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ヴァン・B・ノスウェル 二頁目


 ヴァン・B・ノスウェル。彼の人生は誰もが知ると羨む『勝者』そのものであった。

 竜人族という恵まれた種族の中でも比肩する者がいない肉体に属性粒子の量。賢者と称されるだけの頭脳に勇者と称されるほどの勇猛果敢な姿と心臓。

 さらに言えば生まれながら絶大な幸運を備えており、青年と呼べる年になり戦場に躍り出るようになってからは、誰が相手であろうと必ず勝利する『常勝無敗の雄』としてもてはやされた。


 彼自身その評判をえらく気に入っており、天狗になる事はあれどその状態を維持したいと考えられる実直さも兼ね備えており、常に学び、常に鍛える事で、自身の望んだことを全て成しえてきた。


 そんな彼の人生は九千年以上続き、それは死ぬまで続くのだろうと彼は確信を抱いていた。


 その傲慢が打ち砕かれたのがそれからすぐのこと。

 千年前、後に『果て越え』と呼ばれる事になるガーディア・ガルフと遭遇した時の事だった。


「征くぞ!」


 信じられなかった。

 九千年間にわたり築いてきた全てが、易々と砕かれていく事実が。

 並ぶ者などいないと思っていた身体能力や粒子の量、いや多くの分野で上回られ、ほんの数秒戦ったところでさしたる抵抗をすることもできず地面に顔を埋めていた。


 その様子は多くの者に眺められ、それがきっかけで彼の『勝者』としての人生は終わりを告げた。


「動け!」

「主が元気になった途端動き出すとは。都合がいい精霊だな」


 焼き尽くすような怒りと羞恥が、二日酔いの末に耐えきれず吐きだされる嘔吐のような絶望が彼の全身を襲う。

 ほんの数秒のあいだに全てを出し尽し、しかし何一つとして自身にとってよい結果を導けなかった事実を脳が拒否し、自分がいる世界が現実であると認められず、世界が歪む錯覚に襲われた。


 それほどの負の感情が彼に襲いかかったのだが、その全てを吹き飛ばすほど大きな感情がすぐに宿った。


 『歓喜』である。


「ぐ、ぬぅ!」

「主よ!」

「いい加減しつこいぞヴァン。そろそろ諦めたまえ。いや待て…………」


 彼は確かに人々が『勝者』であると口にする人生を送ってきた。そんな自分が嫌いではなかったし、その状態を維持するために努力したのも事実である。


 が同時に退屈でもあった。

 

 数年程度ならばいい。数十年ならば誇らしくも思うだろう。しかしそれが数百年も続けば満足感は薄れ、千年を優に超えるほど維持されてしまったとなれば、日々が物足りないものに変化するのは道理であった。


 世界を巻き込む大戦争に初期から参加し、最前線に立ち続けた理由も、言ってしまえばそんな退屈な日々に何らかの変化があればという目論見から来たものであり、そんな彼の誰も知らなかった密かな願いは叶えられることになった。


 月夜に映える真っ白な髪の毛に、夜闇でさえその輝きを陰らせない日輪を思わせる灼熱の双眸。異性同性魅了する人並み外れた美貌を備えた男は、その姿に似合わぬ薄汚れた服を着ていた。最も、彼が着ればどのような服とて、眩い光を放っていたが。

 そんな百どころか二十歳にさえ至っていない彼は、並ぶ者がいないと自惚れていたヴァンを容易く捻り潰し、こともなさげに見下ろしていた。



 上記に記したようにそれは彼に様々な負の感情を抱かせたのだが、目指すべき目標があるという初めての事実が彼の人生を彩る充実感となり、これまた先程記した通り歓喜の念となった。


 それからのヴァン・B・ノスウェルの動きは早かった。

 圧倒的な実力差から膝を折った者達と同じように戦線から退き、ほぼ同時に鍛錬の邪魔でしかない貴族衆一家系の長という身分を譲るため、後継者を育てあげた。

  過酷な特訓を現実の世界で行うのは被害が多すぎると考え、夢の世界を特訓の場とするための秘術も覚えた。


 無論そのような事をしている間にも戦争は続いており、他の挫折した者と同じように一世を退いた彼を多くの人は嘲るのだがヴァンには関係がなかった。戦いの結果は目に見えており、その最大の原因である、自分を容易く下した男は絶対に負ける事はないと確信を抱いていたからである。 


 『勝者』と呼ばれるだけの人生を送り、唯一の敗北すら停滞を砕く充実感としたヴァン。

 彼にとって人生最大の不幸があったとすれば、その予想が大きく外れ、ゲゼル・グレアがガーディア・ガルフを下し、殺したことであろう。


「フフ」

「?」


 それにより目標を失った彼は酷く落ち込み、せめて脳裏にだけ残っている彼を超えようと修行を続けはしたものの、精神の衰弱は肉体に及び、誰の目で見てもわかるほど急速に老けていった。ここ数年に至ってはボケが進行したと多くの者が噂していたほどだ。

 

 そんな彼の転機はほんの少し前。

 ガーディア・ガルフが復活したという報せであった。


「フッフッフッフ」


 二度と訪れる事がないはずであった再戦の機会が巡ってきた。

 ありえない現実を前にして、喜びが原因で昇天してもおかしくはなかった彼であるが何とか踏みとどまり、表面上は他者の話に同意するように取り繕い、自身が鍛え上げた全てを叩きこむ好機を待ち続けた。その結果が今である。


「ハッハッハッハッハッハ!!」


 思わず笑ってしまう。

 大幅に弱体化した事は残念な事実だ。しかしなおも立ち塞がる『果て越え』なる存在にはこれ以上ないくらいの感謝の念を抱き、全力で叩きつくそうと力を漲らせた結果、かつてはできなかった鎬を削る戦いを繰り広げられている。


「ヴァン。その状態になるには何らかのデメリットがあるのではないかね…………まさか」


 そんな彼の目に映ったのは不審な様子の声を発するガーディア・ガルフの鉄面皮であり、彼が自身の肉体のいたるところを眺めているのを見て、何を問いたいのか察した。


「おうそうじゃ。一万年という時を生き、全盛期とは比べ物にならぬほど劣化した今の肉体でこの力を使い続けておれば------間違いなく儂は死ぬ!」


 老兵となった彼にとってもう一つ想定外であったことがあるとすれば、それは自身の肉体の劣化であろう。

 夢の中で日夜特訓に勤しんでいたため現実で然程動いていなかった彼は、千年という月日が自身の体に及ぼす影響を軽んじていたのだ。

 それゆえ全盛期と同じような感覚で動かしている体は軋み、深緑の鱗は剥がれ、体の様々なところが異常な熱を発し限界を訴えている。その事実はガーディア・ガルフにもはっきりと伝わり、彼の心に僅かではあるが動揺が奔った。


「敗北を認めたまえ。そこまでする意味がどこにある?」

「ほざけ!」


 憐れむような、労わるような、そんな声が『果て越え』の口から発せられ、吐き捨てるようにヴァンは言いきり、


「果て越え。いやガーディア・ガルフよ。貴様にとって最高の瞬間はいつだ?」

「なに?」

「儂は今なんじゃよ」


 問いかけをしたかと思えば血を吐き出しながら返事を待つことなくそう告げ、


「…………そうか。うらやましいよ」


 ガーディア・ガルフは静かに、しかし彼にしては珍しく感情を込めた声でそう呟く。

 それが彼らの間で成しえられた最後の会話であり、続いて部屋の至る所で攻撃同士がぶつかり音と衝撃が迸る。


(止まらないか!)


 人類史上最高峰が戦うにはあまりにも狭い場所で、ヴァンとガーディア・ガルフが衝突する。

 拳で、蹴りで、炎と雷で。

 壁や床、それに天井を他者の目では感知できない速度で彼は駆けまわり、その結果必ずガーディア・ガルフが押し勝つのだが、どれだけの傷を負っても老兵は一歩も引かない。

 頬や脇腹が抉れても、足首を焼き尽くされても、額から流れた血が原因で片方の目が塞がってしまっても、自身が作りだした精霊と共に攻撃する彼の顔には歓喜の表情が張り付いている。

 そんな彼の意気に体は耐えきれず、耳を塞ぎたくなるような音が全身の至る所から発せられ血が吹き出るのだが、酷使した分だけ攻撃の速度と密度は増していく。


(行ける!)

 

 そしてそれと反比例するようにガーディア・ガルフの攻撃から勢いが消えていき、荒い息が吐きだされる様子にひどい落胆を感じながらも、千年待ち望んだ勝利の瞬間が迫っている事を確信し、彼はますます笑みを深くする。


「ちと不服なところもあるんだがな」

「な、に」

「あんたをここから先には進ませねぇ」


 ヴァン・B・ノスウェルにとっての幸運。ガーディア・ガルフにとっての不幸は続く。

 四肢の全てを奪われたはずの善とレオンがそれらを回復した上で立ち上がり、再び四方を囲いこむように攻撃を始める。

 そのようなことが千年前には存在しなかった『科学』がもたらした肉体再生薬が原因な事を彼は知らず、不死者の如く蘇った二人を沈めるため、掌に白熱した炎を纏い、再び四肢を奪い去る。

 そうしていると今度は姿を隠していた李が攻撃を行い、彼はすぐさまその事実に気がつき広範囲を覆う練気の塊を放出。

 既に意識をもうろうとさせていた李は今度こそ完全にその機能を停止し、練気を纏えなくなったことで姿を晒すのだが、度重なる想定外の事態は、ついに人類どころかあらゆる生物の歴史上最高の機動力を誇る彼の足を止める。


「!」


 その姿がこれから先二度と訪れない好機であると確信を抱いた老兵は百メートルほど離れている距離を詰めるため駆けだす。


「征くぞ」


 真っ白な部屋を赤く染めている自らを含めた挑戦者たちの血潮を自身の情熱、いやこれまでの人生全てであると悟りながら一歩ずつ。


「征くぞ!」


 脳をよぎる走馬灯。大願成就の瞬間を前に高鳴る心臓。それらを収めた千年の修行の末に得た肉体。

 その全てに彼は感謝の念を抱き、


「征くぞ!!」

「ちっ」


 迫る結末を予期したのか、それとも反射的な行動か、いや常人の十倍の時間を持つ彼からすれば当たり前かは誰にもわからない。

 ただその時その瞬間にもガーディア・ガルフという存在は動けるだけの猶予があり、彼が待ち望んだ好機は呆気なく終わりを迎える。


「っ!?」


 しかし天は挑戦者に微笑んだ。

 動きだそうとした彼は強烈な吐き気に襲われたかと思えば吐血し、ほんの一瞬だが身を強張らせる。

 するとヴァンが作りだした精霊が頭上から襲い掛かり、手にしていたステッキーを渾身の力で振り下ろし、回避さえする余裕がなかった彼は分厚い鉄の膜を展開し初めて防御態勢を取るのだが、振りかかった衝撃は凄まじく、僅かにだが足が地面に沈む。


「今! 征くぞ!!」


 『動かない』ではなく『動けない』になったガーディア・ガルフが鋼の槍を幾重にも撃ち出し、炎の波が老兵の行く手を遮るように襲いかかる。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 彼はその全てを躱すことなく真正面から受ける。

 槍を全身に刺し、身を焼く炎の波で着ているローブと数多の鱗を失いながら、最短最速の道を進むヴァンは理性を感じさせぬ咆哮をあげ、あと一歩で手が届くところまで迫ると、眼が映している目前の男の胴体を貫かんと鋭い爪が並んだ掌を手刀の形に変化させ一気に振り抜き、


「…………惜しかったな」


 それは果て越えの胴体に届くことなく、彼の体は地面に沈んだ。自身の肉体からとめどなく溢れる血潮を自覚しながら。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です


お待たせいたしました。

ヴァンVSガーディア再開です。

一日遅れてしまい大変申しわけなかったのですが、その分挑戦者であるヴァンの胸中と戦闘描写を盛れたと思うので、自分としては満足感があります。読んでくださった皆さまもそうであれば嬉しいです。

「『科学』に関してガーディア・ガルフが知らないのはおかしい』という意見もあるかと思いますが、

ヘルス→電子機器全般に関して教えるが戦闘関連は尋ねられなければ答えない

シェンジェン→善を倒す事に意識を注いだ彼は、幼さもあり知らない。知っていれば自分が使う

ギャン・ガイア→口から出るのはガーディアへの賛辞とシュバルツやエヴァへの罵倒が大半

メタルメテオ→そんな知識はインプットされてない

ゴロレム→胸に秘めた目的からガーディア側が大きく有利になる事は教えない


てなわけで説明しておらず、自分たちの強さに確信を抱いているため、千年前の面々も必要以上には聞いたりしません。


あ、タイトルは前回の話を変更し、その続き物という事で設定しました。唐突で申し訳ありませんがよろしくお願いします。


シェンジェン、ギャン・ガイア、ゴロレム、メタルメテオ、ヘルス、そしてシュバルツ。

彼らを軸にした多くの戦いが終わりを迎え、その一つにガーディアの戦いも加わろうとしています。

男たちが導いた戦いの結末を、見届けていただければ幸いです。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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