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十裁冠 二頁目


(ずいぶんと丈夫になったな)


 一方的に攻め立てていたガーディア・ガルフであるが、あるときふとそのような感想を抱く。

 それは竜人族の青年の巨体を蹴り上げた時に抱いた感想で、ほんの十数秒前までと比べ肉体の厚み、いや鱗の鎧の裏に隠れている筋肉の厚さが増したような感覚を覚えたのだ。


 最初はその竜人族の青年がこちらの動きをある程度だが察知できるようになり、衝突の瞬間に力むことでそのような状態を作り上げているのかと彼は思ったのだが、チラリと顔を覗けば当の本人も驚いている様子を晒しており、これが他の者の援護から来るものであることがわかった。


「デューク・フォーカスの仕業か」


 それが一人ではなく残った二十人と少し全員に起きている現象であるとわかり、彼は一歩で百メートル以上後退し、僅かに乱れた息を整えながら誰の耳にも届かぬほど小さく囁く。

 迷いはしなかった。残った面々の中でエヴァ・フォーネスと同様の事ができるのは、神教最強格の彼しかいなかったからだ。


「らぁ!」


 最初と同じく援護に徹するか、それとも自分が先頭に立つか。

 そのような状態となった者達に一瞬だけ視線を飛ばした後にそう思案するガーディア・ガルフだが、答えを見つけるのにさほど時間はかからなかった。

 当の本人が荒々しい声を吐きだしながら、大きく振りかぶった鉄槌を彼へと向け振り下ろしたからだ。


「単純だが悪くない案だ」


 それを楽々と躱し、視線を鉄槌の柄の先へと流せば、既に砕かれた地面を更に粉々にした男の姿が映るのだが、その姿を見て、ガーディア・ガルフの口からは呆れが半分、感心が半分な声が漏れる。

 それほど彼を襲った男の状態は奇妙であったからだ。


「勝ちを拾うことはできないがね」

「一言余計だ!」


 ガーディア・ガルフの猛攻を一時的にではあるが、確実に防ぐ方法が存在する。

 それが今現在のデューク・フォーカスのように、全体を守るような防御壁を張っておくことだ。

 如何に『果て越え』である彼が早くとも、『既に展開してある守り』は早くは動けない。

 自動迎撃型ならばそれらが反応するより早く、ないし展開されるよりも早くいくらでも攻撃ができるのだが、最初から物理的な守りを用意しておけば、彼の攻撃を防ぐ手段となりえるのだ。

 ゆえに前に進むデュークは半透明の六角形の膜を自分を守るように展開しており、その奥には岩の壁が体の正中線を守るように展開されていた。


(二十種類くらいか)


 いやそれだけではない。

 『果て越え』である彼が優れた目で見る限りでは、二十種類を超える守りが展開されている様子であった。


「まぁ、その程度の守りならば意味はないがね」

「っっっっ」


 無論確実に防げるといっても本当に一瞬、ひっくり返した瞬間には中身が全て落ちきる砂時計よりも短い時間ではある。


「まだまだぁ!」

「ほう」


 しかしである、それは一般的な者、いや彼以外の全人類に限った話で、デューク・フォーカスに関してのみ当てはまらない事実なのである。


「雪花方陣!」


 なぜなら彼には瞬間的に発動できる術技のストックがあり、その中には優秀な守りの秘技がいくらでも存在する。

 無論ガーディア・ガルフが神器の守りを築いている以上出来る事には限度があるものの、壊された側から新しい守りを敷いていけば、他の者よりは遥かに長く戦える。


「よい気迫だ。しかしまだまだ甘い」

「っ」

「当たり前のことだが打撃以外にも万の攻撃手段がある。君の自慢の守りとやらはそれに耐えられるのかね?」


 だがそれは、ガーディア・ガルフが馬鹿正直に無数の守りを一つずつ剥がす場合の話であり、彼はそんな手段を取るうような性格ではない。

 掌から夜闇を貫き天まで伸びていくような火柱を噴出させたかと思えば、瞬きする暇さえ与えない程一瞬で拳で包めみ込めるほど小さく圧縮し、両刃の剣の形をかたどらせ、一気に振り抜く。


 するとデュークを守っていた物理的な守り全てがバターのように溶け、その奥にいるデュークの右腕の半分ほどの面積を溶かした。


「両足ももらおう」


 迸る痛み全てが脳内麻薬の分泌でかき消され、悲鳴の一つも上げずデュークは更なる守りを展開する。

 その姿に内心では拍手を行いながらも彼は平坦で感情の籠っていない声でそう言いきり、


「デューク!」


 窮地に陥った男にとってはこれ以上ないほど完璧なタイミングで、愛弟子にして戦友である青年の声が届いた。


「ちっ」


 襲い掛かる輝く風全てを空いていた左手で構えた身を覆えるほど大きな鋼の盾で防ぎ、舌打ちをしながら声のした方角に視線を向ける。

 その動作は他の者よりも遥かに速く、シロバが何かをしようとするよりも早く、その意識を奪い取ってやろうと彼は思い、


「おぉぉぉぉぉぉ!」

「ずいぶん早い帰還だな。優君かな? それともデューク・フォーカスかな?」


 それを阻止しようと、両足を修復させ、さらにデュークが施した肉体強化の恩恵を授かったエルドラが突っ込んでくる。


「間に合ったか!」

「あぁ。いいタイミングだエルドラさん!」


 それをまたも躱すガーディア・ガルフであるが、その事に関してデュークはさほど悔しいとは思わなかった。

 当たり前のことであると受け入れているというのもそうだが、誰かが立っている限り、勝機はあると確信を抱いているのだ。


「あと何分くらいだ?」

「わかんねぇ。けど絶対に『その時』は来る!」


 気合いだけの根性論というわけではない。

 ヴァンが遺した情報が、蘇った彼の欠点が時間制限であると告げていたのだ。


(ヴァンさんが戦ったのは三十分ほどだった。それほど長く戦っていないにも関わらず、こいつはさっ吐血してた。なら一日の活動時間がかなり限られてるってところか?)


 そのようにガーディア・ガルフの状態を考察しながら発動する術技を巻物を見る事もなく選択し、誰にも気づかれないよう細心の注意を払いながら発動していく。


「さあて、こっちの準備は万端だ。ガーディア・ガルフや、もうちっと後輩と遊んでくれや」


 不敵に、一歩も引かず、堂々と胸をはtt言いきるデューク。

 その言葉に同調するように未だ意識があった者達はガーディア・ガルフを囲い、なおも揺るがぬ闘志を発する。


 それを見たガーディア・ガルフは


「…………」


 勢いよくではない。

 しかし誰の目にもはっきりとわかる形で、一筋の血を口の端から流した。

 誰かの攻撃が当たったわけでもないのにだ。


「!」

「決めに行くぞ!」


 勝敗が決する瞬間はすぐ側まで迫っている。

 誰もがそう確信を抱いたところで全体を鼓舞するようにデュークが雄叫びをあげながら地面を蹴り、それに続くように包囲網を敷いていた他の者達も闘志を爆発的に高めながら進軍を開始。


「君達の健闘に」


 その光景を見届けたガーディア・ガルフが僅かにだが足を広げながら腰を沈め、左腕を腰の真正面の位置に、右腕を肩の真正面の位置まで持ちあげ、力の入っていなかった両の掌をピンと伸ばし、親指だけを折り、


「私も報いよう」


 厳粛な声でそう告げる。

 それは彼らの前で初めて彼が見せた、明確な臨戦態勢であった。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です


ここ最近投稿が遅くなっている事に頭を悩ませながら、本日分の更新になります。

まさか一時を過ぎてしまうとは……


気を取り直して本日の話ですが、恐らく多くの者にとって一世一代の大勝負へと挑む前の準備回。

一瞬の輝きが放たれる次回へと向けた助走のような話です。


次回は多くの者が脱落しながらガーディア・ガルフへと手を伸ばす決戦の一話。

その生き様を見届けていただければ…………


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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