢れた紫紺の炎が世界最強の体を包みこみ、天高く伸びて行く。
「……時空門」
そうして彼女が何かしてくる前に虚空へと向け手を伸ばし、言葉を紡ぐ。
「あれは!」
現れたのは、先を見通すことのできない真っ黒な渦。拳程度の大きさから瞬く間に彼の体を包みこめるほどの大きさになったそれに、ゼオス・ハザードが入って行こうとしたところで、
「……ぐっ!」
捉えきれない速度と数の光の弾丸が彼の両足を貫いた。
「いや正直なところね、あなたが何で蒼野君に手を出すのか、というより犯罪者なのかも知らないんだけど」
足に力が入らず地面に崩れ落ちると、間髪入れずに両腕が貫かれる。
「まあ、両手両足を貫かれたお返しと、この場所の苔を燃やした代償ってことで。大変なのよ? 燃えた苔を再生するの」
「……馬鹿な事を言う」
両手に両足の痛みに体が悲鳴をあげる。それでも頭だけは一切乱れさせず、この状況を脱するため相手を観察する。
目前に控える世界最強格の両手両足、それに背中の傷はなくなっている。
神教最強の座アイビス・フォーカス。彼女が最強たる所以の一つである自己再生能力に舌打ちするが、すぐさま周りを見渡し策を練る。
「……ふっ!」
ゼオス・ハザードが狙ったのは、この世界の象徴たる世界樹。
紫紺の炎を固めた刃を飛ばしアイビス・フォーカスの意識をそちらに向けようと画策。
「…………」
それを見た彼女は世界樹を守るように、瞬きどころか蒼野とゼオスの二人がじっと見ている中、どのように錬成したのかわからぬほどの速度で鋼鉄の盾を展開。
炎の刃を容易く弾き、火の粉一つさえも世界樹に触れさせなかった。
「この木を狙うなんて…………お仕置きが必要ね」
その行為は結果として、彼女の逆鱗に触れる事となった。
「その両手と両足、ここに置いて行きなさい」
瞬く間に、風の属性粒子がアイビス・フォーカスの背後に集まっていくのだが、その量にゼオスだけではなく、風属性が得意な蒼野までも戦慄する。
この都市のどこにあるのだと問いたくなるほどの量の粒子が彼女の背後に一瞬で集まり、それがいくつもの風の銃弾に圧縮。
「背中の分はもういいわよ。それくらい、あたしは許してあげるわ」
そう言いながらゼオス・ハザードを指差す主の命に従い、無数の半透明の銃弾が、様々な軌道を描きながら目標の両腕と両足へと向け飛来。
「……開け」
だがそれを少年は窮地と感じず好機を考え、その一瞬に全てを賭けた。
自分へと向け飛んでくる無数の風の弾丸。
それらの角度や方向は分からずとも、自分へと一斉に向かって来ているという事実は確かなのだ。
ならば、それを利用する。
「あれは!」
ゼオス・ハザードの体を覆うように、無数の黒い渦が出現。
一つ一つは小さすぎ使用者である彼が入るだけの大きさではなく、広げられるだけの時間もない。
しかし主を守る盾として展開されたそれは、向かってくる無数の風の弾丸の大半を呑みこむ。
「……っやはり全てを防ぐのは不可能か」
小さな渦をすり抜けてきたいくらかの弾丸が、少年の体を貫き歯を食いしばる。
全身の至る所に無数の穴が開くのだが、それでも意識は失わないよう再度必死に耐える。
「これって……」
と同時に、アイビス・フォーカスに蒼野、そして世界樹の周りに突如現れる無数の黒い渦。そこから現れた風の弾丸が仕留めるべき目標へと向け進もうとしたところで、
「守護粉塵!」
目標へと向かっていた全ての弾丸が、彼女の一言で全て粒子に還った。
「逃がさないわよ」
世界樹や蒼野に迫る危機は去り、自らを罠にはめようとした少年へと視線を向ける彼女。
「あ、あれ? 分解できない」
そんな彼女の声が戸惑いに満ちる中、ゼオス・ハザードは地面に作った自分が入れるだけの大きさの黒い渦へと突入。
「あちゃー、希少能力の類だったか。いいもん持ってますなぁ」
すると瞬く間に黒い渦が消え、殺意が消えた事を確認した彼女が気の抜けた声を発して息を吐く。
「フォーカス姉さーん」
「あら聖野」
戦いが終わり一段落したところで、蒼野とアイビスの二人が入って来た裏道から聖野が現れた。
「いきなり人の体に化けないで下さいよ。俺も善さんもびっくりしたじゃないですか!」
「いやー好奇心に負けちゃった。だってあの善の新しい部下がちょうどいいタイミングでやってくるって話じゃない。そりゃ動くわ。我慢せず動いちゃうわお姉ちゃん」
笑いながらゼオスが燃やし尽した苔の再生に取りかかる彼女の姿をを前に肩を下ろしため息をつく聖野。そうして空気が徐々に弛緩していくが、蒼野がふと気になったことを口にする。
「そういえば善さんは?」
「あ、そうね。あいつって部下の危機には一番に駆け付けるタイプだと思うんだけど、今どこ?」
「それが俺にも良く分かんないんですけど……」
「おい蒼野、無事か!」
聖野が自分自身もわからない事柄について語ろうと口を開いた時、今度は康太の声が聞こえてくる。
それに応えようと口を開くが、アイビス・フォーカスがここで大声で叫ぶのは色々まずいと人差し指を唇の前に持って行きそう伝え、すぐさま世界樹の外へと全員で移動し正面へ。
周りの人々の静止を振りきり、世界樹を覆う壁を登ろうとする康太に真後ろから話しかける。
「心配かけて悪かったな」
「紫色の炎を見て焦ったが無事だったんだな!」
「そうです。俺のおかげです」
「感謝する。よくやってくれたよお前は」
そう言って胸を張るのはいつの間にか聖野に化けたアイビス・フォーカスで、そうとも知らずに康太は気安い様子で感謝の意を伝える。
「ははっ……」
それから胸を張って自慢気に語る、アイビス・フォーカスが化けた彼の姿に、蒼野の口から乾いた笑いが溢れ出る。
本物がいるであろう方角に目を向ければ、世界樹から少し離れたところで手招きをしており、蒼野を先頭に三人がそこへ向かう。
「おつかれ聖野~」
「は? 二人?」
「そのへんの事はここを抜けてから話す。それより今はこの中へ。優も先に向かってる」
戸惑う康太を前に蒼野が指差した先にあるのは、年季が入った木製の扉。
奇妙な事に世界樹の前だというのに人もおらず何もないただの空き地に突如現れたそれを前にして、先頭を歩く偽の聖野が軽く小突くと扉が開き、四人は中へ入って行く。
「!」
扉の先に広がるのは、十五畳程の部屋。
「ここは?」
「どこですか?」
汚れ一つない真っ白な床に、ピカピカに磨かれた上品な黒い壁。
天井からは昼白色の明かりが照らされ、部屋の中央には黒に白のワンアクセントがされた円形のテーブルに、高級感のある椅子が黒い革張りの椅子が四つ用意されていた。
「あら、来たのねアンタ達」
「優か。ここってどこなんだ?」
「神の居城の中にある歓談室の一つだ。騒ぎになったら困るから、無理いってここまで連れてきてもらったんだ」
「騒ぎ?」
「それはわたしが正体を現すからなのだ。ドロン!」
首をかしげる康太と優の前で、最後尾に居た聖野が説明を行い、先頭を歩いていた聖野が空中で一回転して、辺り一面を真っ白な煙で染める。
「っ、姉さん。火災報知器なっちまうよ!」
「ソーリーソーリー、すぐに煙を消すわ」
慌てた様子で語る聖野に、突然の事に警戒心を顕わにして銃を構える康太と拳を構える優。
彼らの様子などさして気にした様子もなく、ただの気分で部屋中を真っ白な煙で見た舌張本人が指を鳴らし、それと同時に白い煙は粒子となり消え去った。
「一体なにがどうなってやが、るん……だ?」
「……うそ…………」
「ウソじゃありません。現実です!」
突然視界を奪わたことで敵意すら出していた二人が、両手を合わせ人差し指を立て他の指を組んでいる目の前の女性に目を奪われ、言葉を失う。
「はじめましてギルド『ウォーグレン』の少年少女達! アイビス・フォーカスです。よろしく!」
「お、おおおおおお姉さま!?」
「俺の前に信じられない存在がいるんだが……夢じゃない。現実のようだな」
目の前に現れた存在に意識を半ばまで持っていかれふらつく優に、信じられないと頬をつねる康太。
「おいおい、怖がりの蒼野以上に大げさな反応するなんてだらしねぇな」
楽しそうに笑う聖野が、そう言いながら蒼野の肩を軽く叩く。
すると蒼野は力なく崩れ落ち、ぐったりとしたまま動かなくなった。
「蒼野?」
「これはあれだな。緊張のあまり意識を保てなくなったんだ。たまにある」
「たまにあるのかよ! てかさっきは耐えたのに何で?」
「よくは知らないが、あの殺し屋のクズ野郎と対峙していた時から張ってた緊張の糸が切れたんだろうな。んで、今更になって目の前にいる人物を見てまた緊張したと」
「ええ~~」
「ふっふっふ、あたしの威光に耐えられなかったという事ね。あーちやほやされるのは超気持ちいい!」
「いや、まあ、他にも憧れの……言わぬが花か」
康太の説明を聞き肩を落とす聖野と、逆に心底嬉しそうに言いきるアイビス・フォーカス。
「あ、そういえば聞き忘れてた。さっき話しかけた内容教えて教えて」
「さっき話していた内容?」
「ああ、いや確かに指示受けた時俺もふと違和感を覚えてたんだよな。なんで善さん自身が蒼野を助けに行かないのかなって。んで、その理由を考察してたところなんだ」
「あの時は確か電話の途中だったよな。んで、話してるといきなりこっち来るって言いだしたから俺も驚いたぞ。あ、そう言えば置いてきた人はどうなったかな。連絡先交換しておくべきだったな」
「連れがいたのか?」
「ああ、確かジンって名前だ」
康太の言葉にアイビス・フォーカスが肩を揺らす。
「康太君、その人の容姿はわかる?」
「え、あはい。服装はまあ可もなく不可もなく……なんつーのかな。あんま服の種類とかについて詳しくないから、わかんないッす。あ、でも上は赤でした。それと、髪型が特徴的でした」
「髪型? それって、どんな感じかしら、色とかは?」
「髪は真っ白でしたね。んであれはなんて言うんですかね……頭に竹ぼうきを乗っけたような髪型でした」
「…………康太君、それ場所を教えて」
「え、あはい」
善に言われた時と同じく先程まで自分がいた場所を教える康太。
そこまで聞くと、アイビス・フォーカスの目の前に突如木の扉が現れ、彼女は扉を開く。
「お、お姉さま?」
「もうちょっとゆっくり話したかったのだけれど、それは後のお楽しみに。ちょっとお仕事に行ってくるわ」
「俺達もついていった方がいいですか?」
気絶した蒼野を看病する康太を傍目に、一歩前に出て付いていく意思を見せる聖野。
「必要ないわ。野暮用よ、野暮用!」
そんな彼の申し出を笑いながらあしらい、扉の奥へ消えていった彼女の顔は、先程前のあっけらかんとした顔から変化し、厳しい戦いを予期した戦士のものへと変わっていた。
「まったく、お姉ちゃんに感謝しなさいよ、善」
恐らく、この先に広がる戦いを原口善は見られたくないはずなのだ。
加えて、被害の大きさからして部下を巻き込む可能性もある。
「後で六華堂の和菓子、全種類買って貰うんだから」
そこまで理解した彼女はそう口にしながら、世界樹から少し離れた、人避けの結界を張った空き地に移動した。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
という事で本日は世界最強の一角の実力をチラリと見せる回。
彼女の強さを現すシンプルな要素が、この不老不死かつ急速な勢いの自己再生能力です。
彼女を完全に殺すことは神器を担いでも無理で、基本的には封印するしかありません。
さらに言えば最初の方に書いていたのですが、彼女は十属性の粒子全てを無際限に使う事ができます。
それ以外の面については、またいつかどこかで。
それではまた明日もよろしくお願いいたします




