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『神』なき世界を覗き見る 一頁目


 各勢力の代表者たちが頭を並べ会議をする。これから先の未来のために。

 それはとても大変な事なのだろう。これまで玉座に座り、敵対勢力であった賢教の相手までしていた主が不在なのだ。聞くまでもないことである。


  各勢力の手綱を握る者が一時的とはいえいなくなれば、この機に乗じて邪な考えの者が動く。ないし多くの人々が混乱し、世が乱れてしまう、そういくらかの者は考えていた。蒼野もその一人だ。


 だから朝の特訓の際には普段以上に張りきり、ヒュンレイ・ノースパスの墓参りに行く際も周囲に目を光らせていた。


「なぁ優」

「ん? どったの蒼野」

「思ったよりも平和だな。いやもちろん事件なんてない方がいいに決まってるんだが、神の座が死んでるのに。ここまで何も起きないとは思わなかったよ」


 がしかし、そんな彼の考えに反し、世間に変わりはない。平穏そのもの、というとそこかしこで喧嘩や殺し合いがいつも通り起きているため語弊があるが、その件数が異様に増えている、都市同士の大規模な戦争が起きているなどの緊急事態は一切報告が上がってなかった。


「いいじゃない。アタシもあんたも、凄まじい濃度の一日を過ごしたあとなんだから。たまにはこうやって息抜きするのだって悪くはないんじゃない?」

「それはそうなんだけどな……」


 ギルドの受付当番でロビーに座るのは、桃色のロングシャツとジーンズに身を包む蒼野と、白のタートルネックのセーターに黒のロングスカートという格好の優。彼らは肩を並べそのような雑談を行い、蒼野の不満げな表情を見て、優が頬の端を僅かにつり上げた。


「あら? それとも蒼野君は戦がしたくてしたくてたまらない戦狂いだったかしら? それはちょっとお付き合いの仕方を考え失くさなくちゃいけないわねぇ」

「そーいうめんどいのは、今はやめてくれ。俺はただ…………」


 自身の隣で頬杖をつき、いじわるな顔を浮かべ蒼野に話しかける優。

 それを前にすると蒼野は彼にしては少々珍しく、子供っぽく頬をむくれさせるのだが、すぐに暗い表情を浮かべると「煮えたぎらないんだよ」と呟き、暖かな暖色の光に包まれたロビーの中で、目の前にある机に頭部をそっと置き息を吐く。普段真面目に振る舞う、彼らしくもない行動だ。

 とはいえそんな状態は長くは続かず、来客を示す鈴の音のような涼やか音が鳴り響くと、彼は慌てて顔をあげ真正面を向く。


「落ち着け。俺だよ俺」

「…………なんだゲイルか。焦って損したよ」

「何だとはなんだ! これでも忙しい中、様子が気になって来てやったんだぞ!」

「あ、私もきました。積さんはどこにいますか?」

「ヒュンレイさんの墓参りから帰ってからはずっと部屋にいるはずよ。いつもの『夢追い』でもするんじゃない?」


 現れたのは遺跡などの探検を行う際の格好ではなく、仕事の際の格好、すなわち黒の背広を羽織り、しかしトレードマークのカウボーイハットだけは肌身離さず掴んだゲイルと、膝小僧を隠す程度の長さの水色のスカートに、深海を思わせる濃青色のロングTシャツを纏い、真っ白なダッフルコートと同色のニット帽をかぶった銀髪長身の美少女ルティスだ。

 彼らを眺めると蒼野はルティスには丁寧に会釈をするのだが、ゲイルに対してはぞんざいな態度を見せた事で抗議の声をあげられ、一緒にやってきたルティスの問いには優が柔らかな笑みを浮かべながら答えた。


「忙しいのか?」

「あったり前だろ! 世界の中心人物が死んだんだぞ。そりゃてんやわんやだ!」

「その割には暴動とかのニュースは一切流れてないんだけどな。いやそれ抜きでも、依頼が変に増えるわけでもないし、何と言うか…………みんな薄情だ」

「…………あーまあ、一般の層にまではまだそんな影響が出てないってだけだぜ。実際には既に大企業を中心に色々な会社で影響が出てる」

「そうなのか?」

「おうよ」


 ツッコミを行うために声を荒げていたゲイルが落ち着き、ため息を吐きながら彼らに説明する内容によれば、『神の座イグドラシル』という世界の支配者を失った影響は、大企業の社長や各勢力の大富豪などに、たった一夜で大きな影響を与えているという事であった。

 これは彼らがどこを旗本として動いていたか、というのが大きな理由で、大雑把に言ってしまえば、神教をバックに付けていた場所が、どう動くかで騒がしいとの事だ。


「神の座がいなくなった事で神教は間違いなく大幅なパワーダウンをした…………いやまあ、元が世界最大勢力だったんだ。なおも俺らやギルドよりは大きいだろうよ。けど賢教には劣るし、これまでほどの拘束力もなくなった」

「拘束力っていうと、貴族衆なら財力。ギルドなら自由度、ってところか?」


 投げかけた言葉に対する蒼野の即答にゲイルは頷く。


「今は特にギルドの影響力が増してる。昨日の戦いで竜人族が姿を現した影響だな。まあ、あのナリで色々な戦場で暴れまわりゃ当然っちゃ当然か」


 人を遥かに超えた体躯に、鋭利な牙を揃えた顎。瞳孔の切れた鋭い眼差しを備えた彼らが、危機に陥った戦場を救う。

 この状況を作り上げるため、竜人族の長エルドラは、幾らかの亜人の長の手を借り、自分たちの存在を多くの人々に受け入れてもらうため、窮地での登場を演出した。

 ともすればこれは、見方によってはわざと追いつめられる状況まで放っておいたということにもなるが、彼らの活躍はそのような疑念を払拭した。

 いや彼らの異様を目にすれば、実際にはそのような事が起こらないのだが、報復を恐れる者も存在した。

 最も、そのような人物は『ある理由』から本当に極少数であったのだが。


「まぁとにかくだ、世界全土に影響があるのはまだだが、亀裂が奔ったの確かさ。このまま何の対策もしないとなりゃ、すぐに影響は出てくる」

「どうすればそれを阻止できる?」

「ん?」


 ゲイルが口にした事態を恐れ、蒼野が口を挟む。

 それを聞くとゲイルは被っていたカウボーイハットの唾を掴み、深くかぶり、少々言いずらそうに顔をしかめ、


「こういっちゃなんだが、どうにもできねぇと俺は思ってる。各勢力の代表が集まって新しい世界の大黒柱を立てようとしてるのは知っちゃいるんだが、1,000年世界を統治した人物の代わりってのは、誰であれ完璧には務まらねぇと俺は思ってる。いやまあ、周りも協力はするだろうけどな。そもそも、そうやって台頭した人物がまたやられる可能性もあるわけだしな。それに」

「それに?」

「この混乱に乗じて、奴らが動かねぇわけがねぇだろ」


 自分の推論を口にすると、蒼野は的を得ている物言いを前に押し黙った。


「はい、お茶」

「ん?」


 そのタイミングで積を外していた優が戻り、コトンと音を立てながら濃緑色の渋い陶器が彼の前に置かれ、置いた本人の方に不思議そうに視線を移す。


「ま、一応お客さんなんだしね。これくらいの事はさせてもらうわよ。味に関しては文句を受け付けちゃいないからね」

「言わねぇよ。まぁ何にしてもサンキューな」

「はいはい」


 重くなった場の空気が、少女の凛とした声が響くだけで一気に軽くなる。

 いわゆる仕切り直しが瞬時に行われ、ゲイルも幾分か続きを話しやすくなる。


「けどま、悪い報ばかりじゃねぇ。ありがたい事に、この状況を覆せる一手てのは決まってる」

「え? そうなのか?」

「簡単さ。『神の座を殺した逆賊を狩る』これで全て丸く収まる。まぁ問題は奴らが強すぎること。それにこっちから仕掛けるにしても、根城がわかんねぇ事なんだがな」


 言うは易く行うは難し

 そんな言葉が見事に当てはまる目標。

 それを言うと二人を一瞥し『それでも何とかしなければならない』顔に書いてある二人を目にして楽しげに笑い、立ち上がり、お茶の礼を言うと彼らに背を向け歩き出す。


「ま、世間の状況はそんなところだ。昼休憩の時間も終わったんでな。俺はフォン家の代表として仕事に戻らせてもらうよ。ルティスの奴の事はよろしくな」




ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です。


先日は本当に申し訳ありません。という事で久々の更新でございます。

息抜き回、といっても前回語ったほど、本編に関わりのない話とは行かなかったですね。スイマセン。

どうやら自分、ただの会話にもその時々の情勢や、後の布石を撃ち込むタイプらしく、ここら辺は大目に見ていただければありがたいです。

次回はリア充サイドです。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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