一人の『果て越え』と二十二人の『挑戦者』
別に何かをしたわけではないのだ。
これまで見せてきたように先手を取るために動いたわけでもない。
ただ両足を大樹が根を張るように地面に張り付け、猛獣が獲物に襲いかかる寸前のように体を僅かに屈め、何があっても対応できるよう、親指を除いた四本の指を伸ばした掌を真正面にいる面々に向けているだけなのだ。
しかしそれだけのこと、彼らに晒すその姿がただただ恐ろしかった。
それがどのような感情から湧き出た結果のものか、先頭に立つデュークでは説明できなかった。得体の知れない未知の感覚だったのだ。
しかしそれを見つめていると呼吸は自然と荒くなる。汗が浮かぶ。何かをしなければならないと脳が訴えかける。
「う、おぉぉぉぉ!!」
それはデュークだけが感じていたわけではないようで、真っ黒なスーツをピッシリと着こみ、サングラスをかけ、髪の毛をオールバックにまとめたナラスト=マクダラスの部下にしても同じであり、彼は自身の胸にへばりついたその状態を振り払うように雄叫びを上げたかと思えば、どこからともなく取り出した機関銃の照準を『果て越え』に合わせ、躊躇なく引き金を引く。
「若旦那。先に失礼します!」
「待て!」
耳に襲いかかる爆音。
それを耳にしても部下と同じ服装をしているが鷹のような鋭い双眸を隠していない若頭、アラン=マクダラスは微動だにしなかったのだが、自身の隣に立つ黒スーツにサングラスの白髪頭の部下が砂埃舞い上がる爆心地へと駆け出すと、慌てた様子で止めるが声は聞こえず。
「死ねぇ!!」
弾丸の軌道を完全に読みきる事で砂埃で隠れてしまったガーディア・ガルフの現在地をしっかりと見切り、持っていた刀を鋼属性で最大限まで強化したうえで、全身全霊を示すような声をあげ振り抜く。
「!」
その瞬間、裏社会の強者は目を見開いた。
自身の振り抜いた刃が鍔から少ししたところでなくなっており、ガーディア・ガルフの右手の親指と人差し指で掴まれていたからというのも理由である。
秒間五千発を超える弾丸を全て右手の甲で弾かれていたというのももちろん理由である。
しかし最も驚いたのは、その内の数発を掴み、マシンガンの猛攻を捌きながら、それを自分へと手首のスナップを利用し投げつけ、易々と膝や肩を貫いた事だ。
「君の勇敢さを称えよう。君の無謀から目を逸らそう。これで残るは21人か」
驚くべき光景はなおも続く。
ガーディア・ガルフは掴んだ銃弾の内の一発をまたも投げつける。
それは目標である機関銃を乱射しているアラン=マクダラスの部下に近づいていくのだが、その軌道が常人の域を超えている。
「うまく当たったな」
投げつけられた銃弾はガーディア・ガルフへと向かっていく銃弾の側面を壁代わりにすることで跳弾を繰り返し、機関銃の発射口に正確に侵入すると、たった一発の弾丸が原因で機関銃は誤作動を起こし、焦げ臭いにおいを発したかと思えば爆発。
「残り20人」
「『果て越え』!」
一呼吸置くこともなく距離を詰めていた彼の裏拳が機関銃を撃ち続けていた男の後頭部に吸い込まれ、サングラスの奥の瞳をひっくり返し男は気絶。
二人の部下が瞬く間に退けられたところで、アラン=マクダラスが声をあげながら前進し、射程圏内に入ったところで手にしていた真っ黒な柄に金の鍔、そして真っ白な刃を備えた刀を強く握り、勢いよく振り抜いた。
「君の持つ神器の能力は確か…………」
その一撃は難なく躱される。
しかし刃が描いた軌道の跡には真っ黒な柄と金の鍔がない、抜身の刃だけが依然として残っており、10数本浮かんでいるそれは隊列の整った軍隊のように切っ先をガーディア・ガルフへと向け、ロケット花火のように撃ちだされていく。
「むん!」
「キリがないな」
それらの現象はアラン=マクダラスが剣を一振りする度に起こり、その度に増えていく遠距離武器の連射が『果て越え』の動きを阻害し続ける。
「援護するぞマクダラスの若旦那!」
それに続いたのは青銅の鱗を纏った竜人族の青年と銀の鱗を纏った竜人族の青年である。
彼らは今こそ最大の好機であると判断したのか勢いよく前進し、
「残り17人」
そんな淡い希望を打ち砕くように、感情の宿っていない単調な声が吐きだされ、前に出ているナラスト=マクダラスを含め、三人の体を像の足の裏をかたどったような炎の塊が体を抉った。
「っ」
「出力を間違えたかな?」
ただそれを受けてもアラン=マクダラスだけはすぐには気を失わず崩れ落ちかけた体を強い足踏みで支え、既に展開していた刃の矛先をガーディア・ガルフの周辺に向け、一斉に撃ちだした。
「無駄だ。落とそうと思えばいつでも落とせた」
その狙いが自分の行動範囲を狭めることであるとすぐに気がつき、同サイズの鉄の刃を撃ちだし迎撃。そのついでとばかりに彼の顎を拳で捉え、今度こそ意識を奪い取る。
「いやよくやったぞ坊主。そして『果て越え』。お前さん、本当に弱ってんだな!」
が男が撃ちだした刃の真意をが視界を奪い注意を向ける事であったと理解しかねた彼へと向け、勇ましく野太い声が投げつけられ、次いで体全体を覆える程の大きさの掌が撃ちつけられた。
「エルドラ。それに」
「気づいてやがったか!」
「古賀康太か」
「あの状態から逃げるのは反則だろおい!」
続いて降り注ぐ針の雨。
その範囲外へと抜けるため大きく後退する様子を見る最中、エルドラが悪態をつく。
何せ今彼は確かにガーディア・ガルフの体を捉え、続く攻撃は当たるはずだったのだ。
だというのにガーディア・ガルフは衝撃が全身に伝わるよりも早く真逆の方向に飛び跳ね、結果的にダメージをゼロに抑え、さらにはそこから広範囲を覆う針の雨さえ斬り抜けたのだ。
「覚悟!」
「残り…………13人」
だが連合軍側の面々も諦めない。
逃げた先でガーディア・ガルフが休む暇など与えないとでも言うように、神器部隊の生き残りが動き出すが瞬時に意識を刈り取られ、
「っ!」
しかし彼らの意識を奪う際に手の甲に付着した墨汁が爆発したことで、両腕の皮膚が剥がれ落ち、幾らかの血を地面に垂らした。
「シハシハシハ! この年になってここまで瑞々しい感情を得られるとは! 長生きとはしてみるものじゃのう!」
自身がまいた種が見事に実り、恐らく誰も見た事がないほど嬉々として語りだす雲景。
彼はその様子を目を見開き一瞬見つめたかと思えば、無数の拳を墨汁を用いた守りをすり抜けるように撃ち込んでいく。
「おぉ」
「ひどいわね」
『殴殺』という言葉がこれ以上当てはまる事はない状況に誰もが足を止め、固唾を呑む面々に混じり肩を並べていたシリウスと優が感想を口にする。
「残り…………12人」
普段の彼ならばその隙を逃すことなく一瞬で相手を全滅させるだろう。
だが今の彼はそのような選択は取らず、最後の一撃として放った回し蹴りで老人の長く伸びた鼻を消し炭に変え、意識を失い地面に横たわる彼を見下しながらそう言いきった。
「さて…………残るは10人」
その瞬間の空気は氷耐性など関係ない、無意味であると言わんばかりの冷たさを備えていたのだが、振り返りながら彼がそう呟くと、その気に当てられた影響か、はたまたそれまでの戦いの疲労が限界に達したのか、残っていた神器部隊の二人も意識を失い、
「まあ一分後には0になっている意味のない数字だがね」
堂々とそう言いきり、
次の瞬間、残った者達の希望を掴むように、嵐のような猛攻が始まった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
VSガーディア・ガルフは一気に佳境へ
挑戦者たちをちぎっては投げ千切っては投げの『果て越え』ターンです。
人類史上最強に挑む彼らの結末とは!?
アラン=マクダラスの能力に関してですが、今回は詳しくは語らないつもりです。
ただ彼の手にする刀は神器とだけはお伝えしておきます
それではまた次回、ぜひご覧ください!




