十裁冠 一頁目
夜闇を照らす十の灯りを周囲に携え、神教の要たるセブンスターの一角が着ている半纏をたなびかせながら動き出す。
「今の奴の状態を考えりゃ長期戦一択だが、そこまで悠長な事も言ってられねぇよな!」
一歩前に出る度に、目標である『果て越え』の姿が大きくなっていく。
それは当たり前のことであるのだが決して無視できない事実であり、デューク・フォーカスは心臓の鼓動が徐々に大きくなっていく事を知覚し、しかし頭だけは決して熱することなく冷静に、自身が持っている手札に意識を向ける。
「風!」
デューク・フォーカスという男を象徴するものは二つあり、一つが様々な粒子術や能力をストックした巻物『賢人全巻』。
彼が作りだした様々な粒子術や能力を記録し、それを取りだすことで一度だけ、どれほど難しく時間のかかる粒子術や能力も無詠唱ですぐさま発動できるというロストテクノロジー。
長い年月をかけた結果、デューク・フォーカスはこれを複製することが可能になり、今現在は計五本の巻物を腰に携え、そこに保存している千五百を超える高度な術技をすぐに使える。
「それに鋼!」
彼を彼たらしめるもう一つの象徴、それが今彼が自身の周囲に漂わせ、手にしている鉄槌『十ツ星』で叩いた十の属性をかたどった紋章である。
これには二つの使い方があるのだが、その内の一つが各々の属性の特徴を付与するというものであり、風属性ならば鉄槌の『軽量化』。鋼属性ならば鉄槌の『強度強化』が成されるなど、康太の手にする神器『天弓兵装』に類似する力を持っているのだ。
いや康太とデュークでは発揮できる出力に雲泥の差があるため、多様性という点では負けているものの、こと同じ分野で戦った場合、デュークが圧勝すると断言できるほどだ。
「らぁ!」
「来たかデューク・フォーカス」
声をあげ、粉々になった床をひっくり返しながらかちあげられた一撃。
それをガーディア・ガルフは他の技と同様に一歩後退することで難なく躱し、この場にいる中で最も強い戦士の参戦を歓迎するように声をあげる。
しかしデュークはその声に反応を示すことなく、凄まじい勢いで鉄槌を振り回し続ける。
左から右へ。右から左へ。上から下、下から上、文字通りあらゆる角度から。
「儂らは邪魔か神教の防人」
「気にしないでいいっす。みなさんがどう動こうと!」
その勢いと纏う気迫を直に浴び、最前線で未だに戦いを繰り広げていたナラスト=マクダラスがそう呟くが、デュークの答えに迷いはない。
「俺が会わせます!!」
「これは中々…………」
エルドラやナラスト=マクダラス、それに優を筆頭に、まだ動ける余裕がある者達が必死の攻撃を続けるのだが、デュークが鉄槌を用いて行う攻撃は彼らの動きの邪魔をしない。むしろ、攻撃の合間合間を埋めるように撃ちだされる伸縮自在な鉄槌による攻撃は、連合軍全体の隙を失くし、ガーディア・ガルフに攻めさせる余裕を与えなかった。
「こと援護にかけてならば、君はアイリーンに並ぶかもしれないなデューク」
「そうかい! そりゃ光栄だよ畜生が!!」
普段のガーディア・ガルフならば無理矢理状況を覆す事ができたが、デュークの推測通り今のガーディア・ガルフは弱体化している。
となれば無理に動くことなく回避に徹し、炎の弾丸を指先から続けて撃ちだす、壁のように強固な攻撃に隙間を作ろうと画策する。
「っ!?」
彼にとって最も意外だったのは自身の体の具合で、ただ攻撃を躱すだけの状況で口から血を吐き、片膝を突く。
「こいつぁ!」
「『果て越え』よ。卑怯とは言うまいな?」
その状況を見過ごすほど挑戦者たちはお人よしではなく、その好機を逃さんと肉体を瞬く間に最大まで強化したエルドラと、残った力全てを次の一振りに捧げる覚悟を決めたナラスト=マクダラスが、勢いよく前に出る。
「いい腕だ。しかし君らの審査は千年前に終わっている。よって相手をする必要はない。それに」
がしかし彼らは見落としていた。いや忘れていた。
「他の者の審査もあらかた終わった」
目前にいる男が自分たちの十倍の時間を手にしているという事。
「は、早すぎんだろ!」
「時間にしておよそ五分。私個人の時間換算で言えば十倍の五十分だ。十分だよエルドラ」
それすなわち、人を見極めるにしても他とは比べ物にならないほど短い時間でも十分という事実を。
「エルドラ!」
それまで視認できていたはずのガーディア・ガルフの姿が消え去り、気がついた時には巨躯の向こう側に移動している。
それから一拍どころか二拍三拍ほど遅れ、樹齢数百年を超える大樹と比較しても分厚いエルドラの両足の太もも当たりから血が吹き出し、支えを失った肉体が宙に浮かび、それを見た彼の盟友ナラスト=マクダラスがそちらに視線と意識を向けながら声をあげ、
「君も終いだマクダラス」
「くそっ」
『果て越え』から一瞬でも意識を離した彼は両腕を失い、己が身を守る手段を失った状態で光の速度を遥かに超える蹴りが直撃。
余力を残していた戦士達の脇を雷鳴が如き速度で抜け、真っ白な壁に衝突すると数度痙攣し動かなくなった。
「このやろぉぉぉぉぉぉ!!」
その光景を前にしてデュークは雄叫びをあげる。
怒りからではない。そうしなければ臆してしまいそうであったからだ。
「ああ。やはり君相手にはこれが一番効果があるか」
「あぁ!?」
再び渾身の力で鉄槌を振り下ろし――――躱される。事もなさげに。
それから腕を振り回し嵐のような連撃を行使するがそれさえも容易く躱され続け、鼻先同士がくっつく距離まで近づかれたかと思うと、ガーディア・ガルフは感情の籠っていない平坦な声でそう告げ、
「デューク・フォーカス、私は君に最も期待していた。君の姉君でも聖騎士の座でもなく君にだ。しかし君は周囲を活かす事に注視し、自分が動くことをしなかった。そんな君が周りを引っ張る気になってくれたのは喜ばしい」
デュークが鉄槌を振り下ろし、再び持ちあげようというタイミングで柄の得の部分を踏みつけ、動きを止める。
「…………まぁ、君の力を推し量るのもこれで終わりだがね。出直してくるがいい」
その後淡々と語られた内容を聞き、そのあまりにも身勝手な振る舞いに思わず眩暈を覚えるデューク。
「他にも気になる人材がいるのでね」
そんな状態の彼の顎を『果て越え』はまっすぐに蹴り抜き、すぐさま一歩引く。
すると彼が先程までいた場所に周囲を歪ませる程の衝撃を兼ね備えた銃弾が突き刺さり、空に浮かんでいた康太とシリウスの二人が、両腕を回復させた状態で降り立った。
「ガーディア・ガルフ!」
「義父の仇! 抱いた無念! 今この場で晴らす!」
「尾羽優がいるならばそうなるな。来たまえ、相手をしよう」
そう呟きながら、視線を戦場に現れた二人へと注ぐガーディア・ガルフ。
その光景を見てデュークが鉄槌を強く握り今が好機と確信を持ち振り抜こうとするのだが、
「え?」
気がついた時には視界をボロボロの革靴の裏面が覆っており、
「デューク!」
「!」
「ほう」
それが頭部にめり込むよりも僅かに速く、デュークの体を光の早さを得たシロバが引っ張り、攻撃は空振りに終わった。
「熱くなるのはいつもの事だが、冷静さを失うなんてらしくないじゃないか。悪い事は……あったな。うんあった!!」
「そーいうこった………………けどありがとな」
「いいさ。それにしても本当に化物だな。あれで弱体化してるなんて嘘だろ? 勝ちの目が浮かばないし、さっさと逃げたいよ僕は!!」
それからすぐにシロバは百メートルほど距離を取り、最前線から抜け出した事を確認すると周囲の景色に溶け込むよう風の膜を張り、ある程度の安全を築いた上でマイペースに話をする。
その普段と変わらぬ声色と口調、それに言葉聞くと頭に昇った血も幾分か落ち着き、デュークは空に浮かぶ月を見上げながら何度かの深呼吸をしたところで自身の膝を叩き、
「いや、勝ちの目はある。俺はそれを持ってる」
そう断言。
「……それ、具体性のあるものなんだろうね。この状況で妄言を垂らすようなら、頭おかしい若作りジジイだって判断するからな」
「ひどい言いぐさだ」
苦笑しながらも隣に立つ若者の普段通りの物言いに安心感を覚え、完全に肩の力を抜けたところでヴァンが遺した情報を彼に提示。しかし切り札の存在だけは尋ねられても伝えず、
「ま、言えないってことは言う事自体にデメリットが発生する切り札なんだろ? ならまあ、ここは寛大な心で許してあげようじゃないか!」
その後の対応にも心から感謝しつつ、再び最前線を見据え、僅かにだが速度が落ち、吐く息が荒くなっているのをしっかりと確認。
「巻きものに記してある全てを使ってでもあの野郎はしばらくのあいだ俺一人で足止めする。その隙にお前は他の奴に今教えてやった情報を伝えろ。そんで全員に伝わった事を俺に伝えろ。そしたら」
残り人数はおよそ二十五人。
こうして話をしている間にも減っていくという緊迫した状況。
それでも彼は彼を倒すためには残っている全員の力が必要であると確信を抱き、今度こそ冷静な視点を見失う事はしまいと胸に誓いながら、自分を守るように前に出ているシロバに話しかけ、
「そしたら?」
「勝負を仕掛ける。ガーディア・ガルフを封印するんだ」
行われた合いの手に対し、これまでで最も力強い言葉を返した。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
此度も遅くなってしまい申し訳ありません。本日分の行進です(日を跨いでしまっていますが)
勢いよく進む物語。まずは援軍として現れたナラスト=マクダラスの脱落です。
残ったネームドはデュークを筆頭に両足を失ったエルドラ。
康太に優にシロバ。それにナラスト=マクダラスの息子アラン=マクダラス。
今回の話では影も形もなかったですが、雲景もいます。
シリウスやクドルフもいますね。
彼らがどのような戦略を練り、この戦争はどのような結末を迎えるのか。
最後までお楽しみいただければ嬉しいです
それではまた次回、ぜひご覧ください!




