少年少女、観光するinラスタリア 二頁目
「ふぅ、無事抜けれた!」
「いや、無事ではないと思うぞ。康太と優とはぐれちまった」
三方向に分かれてから数分後、蒼野と聖野の二人が人ごみから抜け出し芝生が敷かれた自然公園に到着。自分よりも大きな人々に囲まれていた聖野が、額に浮かんだ汗を拭い取る。
「ここって、自然公園か?」
「ああ、んで目的地の世界樹があそこ」
蒼野が何も知らずにそう尋ねると聖野が頷きながら親指でとある方角を示し、その先に蒼野が視線を向けると目的地としていた巨大な世界樹があった。
が、聖野はまっすぐにそこに向かう事なく整備されていない林の中に迷いなく入って行くと、おもむろに蒼野を手招きした。
「何やってるんだ聖野。目的地に向かう道はこっち……ま、まさかお前!」
「正面からだと人も多いし結構距離が離れているからな。裏からこっそり入って、手で触れられる範囲のところでしっかり目にしよう」
「だ、ダメだダメだ、法を犯すつもりかお前は!」
「えーいいじゃんか」
得意げに語りながらずかずかと前に進み続ける聖野の言葉を心底から否定する蒼野。
彼らがいま目指している世界樹は、まさに神教の象徴とも呼べるものだ。
神の座・イグドラシルは『神の座とはただ形式的に必要なだけ』という考えを持つため、その存在感は賢教に存在する教皇と比べれば微々たるものである。
代わりに象徴して存在するものが必要という事であるのがこの世界樹だ。
四季に関わらず常に明るい緑の葉を生やし、神教ができるよりも遥か昔から生え年輪を重ねるそれは、生命の力強さを示し続けている。
神の座がここを世界の中心と呼ばれる場所にしたのも、この木が生えていたからと言われるほどだ。
それほど重要な場所にそう簡単に出入りできるはずもなく、観光客が入れるのは正面からの離れた位置からの観察のみとなっている。
無論これを破れば重罪とされており、故意に法を破った場合、最低でも十年の牢屋生活は覚悟しなければならない。
そんな場所への侵入を、目の前の見た目だけならばワンパク少年にしか見えない同い年がやろうとしている。
考えただけで恐ろしい事に蒼野の意識が遠のき奇妙な浮遊感に襲われるが、隣にいる小さな仲間の蛮行を止めなければと必死に意識を保ち地面を強く踏んだ。
「聖野、そんな考えるだけでも恐ろしいことはやめるんだ」
「え、もう裏道に入っちゃった」
「ぶーーーー!!」
「ちょちょちょ、汚い汚い!」
止めようとして後ろについて行きながら説得を行っていた蒼野が、口中の唾液を吐きだす汚らしい音と共に、魂が抜けていく錯覚に襲われる。
「待て待て待て待て! 今ならきっとまだ間に合う! 俺もお前も、無駄な前科を背負う必要はねぇ!」
「いやね、脳と心はやめようと発してるんだよ。でも体が勝手に動いてっちゃうんだよね」
「……まさか誰かの能力か!」
そんな中告げられた聖野の言葉に真剣な表情で答える蒼野だが、
「いや、ただの言い訳」
「………………せめて俺だけでも帰らせてくれーーーー!!!」
そんな蒼野の言葉を気の抜けるような笑みで言いきる聖野を前にして、蒼野が自分だけでも離脱しようと勢いよく走りだした。
「え?」
しかしどれだけ必死に走ろうとも、前に進んだ感覚が一切ない。
気が付けば、彼は聖野の見た目からでは想像できないような万力の如き力で、右手を抑えられていた。
「まぁまぁ。前科云々なんて、誰に向かって言ってるんだよ。お前。この私を誰だと思ってるの?」
「俺と同い年のちっちゃい奴だよ! お前はいきなり何を言い出すんだ!?」
「…………そうでしたね。はい」
焦る蒼野を抑えながら、さして危機感を抱いた様子もなく周囲を確認しながら先へ進む聖野。
「あれ、道が防がれてる?」
「え?」
意気揚々と進んでいく彼だが、裏道と呼んでいた道には強固な鉄網が引かれており、触れれば高圧電流が流れる注意書きと、進入禁止の看板が建てられていた。
「残念だったな聖野。でも、悪いことっていうのはこういう風にしっかり対策されるものなのさ。ま、ここからならぐるりと回って正門近くにでも出れるだろうし、急がずゆっくりと目的地へ」
「こんなもん知らない」
「え?」
が、それすらも無視するように彼は鉄網を指先から撃ちだした真っ黒なレーザーで吹き飛ばし、奥へ奥へと進んでいく。
「さ、先へ進むぞ」
「やめろぉぉ、これ以上罪を重ねるなぁ!」
絶叫しながらも必死に止めようと足掻く蒼野を、物理的に輝くのではないかと思える程の笑顔を張りつけ引きづっていく聖野。
「てか今日おかしいぞお前! 何でこんな強引なんだよ!」
「…………」
そう言って抗議する蒼野に押し黙る聖野は、
「目的地着いたら…………教えてやるよ」
口元に空いた手の人差し指を持って行きながらそう口にして、先へと進んでいった。
病院から出た、善が目の前にいる見知った顔に声をかけようとしたところで電話が鳴る。
「……電話か」
目の前の存在が気になるところではあったのだが、電話の相手が優であったため、緊急事態である事も兼ねてそちらに出る。
「もしもし、俺だ」
『あ、善さん、アタシアタシ』
「おう、どうした」
名前くらいしっかり名乗れよ
聞こえてきた優の声を聞き、口には出さず内心でそう呟く善。
『ごめん、蒼野達とはぐれちゃった!」
「マジかよ」
彼は電話越しの焦った様子の声を聞くと、落胆の念から肩を落とす。
『良くはねぇが状況を教えろ。事の次第によっては、護衛依頼や他の用事を後回しにしてでもそっちに向かう』
正直なところ少しは文句も言いたいところであった善であるが、そんな事をしたところで意味がない事は十分に理解しており、本音を飲みこみ今最も重要な事を彼女に伝えた。
『アタシ達は人ごみに飲み込まれちゃって三方向に分かれちゃったの。アタシ一人にクソ猿一人。それに蒼野と聖野の二人組よ』
「…………人ごみに紛れている間は流石に狙われないだろうが、人気のない場所に行こうものなら、いきなり襲われる事もありえるな」
『まあ聖野がいるからすぐにやられるってわけじゃないと思うんだけど、でも急がなくちゃね』
「いや、そうも言ってられねぇ。なんせその聖野が今俺の目の前にいるんだからな」
そう言って目を向けた先には、彼に取って意外な人物――――焦る表情を見せる聖野の姿があった。
「あ、善さん遅くなってすいません。ちょっと疲れが溜まっちゃってて」
「遅くなって?」
「はい、実は昨日パペットマスターの件で書類整理をしてたら遅くなっちゃって、寝坊しちゃったんです。ですから、今からすぐに優たちのところに」
その時聖野が口にした言葉を聞き、目を見開く善。
「ちょっと待て。お前…………まだあいつらに会ってないのか?」
「す、すんません」
頬を掻き申し訳なそうにする聖野を尻目にすぐに事実の確認をする善だが、返事を聞き電話を落としかける。
ならば……ならば蒼野達の目の前に現れたのは誰だというのだ?
唖然とした様子の善はそれでも何とか電話越しの優に指示を出そうとするが電話は既に切れており、何度かけなおしても出ない反応に焦り始める。
「あ、それと善さん」
「なんだ、お前もすぐに町中を探せ!」
それから急いで蒼野に向け電話をかけるが電波が届かないと返ってきた事で舌打ちをする善だが、
「あの、朝起きたら善さん宛てに封筒が」
「封筒?」
この状況で気にするべきことではない事は分かっているのだがそれでも彼は元弟子の言葉を切ることはできず、康太に電話を掛けながら善がその手紙を手にする。
すると聖野が開くことができないといっていた封筒は目的の人物の手に渡ったためかひとりでに開き、その中身を覗かせる。
『もしもし、善さんっすか』
「突然悪いな。一つ聞きたいことがあってな。今大丈夫か?」
『はい。大丈夫っす』
「そうか、実はだな……」
それから封筒から何もせずとも出てきた手紙を見て、
「はぁ!?」
善は康太と電話をしている事も忘れ、病院の前で声を上げた。
時間は少し遡り康太の視点に変わり、人ごみから離れた位置を康太と男の方に向く。
彼らが進む大通りから離れた道にはさして人はおらず、少々遠回りすることにはなっていたが、康太はスムーズに目的地である世界樹のある自然公園へと向け進むことができていた。
「突然の申し出にも関わらず了承してくれて助かったッス。名前はなんていうんですか?」
「ジンだ。よろしく」
「俺は康太って言うんッス。よろしくお願いします」
小走りで目的地へと向かって行く途中で自己紹介を終える二人。
観光客が使わないような裏道にも関わらず一切汚れがない道で跳躍し、建物の屋根の上を進む中、二人の会話は弾む。
「こんな裏道を知ってるってことは、ジンさんはラスタリアに住んでるんですか?」
「いや、観光客だよ。ただもう一ヶ月くらい滞在しててな。まあ裏道の一つや二つなら理解してるつもりだ」
「結構長い滞在ですね」
屋根から飛び降り、汚れのない真っ白な地面に着地する両者。
「世界中を回ってる流浪人なんだ。短期の仕事をやりながら、時には野宿とかしながら生活してる。うまいものとかも色々知ってるぞ」
「面白そうな生活してるんっすね。まあ危険も多そうですけど」
彼らはこの町の建物を障害物とでも思っているかのような足取りでどんどん前へ進んでいっていた。
「そこはあれだ、俺って実は超強くてな。ちぎっては投げちぎっては投げを繰り返してるんだよ」
「なんか嘘くせぇっすよ」
「ホントだって!」
その間直感が一切目の前の存在に対し危険を感じないため、康太にしては本当に珍しく気の抜けた様子で談笑をしていると、曲がり角を抜けたところで足を止める。
「人ごみが」
「すまないな。流石に全て避けていく事はできなくてさ。ここを抜ければ世界樹のある自然公園まで行けるから、ちっとだけ我慢してくれ」
「大丈夫っすよ」
ジンの言った言葉に二つ返事で答える康太。
二人は人が作りだした荒波にもまれながらも少しずつ前へ進んでいき、
「ふぅ、抜けた」
「おつかれ。いやはぐれる事がなくてよかった」
ジンに案内されながら十分ほどかけ渋滞地帯を進んでいった康太は、今度こそはぐれることなく世界樹を目にすることができる自然公園の前に辿り着いた。
「いやはや、いつ通ってもすごい人の数だ」
その時、肩で息をしながらも自分に微笑みかけるその男の姿を見て、何故自分がこの男に親近感を得たか理解する。
似ているのだ、康太が尊敬する兄と慕っていた男と。
「あんたみたいな人を知ってるよ」
「ん?」
すると康太は、目前にあるゴール地点へと案内しようとしてくれている彼に対し、気軽な様子でとある話題を話し始めた。
「昔な、あんたみたいな旅人が俺の故郷にやってきてな。その人とあんたがかなり似てる」
「へぇ! どんな人だったんだ」
「穏やかで人を安心させるような人だったよ」
「お、なんか良さそうな人だな!」
そうして康太が告げた内容を聞き、顔を綻ばせ照れくさそうに笑いかけるジン。
「だけどある一定からは踏みこませない、なんつーか腹に一物抱えてるような人だ」
「…………なんか途端に胡散臭い人物に」
しかしその後の言葉を聞くと少々難しい表情を見せ、それを目にして康太は笑った。
「まあ似てるって言ったのは前者の部分だ。気にしないでくれ。それより案内を頼む」
「そうかい。そりゃよかった」
そうして康太の捕捉を聞くとジンは止まっていた足を再び動かし始め、小走りで目的地へと案内するのだが、少し走り多くの人が密集している世界樹の前にまで辿り着いたところで、康太が持っていた携帯が鳴る。
「っと、すんません。電話だ」
「そうか、なら一度ここで止まるぞ。あの人ごみの中じゃ、相手の声なんぞ聞こえるわけがないからな」
ジンがそう告げ足を止めてから五分後、康太の電話が終盤に突入。
「はい……ええはい。今世界樹がしっかりと見える位置にいます。場所は……アカム通りってところが近いッス」
「いやーそれにしても長電話だな。結構厳しい人なのか?」
「事が事なんッスよ。……え、一人じゃないのか? はい、ラスタリアに観光に来てる人と一緒です。はい……はい……了解しました。じゃあ指示通りに」
「終わったのか」
そうして康太が話を終えると、近くにあった木の幹にもたれかかり、腕を組んだままじっと待っていたジンが小さく飛んで康太の側にまでやって来た。
「ええ。すぐに向かうってことでした。まあ俺らのところのリーダーはめちゃくちゃ強いんで、これで義兄弟の身も保障されたようなものなんで安心しました」
「そいつは良かった。さて、じゃあ俺らも世界樹に……」
「あ、人ごみに紛れて合流が遅くなっても悪いってことで、どこか見つけやすいところで待っててほしいとの事です。ですから、ここらへんで待ってましょう」
「お、なんか万事うまくいく感じだな! なら、これで俺もお役目ごめんか」
すると康太が事情の説明を始め、顔を綻ばせる人であるのだが、
「それについてなんですけど、ジンさんにお礼もしたいって言ってましたんで、よかったらどうっすか?」
「へー気が利く人なんだな。なら、ここで待って…………!」
のんびりと話をしながら少し離れたところにあった木製のベンチに二人が腰かけた瞬間、視線の先にあった世界樹の足元から見覚えのある色の炎が立ち昇る。
「あれは!」
それを見た瞬間、直感は反応しないが強烈な悪寒が康太の全身を奔り、彼は座ったばかりのベンチから勢いよく立ち上がる。
「蒼野!」
「え、ちょ、おい!」
「ここにやってくる……この人を待っててください! そんで来たら、俺は世界樹に向かってるって伝えてくれ!」
隣に座った初対面の人物が戸惑う中、康太はそれだけ伝え革袋から取りだした写真に写っているヤクザのような見た目の善に丸を付け、それを渡してすぐに世界樹へと向け駆けていく。
その姿を、ジンは呆然とした様子で見送ると、
「たく、いきなり言われても困る」
彼は康太の意を組んで、再びベンチに腰かけ秋の風が僅かに頬を掠める中、日向ぼっこを行い始めた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
本日も遅くなってしまい申し訳ありません!
やはり少し長く書いてしまうと、時間を過ぎてしまう。
もう少し早く書かねば。
そんな作者の独り言はさておき、今回も日常編、かつ物語が徐々に動いてくる話となっております。
次回か次々回には大きく展開が動くので、それもぜひお楽しみに!
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申し訳ないのですが、明日は確実に遅くなると思いますので、よろしくお願いします。
ではまた明日お会いしましょう!




