玉座を埋める者は誰だ? 三頁目
(こいつは厄介な事になった)
埃が散見する部屋の四方、真新しさを感じさせない汚れた机、そして年季を感じさせる深緑の古ぼけた壁に囲まれた大部屋に集うのは、少々どころではなく豪華すぎる、いわば今この世界を支え、支配している面々。
そこにいるものの大半の視線がシロバの言葉を聞き勢いよく自身に注がれるのを、ギルド代表の一員として参加している善は感じながら思案する。
この状況をどう切り抜けるべきか。
(よりによってこのタイミングでかよ)
そう『切り抜けるべきか』である。
彼は神の座を引き継ぐ事を目的にしていた存在である。神の座が行っていた政治、いや治世を快く思っておらず、ならば自分が引き継いで、より良い世界を作って見せると息巻いていた豪傑だ。
がしかし、今回ばかりは間が悪い。正直に言ってしまえば、今だけはやめて欲しい提案であった。
(けど、それを言ってもどうしようもねぇ状況だよな、こりゃ)
もう少し、もう少し後ならば快く引き受ける提案であった。
肩の荷を下ろし、この世界をより良いものにするために愚直に進む事だけに専念できるはずであった。
しかし今の彼にはそうできない理由があった。
(かといって、こりゃ断れる状況じゃねぇな)
だから断りたい、とは思うものの不可能であると彼はすぐに察した。
他の人物を自分の代わりにインディーズ・リオに狙われる犠牲者にするのを躊躇したから、などではない。『不可能』なのだ。
それはシロバ・F・ファーザバードの発言に釣られ大半が自分を見た状態で、知らしめられてしまった事実であった。
「ま、お前ならそれくらいの準備はしてくるわな」
腕を組み、堂々とした態度を保ち、内心を悟られぬよう仏頂面を浮かべていた善が、少々俯きため息を吐き、誰にも聞こえぬよう小さな声でそう呟く。
善の瞳は他者のものとは大きく違う。世間一般で言われるところの『魔眼』に属するものだ。
彼のその瞳は常人ではできない、目にした人物の『気』を読み取る事ができる。
これがもたらす情報は主に二つで、
一つは対象がどのような属性を得意とするか。
相手が纏っている気の色から、彼はそれを容易に知る事ができる。
もう一つが相手の感情の機微や思惑を知るというもの。
彼が昔、漫画で読んだ悟り妖怪や一部の能力者のように『心を読める』と言える程のものではない。
ただ『気』またはその延長線上にある『練気』をしっかりと扱えない者の場合、その心の機微に合わせてそれは変化する。
怒りを感じれば炎のように燃えるし、悲しみを感じれば重苦しい雰囲気を放ち沈む。分かりやすいものならば、自身の頭部に集まり、他者には雨を降らすものだっている。
喜びや苦しみ、他様々な感情によっても体から放たれるそれらは形を変化させ、こと戦闘に関しては相手の気持ちの高揚や覚悟を決めた際、それに必殺の一撃を打ち出す前のタイミングを知らせるなど、彼を有利にする様々な要素を教えてくれた。
練気をしっかり練れるものや、極々稀にではあるがガーディア・ガルフのように昆虫のように機械的で、感情の機微を感じさせない者ももいたが、それは本当に極々稀な事だ。
そんな彼はこの状況で自分以外の面々をぐるりと一瞥し、そこで目にした感情は様々だ。
けれど動揺や思案を示す感情を幾分か上回る勢い、それこそ全体の半数ほどの面々の感情が同じような動きを示したのだ。
それは一言で表すのならば『覚悟』と言い表せるもので、別の言葉で要約すると『驚き』がないとも言えた。
つまりこの状況を事前に知っていた、シロバと裏で手を組んでいたということである。
「どうしたんだい善? 君、前から息巻いていたじゃないか。『この世界の代表になって、世界を変える』んだって」
その言に嘘はない。
しかしこのタイミングで、回避不能の剛速球としてその道に繋がるボールならぬ隕石を投げつけられるとは夢にも思っておらず、背負う事になるリスクを理解している彼は、「俺、お前にそこまで嫌われることしたか?」などと思わず思ってしまったのもまた事実だ。
「おいおいおいおい、まさか君、断るつもりじゃないだろうね?」
ほんの十数秒前に自分よりも一つだけ上の地位の中年が見せたような大げさな身振り手振り。
「する者によってここまで印象が違うものか」などと幾人かが思いを馳せ、当の本人は自身を侮辱されているなどと思い顔を歪めるが、
「そんな事をしても無駄な事くらい、分かってるだろ?」
しかしシロバはすぐに意地の悪いガキのような笑みを浮かべ、それを目にした善は腕を組んだままやれやれと肩をすくめた。
断ったとしても、無理矢理その地位に就かされる結果が目に見えていたからだ。
「わーったよ。その提案…………他の者さえよけりゃ謹んで受けさせていただく」
非常時ゆえに彼らはこの場で行われる会議で神の座を決めようとしているが、そもそもの話として、神の座を決める『正式な手続き』というものがあり、その手順は二つある。
一つが神の座が用意した代表五名と戦うというもの。これに関してはこの状況では機能しないものとなっている。挑むべき相手が存在しないゆえだ。
となれば玉座に座るために乗り越えるべき障害はただ一つ。
それが全世界からの承認。半数以上の人々からの『この世界を任せる存在になっていい』というものだ。
無論これを正確に測るのは困難を極める。だからこそ各勢力の代表複数名が投票権として『玉座の要石』という名の様々な色の、拳に収まる程度の起き砂野特殊な石を持ち、それが半分以上集まった場合『全世界の人間半数以上から承認を得た』とするわけだ。
本人の関係なく、である。
そしてその投票権を持っている面々、その大半がここに集まり、シロバの意見に動揺を示さず、同意や覚悟を示す感情を見せている。
「ただ…………一つだけ頼みがある」
「ん?」
「あまりにもいきなりすぎてな。実感が湧かねぇ。てか何の準備もなしにすぐにはなれってのは無理だろ。少しだけでいい、時間をくれ」
逃げ場はなく、そもそも必死に否定してまで断る物ではない。
ただ今すぐは困る。少なくとも数日の猶予が欲しい。
そう思った善はわざとらしく息を吐き、僅かにだが顔を渋くし、困ったようにそう告げるが、人の機微を察する事が得意なシロバは流されない。
「心臓が覆われた毛でジャングルみたいになってる君に限って、そんな柔なわけがないだろう」などと思い、少々の軽薄さが伺える表情を浮かべ、
「まあ、そのくらいならば問題はないか」
「同感だね。少しくらいの優位は当然の権利だわな」
否定を口にする前に賛同者の中では最も高い地位にいるエルドラが人間形態のまま至極冷静な声色で同意を示し、自身の直属の上司である老婆ダイダス・D・ロータスも同意を示す。
するとシロバの提案の賛同者の大半もそれに乗っかってしまい、そうなれば如何に誰にもとらわれず、自分の思うがまま、自由自在に場を動かす彼も、流石にその力を発揮しきることができず、無言の肯定を示す他なかった。
「結論は出たね。では、今回の会議はこれにて閉幕としよう。各々の勢力も慌ただしいだろうし、皆にはその鎮静化にも努めてもらいたい」
各々が行った反応はいくらかあれど、この会議の終わりを示すには十分なものであり、司会進行を率先して行っていたルイが場を締める言葉を発し、自由に動きだす。
『善、少しだけ話がある』
『なんだ。何の相談もせず、人を犠牲者にした謝罪か?』
がしかし、シロバはそこですぐに引き返すことはしなかった。
念話をすると足早に帰還しようと動きだした善を引き止め、
『この場の誰にも話してなかった秘密がある。君にはそれを共有してほしい』
そう説明した。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
遅くなってしまい申し訳ない、日を跨いでしまいました。
しかしここ最近、投稿時間に関しては謝罪してばかりに思えます。これは10時半ごろから1時間ほど遅らせた方がいいのではないかと、思ったり
本編の方は内容もそうですがちょっと書き方に変化を
個々人の会話を極力減らし、事態の説明に個人の考えやら思っている事を詰め込んでみました。
これはここ最近みたライトノベルの影響ですね。
読みやすかったり、面白いと思っていただければ幸いです
さて本編はといえば、善が神の座に選ばれるまでの物語。
しかし『玉座の要石』なんて、覚えている人がいるのだろうか、などと作者は不安に思ったり
たった数話でだけで語られた投票権たるこの存在、出てきたのはなんと189話。
2年以上前の話となります。
覚えている人がいたら、その人を私は拝みます。ここまで読んでくださったのは、本当にありがたいですからね
それではまた次回、ぜひご覧ください!




