ヴァン・B・ノスウェル 一頁目
「おや?」
彼女についてのデータは数えきれないほどあった。
味方を鼓舞するため、敵対勢力を脅すため、同盟を結んだ勢力を裏切らせないため
様々な思惑を通すために千年間、あらゆるところで戦い続けていたためだ。
それは彼女の癖や性格、それに戦術を見極める事に大いに役立ち、対峙するシュバルツ・シャークスに彼女に打ち勝つだけの算段を立てるだけの材料になった。
「こんのぉ!」
つい今しがた撃ち込んだ拳はそれらのデータから導き出したもので、彼女が反射的に使える肉体強化や様々な粒子術の事を加味したとしても、気絶はすれど死にはしない威力であった。
「それを受けてなお動く…………その燃料は執念か!」
それを受けてなお立ち向かってくるという事実に感嘆と賞賛を抱きながら、光を纏い抵抗の意志を示すアイビス・フォーカスと視線を真正面からぶつけ動き出すシュバルツ・シャークス。
「あんた達が!」
「む!」
「邪魔なのよ!!」
空気を揺らす程強烈な闘気を発しながら口にするのは、様々な感情が混ざった言葉。
その勢いは数多の戦場を経験した男でさえ滅多に見なかったもので、思わず口の端がツリ上がり、心震え、気持ちが高揚する。
「いい熱だ。心が昂る! だが!!」
「っ!」
「気合いだけでは結果は変わらない」
ただそのような状態になっても二メートルを遥かに超えるこの男は冷静であった。
中距離を制するように撃ちだされる様々な属性攻撃の雨。それらが全て躱せるものではないと瞬く間に判断すると、威力の低い光属性や水属性の物は強靭な硬度の肉体で受け、危険なものだけは剣で弾き接近。
アイビスが呼吸を読みきって剣の間合いをすぐさまくぐり抜け、拳が届く距離まで近づいてきたのを前にしても微塵も動揺せず、すぐさま剣を手放し挑戦者の意図を汲み取るように拳を握る。
「その程度では足りんなぁ!!」
そして瞬き程の間に数千回手足を使った打撃戦を繰り広げた末に彼女の両腕を砕き、様々な粒子術による必死の抵抗をマントで弾き、全体重を乗せた肘撃ちで彼女を壁にぶつけ、はじき返された彼女の体を地面に沈めるよう、とどめの手刀を撃ち込んだ。
「――――――はぁっ!?」
それを受けたところで彼女の口から短いが聞き逃すことのないほどしっかりとした悲鳴が聞こえ、地面に体がうちつけられたところで全身から力が抜けていく。
「ま、だ……」
しかしなおも彼女はこの現実に抗おうと声を絞り、燃料の切れた車のように動かなくなってしまった体を必死に持ちあげようともがく。
「まだ…………よ」
彼女は誰よりも理解しているのだ。
ここで自分たちが敗北する意味を。
内部を任され、向かって来るガーディア・ガルフ以外の全てを退けると意気込んだ二人の最強格。
そんな自分達が敗北する、すなわち役割を果たせないという事がどれほど大きな意味合いを込めているのか。
ガーディア・ガルフをヴァンが仕留めたとしても、残る面々の相手までするのは無理である。
であるならば自分たちを制した者は神の座を殺す可能性が大いにある。
そうでなかったとしても地上に返せば、それだけで戦況は大きく変わるだろう。
いやそれ以前に、二大宗教の最強格が揃って敗北したとなれば、それは全体の士気に関わる。
様々な理由から自分たちは負けるわけにはいかないのだ。
「…………」
そこまでわかっているが、体は溢れだす思いに応えない。
これ以上の継戦が不可能であると訴えかけ、彼女の思考を闇に沈める。
「ご、めん。ご……ん。ごめん……さ…………」
耐えきれない悲しみが涙となって頬を伝い、溢れ出る量の増加と比例するように意識がぼやける。
「守れなくて…………ごめんね」
そんな彼女が最後に思い浮かべたのは、戦場の行く末や敵対する者達への怒りでもない。
愛する家族に対する謝罪の念であり、
「すまないとは思う。しかしこちらにも引けない一線がある」
意識を失った彼女を前に男はそう告げ、神の居城を支える壁の一部を砕くと、地上の様子を確認。
エヴァ・フォーネスが劣勢である事実、シェンジェン・ノースパスやギャン・ガイアが退場し、ゴロレム・ヒュースベルトが使役する人形が反逆している事実、そしてメタルメテオ同士が争い合っている事実を目にすると、迷うことなく地上へと飛び降り、
「む!」
「おいおいマジか!」
「シュバルツ!」
神の居城裏口前で戦っている友の前に舞い降りた。
「もし君が能力などで私を止めようとしなかったら、違う結果になってる確率が僅かにだがあったんだがね」
各勢力の代表者たちが戦っていた階層の一つ上。最上階へと続く手前の部屋では、ガーディア・ガルフが崩れ落ちた老兵に対し語りかける。
「き、さま。神器を使わなかったのは…………このワンチャンス、のため、か?」
体のいたる箇所を焼失させ、アイビス・フォーカス同様床に横たわるヴァン・B・ノスウェル。
彼が仰向けに倒れながらも視線を向けた先には怨敵である『果て越え』がいるのだが、それを聞いたところで彼は何の反応も示さない。
「我が友シュバルツの持つ神器の能力だ。詳しくは語れないが、神器を持っている際に生じる能力無効化の恩恵を仲間に与えられる」
かと思えばそのような事を口走り、思わずヴァンは息を吐いた。
「神器の欠片のようなも」
「あぁ。そう思ってくれて構わないよ」
それが意外でヴァンは口を開くのだが、最後まで告げるよりも早く果て越えは言葉を遮り、なおも意識を失う様子がない彼を蹴り飛ばした。
「知っていたところでここで敗北する君には意味がない事だ」
ガーディア・ガルフの知る限り、復讐者の類はそれが達成できないとなった瞬間抜け殻のように精神を摩耗させることが大半であった。
それは目の前の竜人にしてもそうであると踏んでおり、だからこそここでどれだけ重要な情報を告げてもさしたる問題はないと踏んでいたのだ。
「終わりだな」
アイビス同様なおも抵抗しようと体に力を込める彼を見つめ、それを嘲笑うかのように掌に拳程度のサイズの太陽のような輝きを見せる炎の塊を作りだす。
後はそれをぶつければ勝負は終わりであると考え、彼は狙いを定め、
「!?」
そこで突如血を吐いた。
「なに?」
それは自身を操る項垂れ動かなくなったことも含め、味方が全滅していたヴァンにしても想定外の事態であり、口からは困惑の声が漏れ出るのだが、そんな彼を前にガーディア・ガルフは膝をつき、懐から懐中時計を取り出しじっと見つめる。
「早すぎる」
ボソリと、それこそ目の前にいる竜人にさえ聞こえない程小さな声でそう呟くガーディア・ガルフ。
「吐血なんぞをした理由はわからん。李の奴の拳が効いたか? それとも弱体化の原因が関わっておるのか? だがまあひとまずそれは置いておこう」
そんな彼の事情など関心を示さず、しかし自分たちはかつてないほど彼に迫っていると感じ、老兵の声に熱が籠り、
「重要なのは…………我々の抵抗には確かな意味があったということじゃ!」
それがこの土壇場で再び立ち上がるだけの燃料となり、
「さあて、続けようか果て越え。いや人類の到達点よ」
老兵の体を限界まで酷使させるだけの導線と化した。
「お主が死ぬか、儂が死ぬか。二つに一つじゃ」
そう、文字通り限界まで燃やすための導線へと
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
ラストパート突入。
地上に舞い降りるシュバ公と最後の意地を見せるヴァン。
このままのペースで進められるなら、恐らく十話以内に全て終わるのではないかな、と思います
最後まで様々な顔を見せつける過去最大の物語。
次回はヴァン殿の足掻きです
それではまた次回、ぜひご覧ください




